第4話 幼なじみのクニツカミ

『さくやって、ほんっとかわいくねー!』


 ことあるごとに、そう言ってくる男の子がいた。


 幼なじみの国見くにみじんくん。

 となりの家に住んでて、物心ついたときから、いっしょにいた。


 でも……仁くんは、すっごくいじわるなんだ!

 しょっちゅう「かわいくない」って言ってくるし、お姉ちゃんと遊んでいたら、ジャマしてくるし!


 ちなみに小さいときから、親せきの人たちから、「顔だけはかわいいね」って言われたから、かわいくないわけじゃないと思う! ……って、自分で言うと、ちょっと悲しくなってくるね……。


 だけど、仁くんのいじわるの理由も、わからなくはないんだ。

 仁くんは、わかなちゃんのことが好きだから。


 わかなちゃんは、注意力散漫なわたしに、いつも気をくばってくれていた。

 自分のことをかまってもらいたい仁くんは、それがおもしろくなかったんだろう。


 わたしだって、わかなちゃんのことが好きだ。

 だから、わたしと仁くんは、犬猿の仲だったんだ。


『ケンカするほど、仲がいいのねぇ』


 なんて、なにも気づいてないわかなちゃんは、ほんわかしてたけど、ちがうから!

 仁くんとわたしの間に、恋愛感情が芽生えるなんて、天地がひっくり返っても、ありえないんだからー!


   *


 と、まぁ因縁の相手なんだけど――。


「あいかわらず、サクヤヒメってかわいくないね」


 ふんぞり返って、仁くんは言う。


 訂正。仁くんの顔をしたクニツカミが言った!

 な、なんで仁くんそっくりなのー!?




 イワナガヒメにつれられて、向かった先は、一軒の家。

 神さまの時代っていうから、人はいないのかと思ったけど、ぽつりぽつりと家はあった。

 すれちがう人たちから、深々とおじぎをされて、とまどっちゃった。


 ここは、葦原中国というところで、人も神さまも住んでるんだって。

 ちなみに、天にある高天原というところには、神さましか住んでいないらしい。


 この葦原中国には、高い建物はない。

 家だって、田舎! って雰囲気のものしかなくて、本当に、昔の時代なんだなぁって、歩きながら思った。


「こんにちは~」


 そんな家の中でも、ここはちょっとだけ豪華だ。

 ここに、イワナガヒメの言う『クニツカミ』っていう神さまが住んでるのかな?


「しばしお待ちを」


 そんな声がして、待っていると、扉が開いた。

 そこにいたのは――。


「仁くん!?」


 幼なじみの仁くんが、わたしと同じようなかたちの着物を着てそこにいた。

 えっ? なんで仁くんがここにいるの???

 もしかして、仁くんもタイムスリップしちゃったとか!?


「まぬけ面。あいかわらず、サクヤヒメってかわいくないね」


 …………はああああ!?

 会って早々、そんなこと言われる筋合いないんですけど!?


「そっちこそ、あいかわらず失礼すぎない? あいさつもちゃんとできないの?」


「サクヤヒメこそ。そんなことを言うのなら、あいさつのほうが先だろう?」


「むきー!!」


 仁くん、頭の回転が速いから、口では敵わないんだよね……。

 ほんっとに腹立つ!


「こんにちは、クニツカミ」


「イワナガヒメ様! ごきげんうるわしゅう! 今日もよい日柄で」


 お姉ちゃんにデレデレなのも、あいかわらずだし……。

 ん? 今、『イワナガヒメ』って言った?


「仁くん、なんでイワナガヒメのことを知ってるの?」


「はあ? おまえ、なに言ってるんだ? イワナガヒメは、おまえの姉上だろう?」


 えっ???

 わたしたちの間に、沈黙が落ちる。


「クニツカミ、実はね、この子はコノハナサクヤヒメじゃないの。さくやといって、未来からやってきた子なのよ」


 うふふと笑いながら話す、イワナガヒメ。

 今度は、わたしのほうに向き直った。


「さくや、こちらはクニツカミよ」


「仁くん、じゃなくて……?」


「ええ。あなたの知り合いに、似ているのかしら?」


 そっか……わかなちゃんとイワナガヒメもそっくりだったから、仁くんのそっくりさんだって、いてもおかしくない……?

 そういえば、わたしのことを『サクヤヒメ』って呼んでるじゃん!


「イワナガヒメ様、なにが、どういう……」


「とりあえず、上がってもいいかしら?」


「あっ、これはたいへん失礼いたしました! さあどうぞ!」


 さっきから思ってたけど……。

 この仁くんもといクニツカミも、お姉ちゃんに惚れてるのでは?


   *


 家の中は、さっきまでいた岩屋のように、豪華な部屋だった。

 雰囲気は神社って感じなんだけど、やっぱりまがりなりにも神さまなんだから、豪華な造りになってるのかな?


「それで、イワナガヒメ様。いったいどういうことなんですか?」


「きのう、目が覚めたら、サクヤヒメがさくやになっていたの。さくやが未来に帰る方法を知りたいのだけれど、なにか知らないかしら?」


 イワナガヒメ、もしかすると、説明苦手だな?

 クニツカミを見てみると、うなずきたそうだけど、困惑している。


「あのっ、クニツカミさま。信じてもらえないかもしれないけど、わたし、タイムスリップしちゃったみたいなんです。顔は同じなんだけど、わたしはコノハナサクヤヒメじゃなくて……」


 自分で言ってても、信じられないよなって思う。

 目の前にいるのが、お姉ちゃんでも仁くんでもないって、信じられないもん。


 でも、これは現実だ。

 イワナガヒメとクニツカミの雰囲気が、あの二人と違いすぎる。

 そりゃあ、最初はわたしも間違えちゃったけど……。


 クニツカミは、深々とため息をついた。


「まず、その『クニツカミさま』というのをやめてくれ。サクヤヒメは『クニツ』と呼んでいた」


「クニツ……」


 仁くんの名字は『国見』だったから、一文字違いで違和感はないけど、名字で呼んだことはないから、ちょっと違和感かも。


「さっきはサクヤヒメだと思っていたから、あんなことを言ったけど、非礼を詫びよう。さくや、と呼べばいいか?」


「はっ、はい!」


「それから、その口調も。サクヤヒメは、もっとざっくばらんな話し方だったから、さっきのような口調でかまわない」


「う、うん」


 しゃべり方は、仁くんと違うかも。

 仁くんは、こんなにかた苦しくなかった。


「イワナガヒメ様。事情はわかりました。結論から申しますと、僕は彼女を未来に送る方法を、存じ上げません」


「まあ、そうなの」


「ですが、できうるかぎり、お手伝いいたしましょう。あなたも、妹君が戻ってきてほしいでしょう。あなたの悲しむ顔は、見たくない」


「クニツカミ……」


 クニツよ、イワナガヒメの手を取って、キメ顔でそんなことを言ってるけど、イワナガヒメには、あなたの想いは伝わってないと思うよ?


「やっぱり、クニツカミは頼りになるわ。みんなで力を合わせて、がんばりましょうね」


 ああ、ここでもお姉ちゃんは、人たらしみたいだ……。


   *


 とはいっても、手がかりなんて、簡単には見つからなくて、数日が経った。

 ここでの生活も、だいぶ慣れてきた。


 まがりなりにも神さまなので、人々からのお供え物という名の食べ物をもらえるし、わたしにも、コノハナサクヤヒメの力を使えた。


 なんとこのコノハナサクヤヒメ、花を咲かせることができるのだ。

 人々の求めに応じて、枝木に手をかざすと、花が咲いたからびっくりした。


 イワナガヒメも、クニツも、ふしぎだねって言ってたけど、わたしがコノハナサクヤヒメじゃないって、ちゃんとわかってるって言ってくれた。

 だけどわたしは、このまま自分がコノハナサクヤヒメになっていってしまうんじゃないか……って、不安でいっぱいだった。




 そんなある日のことだった。


「アマツカミが来る?」


 イワナガヒメが、そう言った。


 季節は初夏へと移り変わっていた。

 暑い日差しに、着物は薄手のものになっていた。

 毎日、イワナガヒメがかわいい着物を選んでくれるんだ。イワナガヒメのセンスはばつぐん。

 着物なんて、今まで着たことがなかったけど、すっかりお気に入りになっていた。


「高天原におられる神々を、アマツカミというの。高天原より、この葦原中国をお治めするため、来られるそうよ。わたしたちも、ごあいさつに行かないとならないわ」


「えらい神さまなの?」


「ええ。アマテラスさまの孫にあたるお方よ。アマテラスさまのお子のタカミムスビさまから命を下されて、こちらに来られることになったのだとか」


 ふーん、そうなんだ。

 なんだか、めんどくさそう……。


「なんていう神さま?」


「ニニギノミコトさまと、おっしゃるの」


 うん? ニニギノミコト?

 どこかで聞いたことがあるような……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る