第6話 サクヤが幸せになるために

「いいかげん、帰ってくれないか」


 うずくまる背中に、あきれたクニツの声が降ってくる。

 こうも毎日、部屋のすみっこでうずくまられたら、そりゃあウザいのかもしれないけどさあ……。


「乙女が泣いてるのに、なぐさめのひとつもないの?」


「泣いてないし、あなたはわりとサクヤヒメに似てるから、丁重に扱うのが難しくなってきた」


 まじでひどくない!?

 涙が出てないのは、本当だけど!


 思わず顔を上げて、じとーっとクニツのことを見てしまった。

 あきれたように見下ろしてくるその顔は、まるで仁くんだ。


「そうやって、一生なげいているつもりかい?」


「それはわかんないけど……。でも、どうしようもないじゃん……」


 ニニギとイワナガヒメの婚約は、着々と進んでいた。

 わたしは、なにも言うことができなくて、あの家にいたくなくて、こうしてクニツの家に入りびたっていたのだ。


 このままじゃいけないとわかってはいるけど、ひとの気持ちを変えるすべなんて、わたしは持っていない。

 このまま、コノハナサクヤヒメの運命が変わって、わたしは未来に帰れなくなるのかな……。


「あなたは、ニニギ様のことが好きなのか?」


「わかんない。ナギくんとそっくりだけど、別人だもん。だけど、コノハナサクヤヒメの運命のひとなら、ちゃんと結ばれないと、ダメじゃない?」


「それこそわからないな。サクヤヒメが、あのお方のことを好きだったなど聞いたことがないから」


「そうなの?」


「ああ。だいたい、あのお方は、ここに来たばかりじゃないか」


「たしかに、そうだね」


 コノハナサクヤヒメは、ニニギのことを好きになるのかな?


 そもそも、わたしがここに来る前に聞いた声。

 あれってきっと、コノハナサクヤヒメの声だったんだと思う。


 コノハナサクヤヒメは、どうしてわたしと代わりたかったんだろう……?


「いない者の話をしても、らちが明かないな。会わせてみないことには、どうにもならないだろう。あなたは、あなたのやりたいようにやればいい。サクヤヒメが帰ってくれば、彼女は彼女のやりたいようにやるさ」


 クニツの言うことは、突き放しているようでいて、優しさを感じる。

 たぶん、その表情のせいじゃないかな。

 わたしに対して言ってることだけど、わたしの瞳の奥に、サクヤヒメを見ている気がする。


 憎まれ口をたたき合う仲だったって聞いた。

 だけど、その中にも、信頼みたいなものが、あったんじゃないかな。

 わたしと仁くんのように……。


 まあ仁くんは、お姉ちゃんにふさわしいかって言うと、今はまだ、認められない部分があったんだけどね!

 それもいっぱい!


 わたしは、ぎゅっとこぶしをにぎった。


「わたし、どうすればいいかな?」


「あなたのできることなど、ひとつしかないだろう?」


「ひとつって?」


 首をかしげるわたしに、クニツはちょっとめんどくさそうに、顔をしかめた。


「まっすぐに、相手にぶつかること」


 まっすぐ相手に……。

 ん?


「それって、けなしてない?」


「半分は、そうかもしれない」


「はあああ!?」


「だからこんな顔にもなってしまうんだ。だけど、いいところでもある。自信を持ちなさい」


 う、そう言われると、このままでいいのかなって、思っちゃうけど。

 でも、自信を持つ、か……。


「うん、ちょっと元気が出た。ありがとね。わたし、ちゃんと自分の気持ちを伝えてくる」


「ああ。がんばって」


 自分一人で考えて、ダメだって思ってた。

 だけど、わたし、まだなにもしてないんだ。

 なにかする前からあきらめて、そんなのわたしらしくなかった。

 ちゃんと自分の気持ちを伝えて、それから、相手の気持ちもちゃんと聞かなきゃ。


 クニツに背中を押されて、わたしは駆け出した。

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