第20話 王太子捕わる!

 一方、ジョナは王妃様付きの侍女である姉サリナの所に急いで行き先程の王太子の様子を伝えた。


 緊急事態だと察したサリナは直ぐ様、王妃の下へ行き手短に用件を話すと王妃もまた直ぐに切迫した事態だと察し王太子の宮へと足早に向かった。


 向かった先にはまさしく鬼将軍の名をより高めそうな怒り狂ったダルタス将軍が扉を警護する衛兵二人を殺さんばかりに締め付けて「扉をあけろ!」とすごんでいた。


 知らせを受けて湯殿から急いで出てきたダルタスはズボンは身につけているものの上半身裸のままである。


「何人たりとも通すなとのご命令で…」と衛兵は首を絞められながらも言うとダルタスの咆哮をあびて放り投げられた。


「死にたいかっ!うぉぉぉぉ」

 中からはルミアーナの悲鳴が聞こえてきて一刻の猶予もないと知れる。


「私に触れたら死にますっっ!」

 扉の向こうから激しく叫ぶ声が聞こえた!


 その悲痛な叫びを王妃も聞きつけ青ざめる!

「なんてこと!ダルタスっ、王妃たる私が許します。その扉を壊してでも姫君を助けなさい!」と、言い放った。


 ダルタスが扉をぶちやぶり中を見渡すと、その場にいた者、皆が凍りついた。


 姫は泣きながら手から首から血を流している。

 今にも手に持った陶器の欠片で喉をかききって死ぬ寸前に見えた。

 その凄惨な状況に皆言葉を失う。

(ちなみに見かけほど傷は深くはない)


「ルミアーナ!」

 その声にルミアーナが振り向くとダルタスがいた。


「ダ…ダル…タス様?」とその場にくずれおちる。


 ダルタスがかけより、さっとルミアーナを自分の背にかくし、アクルスに凄む。


「ルミアーナは、既に私の婚約者です。アクルス王太子よ!貴方おまえさんがそう仕組んだ筈だ」


「っ!」


「うるさい!うるさいっっ!ダルタス!王太子の部屋に乱入とは、不敬である!ルミアーナ姫は次代の王妃に相応しいと私が認めたのだ」と、王太子が言うと壊れた扉の向こうから叱責がとんできた!


「アクルス!そなたが姫にふさわしくありません!」

 王妃グラシアが、息子であるアクルス王太子を一喝した。


「は、母上!?」と王妃の登場にアクルスは一瞬ひるみ狼狽えた。


「嫌がる姫に何という…」心底あきれ果て、哀れみを含む声である。


「ダルタス将軍、姫を直ぐに私の部屋に!サリナ!医師をすぐに、手配して!」


「はいっ」と、侍女のサリナは素早く医師を呼びに走った。


 王妃に付き従ってきた衛兵達に王妃が、命じる。

「衛兵、王太子をとらえよ!東の塔へ幽閉じゃ!」


「ははっ」数名の兵士らがアクルスを取り押さえる。

「母上!王妃様!我は王太子ぞ!」アクルスはそう叫んだが王妃はきっと息子を見据えて言い放つ。


「今のそなたにその資格はないわ!頭を冷やしなさい!」と一瞬足りともひるまぬその様子に「くっ」と小さくうめき、諦めたように王太子は項垂れて連行された。


 ダルタスがルミアーナに向き合い手にもつ陶器の欠片を外そうとするが、よほどの緊張からか、手が開けない。

 ハッタリが通じそうもなかった事で本当に切羽詰まり、本当に死ぬしかないのかと極限まで焦ったせいだろう。

 小刻みにふるえている。


 今の自分のひ弱さにも悔しくて悔しくて憤慨していたせいもあるかもしれない。 (いや、この世界での貴族の令嬢のレベルから言うと相当強くなってはいるのだが)


 ダルタスは血を流すままの姫を抱き上げ医師の待つ王妃の部屋へ急ぐ。


 すぐに医師の的確な治療が行われた。

 幸いにも深い傷はなく血はすぐに止まった。


 もともと死ぬ気はなくて、ハッタリであえて少しだけ傷をつけたのだから当たり前なのだが、こんなことする令嬢は国中探してもルミアーナくらいだろう。


 陶器の破片が飛んだのか顔にもいくつか傷がある。

(これは、わざとではなくたまたまである。跡が残るほどではないにせよ意外と血が流れた。怒りのあまり頭に血が上っていたせいもあっただろう)


 王太子の侍従達に捕らえられていたアークフィル公爵も王妃の手の者にすぐに助けられルミアーナの下へきたが、その様子に驚き悲しんだ。


「お父様…もう…大丈夫ですわ。ダルタス様がきてくださいましたもの。私は無事です」

 ダルタスや王妃達に助けられようやく落ちついたルミアーナはなんとか笑顔を作った。


 しかし、無理をして笑顔を作っている様はなかなかに痛ましく余計に涙をさそう。


「無事なものか!その手はどうしたのだ!顔にまで傷が! 一体何がどうなったのだ!」と泣きそうな顔でアークフィル公爵は娘に歩み寄った。


「こ、これは…王太子殿下が私を力付くでも手に入れるなどと仰るから…でも王太子殿下を傷つける訳にはいかないと思って…なんとか逃れるには、もう…死ぬ(フリだけど)しかないのかと思ってしまって…でもダルタス様が来てくれたので大丈夫でしたよ」とへにょりと笑った。


 なんとか父を安心させようとルミアーナが説明するが、父親にしたら、この有様を到底納得できる筈もない。


「なぜ、そなたが死なねばならん?どうしてそんなことに!」父が悔し涙を浮かべながらそう吐く。


「それは、余も聞いてみたい…」と、王妃と共になんと国王が入ってきた。

 慌てて、アークフィル公爵もルミアーナも頭を下げ胸に片手をあて礼をとる。


「ああ、良いから楽にしてくれ。王妃から仔細は聞いた。王太子は真に済まないことをしでかしたと思うし親として申し訳なく思う」

 王は王妃と共に深い謝罪の念をつたえ深々と頭を下げる。


「そんな国王陛下、王妃様、もったいのうございます。私はもう大丈夫ですから、頭をおあげくださいませ!」とルミアーナが恐縮する。


 しかしながら、それはそれとして気になった事を王は聞いてみた。


「だが、ルミアーナよ。そなたは王太子を一瞬でも受け入れようとは思わなかったのかね?未来の王妃になれるとは思わなかったのかね?」と聞いた。


 愚かな息子ではあるが、武術にも秀で見栄えもよく世の女性たちからは憧れられる存在であったので、年若い娘がアクルスに見向きもせず、鬼将軍と恐れられるダルタスを選ぶという事が王には不思議に思えた。


 ルミアーナは、きょとんとしてさも、当然の事のように答える。

 それはもうきっぱりと!


「え?思いませんでしたわ」


「ほう」


「陛下!だって私、ダルタス様の婚約者ですもの!心に決めた方以外のものになるなどという不貞は許されませんもの」ときっぱりと言い切る。


(王太子なんか、生理的に無理っ!)と思ったことは、内緒である。


「なんと貞淑なる姫か」王は感心した。

「ほんに…」と、王妃は王に同意した。


「それなのに王太子ときたら、あれほど姫がダルタス将軍と婚約しても良いのかと念を押したに、愚かにもダルタス将軍との見合いをもくろみ、いざ将軍との婚約が決まったら、やはり惜しくなっただのと…穴があったらうめてやりたいわ!」と、王妃はいきりたった。


 国王夫妻は、一途で可愛らしいルミアーナを大変好ましく思い、叶うことなら王太子の妃とし、娘として迎えたかったと本気で思っていた。


 しかし、ダルタスへの誠実な想いを権力でどうこうできるものではないということもひしひしと感じたのである。


 王も王妃もかえすがえすも思った。

「バカ息子め!」…と…。

 今回の不始末は王家にとっても恥ではあるが、何より被害者であるルミアーナに不名誉な噂が立つことを恐れ秘密裏に処理される事となった。


 王太子アクルスは、海外にお忍びで留学中という表向きで、人も立ち寄らぬ東の塔へと期日を定めずの無期幽閉となったのだった。

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