第21話 ルミアーナの想い…暴走する
ルミアーナは、鏡を見ながら切ない溜め息をついていた。
(あ~あ、顔にまで傷がついたのはまずかったなあ)
大した傷ではないものの所々出血したところが瘡蓋になっていて痛々しい。
武道に励んでいた美羽の頃ならいざ知らず、公爵令嬢ルミアーナになった今、せっかくの美貌が台無しである。
しかし、もっと憂鬱なのは、家に帰れない事である。
手当てを済ませたルミアーナは王妃様の部屋の直ぐ隣の続きの部屋をしつらえられて傷が癒えるまで留まるようにと王と王妃に引き止められたのだ。
首や手の傷には痛々しい包帯が巻かれており、美しい顔にまで布があてられている。
父であるアークフィル公爵はすぐにでもルミアーナを屋敷に連れ帰りたがったし、ルミアーナも帰りたいと望んだ。
しかし、帰してはもらえなかった。
いくら貞操は無事だったとはいえ、こんな傷だらけの令嬢をみれば誰も何もなかったとは思ってくれないだろうとルミアーナの名誉を案じての事である。
くちさがのない者にうっかり見られでもしたら、それでなくても何かと
何をどう、噂されるかもわからない。
下手をしたら、何の非もないルミアーナの純潔さえ疑われかねないのである。
用心に越したことはないだろうという事なのだ。
ルミアーナの滞在している部屋は、王妃の続きの部屋であり警備も厳重である。
件の問題の王太子は、厳戒態勢で秘密裏に離宮に幽閉されている。
ここまで誠意を以って臣下に詫びてくれる国王夫妻を無下にもできず、せめて顔の傷が癒えるまでは、ということになってしまったのである。
それでも、良かった事もある。
ここは、愛しいダルタス将軍の職場であり、彼が毎日登城してくるということだ。
しかも、訓練の前には必ずルミアーナの様子を見舞ってくれると約束してくたのである。
「ふぅっ…毎日会えるのは嬉しいけれど、やっぱりこの顔の傷はいくら何でもみっともないわよね?」と溜め息をもらす。
「まあ、ルミアーナ様そんなことは、ありませんわ!ルミアーナ様のお美しさはそんな小さな傷ごときでは揺らぎませんわ!」と、知らせを聞いて公爵家から駆け付けたフォーリーが言った。
「そうよ、ルミアーナ!命懸けで操を守るなんて、母は貴女を誇りに思っていてよ。」
同じく駆けつけた母も娘を励ます。
「ダルタス様にはお会いしたいけどこんな顔…ダルタス様に見られたくない」と、ルミアーナが母にもらすと、とんでもないと言うような顔をして首を振った。
「まあ!何を言っているの?そんな事を言っては駄目よ。特に今日はね」と母は嬉しそうに言った。
何が『
と思うルミアーナだったが、何やら母がほくほく顔なので、まあ何か良い事なのだろうと楽しみにすることにした。
しかし、ルミアーナは何だかダルタスに会うのは恥ずかしかった。
助け出されたときの状況を思い出したからだ。
(わ、わ、わ私ってば、あの時は多分過呼吸気味で意識もそぞろだったけど、ダルタス様、上半身裸だったのよね。今考えると恥ずかしいわ。ダ、ダルタスの
包帯は見た目痛ましく見えるものの深い傷ではないのでルミアーナはもう全くもって元気はつらつである。
手だけは、まだ傷がひきつって痛むものの、他は痛みもなく体は元気なので、日課のトレーニングもしっかり行っていた。
ルミアーナの、トレーニングを初めて見た母はびっくり仰天である。
最初の頃は父母を驚かせまいと内緒で鍛錬していたルミアーナだったが、この機会に親にも自分が強くなりたいと思っていることをアピールしておこうと思ったのである。
母ルミネは、この娘は父の後を継いで騎士にでもなるつもりなのかと目を疑ったが、ルミアーナの「自分の身は自分で守りたい!」という言葉にその覚悟のほどを見た気がした。
命を狙われ一年ものあいだ、眠りについた恐怖は、ルミアーナにとってそれほどの覚悟を迫られるものだったのだろうと涙ながらに納得した。
ルミネは、そんな娘を不憫にも頼もしくも思い、したいようにさせようと思った。
ルミアーナは、最初の頃からの柔軟体操とラジオ体操だけではなく腹筋百回腕立て伏せ百回スクワット百回、それにレッグスウィング百回も今は加えている。
ついでに言うと誰も見てないときに合気道や柔道の技の練習もしている。
そうこうしている内に、そろそろダルタス将軍の来る頃だとフォーリーが言うので、ルミアーナは慌てて湯あみをして汗を流しドレスに着替える。
これにはなんと王妃まで加わりきゃっきゃ言いながら母とフォーリーとでルミアーナを飾り立てる!
「なんと、可愛らしい!ルミネ殿が羨ましい!こんな可愛らしい、しかも美しい娘がいて!妾にも姫がおればなあ…」と心底羨ましそうに呟く。
「まあ、王妃様もったいない御言葉ですわ」と、母ルミネは、娘が褒められ嬉しそうに言葉を返す。
「のう、ルミアーナよ。ダルタスは、私の兄の子、つまりそなたがダルタスと結婚すれば私の義理の姪になる訳じゃ。」
「まあ、光栄にございます」
「アクルスは、心底反省するまで東の塔から出さぬ故、安心していつでも顔を見せにきておくれ。私は本当は其方を娘と呼びたかったが今となっては…。せめて姪と呼ばせておくれ」と王妃はせつなくも優しい笑顔をルミアーナに向けた。
「まあ、嬉しゅうございます。王妃様」と、ルミアーナはとびきりの笑顔をかえす。
「!」真正面からルミアーナの満面の笑みを受け止めてしまった王妃が一瞬固まる。
…美少女の笑顔の破壊力はすごいのである。
王妃はルミアーナの心からの笑顔にプルプルと震え身悶えする。
もうもう、もう!王妃様はメロメロでルミアーナが可愛くてしょうがない。
ルミアーナの見た目の可愛らしさといったら老若男女を惑わす
ルミアーナは今、王妃から贈られた真珠の髪飾りを髪にちりばめ、薄いベールを肩にかけ裾の方が淡い桜色に染まった全体的には白を基調としたシルクのドレスを身に纏っている。
室内にまるで花が咲いたようである。
ルミアーナの支度が調って間もなく、召し使いがダルタス将軍とアークフィル公爵、さらには国王までもが来たことを告げる。
「まあ、お父様と一緒に?王様まで?」
ルミアーナは何事かと、きょとんとした。
母と父は物凄くにこにこしている。
なんだろう?。
王様が、まずルミアーナに語りかけた。
「ルミアーナよ、先日の件でそなたがいかにダルタス将軍の事を思っているかがよくわかった。そしてダルタス将軍からもそなたに大切な話がある。」
「大切な話?」
「そうじゃダルタス…。」
「は!」とダルタス将軍は、右手を胸にあて王へ礼をとるとルミアーナの方へ向き直る。
「ルミアーナ嬢!」
「え、あ!はい」
「私達は、ほんの数日前、見合いしたばかりだが既に婚約もしている。本来なら一年以上の婚約期間を経てから結婚するのが通例だ」
「はい。そうですわね?」それはそうだよね?わかってるよ。うん
「だが、私は昨日の一件で責任を感じている。」
ん?責任?
「私が招いた城内で貴女は傷ついて私は守れ切れなかった!」
「?そんなことは、ありませんわ。私、無事でしたし」
「唇ひとつすらうばわれてはおりませんし!」ここ!大事!とばかりに、ルミアーナは強調してみた!
「美しいその顔や手に傷が…」
「こんなもの、ほっといても治ります。」
ダルタスは、言った。
「私に責任をとらせてほしい」
…責任…??
「責任をとるって?何を?」
「…つまり結婚を、申し込んでいる。」
公爵夫妻はやった!嬉しそうに二人を見ている。
『事成れり!』とばかりに喜色満面である。
しかしルミアーナは言葉に詰まった。
なに?ダルタス様は私が顔に怪我をしたから
好きだからとかではなく?
責任からの結婚…という言葉は今更ながらルミアーナにこらえようのない憤りを感じさせられた。
頭を鈍器で殴られたようなショックだ。
それと同時に突然現れた津波のように独り言めいた考えが、おしよせる。
そりゃあね見合いですものね?
恋愛結婚じゃないわよ!
ないけどね!ないけどね?
恋愛結婚って訳じゃなくてもせめてお互いが気に入って結婚するものじゃないの?
それが、
少なくとも自分は、会う前から彼の人となりを聞き、すばらしいと思い入れていたわ。
そして、会えば
…「
ルミアーナは発作的に
「お断りします!」ときっぱり言いはなった。
「「「はああああー???」」」」
と、周りが驚いた。
王も王妃も父も母も…ダルタスも驚いた。
皆、ルミアーナが頬を染めて喜ぶと思っていたのである。
命がけでダルタスに操だてをするほどにダルタスに恋い焦がれていたはずである。
だからこそ、父も母も、ほくほく顔で結婚の申し込みを打診し国王夫妻を承認として立ち会って頂く事にしたのだから。
「
くっと苦々しい顔をしたルミアーナは、苦しそうに言った。
目にはうっすら涙すら溜めている。
驚きすぎて茫然自失のダルタスは声もだせずにいた。
戦いのさなかでもこんなに混乱したことはなかった。
そんなダルタスの困惑顔をルミアーナはまた
「ああ、そんな困った顔をなさらないでください。ダルタス様が、私が想うように思ってくださらなくてもそれはダルタス様が悪い訳ではありません。貴族の娘に生まれながら父が母を想うような愛情がほしいと願う私が非常識なのです。きっと…」
そうだ、よくよく考えれば見合いだって王太子に
ダルタス様はしたくもない見合いをしたのだ。
結婚だって、きっとまだ考えてもいなかっただろう。
いや、それどころかダルタスほどの人に恋人の一人や二人いてもおかしくないのでは?
いや、むしろいない方が変だ!
と、ルミアーナは、どんどん悪い方に考えがわいてきてしかも、確信してしまった。
自分は、なんと自分勝手な想いを押し付けたのかと!
この強くて優しい人は、気に入ってもない女を守るために自分を犠牲にして結婚してくれるというのだ。
そんな理不尽な結婚があっていいのか?否!そんなことは、ダメだ!ダメに決まっている!
好きでもない相手と結婚するなんて不幸、愛する人にさせてはならない。
はっ!と、気付く。
自分が好きだからと言って相手に結婚を強いるなんて
ルミアーナは悲しい顔で絞りだすように言の葉を紡いでいく。
「ダルタス様が責任をとるため…なんて
あまりの急展開に一同しんと静まり返り沈黙の時間が流れたが、国王がはっと何かに気づいたように言葉を放った。
「あいわかった!余がみとめる。結婚はルミアーナを真に想うものを選ぶが良い。また、あまり例のない事ではあるがルミアーナが望むなら、これを機に女性側からの婚約破棄も認めよう」
「「ええっ!」」アークフィル公爵夫妻が驚きの声をあげた。
「そんな!国王陛下!娘は何か思い違いをしているのです!おまちを!」と父親のアークフィル公爵が慌てて申したてる。
「そうですわ!娘はダルタス将軍を慕っておりますのに!」と母ルミネも言う。
どう考えてもルミアーナはダルタス将軍のことが好きなのに何を血迷ったのか変に誤解して自ら将軍の事を諦めようとしているのはおかしい。
「お父様、お母様おやめくださいませ!これ以上私をみじめな思いをさせないで下さいませ。国王陛下!ありがとうございます。」
ルミアーナは有無を言わせぬ勢いで言葉を続けた。
「そしてダルタス様、本当に申し訳ございませんでした。そもそも、王太子様の悪戯心からしくまれたご縁だったのに、ダルタスさまのご迷惑も考えず…自分の気持ちだけで盛り上がっていたこと…私、今…とても自分を恥じております。一時でもダルタス様の婚約者として幸せな夢をみさせて頂きましたが、責任などでダルタス様の未来を縛りたくはございません。それが私なりの矜持でございます。」と涙をこらえながら息継ぎもせず、一気に言い放った。
「ルミアーナ、それは…」
…違う!と言いかけたその時、国王が間髪いれずにまた口を挟んだ。
「よくぞ申した!ルミアーナ!その心根あっぱれなり!ここに婚約破棄の儀、
あまりの事のなりゆきに両親は声もでない。
見合いから婚約、婚約から婚約破棄までわずか一週間のことだった。
そう!国王は気づいたのである。
ダルタスとの婚約が破棄されれば、また王太子の妃なる可能性もでてくるかもしれない!
王太子は無理でもまだ第二王子の嫁に!
そうすれば
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