第二話 戦友の安堵
「それじゃあ頼むよ」
「……ああ」
釈然としない表情をしたアレクが、部屋を出る。
それを笑顔で見送ると、エリックは深く腰を下ろした。
「……ふう」
(受けて貰えて助かった)
エリックの提案は至ってシンプルな物。
それでいて誰もが飛び付くであろうモノ。
しかしアレクは拒もうとした。
それも必然。彼は政争の中に身を置いていたのだ。
例えかつての同僚の言葉であろうと、悪意を感じ取れなくても、容易く引き受けるわけがない。
それゆえにエリックは多少卑怯ながらも、彼の立場を利用させてもらうことにした。
それにて良心が痛もうが仕方無し。
国の為なのだと己に言い聞かせる。
「僕には出来なかったが彼等なら……」
前途有望な若者達を思い、エリックは呟く。
目を閉じると浮かぶは、北方出兵の時。
亡き皇子と共に最前線に立ち、兵を率いた際の事だ。
『……可笑しいな』
『確かに。敵が弱過ぎる。誘い込まれている可能性が——』
『そんな弱腰でどうしますかっ!殿下は帝国を取って立つ御方!敵は所詮島国!陸での戦いを知らぬだけでしょう!!これを機に押し込むべきですっ!』
『グルヒンド卿の言う通りです!我等は勝っているのです!此の機を逃すは愚者のする事っ!』
当時連れていたのは初陣の者ばかりで、戦を経験した事の有る者は、第一皇子とエリックを除いて、他に居なかった。
本来であれば、総大将たる第一皇子の言が優先されて然るべきだが、軍勢の主力は彼等の率いる北部諸侯軍。下手に拒否すれば空中分解する恐れがある。
それ故に、第一皇子は進む事を選んだ。
『我こそは連合王国が将、ナルペイド・リッチェルである——!連合王国が騎士達よ。我が名の下に、敵を滅せよ!!』
——囲まれた。
恐れていた事態が起こり、エリックは焦る。
包囲の穴は。敵軍の数は。前線部隊が戻ってくるまでの時間は。
異変を告げる狼煙を上げながら、超高速で頭を回す。
本陣に居る者は頼りにならない。軍勢を率いているといっても当主の名代。初陣どころか場数が少な過ぎる。
事実彼等は囲まれたと分かるや、第一皇子にどうすれば良いと訊く人形になっていた。
そんな彼等を冷たく睥睨するが、直ぐ様視線を外し、思考に浸る。
一秒一秒が、長く、それでいて短く感じる中、今一度周囲を確認しようと視界を動かす。
(……あれ……?)
エリックの瞳が、皇子を映す。
今尚貴族達を宥める彼を見て、エリックは確かな違和感を感じた。
(……何か——)
『鎮まれっ!』
突如空間を裂く怒鳴り声。それはエリックの意識を掬い上げ、敵兵の脚を止める。
敵味方問わず目するは声の主——帝国第一皇子、ヴィルヘルム・フィーゲルハイター・ロートリンゲン。
眼に宿すは眩い光。それ正しく勝機を見出した将の如く。
何千という兵士の視線に臆する様も見せず。
王者の風格を携え、彼は告げた。
『全軍突撃準備ッ!敵が崩れた所を一斉に叩くっ!!勝負を決めるぞッ!』
有無を言わさぬその口調に、再び時間は動き出す。別の意味で忙しく動き出す諸将。エリックもまた、騎士団を動かす準備を始めた。
『——何を馬鹿な事をっ!我等が崩れる!?そのような事、万が一つも在らぬわっ!天啓に任せるなどっ、帝国も落ちたものだなっ!!!』
——馬鹿げている。
正しくその通り。此のような作戦、馬鹿げている。破れかぶれというのも烏滸がましい。
——しかし本当にそうだろうか。
何せ発言者はあの第一皇子である。
文武両道。器用万能と世に言わしめる、本物の天才。
かような状況はエリックとて予測していた。進むと決めた時点で、何度もヴィルヘルムと話し合い——彼はその度に大丈夫だと言い張った。
内容を話せないのは、側近としての信頼が無いからだと思っていた。しかし此処は戦場。斥候、間者の蠢く死の場所。
言わなかったのではなく言えなかったのなら。
あの聡明な従兄弟殿が『大丈夫』だと言った。
ならば臣下として信じるに他は無い。
騎士隊長達に指示を出し、皇子の方を向く。
一人敵将を見据える第一皇子。その金髪が風に靡き——側に居る筈の存在に気付く。
『……あれ?』
——アレクは何処に……。
『——〝
疾る雷線。それは刹那のうちにナルペイドの頭へと吸い込まれて行き……。
『——!?』
寸分違わずナルペイドの頭蓋を射抜いた。
『——閣下——!?』
側に付いていた副将と思しき男が、驚異の声を上げる。しかし直ぐ様、彼は自身のその行動を呪うことになる。
何せ此処は戦場。
気を抜けば死ぬ、そんな場所。
大将が討ち取られた。では、次は?
追撃は直ぐ側に——。
『〝
宙にて現れる魔法陣。その数、十。
『なっ——!?』
敵将が瞠目する。
それは突如現れた方陣に対してか、それともその数故か。
何方にせよ遅れている事に変わりは無い。
その事実に歯軋りしつつも、流石は副将と言うべきか。止まらず回避行動を起こす。
けれども術者——アレクは思う。
——関係無いと。
何故ならこれは、彼を狙ったモノでは無いのだから。
『〝
言霊に導かれるようにして、一つ一つの魔法陣から出づる、大量の氷柱。
未だ衝撃から立ち直れず、なす術もなく突き刺される、連合王国の将校達。
瞬時にして薄くなった本陣を見て、敵が狼狽える。
『——突撃開始』
対照的に、少なくなった敵を見て急速に士気を回復した帝国軍は、突撃を敢行。
恐慌状態に陥る連合王国軍。
此処で出来る限りの兵を削らんと、アレクもまた剣を取り応戦。背後から奇襲をかけた。
こうして、帝国軍は完勝した。
尚、その後エリックは、アレクに教えを請うたが、終ぞあの〝魔法〟は習得出来なかった。
コンコンコン。
部屋にノック音が響き渡り、エリックを現実へと引き戻す。
「どうぞ」
「失礼します」
入って来たのは本来ならSクラスを任せる筈の教師だった。
「何か有ったかい?」
突然変更した事を問い詰めに来たのかと、身構える。
しかしそんな予想は外れ、痩躯の教師は穏やかに言った。
「いえ。アレク殿が来ていらした様ですので御礼をと」
「御礼……?」
「はい。三年前、命を救って頂いた事を」
訝しむエリックを置いて、彼は懐かしむ様に語り出した。
「あれは私の初陣でした。庶子である私は、あの時手柄を立て、父に認めてもらおうと躍起になったものです」
「……北方出兵か」
エリックの言葉に、講師は徐に頷く。
北部の一角を統治する男爵家出身の彼は、あの時、あの場所に居たのだ。
「歳下の、それも戦場に出たことの無い人間が、敵を崩した。それも圧倒的なまでの、魔法を以って」
彼は苦笑を浮かべ、エリックの懸念を払拭するかの様に告げる。
「これで認めない方が可笑しな話、というものです」
復讐心を持っていない事が分かり、安堵するエリック。そんな彼を他所に、小声にて続く言葉は遥かな疑問。自身を凡夫であると断ずる、彼の心の声。
「……果たして彼等は、どれだけ食らい付くことが出来るでしょうか」
ひゅうっと風が吹く。その問いは誰の耳に届くでも無く、流れていった。
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初めましての方は初めまして。そうじゃ無い方はお久しぶりです。琴葉刹那です。
さて、今回は学年末テストが終わったため、投稿した次第であります。
今はこれで完成とか頭が思ってるけど、どうせ後々見て、書き直すと思うので今は多めに見てください。
それではまた次回、お会いしましょう。ばいばーい。
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