第2話 4年後~燃える都市~

 ――およそ4年後


 街中が火の海となり、人々が逃げ惑っている。

 暗闇を炎が照らし、その橙色が揺らめく。

 人々の影がまるでおどり狂っているように見える。


 ここはレイラーク王国、北方の街ノースデン。


 この街はミスリル鉱山の採掘拠点として造られ、その莫大な量のミスリルによって潤い、発展してきた。

 そんなノースデンの富と資源を隣国のジオナンド帝國がいつまでも指を咥えて見ているはずもなく、この度の軍事衝突と相成ったのである。

 戦争の大義名分は、犯罪者クロム一家を匿ったことへの制裁措置であったが、それを信じる者は誰もいない。


 ジオナンド帝國は、モンステッラ将軍率いる精鋭二三○○○を派遣し、韋駄天の如き進軍速度でノースデンを強襲した。

 しかし、そんな重要都市が防備に力を入れていないはずがない。


 防衛体制は完璧――なはずであった。


 帝國は事前の調略により、ノースデン軍の一部を寝返らせて城門を開かせた上で夜襲を仕掛けたのである。


「奪うなッ! 住民は殺すなッ!」


 街の中へ突入した指揮官モンステッラが大声で兵士たちに指示を出している。

 これは別にジオナンド帝國が軍規に厳しいと言う訳ではない。

 ミスリル採掘拠点として、貴重な労働力をわざわざ殺す必要はなかったし、略奪して民の不興を買うのは得策ではないと言う単なる政治的判断があっただけだ。


 しかし帝國に寝返った兵士たちにとっては、そのようなことなど知ったことではなかったようだ。


「ヒャァッ! オメーら奪い尽くせッ!」


 叛乱軍はんらんぐんを率いるノメッツは城門を開けてジオナンド帝國軍を引き入れた後、部下と共に略奪の限りを尽くしていた。

 昨日まで自分たちを護ってくれていた存在が、突然凶悪な狼藉者ろうぜきものとなったのだ。

 住民は大混乱に陥っていた。


「ねぇ、セレン……速く逃げようよ!」


「分かってる。全員集まったか?」


 不安そうな声で、しかし強い口調でリンと呼ばれる少女がうながす。

 それに応えたのは、あの剣聖クロムの息子、セレンであった。

 丁寧に整えられていた坊ちゃん刈りの甘ちゃんはもういない。

 そこには黒い短髪で前髪に銀色のメッシュが入った精悍な顔付きの男子がいた。

 額には十文字の斬り傷があり、どこか貫禄のようなものさえかもし出している。

 セレンはこの採掘都市に暮らす孤児であった。

 多くの子供たちがミスリルの採掘に徴集される中、彼はストリートチルドレンとしてスラムで生活していた。

 鉱山での労働は過酷で、奴隷や子供たちが低賃金で働かされている。

 賃金が出るのはまだマシな部類であったが、それでも多くの者たちが苦痛に満ちた毎日を送っている。

 大人でさえ、かなりの重労働であるのに子供なら尚更である。

 セレンはこんなところで野垂のたれ死ぬなどまっぴら御免であったのだ。


「セレン。エリクがいねぇ……」


 それを聞いてセレンは思わず舌打ちをした。

 彼はまだ、この街で起こっている出来事について正確に把握している訳ではなかったが、あちこちで叛乱と言う言葉が飛び交っているのを聞いていた。

 集まってくる仲間たちから刻々と入る情報に寄れば、殺しや放火、略奪が行われていると言う。スラムにあるこの倉庫跡に奪われる物などなかったが、放火されれば住宅密集地となっているこの場所は危険である。


「リオネル、お前が先導して東門へ行ってくれ。俺はエリクを探す」


「おいおい。俺たちだけで逃げろって言うのか?」


 リオネルと言う少年はセレンと同じ年に生まれた13歳の男子だ。

 彼の兄が作ったクランにも似た組織をまとめるリーダー的な役割を果たしている。

 まだ子供でありながら大柄な体を持ち、少しクセっ気のある茶髪に強い意志の宿った黒い瞳でセレンを見つめている。

 そのリオネルが抗議の声を上げたその時、外から声が聞こえてくる。


「おいッ! 火の手が上がったぞッ! 速く逃げるぞッ!」


「聞いただろ? スラムは火の海になるぞ」


 セレンの言葉にリオネルは不承不承ふしょうぶしょうと言った表情でうなずくと、仲間の孤児たちに声を掛けた。

 その言葉を聞くが速いか、セレンは倉庫跡の外に飛び出した。

 リオネルが仲間たちに指示する声を背中で聞きつつ、夜の街を疾走する。


 取り敢えず、エリクがいるなら繁華街の方だろうと当たりをつけて、セレンは大剣を片手にそちらの方へ向かう。

 普段なら繁華街の方だけが明るくなっている時間帯だが、あちこちで火の手が上がっているようで街中が見渡せる。


 セレンは、背丈に合わない武器を左手に持って目立たないように走る。

 最初に遭遇したのは、白い旗を背中に括り付けて人々を襲う武装集団であった。

 紋章が入っていないため、どこの軍隊かは分からないが、セレンは彼らが恐らく叛乱軍だと判断する。


 人々の生命が踏みにじられる光景に胸糞悪い思いをするセレンであったが、今は仲間を探すのが最優先である。

 蹂躙されている人々を敢えて見ないようにしながら、石造りの壁伝いに繁華街の方へ走っていると、セレンの前に3人の兵士が立ちふさがった。


「ヒャァァァ! 見ろよ。ガキが大層な大剣持ってんぜェ!」


「ヨッシャァ! 全て奪えばいいんだよォ!」


「おいガキッ! 殺されたくなかったら剣置いてけッ!」


 3人が3人共好き勝手なことをホザいている。

 セレンは面倒臭かったが、こんなところで足止めされている訳にもいかないと思い、大剣を抜き放つ。


「おいおい。抜きやがったぜェ!」


「ま、殺して奪っちまえばいいことだァ!」


 セレンは現時点で12歳。

 まだまだ成長期だ。

 身長は155センチマイト程度だろうが、舐められたものである。

 腐っても剣聖の息子であるセレンは、まともにやっても勝てるだろうと予測するが、繁華街の方へ向かえばどうせ天力能力やスキルを使用することになるだろうと考えた。そして何の戸惑いもなくその天から与えられた天力能力アストラビィを発動した。


堕ちた幻影フォールンソウル


〈憑依:⇒クロム〉

〈  :テルル〉

〈  :ガナッツ〉

〈  :セクター〉

〈  :コーネリアス〉

〈  :ニルファーガ〉 


 世界のことわりの言葉がセレンの脳内に響いた。

 セレンは基礎スキル【憑依】による天力能力アストラビィを発動し、自分に憑依させる対象を選択する。

 生けとし生ける者のほとんどが、持って生まれてくる物がこの基礎スキルだ。

 同時にセレンの基礎スキルは、世界で1つだけの固有スキルだったのである。


 ――瞬間


 爆発的なまでのエネルギーがセレンの小さな体の中で荒れ狂う。

 そしてクロムの記憶、知識、経験、技術などが継承される。

 セレンが地を蹴った。


果断一閃かだんいっせん


 世界のことわりの力である言霊ことだまつむがれた言葉が意味を為し、騎士剣技きしけんぎを発動させる。

 剣技やスキル、術などを使う時に発する言葉は力を持ち、様々な現象をもたらすのだ。


 次の瞬間、セレンの目の前にいた3人の姿は消え、かつて人間だった物体がセレンの背後に現れる。

 セレンは一瞬にして3人の首をき斬ると、彼らの脇をすり抜けたのだ。

 そして大剣をサッと振り、付着した血を払うと鞘に納める。


 この〈堕ちた幻影フォールンソウル〉は固有スキル【憑依】を基にして発現した天力能力アストラビィで、死んだ人物や魔物などの霊魂を自身に降ろし、その対象が持っていた技術や才能などを継承できると言うものだ。

 霊魂を憑依させた状態で戦闘などの経験を積むことにより、力を継承するだけでなく身に着けることもできる。ただ、技術に体が付いてこずにかなりの負担が掛かることになるので乱用は避けたいところである。

 もちろん降ろす対象を憑依リストに入れるには幾つかの条件はあるのだが。

 今回憑依させたのはセレンの父親である剣聖クロムの霊魂である。


 再び走り出すセレン。後ろは振り返らない。振り返る必要などないから。

 セレンはもう決めていたのだ。

 前へと突き進むと言う覚悟を。

 とにかく今は一刻も早く仲間を見つけなければならない。

 そう思いながらセレンは闇夜を駆けた。

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