第18話 新生活

 ノースデンの街までの馬車を手配することが、ラディウス聖教国の最後の援助となった。しかし、そのお陰でクロム、テルル、セレンの3人は無事にノースデンにたどり着くことができた。

 それにラディウス聖教国が身元の証明をしてくれたので、問題なく街に入ることができた。と言っても、クロムの名前は伏せられていたのだが。


「さ、さぁ、ここで、あ、新たな生活が、は、始まるぞ!」


「はい! 父様とうさま!」


 この街はミスリル鉱山の採掘拠点として造られ、その莫大な量のミスリルによって潤い、発展してきた。そのため、街の住民はその多くが採掘労働者であり、多くの労働奴隷や子供たちが低賃金で働かされていた。


「あ、貴方……こ、これからどうなさいますの?」


「せ、生活するお金がひ、必要だ……。傭兵か探求者ハンターにになるつ、つもりだ」


 そう言いながらクロムはメリッサに無理やり手渡された荷物を確認する。

 テルルとセレンもその中身を確認すべく、覗き込む。


「すごい……」


 荷物の中には傷を治し、体力を回復する治癒薬や、術を使う上で欠かせない神霊力スパーナ回復薬などが詰め込まれていた。


「や、やけに重いと思ったら、こんなに……」


 更にクロムが一緒に入っていた巾着袋を開けると、そこには大量の金貨や銀貨があふれんばかりに詰まっており、眩いまでの輝きを放っていた。


「ま、またメリッサ様に、か、借りができたな……」


 お金は帝國金貨、帝國銀貨であった。

 ジオナンド帝國製の金銀は純度が高く他国との交換比率が高い。

 ここレイラーク王国内でも十分過ぎる程の価値を持つだろう。


 クロムはお金をしまい込み、その荷物を大事そうに抱えると繁華街を歩き始めた。

 テルルとセレンも後に着いていく。


父様とうさま、どこへ行くのですか?」


「ま、まずは家だ。あ、余り無駄遣いは、した、したくない……。セレン、せ、狭くても我慢できるな?」


「もちろんです!」


 テルルも全く異論はないようで、クロムにいつもの優しい微笑みを見せている。

 初めて訪れる街なので、多少迷いながらも地所へたどり着くと、すぐに入居できる家を見学して回った。

 そして、安い一軒の家を購入し、即入居する形となった。


 その家は繁華街からは少し距離はあるものの、中央大通りから東の方へ行ったところに建てられていた。

 周囲には同じような家が軒を連ねている。

 聞くところに寄れば、東側の地区は採掘労働者が多く住む区画だと言う。


 家の中は既に家具類が備え付けられていた。

 間取りは土間と居室のみであるが、居室は意外と広い。

 ベッドは一応2つあり、その他のの家具も質素な造りだが、生活する上で全く支障はないと思われたし、セレンも特に気にしていなかった。

 むしろ、これから始まる新生活にわくわくしていたと言っても良い。


 その日の内に必要なものを揃えに繁華街に向かった。

 テルルの体調が優れなかったので、彼女は家で待っていることとなった。


 やがて買い物も終わり、帰宅のにつくと、どこからともなく良い匂いが漂ってきた。セレンは、もう夜の帳が下りてきていることに気が付いた。


父様とうさま、食事はどうするのですか?」


「き、今日は外で、た、食べようと思っていたが、テ、テルルの調子が悪いからな……。な、な、何か買って帰ろう」


 クロムは繁華街に戻ろうと考えたのか、再びそちらの方へ足を向ける。

 しかし、セレンは近くで客引きの声がしていることに気が付いた。


父様とうさま、この辺りにも食べ物が売られているのかも知れませんよ?」


「そ、そうか?」


 セレンは家の方向へ駈け出した。

 すると、東通りにたくさんの屋台が並んでいる光景が目に飛び込んでくる。

 セレンが通りすがりの男に尋ねると、採掘労働者が多い東地区にはこうして多くの屋台が出ると言うことであった。


 クロムが荷物を抱えてセレンに追い付くと、事情を聞いて夕食を屋台で買っていくことに決める。

 貴族であった時には見たこともないような料理にセレンが目を輝かせていると、屋台の男から威勢の良い声が掛けられる。


「おう! そこの坊主! うちの串焼きはどうだ? クロウドールの良い部分を使ってるぜ!」


 聞いたことのないけものの名前であったので、聞いてみるセレン。

 店主によると、クロウドールとは頭に立派な三本の角を生やした草食の獣であるらしい。

 体長は2~3マイト以上にもなると言う。

 現在、10歳のセレン身長が1.4マイト程なのでかなり大型の獣である。

 

 そこへクロムもやってくる。

 今まさにジュウジュウと音を立てて焼かれている串焼きに釘づけのセレンを見て、クロムはすぐに購入を決めた。

 その他にサラダと果物、弱っているテルルのために麦粥や根菜のスープなども買って帰宅した。


 こうして、新天地での生活がスタートしたのである。




※※※




 翌日、クロムは10時頃に家を出た。

 セレンも行きたがったので一緒だ。

 テルルを家に1人で残していくのは少し不安だが、ノースデンの治安はそこまで悪くはないらしい。東地区の奥にあるスラムは危険だと言う話しではあるが。


 クロムは傭兵か探求者ハンターになると言っていた。

 2人は中央通りにある探求者ハンターギルドへと足を運ぶ。

 クロムは帝國に仕える前は探求者ハンターを稼業としていたと言う。

 しかし、身元がバレるのを防ぐために新たに登録し直すつもりのようだ。


 かなりの広さを持つ建物に入ると、そこには10人程の人がいた。

 探求者ハンターをして食べている者はあまり多くはないのかも知れない。

 そんなことを考えていたのが顔に出ていたのか、クロムはセレンに言った。


「ま、魔物の多い、ば、場所や、だ、大都市にはもっと多くの、ハ、探求者ハンターがいる……」


 クロムは慣れた様子でカウンターに行くと、早速、グロームと言う名で登録した。

 以前耳にした【鑑定】スキルなどで調べられることもないようだ。


「ま、まぁこれは、あくまで仮の登録だからな……」


「仮ですか? 本当の登録はどうするのでしょう?」


「ああ、ほ、本当の、ラ、ライセンスを得るには、し、試験を受ける必要がある」


父様とうさまは持っていたのですか?」


「む、無論だ。ほ、本当のライセンスを持つ者は、す、少ないんだぞ?」


 それを聞いたセレンは父親のクロムを誇らしく感じた。

 そしてクロムは探求者ハンタータグを見せてくれた。

 たった今、作成した鉄のタグである。そこには名前とランク、本籍地が刻まれていた。本登録できた探求者ハンターのタグには、ミスリルとプラチナで装飾がなされている上、稀少なオリハルコンが埋め込まれており、真のライセンスを表す情報が書き込まれていると言う。

 クロムに後で見せてやると言われたセレンは大喜びだ。


探求者ハンターの仕事はどんなものをされるのですか?」


「あ、あまり家を空けたくない。き、近隣の魔物討伐か用心棒だろうな、な」


父様とうさまももうずっと調子が悪いのです。無理はしないでください。僕が大きくなったらいっぱい稼いで見せます!」


 セレンの宣言にクロムは目を細める。


「あ、でも父様とうさまの無実を証明して帝國へ帰るんでした……」


「そ、そうだな……。いつか帰れる、ひ、日もあるだろう」


 そう言うとクロムは少し伏し目がちになる。

 その後、クロムは獣狩りの依頼を受けてギルドを後にした。


 クロムは次々とお店を回っていく。

 街の外をうろつく以上、準備を怠ることなどできない。

 と言ってもかつて探求者ハンターとして活動していた経験があるクロムに必要なものは少ないようであった。

 防寒具と保存食、そしてバッグや弓矢、獣を解体するためのナイフを購入し、家路に着いた。


 獣狩りには明日出発すると言うので、セレンはクロムに日課である剣術の稽古をつけてもらった。


 セレンはこれから始まる新生活に胸を弾ませていた。

 聖地アハトから出た以上、クロムとテルルの症状は悪化することはないだろうと考えたのだ。


 だが、この時セレンは世界が悪意に満ちていることをまだまだ知らなかった。

 そして現実は非情であることも。

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