第16話 突入
ドンドンドンッ!!
夜も20時になろうかと言う
とある家屋の扉が激しくノックされた。
ノックしたのはラケシス捜索隊の1人、騎士鎧を脱いだヴァールである。
中々、出てこない相手にしつこくノックし続けたところ、ようやく1人の
「うるせぇ! 今、何時だと思ってやがるッ!」
「そんなことを言っている場合じゃあないッ! 大変なんだッ! 近所で火事が起こったんだッ!」
「何ッ!? 火事だとぉ!?」
「早く逃げろ! 間に合わなくなっても知らんぞーーーッ!」
迫真の演技を見せるヴァールの言葉にまんまと騙されて禿頭の男は慌てて部屋の奥へ向かう。
それに続いて扉を強引に開いたヴァールを筆頭に警備隊が家屋に雪崩れ込んだ。
まさにドサクサまぎれである。
男は冷静さを欠いているようで後ろにヴァールたちが続いているのに気付いていない。狭い玄関から居間へ通じる扉を開けて男は叫んだ。
「おいッ! 火事らしいぞッ! 早く逃げねぇとッ!」
「ああ?
「うぉッ……てお前ら何モンだ!?」
禿頭の男にナイツェルは冷静にツッコミを入れる。
室内に乱入する見知らぬ男たちに、誘拐犯たちが弾かれたように動き出した。
2人がアッと言う間に組み伏せられるが、残りの3人は剣を抜き放つと、1人がラケシスを肩に担ぎあげる。
「検挙だッ! 検挙しろッ!」
ドガアアアアアアアアアアン!!
同時に家屋の壁がぶち抜かれ崩壊して、辺りに
「突入ぅぅぅぅ!!」
通路に面していた側は警備隊で溢れかえっており、誘拐犯の3人はもう1つの奥の部屋へと逃げ込む。
そこは隣家に囲まれており、人力で壁を破って脱出するのは不可能であった。
自分たちが捕まる心当たりしかないナイツェルはラケシスに剣を突きつけると
ラケシスは騒ぎで気が付いたようで、男の肩に担がれた状態で暴れ出したが、
ガタイの良い男の力で簡単に抑え込まれてしまい、むーむーと何かを訴えかける程度のことしかできない。
「テメェらッ! 近寄るなッ! この娘の命はねぇぞッ!」
「そうだッ! さっさと道を開けやがれッ!」
人質の存在が彼らの心に余裕を持たせていた。
3人の男は
「構わん突っ込めぇぇぇぇ!!」
ヴァールの号令一下、警備隊が男たちに斬り掛かる。
「な、何ぃ!?」
まさかの展開に男たちは動揺を隠し切れない。
狭い部屋の中での戦闘が始まった。
双方が思うように剣を振るえず剣の応酬が続く。
「おいッ! 動くなッ! 動いたら娘の指を斬り落としていくッ!」
「
まさか、間髪入れず拒否されるとは思っていなかったのか、ナイツェルがラケシスを担いでいた男に指示を出す。
男はすぐにその指示を実行に移した。
走る緊張――
現場に響いたのは驚愕の声であった。
「なんだぁ!? 剣が通らねぇ! 斬れねぇぞ!?」
混乱する誘拐犯たちを尻目にヴァールたちが一気に攻勢を掛ける。
「チッ!」
困惑し動きが止まる中、ナイツェルだけは警備隊を斬り捨てながら脱出を図る。
残りの2人とラケシスは確保されていた。
「捕まってたまるかよぉッ!」
ナイツェルは苛立ち交じりの声で叫びながら、巧みな剣技で警備隊の包囲を突破した。
※※※※※
事前の打ち合わせ通りヴァールが家の扉を強く叩いている。
しばらくノックの音が木霊したかと思うと、これまた打ち合わせ通りの言葉が聞こえてきた。
テルルはここで
〈
眩い光に包まれるテルル。
薄暗さに慣れた目にはきつい強烈なまでの光である。
しかしセレンは初めてみる母親の雄姿に釘づけだ。
〈
今回の対象とはもちろん、ラケシスである。
【守護神】も使用者の防御力を大きくアップさせるスキルである。
テルルの基礎スキル【
ドガアアアアアアアアアアン!!
家屋の壁が破壊される音が周囲に響きガラガラと崩壊してゆく。
ヴァールたちが突入した家は半壊し、土埃が辺りに舞い散っている。
警備隊が持参した灯りはあるものの、相変わらず視界は悪いが、向こうから「確保!」の声が聞こえてくる。
「
「そ、そうね。ラケシスさんは無事かしら……」
テルルの話ではラケシスには傷の1つも付けることはできないだろうと言う。
彼女が心配しているのは、能力発動前に怪我をしていないか?である。
「
セレンはテルルの心配を正しく理解していないようだ。
テルルの神々しいまでの姿に興奮が止まらない様子であった。
その時、家屋を包囲していた警備隊から悲鳴が上がる。
セレンが何事かとそちらに目を向けると、ところどころに傷を負った男――ナイツェルが包囲を突破してくるのが見えた。
セレンの目がキラリと光る。
すぐに
「どけぇ! クソガキ!」
「通れるものなら押し通って見せろッ!」
ナイツェルが問答無用で力を乗せた一撃を放つ。
2人の剣が激しくぶつかり合って火花を散らした。
「何ッ!?」
幼い子供に自慢の
セレンは力では敵わないと自覚していたので、上手く衝撃を逃がして攻撃を防いでいた。そして俊敏な動作で次々と斬り付け連撃を放ってゆく。
受け太刀するのに精一杯のナイツェルの額からは
初めての実戦――命のやり取りにも関わらずセレンに恐れはなく気分は高揚していた。
「クソがぁッ! 俺はこんなところで死んでいい人間じゃねぇんだよッ!」
ナイツェルは焦り声で叫ぶと、身を
彼からすれば、無理にセレンを倒さずとも逃げ切れれば良いのだ。
都市封鎖されている状況で逃げ切れるかはさて置き。
「あッ!」
セレンから不覚の声が上がる。
ナイツェルはセレンの剣から逃れると警備の薄い方へと向かった。
セレンが慌てて後を追おうとした瞬間、ナイツェルの体が宙に舞った。
そのまま家の石塀に激突してピクリとも動かなくなる。
すぐにナイツェルに殺到する警備隊員。
セレンが何が起こったのか理解できずにいると、ナイツェルが向かった方向からクロムが姿を現した。灯りで照らされたその顔にはニヤリとした不敵な笑みが浮かんでいる。
「
「セレン、つ、詰めが甘いぞ? 『源初流剣術』の基本を忘れたか?」
「あッ……」
『源初流剣術』はクロムの創設した流派で剣のみに頼らず、足技や組打ち、スキルなどと連携して相手を倒す剣術だ。
「剣だけに頼るな。まぁ初めての実戦にしてはよくやったがな」
そう言ってクロムはセレンの頭をガシガシと乱暴に撫でた。
お陰で髪の毛はぐしゃぐしゃだ。
「
いつも通りのやり取りをしていると、クロムの視線がセレンの後方へと動いた。
その視線を追ってセレンが振り向くと、ヴァールがラケシスを連れてやってきた。
気付いたセレンが彼女へ駆け寄る。
「ラケシス! 良かった! 怪我はない?」
「セレンも助けに来てくれたのね! ありがとう! 私は大丈夫!」
縛られていた手首をさすっているラケシスであったが、いつもの天真爛漫な様子にセレンは安堵した。クロムとテルルはその様子を
「し、しかしお前たちまで捜索に加わっているとは、お、思わなかったぞ」
「セレンが今まで見たこともないような、し、真剣な表情でお願いしてきたのです」
「そうか……。メ、メ、メリッサ様もよく許可を出したものだ」
「ふふふ……そ、そうですわね。ジルベルト王国に関係する娘だと聞きます。た、大切な存在なのでしょう」
「ジルベルト王国か……
テルルの言葉にクロムはボソリと呟くと、南の空を遠い目で眺める。
釣られてテルルもクロムの隣で空を見上げた。
しばらく星々が
我が子の成長に目を細めて見守るクロムとテルルであったが、そんな彼の口からまたもや呟きが漏れる。
「時代が動き始めた……?」
そう言って再び空を見上げたクロムの目は厳しいものに変わっていた。
こうしてセレン最初の聖地アハトでの外出は実戦訓練のような形で幕を降ろした。
ラケシスには散々な1日となったが、セレンにとっては成長の
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