サクヤコノハナ神代記

安芸咲良

第1話 神さまなんて信じない

 わたし、野々原ののはらさくやは、神社の本殿の前に立って、大きく息を吸い込んだ。


「神さまなんて、もう信じないんだからー!!」


 突然の大声に、木に止まっていた鳥たちが、驚いて飛んでいく。

 わたしの他にはだれもいない境内。

 だから叫べたっていうのもあるけど、だれかがいたって、わたしは叫んでいたと思う。

 だってわたしは、神さまに怒っているんだ。

 えんむすびで有名な、この此花このはな神社の神さまに。


   *


 此花神社っていうのは、わたしの住む町にある、小さな神社。

 えんむすびで有名な神社で、五年生の間でも、「この神社にお参りしたから恋が実った」っていう友だちが何人もいた。

 だから、わたしもお参りしたんだ。

 同じクラスの、天津あまつナギくん。

 かっこよくて、頭がよくて、スポーツ万能。

 ふんわりした笑顔が人気の男子だ。

 そして……わたしの好きな人!

 ナギくんは、みんなの人気者だけど、一番よく話すのは、わたしなんだ。

 もしかして、両想いかも!? って思ったこともある。

 みんなからも、「ナギくんって、さくやちゃんのこと、ぜったい好きだよね」って言われたこともある。

 だから、思い切って告白しようって思ったんだ。

 念のために、えんむすびの神さまにお参りもして、準備万全!

 放課後、体育館裏に呼び出して、告白したのはさっきのこと。

 夏になりかけの刺すような日差しが、体育館裏に、くっきりと影を落としていた。

 なんで呼び出されたのか、わかっていないようなナギくんだったけど、わたしはかまわず想いを告げた。


「ナギくんのことが大好きです! 付き合ってください!」


って。

 これで、カップルになれるんだって、わたしの胸はドキドキしていた。

 だって一番仲がいいんだし!


「ごめん」


 ほらね!

 …………って、え?

 今、ナギくん、なんて言った……?

 ごめん?


「ことわるってこと!?」


 なにそれどういうこと!?

 わたしは思わず、ナギくんの胸ぐらをつかんでいた。

 まさか、ことわられるなんて、思いもしてなかった……。


「えっと、さくやちゃんのことは……」


 恥ずかしい!

 両想いだとかんちがいしてたことが、恥ずかしい!

 明日から『かんちがい女』ってあだ名になったらどうしよう!?

 うわーん! なかったことにしたいよー!


「ナギくんごめん! 聞かなかったことにして!」


「えっ? ちょっとさくやちゃん!?」


 一刻も早く、ここから立ち去りたい!

 わたしは、ナギくんに背中を向けて、走り出した。


   *


 信じられない……。

 自分がこんなかんちがい女で、うぬぼれ屋だなんて、考えてもいなかった。

 ナギくんも、わたしのことを好きだと信じてたのに……。

 神社にお参りもしたのに……。


「そうだよ、わたし、お参りしたんだ」


 此花神社って、えんむすびの神さまなんじゃなかったの?

 全然ご利益ないじゃん。

 あんなにお祈りしたのに!


「文句言ってやる」


 わたしは、くるりときびすを返して、此花神社へと駆け出した。


   *


 長い石段を駆け上がって、息が切れちゃった。


「この前も、キツい思いして、お参りしたのに……。お願い聞いてくれないなんて、最悪!」


 神さまが、本当にお願いを聞いてくれるわけじゃないのなんて、本当はわかってる。

 だけど、だれかにこのいきどおりをぶつけないと、やってらんないんだ。


「願いを聞いてくれないなら、文句言っても問題ないよね?」


 本殿の前に立って、両手を合わせて、目を閉じた。心の中で、ありとあらゆる文句を言いまくる。

 ひとしきり、言いたいことを言ってしまったら、すっきりしたかも。わたしは目を開けて、くるりと振り返った。


「わっ!」


 いつの間にか、そこには神主さんがいた。集中しすぎて、気づかなかった!

 神主さんは、ニコニコと笑っている。


「ずいぶんと熱心に、お参りしていましたねぇ」


「いや、えっと……」


 見られてたなんて、恥ずかしい。


「信仰深い若い人はめずらしいから、嬉しいですよ」


 文句を言ってたなんて、口が裂けても言えないや……。

 神主さんは本殿を仰ぎ見た。


「最近は、えんむすびのお参りに来る子が多いんですけどね。この神社に祀られているのは、コノハナサクヤヒメという神さまで。コノハナサクヤヒメは、アマテラスの孫の奥さんなんですよ。アマテラスは知ってますか?」


「太陽の女神さま、ですよね?」


「えぇ。アマテラスの孫はニニギノミコトと言うんですが、実は、サクヤヒメの姉――イワナガヒメも、最初はニニギの奥さんになる予定だったんですよ」


「えっ、奥さんが二人ってこと!?」


 それって、アリなの?

 驚くわたしに、神主さんは、くすくす笑った。


「神代――神さまの時代の話ですからね。今の日本からすると、びっくりですよね」


 ほへー、そうなんだ。

 でも、『予定』ってことは、イワナガヒメは、ニニギの奥さんにならなかったの?


「すみませーん。お守りがほしいんですけどー」


 神主さんに尋ねようとしたけど、ほかの参拝者の声がした。

 はーいと言いながら、神主さんは行ってしまう。

 そろそろ帰ろうかな。目的は果たしたんだし。


 石段に向かいながら、コノハナサクヤヒメのことについて、考えていた。

 お姉ちゃんも、自分の旦那さんと結婚するなんて、どんな気持ちだったんだろう。

 そう考えたところで、わかなちゃんのことを思い浮かべて、なんともいえない気持ちになってしまった。


 わたしの二個歳上の、お姉ちゃん。

 特別美人っていうわけじゃないけど、優しくて、勉強ができて、いつも人に囲まれている。

 おしとやかっていう言葉は、わかなちゃんのためにあるんだと思う。

 わたしは、いつも「わかなちゃんみたいにしなさい」って怒られてるから……。


 べつに、わざとさわがしくしてるわけじゃないんだよ?

 でも、気になるものっていっぱいあるし、ドッジボールとかケイドロとかって、全力でやらないと、おもしろくないじゃん!

 クラスの男子から、「さくやって、男子みたいだよな!」って、よく言われちゃうけど……。


 だけど、ナギくんは、「さくやちゃんと遊ぶのは楽しいんだから、べつに男子・女子って分ける必要はないんじゃないかな」って言ってくれた。

 ナギくんだけは、わたし自身を見てくれたんだ。

 好きにならない方が、ムリって話だよね!


 そういう性格のナギくんだから、ナギくんを嫌いな女子って、いないんじゃないかな。

 ナギくんとよく一緒にいるのは、わたしだと思ってたのに……。


「やっぱり……ナギくんも、わかなちゃんみたいな子が好きなのかな」


 お姉ちゃんのことを聞いてくる男子も、多いもんなぁ。

 ナギくんが、お姉ちゃんのことを好きだったら、どうしよう。


「コノハナサクヤヒメは、どうやってニニギノミコトの心を射止めたの?」


 その秘訣を教えてくれないかなあ。

 なんて、できるわけもないことを、考えてしまう。


『代わってくれない?』


「えっ?」


 ふしぎな声がした気がして、石段の前で、振り返ったときだった。

 ずるっと足が滑って――。


「あれっ?」


 空が見える?

 じゃない! 落ちる!

 注意力散漫だった!


「さくやちゃん!」


 恐怖でぎゅっと目をつぶったわたしの耳に聞こえてきたその声は――。

 確かめる前に、意識が途切れてしまった。

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