第7話 炎のプロポーズ!?

 うだうだしてたけど、実は婚約の儀式は、明日に迫ってたりする。

 ほんとうに、なげいてる場合じゃなかったね!

 わたしは、着物のすそをひるがえして、家へと走る。


 この時代は、空も草花もきれいだ。

 現代みたいに、高い建物も建ってないし、車や工場もないから、空気がいいんだろう。


 コノハナサクヤヒメには優しいお姉ちゃんがいるし、色とりどりの着物だってそろっている。

 コノハナサクヤヒメが、どうしてわたしと代わってほしかったかなんて、わからない。


 わからないけど、運命にあらがわないのはダメだ。

 逃げたからって、なにも解決しない。

 だから、ここでわたしが行動しなかったら、コノハナサクヤヒメとニニギが結ばれるっていう選択肢さえ、なくなっちゃうんだ。


 それに……。

 コノハナサクヤヒメは、ニニギのことが好きだっていう感覚があった。


 ニニギとナギくんが、ちがう存在なのは、わかっている。

 だから、この胸の奥で聞こえる小さな声は、コノハナサクヤヒメのものなんじゃないかな。


 だったら――。


「この恋を、叶えてみせよう!」


 たとえわたしの恋が叶わなくても。

 わたしは振られちゃったけど、コノハナサクヤヒメは、まだその段階にすらたどり着いていない。


 まだ間に合う。

 まだ間に合うんだ!


   *


 そう思ったんだけど。


「なにこれ」


 帰ったら家が燃えていました。

 いや、正確には、家の前でキャンプファイヤーしていました。


「はあっ!? どういう状況!?」


 あたりには夕闇がせまり、我が家が煌々と照らし出されている。

 近くにうち以外には家がないから、なんだかおごそかで、神秘的な雰囲気だ。


 そうだ、イワナガヒメは……。

 きょろきょろあたりを見渡すと、家の入り口に、その姿があった。


「イワナガヒメ!」


 わたしは、あわててイワナガヒメに駆け寄った。

 わたしの姿を見つけて、不安そうだった表情が、ふっとゆるんだ。


「おかえりなさい。帰りが遅かったから、心配してたのよ」


「ごめんなさい、ただいま。それで、これはなんなの?」


 イワナガヒメは、いつもより豪華な着物を着ていた。

 小花が細かく刺しゅうされた着物は、すそが長くて、あわい色合いが、イワナガヒメによく似合っている。


「婚約の証の、火渡りよ」


「は?」


 火渡り?

 火の中を歩くの?


「なんで!?」


「ニニギさまは、火を司るアマテラスさまのお孫。この火に耐えられる者でなければ、婚約は認められないのよ」


 なんだそれ!

 神さまの婚約方法ヤバイな!


「ニニギさまを想う気持ちがあれば、耐えられるものだから」


 そう言ったイワナガヒメの瞳は、なんだか悲しげに揺れていて……。


「イワナガヒメは、ニニギのことが好きなの!?」


 わたしはイワナガヒメの手を取って、そう叫んでいた。

 驚いた瞳が、わたしを映す。


「わたし、二人が好き合ってるから、結婚するんだと思ってた。でも、今のイワナガヒメからは、そんな気持ちが伝わってこない……。本当に、ニニギと結婚したいの?」


「それは……」


 わたしから、目をそらしてしまうイワナガヒメ。

 やっぱり、結婚したくないんじゃないかな?


「あのね、わたしは今、コノハナサクヤヒメじゃないけど、胸の奥で、声がするんだ。『ニニギのことが好き』って。コノハナサクヤヒメに、想いを伝えることだけは、させてくれないかな?」


「でも、あなたはサクヤヒメじゃないのに……。命がけのことを、あなたにさせるわけにはいかないわ」


「だーいじょうぶ! だって、コノハナサクヤヒメのこの想いは本物だもん! サクヤヒメが帰ってきたときに、わたしのせいで失恋してました、なんて言えないじゃん?」


 想いの証明が火渡りだなんて、思いもしなかったけど……。


 でも、これは『さくや』の想いの証明でもある気がした。


 ニニギとナギくんが、違う存在なのは、わかっている。

 だけど、わたしは一度振られただとか、神さまのせいだとか、簡単にあきらめようとしていた。


 わたしの想いって、そんなに軽いものだったの?


 ううん、ちがう。

 わたしは今も、ナギくんのことが大好きだ。

 たとえ、ニニギのように、お姉ちゃんみたいな子がタイプでも。


 今なら、コノハナサクヤヒメの気持ちがわかる。

 あなたも、コンプレックスだったんだね。


 お姉ちゃんみたいに、優しくておだやかじゃないし、猪突猛進だし、すぐ落ち込む。

 変われるものなら、変わりたかった。


「みごと火渡りを成功させて、サクヤヒメに戻ってきてもらおう!」


 わたしは、ぎゅっとこぶしを握って、イワナガヒメに笑顔を向けた。


 これが成功したら、サクヤヒメも、戻ってくる気になるんじゃないかな。

 しばらく目をぱちくりさせていたイワナガヒメだったけど、ふっと目を伏せた。


「あなたは本当に、サクヤヒメにそっくりね」


「そう?」


「ええ。わたしの大好きな妹だわ」


 そう言うと、イワナガヒメは、ぎゅっとわたしのことを抱きしめた。

 お姉ちゃんに抱きしめられているようで、なんだかむずがゆくなってくる。

 わたしも、その背中に腕を回した。


「……だそうだけれど、いいかしら?」


 イワナガヒメの声に、わたしは身を離した。

 彼女の視線は、わたしの背後に向けられていて、わたしも振り返ってみる。


「ニニギ……」


 いつからいたのだろう。

 そこには、ニニギが所在なさげに立っていた。

 わたしは、彼の元に進み出る。


「あのね、聞いてくれる?」


「……ああ」


「サクヤは、ニニギのことが好きよ。あなたがイワナガヒメのことを好きでも、この気持ちは変えられない……。この気持ちだけ、火渡りで証明させてくれないかしら?」


 照れず臆さず、言葉が流れ出ていた。

 きっと、これがコノハナサクヤヒメの本心なんだろうな。

 ちゃんと最後まで、付き合ってあげなきゃ。


「きみは、クニツカミのことが、好きなんだと思っていた」


「えっなんで!?」


「だって、いつも一緒にいるだろう?」


 それはそうだけど……。

 でもそれって、ニニギがいつもイワナガヒメと一緒にいたからじゃん?


「言葉で信じてくれないなら、行動あるのみよ! 火渡り、成功させてみせるから、そこで見てなさい!」


 わたしはニニギをビシッと指さしてそう言うと、火の元に駆ける。


 燃えさかる炎は大きくて、その熱さにちょっとひるんでしまう。

 でも、やらなきゃ。


 ごくりとつばを飲み込むわたしの背に、なにかが掛けられた。


「イワナガヒメ……」


 振り返ると、イワナガヒメが、自分の着物をわたしに掛けてくれていた。

 あわい色の着物が、炎に照らされる。

 この色は、わたしには似合わないと思ったけど、炎のおかげで、似合うようになった気がした。


「がんばってね。あなたの想いは、きっと彼に伝わるわ」


 肩に触れた手も、わたしを映す瞳も優しくて、イワナガヒメが、『サクヤ』も『さくや』もいつくしんでくれていることがわかった。

 じわりと涙が出てきて、わたしは急いで目をこする。


「わたしも、お姉ちゃんのことが、大好きだよ」


 きゅっと笑うと、イワナガヒメもほほ笑んでくれる。

 わたしは、火に向き直った。


「…………いざ!!」


 勢いよく火の中に飛び込んだ。

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