第5話 ニニギノミコトの正体は?

 あっという間に数日が経って、アマツカミが来る日になった。

 イワナガヒメは、今まで以上にとびきり綺麗な着物を選んでくれて、わたしの長い髪も綺麗に編んでくれた。


「アマツカミに会うのだからね。綺麗にしておきましょうね」


「なんだか緊張してきた……」


「ふふ、そんなに緊張しなくても、大丈夫よ。きっと、お優しい方だから」


「そうなのかなぁ」


 疑問に思いながらも、わたしたちは、アマツカミの元へと向かった。

 向かった先は、わたしたちの家からほど近い岬だ。

 もともと、神聖な場所としてひと気の少ない場所だけど、今日はアマツカミが来るということで、人の姿はなかった。


 わたしたちが到着してほどなく、天から光が差してくる。

 その光に乗って、たくさんのひとが降りてくる。

 先頭、最初に波打ち際に降り立ったのは――。


「ナギくん?」


 豪華な着物を身にまとった、ナギくんだった!

 ええええ!? なんでここにナギくんが!?


 …………いや、落ちつこう。

 このパターンからいくと、またただのそっくりさんのはず。

 光が消えて、ナギくんのそっくりさんの顔が、こっちを向いた。


「はじめまして。僕はニニギノミコト。あなたがたは、この地の神ですか?」


 ふわりとやわらかな笑みを浮かべて、彼は言った。

 ……ああ、やっぱり別人なんだ。


 わかってはいたけど、ちょっと期待してしまっていた。

 もしかしたら、わたしの知ってるナギくんなんじゃないかって。


 そんなはずないのに。

 期待しちゃダメだったのに……。


「ええ。わたくしは、イワナガヒメ。こちらは妹のコノハナサクヤヒメです。ようこそお越しくださいました」


 へこんでなにも言えずにいるわたしの横で、イワナガヒメは、ていねいにおじぎをする。

 わたしも、それにならった。


 彼はナギくんじゃないって、ちゃんとわかっていないと……。

 ナギくんと会ったのは、あの神社で聞いた声が最後だって……。


 ん? 神社?

 そういえば、『ニニギノミコト』って聞いたのは、あの神社が最初じゃなかった?




『コノハナサクヤヒメは、アマテラスの孫の奥さんなんですよ』


『アマテラスの孫はニニギノミコトと言うんです』




 頭の中で、神主さんの声がした。


「ああああ――――!!」


 そうじゃん!

 ニニギノミコトって、コノハナサクヤヒメの旦那さんじゃん!


 えっ、待って?

 ということは…………。

 わたしと、この神さまは、結婚するってこと?


 ええええ!? なにそれ最高!!

 このひとはナギくんじゃないけど、ナギくんの顔をしているし、つまりはわたしとナギくんが結婚するみたいなことで……。


 最高の展開じゃん!

 いやまあわたしはコノハナサクヤヒメじゃないし、彼もナギくんじゃないけど、二人が結ばれるなんて……。


 ロマンティックすぎる~!

 わたしが未来に戻っても、二人がうまくいくかどうかは、わたしにかかってるってことじゃない?

 これは、責任重大だー!!


「さくや? どうしちゃったの?」


「あっ、いや、なんでもないです!」


 いけない、いけない。変な子だと思われちゃう。


 大丈夫かなと思って、ニニギのほうを見てみると、おかしそうにくすくす笑っていた。

 あう、すでに変な子と思われちゃったかも……。

 まあいいや! 気を取り直していこう!


「では、この地を案内いたしますが、よろしいでしょうか?」


「ああ。ではよろしく頼む、イワナガヒメ」


 そう言って、ニニギはイワナガヒメのとなりに並んだ。

 そして、自然な動きで、彼女の手を取って――。


 うん?

 なんか、わたし、置いてけぼりにされてるような?


 まあ気のせいだよね!

 そうしてわたしは、仲よく歩く二人のあとを追った。


   *


 それからの数日間。

 わたしたち姉妹と、ニニギが共に過ごす日々が増えたんだけど……。


「イワナガヒメさま、足下に気をつけて」


「美しい花畑だ……。イワナガヒメさま、すてきな場所をお教えいただきありがとうございます」


「イワナガヒメさま、こういった衣はいかがでしょうか?」


 ……ニニギ、あまりにも、イワナガヒメをかまいすぎじゃない?

 イワナガヒメは、コノハナサクヤヒメの姉なんだ。

 姉のほうを立てるのは、当たり前かもしれないけど……。


「つまんない」


 ニニギのお付きのひとに、「今日はコノハナサクヤヒメはご遠慮いただいて……」と言われてしまったわたしは、クニツのところへと来ていた。


『今日は』って言われたけど、こういうことは、今日だけじゃなかった。

 そのたびに、わたしはクニツの元に来ていた。


 部屋の片すみで、小さく体育座りするわたしを、クニツは困ったような、迷惑のような顔で見ている。


「そう言うなら、無理にでもついていけばよかったのに」


「わがまま言って、めんどうな子だって思われたくないもん」


 わたしは、クニツと反対方向を向いた。

 こんな顔、だれにも見られたくなかった。


 深いため息が聞こえた。

 クニツが近づいてくる気配がして、どうやら、となりに座ったみたい。

 そして、頭をなでられた。


「あなたがそんな調子だと、僕も調子がくるう」


「そんなこと言われても……」


 わたしも、仁くんそっくりさんに優しくされたら、どうしたらいいかわかんなくなっちゃうよ……。


「あなたは、いつか元の時代に戻るのだろう? この時代で、共に生きるひとを作るのは、あとがつらいのではないか?」


「それは……」


 たしかに、はたから見たら、そう見えるのかもしれない。

 わたしは、どう伝えたものか、考える。


「わたしが元の時代に戻ったら、きっと本当のコノハナサクヤヒメが戻ってくるでしょ? 未来では、ニニギとコノハナサクヤヒメは、夫婦になるって言われてるの。だから、二人が仲よくなれるように、なにかしてあげときたかったんだ」


 まぎれもない本心だ。

 だけど、ちょっとだけ下心があった。


 元の時代では、わたしの想いが叶うことはない。

 ナギくんに、ガッツリ振られてしまったから……。


 だから、たとえ別人でも、ナギくんとそっくりのひとと、仲よくできたら嬉しかった。

 わたしにとって、それになんの意味がないとしても……。


 顔を上げて、クニツの方を向いた。

 がんばって笑顔を作ってみる。


「結局は、これもわがままだよね。うん、せめて嫌われないように、できることをやってみるよ」


 わたしがそう言うと、クニツはじっと黙ってわたしのことを見ていた。

 そして、おもむろに両手を伸ばしてくる。

 なんだろうかと思っていると、ほっぺたを引っ張られた。


なにするのなにふうの


「察するに、彼はあなたのよく知るひとと似ているのでは? あなたのような瞳を、僕は鏡でよく目にする……。さくやの思うように、行動すればいい」


 ほっぺたが痛くて、言ってることを理解するのに時間がかかった。

 鏡でって……クニツも、イワナガヒメのことを想って、苦しくなったりするの?


 ひととおりほっぺたをぐるんぐるんすると、クニツはようやく手を放してくれた。


「……痛いんですけど」


「サクヤヒメと同じ顔がへこんでるのは、見てられない。早く元気になるといい」


 クニツは立ち上がりながらそう言って、背を向けてしまう。

 たぶん今、すごく優しい顔をしてると思う。


「クニツも、わたしのよく知ってる人と似てるから、優しくされるととまどっちゃうよ?」


「サクヤヒメに戻ったら、思う存分いじめるから、安心してくれ」


「あはは! 少しは優しくしてあげてね。イワナガヒメの妹なんだから」


 わたしがそう言うと、振り返ったクニツは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


   *


 クニツにとっても、ニニギとイワナガヒメが仲よくなるのはおもしろくないよね。


 コノハナサクヤヒメのためにも、クニツのためにも、わたしがどうにかしなきゃいけないよなぁ。

 そう思いながら、家に向かおうとしたときだった。

 家のそばに、ニニギのお付きのひとたちがいた。


 あ、もう二人とも帰ってきてるんだ。今日は、岬のほうに行くって言ってた気がする。

 家の中に、まだ二人でいるなら、入りづらいなあ。

 お付きのひとたちに、いやな顔されないかな?

 そう思いながら、わたしは木陰でうだうだしていた。


「ニニギノミコトさまと、イワナガヒメの婚約は、間もなくかしら」


 えっ…………?

 それは、お付きのひとたちの声だった。

 みんなで楽しそうに、どんな祝いの席にするか話している。


 わたしの耳には、それ以上入ってこなかった。

 なんの話をしているの……?


 心臓が、いやなふうに、ドキドキ言っている。

 だって、ニニギと結婚するのは、コノハナサクヤヒメでしょう?

 イワナガヒメじゃない。

 どうして、運命が変わってしまっているの?


 まさか…………。


「わたしが来たから……?」


 この時代に『野々原さくや』はいない。

 わたしが来たから、未来が変わってしまったの?


 でも、そうしたら……。


「未来で、『わたし』がいなくなるのも、ありえたりする……?」


 いやな予感が、止まらなかった。

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