第14話 市街へ

 セレンの眼前には壮大なまでのパノラマが広がっていた。

 神殿を中心に市街地がどこまでも続いているが、雑多な感じはない。

 整然と立ち並ぶ白を基調とした建築物はこの地の整備が計画的に行われたであろうことを想像させる。

 聖教会とおぼしき建物が区画ごとに配置されており、遠目にも人々が集まっているのが見える。


 追放後にこの地を踏んだ時にもガリランド神殿からの景色は見たはずなのだが、当時のセレンはまだまだ未熟であったのだろう。

 恐らくこの1年間の修行がセレンの物事に対する見方や考え方に変化をもたらし、視野を広める結果に繋がったのだ。


 初めて神殿の外に出たと言う喜びも有ってセレンは感動していた。

 とは言え、ラケシスのことを考えると心配である。

 セレンは解放感と不安感の入り混じった複雑な心境に戸惑っていた。


「セレン、行きますよ」


「はい、母様かあさま。でも、よくメリッサ様の外出許可が下りましたね」


「それだけラケシスさんのことが大事なのでしょう。それに捜索するのに天力使いアストラルが多いに越したことはありませんしね」


 セレンはテルルがこっそりと神殿を抜け出すのだと思っていたのだが、彼女は律儀にもメリッサの許可を取りに行ったのだ。


天力能力使いアストラルですか?」


「人の心、せ、精神に同一性がないのと同じように天力アストラにも個性と言うものが顕著に現れるのです。で、ですからラケシスさんの天力アストラの波動のようなものを感じたことのある者が、そ、捜索に当たっていると思いますよ」


 要は指紋のようなものである。

 天力アストラは個性であり、唯一無二の能力なのだ。


「そうなのですね! では僕も分かるのかぁ!」


「あらあら、ク、クロム様からは聞いていなかったのね? み、見極めるには事前にしっかりと人の天力アストラを感じることが、だ、大事です。もし今後、あ、貴方が天力使いアストラルと戦うことになるならこれは重要なことなのですよ?」


「なるほど……僕は感じようとしたことがなかったのでラケシスの天力アストラは判別できません……」


 喜び勇んだセレンであったが、テルルの説明を聞いてがっくりと肩を落とした。

 修行にしても講義にしても、ただ受け身になっているだけではいけないのだ。

 常に考え続けることで、自ずから『気づき』を得られることもある。


「だ、大丈夫ですよ、セレン。彼女はまだアハトから出ていませんから」


「えッ!? 母様かあさまは分かるのですか!?」


「ええ、得手不得手えてふえてはありますが、わ、私は比較的遠くまで天力アストラを感知できるのです」


 早足で先を急ぎながら2人は話を続ける。

 テルルもクロム同様、聖地アハトには何度も訪れているため丸っきり土地鑑とちかんがない訳ではない。


「メ、メリッサ様は誘拐を想定してすぐに都市の出入口を封鎖したそうよ。で、ですから後は包囲網を作って追い込んでいけば良いのです」


 セレンは自分がでしゃばらなくても解決していた可能性が高いことを知り、己の見識や知識が未熟であることを恥じた。

 セレンが考えていたことは、大人たちにとっては既に考慮されていたのである。




※※※※※




「畜生ッ! これじゃあ街から出られねぇ!」


 まだが高いにも関わらず薄暗い部屋の中で、禿頭とくとうで大柄な男がテーブルに拳を叩きつける。

 手はずでは商人とその護衛に偽装してアハトから脱出するはずであった。

 多くの都市は入るのは難しいが、出るのはそれ程でもない。

 しかも依頼主は念には念を入れて、聖地アハトの南門の衛兵を買収していると言う話であった。


「落ち着け。想定以上に門の封鎖が速かった」


「でもよぉ……」


「俺たちの居場所がバレる訳がねぇ。一軒一軒家探しする訳にもいかねぇからな」


 男たちは都市封鎖後に、依頼主から聞いていた空き家を転々としつつ、現在のアジトでしばらく待機することにしたのだ。

 左程広くもない部屋には5人の男たちがめいめいに座って何かをしていた。

 いずれも強面こわもてで、いかにも街のゴロツキと言った風体ふうていをしている。

 ソファーの上にはラケシスが手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされて寝かせられていた。


「このガキを捕らえるまでは良かったんだがな……」


「まぁ、それは神官プリースト共の手引きがあったからこそだろ。こんなガキにあの額だ。一体何者だ? このガキは」


「余計な詮索をするなと言われただろ? 俺たちは指定された場所までこいつを連れて行けばいい」


 リーダー格の黒髭くろひげの男――ナイツェルが他の男たちを軽くたしなめる。


「でもよぉ……。いくらなんでも管理者の対応が速過ぎやしねぇか?」


「それ程の重要人物なんだろうよ」


「こんな依頼を受けない方が良かったんじゃないか……?」


 何かを話していないと不安なのだろう。

 男たちは話続ける。

 震える声で今更なことを言う痩せぎすな男に、気楽そうな茶髪の男が笑いながら同調する。


「思えば依頼主も怪しさ満点だったな。漆黒のローブが妙に似合ってたぜ」


「だよな! ありゃあ絶対悪の組織だぜ」


「お前が言うな!」


「違いねぇ!」


 部屋に男たちの笑い声が響く。

 楽観的なのか、不安をごまかすためなのかは分からない。


「何にしろ、しばらくは動けない。大人しくしていればバレるこたぁない。それに依頼主から接触があるかも知れんからな」


 この家屋は依頼主に念のため教えてもらったアジトである。

 ナイツェルは顎鬚あごひげでつけながら全員に向けて噛んで含めるように命令した。


「ここは聖地だ。いつまでも人の出入りを止めるなんてことは不可能だ。お前らしばらくは我慢しろよ?」

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