第4話 現状把握

 美羽みうはルミアーナの記憶を徐々に受け入れていくにつれ、自分のいた世界がいかに、平和であったのかと思う。


 いやまあ、世界的にみれば元いた世界にだって未だに戦争をしていたり核爆弾を作っていたりする国もあった訳だからほんとに全部が幸せな世界かと言えば、そうではないのだが…。

 だが、少なくとも自分の周りは呆れるくらいに平和だった。


 そして目覚める前の自分の事も思い出した。

 自分は間抜けにもコンクリートと鉄板で出来た歩道橋の階段の天辺から下までものの見事に転げ落ちたのである。


 多分あの時に美羽の自分は死んでしまったのだろうと思う。


 そして、生まれかわってこの世界でルミアーナとして生まれ育っていたのだが、毒殺されそうになった事で多分、魔法?だか何だか訳のわからない未知の力で延命された副作用?か何かで前世の自分の記憶が、呼び覚まされた?…とかなんとかね?


 まあ、あくまでも、自分なりのであり、立証のしようはないのだが、それは仕方ない事だろう。


 幸いドラマやマンガ、映画等のお陰でお姫様っぽい言葉を喋ることも難なく出来そうである。


 美羽だったときの記憶や知識は、この世界を生き抜くのに役立つだろう。


 人間あきらめが肝心と言うか、分からないことはいくら考えてもわからないのだから、わかる事からやってくしかないと潔く受け入れて頑張れることを頑張ろうと思う。


 そして命を狙われるというこの物騒な世界で生きていく為に、まず自分が信用できる人間を選別することにした。


 うーん、父上(カイン・アークフィル公爵)と母上(ルミネ・アークフィル)は、まあよしとして私の側近よね?

 よほど信用のできる相手でないとね。


 ベッドの上であぐらをかきつつ、人差し指でこめかみをぐりぐりしながら考える。


 およそ貴族のお姫様らしくない仕草ではあるが、もともとのルミアーナの意識よりも美羽の性格がすっかり定着してメインになってしまったようで、いたしかたない。


 ルミアーナの記憶もあるにはあるが、かなり混沌としている。


 まるで記憶の引き出しを全部ひっくり返したような状態とでも言おうか?思い出したいものを一所懸命探し当てないと出てこない感じである。


 とりあえず、自分が目覚めたとき大慌てで涙ぐみながら父上母上を呼びにいってくれた侍女は信用出来そうである。

 とにかく次にすすんでみよう…と心に決めたルミアーナは、その信用できそうな侍女に相談を持ちかけてみた。


 侍女の名前はフォーリー・ポリネット、24歳。


 侍女といっても子爵家令嬢の出で教養もあり

 ルミアーナが7歳の頃から仕えてくれている。

 この世界に不慣れなことは何かと頼らせて頂きたいと思う。


 その日、私は彼女にできるだけ自然に自分に協力してもらえるよう慎重に言葉を選んで話しかけた。


「ねぇ、フォーリー?その、私まだ目覚めたばかりで体がとてもだるくて重いの……」


「まあ、姫様、では医術師を呼びましょう!」フォーリーは、少し慌てたように言ったが、ルミアーナは、手を少し挙げてそれを止める。


「いいえ、医術師はいらないわ。記憶も徐々に戻ると思うし…それよりね、私は多分、運動不足だと思うの」


「運動?不足…でございますか?」


 フォーリーは不思議そうに首を傾げる。

 どうやら健康の為に体を動かして鍛えるとかの概念はこの世界の貴族にはあんまりないみたいである。


「そう、えーと、あのね?そう、のだけど、人間は適度に体を動かして鍛えないと病気にもなりやすく、足腰も弱ってしまうらしいのね?」


 とりあえず、前の世界のふつうの事でもここでは違う事が多そうなので、本で読んだことにしとこう…


「まあ、そうなのですか?私は特に何かはしていませんが丈夫なのですが…」


「それは、多分フォーリーが、侍女というお仕事の中、毎日、たくさん体を動かしているので必要な運動量が足りているのでしょう」


 そうそう、主婦が家事を真面目にするだけで、けっこう運動になるとか言うものね…と心の中で考える。


「それでね、急には無理かもしれないけれど、私、少しずつでもいいからお散歩や簡単な運動をして体を丈夫にしたいと思うのよ」


「まあ、それは…姫様がお元気になられるのでしたら、それ以上に良いことは、ございませんわ」と、フォーリーは、満面の笑みで賛成してくれた。


 うーん、フォーリーの笑顔、いいなあ。

 この笑顔は、信用できるよね?

 できなかったらもうこの世界で誰も信じらんないよ…と心の中で思うルミアーナであった。


 フォーリーは中々の癒し系美女だ。

 栗色の髪に薔薇色の健康そうな肌、琥珀色の瞳がとても綺麗で優しそうである。


「それでね、今日から毎朝、起きたら体操をするけど気にしないでね。それから食事をとった後、屋敷の周りを1時間ほど散歩に付き合ってもらえるかしら?」


「まぁ、もちろん、私は姫様付きの侍女ですから、どこなりとお供いたしますとも。しかし無理はなさらないで下さいましね?」

 と嬉しそうだが、少し心配そうである。


「大丈夫、無理はしないわ」とにっこり微笑んだ。


 さて、早速、朝の体操である。

 まだふらつく重い体をどうにか動かして、ルミアーナがまずした運動は…『ラジオ体操』だった。


 ラジオ体操…あれは実は筋力を効率的に鍛えるのに理想的な運動なのである!


 いきなりガニ股で屈伸運動、両手を上げ下げする私の動きにフォーリーは、ぎょっとしたようだが、さすが貴族子女、余計なツッコミは控えてくれているようだ。


 基礎体力がついたら徐々に美羽時代にこなしていた空手やヨガ、柔道部でこなしていたメニューも取り入れていこうと思う。


 食事もできるだけ豆類や鶏肉などの良質のたんぱく質を採れるようにフォーリーから料理番に指示を出してもらおう。


 まだあまり、実感はないままではあるが、陰謀うずまく?この世界でルミアーナは、

たくましくなくては生きてゆけない!」と、ぐっとこぶしをにぎりしめるのだった。

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