第5話 侍女フォーリーの思い

 目覚めてからの姫様は以前の姫様とはまるで別人で人が変わられたようだ。


 以前の姫様は、誰ともわからぬ者に命を狙われたり拐われそうになったりして、すっかり人が信じられず疑心暗鬼ぎしんあんきにとらわれ、いつもびくびくしていらした。


 姫様は小さい頃から見守り続けた私にすらお心を閉ざし気味で…私は、それがとても悲しかった。


 無理もない事だけれど…。


 お食事に毒をもられて毒味役が死んだ事もあったっけ…。


 これで人を信用しろって言う方が無理よね?


 むしろ警戒してくださる方が良いのだけれど、美しいお顔からは笑顔は消えて、宝石のような瞳は何もかも諦めたように冷たくなっていった。


 お部屋にこもりがちで昼間でもカーテンをひいて過ごされていたわ。


 それなのに、そこまで用心していたにも拘わらずあの忌まわしい事件はおきてしまった。


 私がたった一晩、腰を痛めた祖母のお見舞いでお暇を頂いていた時に起きた、あのお香への毒物混入事件である。


 臨時に入っていた侍女が捕らえられたが、次の瞬間、服毒して自害してしまったという。


 死人に口なし…。

 結局どこの誰の差し金か明確にすることは出来なかった。

 あの事件から一年以上たつのに、わからずじまいのままだ。


 生まれながらに王太子様のお妃候補筆頭の姫様を、邪魔と思う貴族も少なくはなかろうが、証拠も無くめったな事は口にできない。

 そんな経緯もあり、せっかく目覚めても姫様には生きる希望も夢もないのではなかろうかと心から案じていたのだ。


 しかし、目覚めた姫様はまるで憑き物が落ちたような爽やかな笑顔で「おはよう」と言ったのである。



 その後も驚きの連続である。


 一年もの間、生死をさまよわれて、記憶も途切れ途切れ…どんなにかお心細くお感じであろうかと思われるのに、まるで別人のように屈託なく、よく笑いよく喋られる。


 …と、言っても誰も彼もというわけでもないようで、召し使いの中ではどうやら心を開いてくれているようなのである。


 これは、正直悪い気はしない…。


 とゆーか滅茶苦茶うれしい。

 だって姫様ときたら本当に綺麗で可愛らしすぎるのだ!

 胸がキュンキュンである。


 年甲斐もなくスキップしてしまいそうになるほど嬉しい。

 誠心誠意姫様にお仕えしようと改めて思った。


 そして姫様は、生きる為だと言って体を鍛える事にされたらしい。


 いきなり何事かと思って見守っていたがあの奇妙奇天烈なラジオタイソウ?とかいうものと、毎朝のお散歩を始められてからかれこれ一ヶ月ほどになろうか…?


 姫様の頬にはほんのりと赤みがさして一時間程歩いても息切れされる事もなくなってきた。


 明らかに以前の姫様とは比べ物にならないくらいにご健康になられてきた!

 なんと明日からはお散歩ではなく走るとおっしゃって運動用に男の子が着るようなブラウスやズボンまで新調させていた。


 もしかしたら、眠りにつかれる前に自室に閉じこもってお読みになっていたのは、健康法の書物だったのかもしれない。


 ***


 実際は…フォーリーも最初に思ったとおり「」だけなのだが…。


 まぁ、ルミアーナの記憶もおぼろげながらも確かに混在しているので「混じった」が正解かもしれない。

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