特別なことは特別な日に
朝凪 凜
第1話
今日はクリスマス。日曜日ということもあって、どこに行っても男女のカップルが多い。ここショッピングモールもご多分に漏れない。
しかし今日の私は違う。いや、違うと思っておきたい。
私、中川ひかるは飯田香里に告白をしたい。したいのだが、なかなか切り出せずにこうしてずるずると一緒にいるのである。
「ひかるはこの服どうだ?」
「え? うん、こういうの良いよね。お金があったら沢山買いたいもん」
声を掛けられ突然現実に引き戻された。今は映画を見るまでの時間でウィンドウショッピング中。
バイトはしているものの、欲しいものが沢山あってお金はいくらあっても足りない。でもそれ以上に、香里と一緒にいられない方が嫌なのであまりバイトは入れずにこうして普段から遊びに行ったりしているのだ。
「学生にはなかなかきついもんな。あたしはひかるに似合う服を探すのが好きだからいいけど」
男前みたいなことを言っているけれど、彼女はちゃんと女の人だ。いや、こんな彼女だから好きなのかもしれないというのはある。
「探すのはいいけど、買うのはもういいからね? 前に沢山プレゼントって渡されたときはどうしようかと思ったのよ。服は自分のために使わないと勿体ないよ」
「勿体なくなんかないさ。あたしが着るよりひかるが着た方が服も喜ぶって」
「もう、そんなこと言って~」
いつものそんなやり取りをしているけれど、人にモノを与えるなという事を強く念押したので、最近はプレゼントされていない。複雑だけれども私には返せるものがないから仕方ない。
それからいくつか店を回って時間を確認すると、そろそろ映画の入場が始まる時間にさしかかっていた。
「そろそろ時間になるから見に行こ」
そう誘って既に発券済みのチケットを渡す。
「今日はあの映画か。珍しいよな、こういうの見るの」
話題になっている恋愛映画を選んだ。普段は少年漫画のアニメとか、好きな俳優の出ているアクション映画とか、あまり恋愛モノは見ないのだが……。
「まあ、時期が時期だし、時流には乗っておけってことで」
そういいながら、映画館のカウンターで飲み物を買う。
欲しいものは訊かなくても分かっている。コーラとオレンジ、いつものだ。
「はい、コーラ」
ニコニコと手渡しながら思う。
(コレを見たら告白出来るかな。きっかけにはなったらいいな……)
そして、指定のスクリーンまでこの映画は誰が出てるかとかパンフレットを眺めながら座席に着いた。やや後ろだけれどだいたい真ん中の席が取れたのは良かった。
しばらくしてスクリーンの幕があがり、CMが流れるのを眺めている。隣では「あー、これいいな」とか「今度はこれ見るか」とか話をしている。
私はといえば、普段は一緒に話をしたり軽口を叩いたりしているのだが、今日はやけに緊張してしまって「うん……うん……」くらいしか返事が出来なかった。
緊張というわけではないと思う。普段と一緒なのだけれど、この後、いつ切り出そうかを考えるとなかなか頭が思うように回らず、それでも映画のCMはお構いなしにまわる。まわって上映マナーまで来た。
* * *
映画が終わると、改めて思い返した。悪くはなかった。恋愛モノらしく、くっついてはすれ違っての繰り返し。明るくなってから気づいたけれど、館内の席は一杯だった。やっぱり考えることはみんな同じなのか。
そして、いつもと同じく余韻に浸りながら人が皆出て行くまで香里とお喋りをする。
すぐに話したいというのと、映画館を出るまでに並んだりするのが嫌なのでこれも毎回のことだ。
しかしそんなお喋りをしているものの、タイミングが良くない。ここじゃあない。
「ちょっと喫茶店行ってもうちょっと話する?」
いつもならこれで帰りながら映画の話をするのだが、これで帰ってしまうとそのまま言えないと思い、少しでも時間を稼ぎたいという想いからの提案だ。
「そうだな。クリスマスだし、もうちょっと話してから帰るか」
同意してもらえたので、手を繋ぎながら一緒に出て、近くのコーヒーショップに入る。
まあ、当然というか、ここも人は一杯だ。
それでも運良く窓際の4人席に座れたので、しばらくはゆっくり出来そうだった。丁度夕焼けが差し込んでくる時間だったらしい。まだ四時過ぎだった。
こうやって同じ考えの人が沢山いるからこうやって一杯になっていくんだろうなぁ、なんて申し訳なく思いながらも最後のチャンスだと思っている。
これが終わったら帰るから、なんとかそれまでにタイミングを見計らわないとならない。
映画のことよりも、いつ告白するかの方に頭がいっぱいになっていた。
それから二時間くらいは話をしていたんじゃないだろうか。映画を見ていた時間よりも長い。心はここにあったもののいつもみたいに喰い気味に話をしていたわけじゃないから変に思われたかもしれない。
恋愛モノだからいつもみたいな感じじゃないと思ってくれればいいのに。
「あー、もうそろそろ六時か。あんまり遅くなると家の人も困るだろうし、そろそろ帰るか」
とうとうタイムリミットがやってきた。ここで切り出すか、どうするか……。
「あー、そうね……。まあ、うん。遅くなってもなんだし、あとは歩きながら話しよっか」
延長戦だ。歩きながらならまだ可能性はある。
そう思っていた。しかし、そんなことはなかった。映画の話はこれでもかというくらい店内でしたので、帰りながら来年の話とかその後の何するかとかそういう話をしていた。
私の家のところまで着いたものの、思ったように切り出せず、しかし何かいいたげな表情を香里は見えていたのかどうか。
「じゃあまたな。次は年末会えるか? ちょっと話したいこともあるから」
「え? 話?」
「まあ、ここじゃ言えないみたいだし、今度話聞くから」
「え、あー……、うん。ごめんね、なんか」
やっぱりなんかバレてるようだった。わざわざ香里に気遣ってもらうとは。
未来への先送りはこうして成功したかどうかはまだ分からない。
特別なことは特別な日に 朝凪 凜 @rin7n
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