第9話 お見合いだけど初恋です!

 ルミアーナの移動は何かと無用心という事で、ダルタス将軍とルミアーナのお見合いは、アークフィル公爵家のサロンで行われる事となった。


 国王夫妻は信任の厚いアークフィル公爵の令嬢ルミアーナと王太子の婚儀を夢みていたが、そもそもこのお見合いは王太子むすこが提案した事だという…。


 王太子にルミアーナ嬢を妃候補から外しても構わないのかと何度も、本当に構わないと言うのなら致し方ないとしぶしぶダルタス将軍との見合いを承認した。


 ***


 一方、その日の朝からダルタス将軍は、とても憂鬱だった。


 自分が見合いなどと…。

 世の女性から自分が、など百も承知しているのだから。


 初めて好意を寄せた女性には近寄っただけで怯えられて泣かれた。

 まだ少年で今より背も低かった頃でさえである。


 まだ一兵卒だった頃、面白がる上司に無理やりつれて行かれた娼館でも自分をみるなり「殺さないで」と叫ばれてキレそうになった事もある。


 それなのに、深窓のご令嬢との見合いなどと…。

 怯えて泣かれるに決まっているではないか!

 ましてや相手は十歳近くも歳の違う少女なのだ。

 アクルス王太子のような女性受けする優男ならまだしも…。


 相手の令嬢が気の毒すぎるというものである。


 鬼悪魔のような世間の評判だが、実際のダルタスに婦女子をいたぶるような嗜虐趣味は断じてない。

 深窓のご令嬢が自分をみて怯える姿など見たくはないのだ。


 自分だとて内心、傷つくのである。


 泣かれたりされたらどうしようと思う。

 百戦錬磨?の娼婦にさえ恐れられる自分である。


 ろくに外の世界も知らない箱入りの姫君など…

 もしかしたら気絶されてしまうかもしれないではないか…とあれこれ考えてどんどん憂鬱になる。


 ましてや、あの馬鹿王太子アクルスが付き添いだと称して付いてくると言う。

 面白がっているのだ、あの馬鹿従弟の王太子は!


 それに、あんな見た目、良いのが横に張り付いていたら余計に自分が恐ろしく見えるに違いない。


 こんな窮地に自分と令嬢を陥れた王太子アクルスを何度もぶちのめしたい感情に囚われたものである。


 しかし相手は腐っても『次期国王となる王太子』

 ダルタスは鋼の精神で何とかもちこたえた…。


 たとえ従弟とは言え不本意ではあっても自分は臣下なのだ。

(くそっ!茶番だ!)

 そう、思いながらも…。


 ***


 ダルタス将軍と王太子はアークフィル公爵家へと到着し、家令にサロンへと案内された。


 アークフィル公爵が王太子とダルタス将軍を出迎えた。

 ちなみに、この見合いに反対なルミネは自室に籠ってしまっている。


「ようこそ、お越しくださいました。娘を呼びにやらせますので、どうぞ、お掛けになって下さい」と二人を席に着かせる。


 公爵は付き添いの王太子には、少し離れた席を案内した。

 王太子は見合いする二人を眺めるにはちょうど良いと思ったのか含みのある笑顔で着座した。


 そして肝心のお見合い相手のダルタスには、ルミアーナが座る席の対面に着いて頂いた。


 ほどなく侍女を伴いながらルミアーナが、入ってきた。

 その姿を目にした途端、ダルタスと王太子は二人とも息をするのも忘れそうになった。

 信じられないものを見るような眼差しがルミアーナの姿を捕える。


 淡く煌めく金の髪をレースのリボンで飾り、清楚な薄い水色と白のドレスに身を纏ったルミアーナはまるで妖精のプリンセスのようだった。

 その双碧の瞳はどんな宝石よりも美しく吸い込まれそうな程である。


 予想外のルミアーナの尋常ならざる美しさにダルタスも王太子も固まってしまったが、先にダルタスがはっと意識をもどした。


 そして、真っ先に、思った事は、この美しい少女が自分に怯えるのではという事だった。


 武骨で根っからの武人のダルタスだが、敵とみなさない者への思いやりは深く優しい。

 自分はなんでこんな所まできてしまったのかと、途端に消え入りたいような後悔の念を抱く。


 すると思いがけず少女は、真っ直ぐに自分の方へ向かってくる。

 怯える様子など微塵も感じさせずに近寄ってきたのだ。


 それも、特上の人懐っこそうな満面の笑みを浮かべて!


「お初にお目にかかります。アークフィル公爵が娘、ルミアーナにございます」

 少女はドレスの裾を少し持ち上げ腰をかがめると上品に礼をとった。


 ダルタスは驚いた。


 自分を恐れるどころか真っ直ぐに自分に向かって歩いてきて、真っ先に礼をとったのである。


 ダルタスは思った。

 まさかだろう?いや…まあ、見合いの相手は自分なのだからそれでも良いのかもしれないが…。

 自分に怯えないばかりか『王太子と並んでいて王太子に目もくれない娘がいるなんて…』と、困惑した。


 父親であるアークフィル公爵は、その様子をみて内心ひどく喜んだ。

 さすが我が娘!冷やかしでついてきた王太子などには目もくれていない!

 我が娘は、男の本当の価値がわかる聡明な娘であると!


(…とゆーか、ルミアーナ的には、まあ、単純に美羽の頃からの好みっていうだけだったんだけどねっっ!)


 目もくれないってゆーか、ぶっちゃけ、王太子なんぞ目にも入ってなかっただけだ。 

 自分の中身が、武闘派なものだから優男より鍛えぬかれた戦士に憧れてしまうのだ!

 これは、ルミアーナにとってはごくごく当たり前の事だったという訳である。


 アークフィル公爵はにやっと口角を片方だけあげながら、王太子に目もくれない娘に(内心は、大喜びだが)軽く嗜めるように声をかける。


「これこれルミアーナ、いくら今日の主役がダルタス将軍だと言っても付き添いで来てくださったアクルス王太子様にもご挨拶しないか」と。


「あ…」と、まるで本当に今の今、気づいたようにルミアーナはアクルスに目をやる。

(はっきり言って全く好みでもない王太子など、どうでもよかったのだが…)


 そして深々と頭を下げた。

「この度のダルタス様とのお話は王太子様からのお声がかりとか…お心遣いありがとう存じます」と言い、礼をとった。


 王太子は再び固まってしまった。

 声までも美しく可愛らしいのだ。

 何もかも予想外すぎたのか呆けたまんまである。


 ちなみにルミアーナの内心は、(あー、こいつがチャラい王太子か、なるほど…)である。


 一応の礼は、尽くすもののそれ以上全くアクルスに興味も示さず、当然のように、ダルタスの真向かいの席に着く。


 ダルタスは、動揺を隠せず慌てた。

「あ、貴女は私が怖くないのか?」


 自虐的だとは思うが、つい口にしてしまった。

 自分を見て怖がらない、目をそらしもしない貴族令嬢がいるなど、これまでの経験上、信じられなかった。


 へ?なんで?とルミアーナは思ったが、メチャクチャ好みのダルタス将軍にちょっとでも好印象をもたれたくて、猫もきっちり被りつつ上品に小首を傾げた。


 そして純真無垢な、きょとんとした表情でルミアーナは答える。


「え?まさか!何が怖いのでしょう?ダルタス様ならば私を守って下さると父は申しておりました。ダルタス様は私を傷つけたりなさらないでしょう?」と、さりげな~く自分が積極的なのを父のせいにして、照れ隠ししてしまうルミアーナである。(むろん、隠しきれてはいないが!)


 内心は、(きゃあん、何これ!予想より遥かに素敵すぎ!今すぐ嫁になりたい~んっ!頬っぺの傷がまたなんて男らしいの!素敵素敵素敵ーっ)…なのである。

 内心、悶えまくりのルミアーナだ。


 しかし、ダルタスは、成る程、お父上に言われたから…ということか…と冷静に受け止めなおした。

 それで素直に自分を守ってくれる者として認識しているのか…と。


 それにしても生粋の深窓の令嬢というのはこれほどまでに無垢で素直なものなのか…と感心し、多少の誤解も含みながらも何となく納得した。


「う…む…貴女の事は全身全霊でお守りすると誓おう」


 それはダルタス自身、自分でも不思議なほどすんなりと、嘘偽りなく思ったままに、口をついて出てきた言葉だった。


 ルミアーナが、か弱い身で命を狙われてた事を思い出し、彼女の不安を少しでも和らげてやりたくなったのだ。


 真剣な眼差しで、そんな事を言われたルミアーナは、中身が男前でも色恋沙汰には全く免疫のない純度百パーセントの乙女である。


 猫など被らなくても、ごくごく自然にぽぽっと頬を染めて俯く。

 胸の奥がきゅうっと、締め付けられる。


 ああ、もう!きゅん死にしそう!と心の中でさけぶが、なんとかぎりぎり持ちこたえる。

「あ、ありがとうございます」と恥ずかしそうに言って微笑んだ。

 ルミアーナの白い肌が耳まで真っ赤に染まる。


 そんな、いかにも初々しいルミアーナの仕草にダルタスは、雷に打たれたかのごとき衝撃を受け、悶絶しそうになる。


 う、うぉぉぉおおおお、な、なんだ!?

 なんなんだ!?


 この可憐で可愛らしい生き物は!!


 この世の中にこんな綺麗で可愛らしいものが存在していたのか!?


 おもわず口許を片手でおさえ口から心臓が飛び出てしまいそうなのを押さえる!

 ダルタス将軍は顔も体も熱くなりあせった。


 平静を何とか装おっているものの、内心はルミアーナを目の前にひざまづき倒れこみそうだった。

 戦場で命の危険と隣り合わせの時のほうが、よほど冷静でいられたかもしれない。


 二人の甘ったるい様子を見ていたアークフィル公爵は、ご満悦である。

 娘の方もまんざらではないのだと確信し安堵した。


「ではダルタス将軍、我が娘との婚約のお話は進めさせて頂くということで宜しいでしょうか?」と念押しすると、ダルタスは一瞬、間をおいて


「わ…私の方は…問題ない…」とそっけなく答えた。


(きゃーん!…問題ない…!だって!そっけない言い方までかっこいーいーっ!)

 超絶美少女に転生して良かったー!とか、ナルシストみたいなアホな事を思いながらも

 きゅんきゅんしながら心のなかで悶えまくっていたルミアーナは、かろうじて表面には出さず、慎ましやかにしていた。


「ルミアーナも、よいな?」と公爵が尋ねると

 ぼぼっと耳まで赤くなって俯きながら

「はい、お父様…」

 と、小さな声で答えた。


 この日、正式に公爵令嬢ルミアーナとダルタス・ラフィリアード将軍の婚約が整ったのだった。


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