第16話 ダルタス将軍の想い

 アークフィル公爵家から戻り自室でくつろぎながら、ダルタスは物思いにふけっていた。


 …いくら婚約したからといって大切な娘と私のような男をあえて二人きりにする公爵夫妻の理解に苦しむ。


 ルミアーナ嬢が心配ではないのか?

 襲われでもしたらどうする?

 いや、襲うぞ!

 ほんとに危なかったぞ!


 彼女は、くったくなく私に笑いかけてきて俺にあわせた会話を本当に、楽しそうにする。

 目があうだけで頬を赤く染める。


 勘違いするなと自分に言い聞かせるが、それでも勘違いしそうになる。


 俺の事ばかり聞いてくる彼女に俺も彼女の事をきいてみた。


「ルミアーナ嬢は、普段どうすごしているのだ?」


「あら、私ですか?私は一年以上も眠っておりましたから、目覚めた時には腕も体も重くてなかなかもちあがりませんでしたの」と言った。


 その言葉にはっとした。

 そうだ、彼女は望んでもいない王太子妃候補などに名前があがったばかりに(まぁ、それが原因とは断定されてはいないものの)命を狙われ毒によって倒れ、一年以上もの間、深い眠りにつき死線をさまよっていたのだ。


 まだまだ寝たきりの状態でもおかしくなかったはずだ。


 まだ目覚めて半年ほどか…よほど頑張ったのだろう。


 そういえば怪我で1ヶ月ほど寝込んだ部下の1人も筋力がおちて普通に歩けるようになるのに随分とかかったと言っていた。


 屈強な兵士でもだ…。


「それは大変だったな」

 そう彼女に言うとまた極上の微笑みをかえして、得意気な口調で言葉を続けた。


「ふふっ!ですから体を鍛えようと毎日少しずつ体を動かす練習からはじめて今も、毎朝、毎晩きめた運動をしてますのよ。最近では息切れすることなく屋敷のまわりを走れるようにもなりましたの」と、少しだけ得意げに可愛らしくほほ笑んだ。


「ほう?」


 この姫は…可愛らしいだけではないのだな…と、そう思った。


 そして彼女は、なんと俺の訓練を見てみたいと言う。

 そんなものを年頃の婦女子が見ても楽しくはなかろうと思うのだが、その熱心さについ応えたくなった。

 あしたの訓練を見学に父親に連れてきてもらうと良いと薦めた。


 すると彼女は、すごく喜んで…。

 感謝の言葉を口にしながら抱きついてきて…。


 咄嗟、彼女は自分を恥じるように

「あっ!っ!ご、ごめんなさい!私ってばはしたなかったですね?」と、しゅんとした。

 全く!どんだけ可愛いんだ!俺を悶え殺す気か!


「問題ない」と焦って言ったものの、彼女は不安そうにわたしの顔色を窺うかのようにみた。


「あの…ダルタス様…?ダルタス様はじゃじゃ馬な、女の子はお嫌いですか?」


「む?何故そんなことを?」と俺が答えると


「私、やはり嘘は、嫌なので正直に言います」と彼女が言った。


『嘘』…と言う言葉に、一瞬、やはりこの婚約は意に染まぬものだったとかか?と思い、彼女の気持ちを疑ってしまったが全く思いがけない言葉が返ってきた。


「私、私!全然、深窓のご令嬢などではありませんの!むしろお転婆でじゃじゃ馬な女ですの!」と、目をつむって今にも泣きそうな顔で告白してきた。


 あんまりにも、思いがけなかったので、一瞬言葉につまったが…。

「問題ない」と答えた。


 …全く何を言うかと身構えたらそんな事か…と思った。


 彼女が俺を拒否する以外のことなら大概のことは受け入れられそうだ。

 彼女にあう前には考えもしなかった事が自分におきている。

 心がざわつく。

 美しい顔だちも、優しい声も、温かい微笑みも…その泣きそうな顔すら愛しいと思う。


 言う事なすことすべてが可愛らしすぎるからもう堪忍してくれ。

 自分の理性が今にも限界を迎えそうだ。


「ほんとに?」と探るように言ってきたが俺は短く「ああ」と答えた。


 すると、彼女はあろうことか

「ダルタス様!ありがとうっ!」と、言うや否や抱きついて俺の頬に!

 皆が恐れて目も背けるような頬の傷痕にキスしてきたのだ。


 それは、子供が親にするような可愛らしいキスだった!

 だがしかし!これは反則だろう!


 可愛すぎてもう本当に、無理だから!


 ぷちっ、となにかが切れた。

 それは多分、理性?


 ああ、もう本当に、無理!限界だ!


 彼女は耳まで真っ赤になりながら

「うふっ」と笑うと照れかくしのようにぱっと俺から離れて駆け出した。

 反射的に追いかけた。


 逃がさない!


 とっさに、思った。

 もはや本能といってもいいだろう。


 直ぐ様追いつき後ろから彼女の細い腰に手を回し、たぐりよせるようにして、抱き上げ口づけた。


「逃げるな」と言うと彼女は真っ赤になりながら

「はい」と言って顔を俺の首もとにうずめた。

 すりよせてくる柔らかい彼女の頬の感覚。

 ほのかに香る彼女の優しく甘い香り。


 くうっ…

 そのまま押し倒してしまいそうな欲望をかろうじて、髪の毛一本ほど残した理性でなんとか持ちこたえる。


 ここが、彼女の家(屋敷)の庭であり直ぐそばに彼女の両親がいるという事実が、自分をぎりぎりで、留まらせた。


 ほんとの本っ当に危なかったからな!

 アークフィル公爵夫妻よ!


 とりあえず理性が完璧に崩壊する前に…と軍部で鍛えぬいた鋼の精神力を総動員して

「そろそろ、公爵たちの所へ戻ろう」と言った。


 二人きりはヤバイ!

『自分が一番信じられん!』と、そう思った。

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