第9話 さよならコノハナサクヤヒメ

「……ヒメ…………コノハナ……サクヤ…………」


 ううーん……。

 なんか呼ばれてる……?


「違う、ナギくんだわ!」


 わたしは「ナギくんが好きだ」って言うべきだった!

 いや、ニニギの領域なら、別の人の名前を呼んじゃダメか。


「サクヤヒメ!」


 おっと呼ばれてた。

 我に返ると、泣き出しそうなニニギの顔が、目に入った。

 あれ? っていうか、近くない……?


「よかった!!」


 そう言って、ニニギは思いっきり抱きしめてくる。


 にぎゃー!!

 ナギくんじゃないってわかってはいても、その顔にそんなことされると冷静ではいられないんですけどー!?


 落ちつけ落ちつけ……深呼吸……。


 どうやらわたしは、倒れ込んでたみたい。

 現実世界に戻ってきたんだな。

 火はほとんど消えていて、くすぶってる木々も、もうすぐ消えそうだ。


「ニ、ニニギさま……」


「なかなか戻ってこないから、心配しました」


「ごめんなさい……。あの、近いです……」


 ドアップにナギくんの顔は、わたしが耐えられません!


 わたしがやんわりと言うと、ニニギは少し離れてくれた。

 でも、背中を支えたままで、わたしはドキドキが止まらない。


 っていうか、またサクヤヒメ、引っ込んじゃってるじゃん!

 これで元の世界に戻れると思ったのに!


 ニニギが、わたしのほほに片手を添えた。


「あなたの火渡り、立派でした」


「そう言われると、なんだか恥ずかしいのだけれど……」


 ニニギの領域とは言っても、サクヤヒメとの会話は、聞こえてたのかな?

 あの叫びが認められたから、戻ってこれたとは思うんだけど……。


「あなたはこんなに立派だというのに、僕は、逃げてばかりで恥ずかしい」


「逃げる……?」


「ええ。自分の気持ちに、正直に向き合いもせず、あなたの気持ちを決めつけて、逃げていた。あなたは、あんなにもまっすぐ、想いを告げてくれたのに」


 まあ猪突猛進にぶつけはしちゃったよね。

 あまりにも、コノハナサクヤヒメを見ていられなかったんだもん。


「あなたに先に言わせてすまなかった。僕は、サクヤヒメのことが好きです。あなたの気持ちを決めつけて、イワナガヒメを代わりにしようとしていて、もうしわけなかった」


 ニニギは、コノハナサクヤヒメのことが好き……?

 イワナガヒメをじゃなくて?


「代わりって……」


「この想いは、叶わないと思っていたから、イワナガヒメに協力してもらって、彼女を伴侶にしようとしていたんです。最低でしょう?」


「最低だなんて、そんなこと……」


 悲しげな瞳をするニニギに、ぎゅっと胸が締め付けられる。


 この気持ちは、サクヤヒメのもの?

 この告白は、サクヤヒメが聞かないといけなかったんじゃない?


「イワナガヒメには、さきほど謝罪しました。だから、あらためて言います。どうか、僕と結婚してくれませんか?」


 まっすぐに見つめられて、そんなことを言われるものだから、頭がくらくらしてきた。

 なんだか熱も出てきたような……?

 炎の中に、ずっといたからかな?


 ああ、このひとは、ニニギなんだけど、ナギくんそっくりで、まるでナギくんにプロポーズされたみたいで……。


「サクヤヒメ?」


 あれ? 声が遠くなった……?

 そう思った次の瞬間、わたしの視界が暗くなっていく。




『ありがとうもう一人のわたくし』




 完全に意識が途切れる間際、そう聞こえた気がした。

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