第2話 タイムスリップしちゃった!?

「……ヒメ…………コノハナ……サクヤ…………」


 ううーん……。

 なんか呼ばれてる……?


「あっ! しゃけおにぎり食べたい!」


 きのう、お母さんがしゃけフレークを買ってきてくれたから、朝ごはんに食べようと思ってたんだった!


 いきおいよく起き上がると、そこは自分の部屋じゃなかった。

 ていうか外。

 頭上には青空が広がり、色とりどりの花が咲きほこっている。

 川のせせらぎが聞こえて、楽園ってこういうところを言うのかなって思った。


「ここは……?」


 もしかして、夢? わたし、まだ寝てるのかな?

 そう思って、となりを見ると、よく知った顔がいた。


「サクヤヒメ、こんなところで寝るなんて、めずらしいわね」


「わかなちゃん?」


 お姉ちゃんだ。でも、格好が普通じゃない。

 なんで着物を着てるんだろう? 落ち着いた色合いで、わかなちゃんによく似合ってるけど。

 わかなちゃんは、くすくす笑った。


「まだ寝ぼけているの? いつもどおり、『イワナガヒメ』と呼んでくださいな」


 んん? イワナガヒメって……。

 そこで、自分の格好に気が付いた。

 わたしも、わかなちゃんと同じく、着物姿だった。ピンクがメインで、あざやかな色の着物。


 わー、こんな着物、着たことないよ。ずいぶんリアルな夢だなぁ。

 わたしは立ち上がって、辺りの様子をうかがってみることにした。


「わっ!」


 だけど、着慣れない着物のすそにつまずいて、転んでしまった。


「いったぁ……」


 ん? 痛い?

 夢の中って、痛みを感じないって言わない?


「大丈夫? コノハナサクヤヒメ」


 わかなちゃんがあわてて駆け寄ってくるけど、わたしはそれどころじゃない。

 ガバッと立ち上がって、川べりに駆けていく。

 水面に映ったその顔は――。


「なにこの姿……」


 髪はゆるやかに伸びて、花で飾られている。

 いつも鏡で見る顔より、少しだけ大人びて見えた。

 ほっぺたを引っぱってみると、普通に痛い。


「どうなさったの? サクヤヒメ。まだ寝ぼけているのかしら?」


 追いついたわかなちゃんは、わたしのことを『コノハナサクヤヒメ』と呼んでくる。


 もしかして、わたし…………。

 タイムスリップしちゃったのー!?


   *


 混乱したままのわたしは、わかなちゃん――じゃなかった、イワナガヒメに連れられて、一軒の家に来ていた。


 転生しちゃったなんて、信じられないけど……。

 夢だとしても、まだ覚めないんだ。

 それなら、じっとしてるわけにはいかないよね。

 そう思って、イワナガヒメについてきたんだけど……。


「やっぱり桃色かしら? でも、サクヤヒメ、最近またきれいになったから、大人っぽく紅色も捨てがたいわねぇ」


 なぜか着せ替え人形にされていマス……。

 どゆこと……?


「もうっ、サクヤヒメのことなのに、どうしてそんなにぼんやりしているの」


 わかなちゃん……じゃない、イワナガヒメは、ぷくっと頬をふくらませる。

 うーん……わかなちゃんはこんな表情しないから、やっぱり夢じゃなくて、現実なのかなぁ……?


「わたしのことって?」


「もしかして、忘れてる? 今日は、クニツカミのところに行く日よ」


 クニツカミ?

 だれのことだろう?


「本当に、どうしちゃったの? なんだかいつものサクヤヒメじゃないみたい」


「えっ……。いやぁ、さっき、頭を打って、なんだか記憶があいまいっていうか……」


 石段から落ちて、たぶん頭を打ったよね?

 頭は痛くないけど!


 あれ?

 そういえば、落ちるときに、だれかに呼ばれたような……。

 イワナガヒメの顔が、青くなった。


「まぁ大変! お着替えをしてる場合じゃなかったわね! サクヤヒメ、ゆっくり休んで!」


 そう言うと、イワナガヒメは、わたしの腕をぐいぐい引いていく。

 あっ、逆に心配かけちゃったかな!?

 でも今さら否定するわけにもいかないし……。


 つれていかれた別の部屋は、ふわふわの布がしきつめられていた。

 たぶん、布団なんだと思う。

 そっとさわってみると、さらさらとしていて、さわり心地がよかった。


「ゆっくり休むのよ。なにか、ほしいものはある?」


 やわらかな布団に、わたしを寝かしつけて、イワナガヒメは優しく言う。

 その声に、どうしてもわかなちゃんを重ねてしまった。


「……手、つないでて?」


 この人は、わかなちゃんじゃない。だけど、思い出さずにはいられない。

 わたし、これからどうなっちゃうのかな?


 夢ならば、さめてほしい。

 現実ならば、元の世界に帰りたい。

 不安で不安でしかたないけど、今はただ、わかなちゃんのようなイワナガヒメにすがりたかった。

 見上げると、イワナガヒメは、少しだけ目を丸くしていた。

 でもすぐに、ふわりとほほ笑んでくれる。


「幼いころに、戻ったかのようね。いいわ、あなたが眠るまで、そばにいてあげるから」


 優しい声に、わたしは安心して、小さくほっと息をついた。

 今だけは、この状況を考えずにいよう。

 目が覚めるまでは――。

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