第13話 行方不明
月日が経つのは早いもので、セレンももう9歳になっていた。
聖地アハトのガリランド神殿に来てから1年が過ぎていた。
依然としてクロムを襲撃する刺客の数は一向に減っていない。
変わったことはほとんどない。
あるとすれば、クロムとテルルの体調が悪くなったことだ。
セレンは両親共に感情の起伏が激しくなったとも感じていた。
セレンはクロムとの剣術の稽古を終えて昼食を摂りに自室へと戻っていた。
そこへ丁度良いタイミングで
いつも身の回りの世話をしてくれる人物で、名をアンガスと言う。
ぽっちゃりとした小太りの体型に細い目をしており、いつも柔和な笑みを浮かべている温厚な男である。セレンも彼を好いていた。
聖地アハトは海に近く、新鮮な魚介類が出回っており海産物の料理が振る舞われることが多い。
セレンは料理を見て唾を飲み込んだ。
今日の昼食は高級魚ノドシロのムニエルであった。
ガリランド神殿の聖職者たちはこのような高級料理は食べることはないが、
最初は固辞し続けていたクロムであったが、メリッサに口で勝てるはずもなく今では彼女の言うことには大人しく従っていた。
早速3人で食事を始めようとすると、アンガスが申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「クロム様、セレン君、今日はラケシスの姿は見ていませんか?」
セレンはクロムと顔を見合わせる。
ラケシスとは毎日のように顔を合わせて一緒に瞑想したり、クロムの講義を受けたりしているが、今日はまだ会っていない。
「い、いや……き、今日はまだ会っていないな」
「僕も見ていません」
「な、な、何かあったのですか……?」
「午前中に市街に使いに出たらしいのですが、まだ戻っていないようなのです」
セレンの脳裏にラケシスの天使のように無邪気な笑顔がよぎる。
この地は治安が良く、犯罪自体が少ない。
ましてや人が襲われるなどの犯罪に巻き込まれることは皆無と言っても良いほどである。もちろん、クロムを狙う襲撃者を除けば、であるが。
「つ、使いはどちらへ?」
「
聖地アハトは神殿都市である。
ガリランド神殿を中心に街が広がっている訳なのだが、大きな都市であるため、街の各所に小さな神殿を模した聖教会と言うものが存在する。
「たた、確か、か、彼女はまだ9歳でしょう? 何故、ひ、1人で行かせたのです?」
「彼女と同じ
「ゆ、誘拐の可能性もありますね。私もき、協力します」
クロムはそう言うが早いか大剣を手に取り、立ち上がると扉の方へ向かう。
「僕も手伝います!」
同じように剣に手を伸ばし、クロムに続こうとしたセレンであったが、彼は振り返るとそれを制した。
「な、何があるか分からん。セ、セレンは瞑想していなさい」
「そんなぁ……」
「こ、こう言う時に動じない心を、つ、作るためにも瞑想するんだ!」
セレンが意見はクロムによって却下されてしまった。
強い口調だったので、クロムには何か感じるところがあったのかも知れない。
以前、クロムが持つスキルで【第六感】と言うものがあると教えてもらったことがある。
アンガスと共に慌ただしく出て行ったクロムを見送ると、部屋に静寂が戻ってくる。セレンには母親と2人きりになった室内がやたらと広く寂しく感じられた。
テルルは意気消沈するセレンに優しく諭すように言った。
「セレン、い、今は食事を摂りなさい。大丈夫! こう言うことは大人に任せておきなさい」
「はい……
少し冷めてしまった料理に手を伸ばすものの、ラケシスが心配で味があまり分からない。
異国の地で出来たたった1人の友人なのだ。
心配するなと言う方がおかしい。
食事が終わった後もソワソワしているセレンをテルルが
セレンは何度も注意され、何とか表面上は態度を改めたが内心では落ち着かずいても立ってもいられなかった。
テルルに「気分が落ち着くから」と紅茶を入れてもらったが、あまり効果はなかった。カップに注がれる紅茶が起こした波紋のようにセレンの心は乱れていた。
まだラケシスが事件に巻き込まれたと決まった訳ではないはずなのに、セレンの中では既に彼女が恐ろしい目にあわされているような気になっていたのだ。
セレンはとにかく懇願し続けた。
テルルなら説き伏せられると言う
「
「セレン、め、瞑想してみなさい」
「……? はい……」
テルルはセレンの言葉を遮ってクロムと同じことを言う。
いつもは優しい母親が今日に限っては鋭く厳しい目でセレンの目をジッと凝視している。セレンを射抜くかのような有無を言わせぬ視線だ。
セレンが
不思議なことにセレンの心が
今までの焦燥感が嘘のように霧散し、セレンは落ち着きを取り戻した。
いつもの瞑想の修行は単なるルーチンワークではなく、しっかりとセレンの精神に影響を与えていたのだ。決して無駄ではなかったのである。
「落ち着いたようですね」
テルルが穏やかな口調でそう言うと、セレンはそっと目を開いた。
ラケシスの捜索に加わりたいと言う気持ちは消えてはいないが、セレンは冷静さを取り戻していた。
「そ、それで良いのです。その心を忘れてはなりませんよ?」
テルルは優しい目をセレンに向けると、立ち上がって大きく伸びをした。
「で、では行きましょうか」
「へ? どこへ行くのです?」
「もちろん市街へです。ラケシスさんを探すのでしょう?」
間の抜けた声を上げるセレンにテルルは平然と言ってのける。
セレンもまさか許可が出るとは
「は、はいッ!」
テルルは扉の方へと歩いていく。
まるで散歩にでも向かうように。
セレンはいつも使っている剣を手に取ると、彼女の後に続いた。
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