第3話 イワナガヒメはお姉ちゃん?

 ちょっとだけ、期待はした。

 夢の中で眠って、目が覚めたら現実に戻ってる、なんて話を聞いたことがあったから。


「具合はどうかしら? サクヤヒメ」


 はいっ、夢じゃありませんでしたー!

 まばゆい朝日の中、起こしにきたイワナガヒメの笑顔は、あたたかなものだった。

 わかなちゃんを思い出して、ちょっと悲しくなってしまう。


「まだ、調子が悪そうね」


「あ、いや……」


 いけない、悲しそうな顔をさせてしまった。


「大丈夫だよ! 寝起きでちょっとぼんやりしてただけ!」


 わたしがそう言うと、イワナガヒメは、笑ってくれた。

 でも、このままでいるわけにはいかない。

 わたしだって、元の世界に戻りたいし……。


 この体は、コノハナサクヤヒメのもののようだ。

 転生したのか、入れ替わったのかはわからないけど、このままでいていいはずがない。


「元気になったのなら、今日こそクニツカミのところへ行けるかしら。あの人、首を長くしているはずだから」


「あのっ! 話したいことがあるんだけど!」


 ウキウキしているイワナガヒメに、思い切って声をかけた。

 ごまかしてるだけじゃ、解決しないと思う。


「あのね、信じられないかもしれないけど、わたし……コノハナサクヤヒメじゃないんだ」


 きょとんとするイワナガヒメ。

 うーんそうだよね……。にわかには信じられないよね……。


「わたしの本当の名前は、野々原さくやで、神社の石段から落ちて、気づいたらここにいたの。最初は夢かと思ったんだけど、そうじゃないよね?」


 夢って線は、もう捨てなきゃいけない気がする。

 これが現実なら、なんとかして元の世界に戻らないといけないんだし。

 イワナガヒメは、わたしの額に手を当ててきた。


「熱は……ないわね」


「ないよ! 信じてもらえないかもしれないけど……」


「信じるわ」


 きっぱりと言い切ったイワナガヒメに、わたしは口をつぐんだ。

 イワナガヒメは、優しい笑顔で、わたしのことを見ている。


「あなたがコノハナサクヤヒメじゃなくても、魂の色は同じだもの。あなたは、うそをつくような子じゃないでしょう? それは、コノハナサクヤヒメと同じだわ」


「お姉ちゃん……」


 あっ、わかなちゃんじゃないんだった。

 でも、イワナガヒメの口調は、わかなちゃんそっくりだし、イワナガヒメって、コノハナサクヤヒメのお姉ちゃんなんだよね?

 つい『お姉ちゃん』って呼びたくなる雰囲気を持ってるんだ。


「それで、さくやはどうしたい?」


 信じてもらえた喜びに泣きそうになっていたわたしに、イワナガヒメは、優しく問いかけてくる。

 わたしは――。


「元の世界に帰りたい」


 わかなちゃんに、ナギくんに会いたい。

 このままお別れになるなんていやだ。

 ぎゅっと両手を握り込んで言うわたしに、イワナガヒメは、ふわっとほほ笑みかけた。


「それなら、わたくしも協力するわ」


「本当!? イワナガヒメ!」


 まさか協力してくれるなんて!

 嬉しくて、思わず抱きついてしまった。


「うふふ、こうしていると、サクヤヒメのようなのにねぇ」


「あっ、ごめんなさい……」


「あやまらないで? 本当のお姉ちゃんだと思って、接していいからね」


 本当に、わかなちゃんのようだ。

 わたしと違って、かしこくて、優しくて、みんなに好かれるお姉ちゃん……。


 イワナガヒメは、着物のすそをさばいて立ち上がった。


「まずは、クニツカミのところへ行きましょう。彼なら、知恵を授けてくれるはずだから」


 そういえば、ずっとその名前が出てたなぁ。

 クニツカミ……。

 どんな人なんだろう?

 いや、神さまか。


 わたしは、イワナガヒメについていった。

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