第3話 仇との邂逅

 セレンは通りを全力で走っていた。

 繁華街までもう少し。

 どうやらこの辺りでは放火などは起きていないようだが、あちこちで戦う兵士たちの姿が見える。


「どこかの軍と戦っているのか?」


 セレンが見たところではノースデンの衛兵えいへいとどこかの軍が戦っているようだが、紋章が確認できないためどこの軍隊かは判断がつかない。

 

 この場所にいるのは鎧を身に着けた兵士だけで民間人の姿はほとんど見えない。

 住民は既に避難した後なのか、殺されるのを恐れて家に閉じこもっているのか。

 住民と思しき死体がほとんど確認できないのでセレンは少し安堵していた。

 彼らの任務が住民の虐殺ではないと判断したからだ。

 セレンはエリクを探すべくあちこちを駆け回った。


 騒乱の中、彼を探すも中々見つからず、セレンの中で焦りだけが募っていく。

 危険なのは攻め込んできた軍ではなく、叛乱軍はんらんぐんの方だろう。

 エリクの捜索に手間取れば、子供と言えど容赦なく殺される可能性がある。


「エリクッ! どこだッ!」


 目立っても良い。

 とにかくエリクを見つけることが第1だと考えてセレンは叫ぶ。

 彼にとってリオネルやリン、エリクたちは孤児の仲間であり、その結束は固い。

 簡単に探すのを諦めて見捨てると言う選択肢など全く存在しない。

 有り得ないことだ。


「エリクッ!」


 叫びながら戦場を駆け回っていると、フルプレートの兵士がセレンの前に立ちはだかった。また面倒事かと少し苛立ったセレンだったが、その目に信じられないものが飛び込んで来た。


 兵士の鎧に刻まれた紋章である。

 その紋章は七つの星が連結されたものであった。

 もちろんセレンには見覚えがあった。


 である。


「北斗騎士団だとッ!?」


「小僧、何者だ?」


「ここは危険だ。直ちに立ち去れッ!」


 セレンの中で何かが弾けた。

 善意から警告する兵士たちであったが、頭に血の上ったセレンにその声は届かない。


「指揮官は誰だッ!?」


 目の前に子供が現れたかと思うと、突如激昂げっこうして質問をぶつけてきたのだ。

 兵士たちは当然、困惑する。


「指揮官は誰だと言っているッ!」


 大人顔負けの大音声だいおんじょうと迫力に押された兵士の1人の口からポソリと言葉が漏れる。


「ラ、ラムダーグ将軍だ……」


 その言葉にカッと目を見開き耳を疑うセレン。


「モンステッラかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 激昂したセレンの小さな体から殺気があふれ出す。


「こ、こいつは敵だッ! るぞッ!」


 それを敏感に感じ取った兵士の1人が仲間に声を掛けつつ、セレンに斬り掛かる。

 セレンはよどみのない動作で鞘から大剣を抜き放つと、大上段から斬り下ろしてきた一撃を衝撃を逃がしながら受ける。

 そしてそのどうをしなやかな動作で断ち斬った。

 

「貴様ッ!」


 1人を葬った後も流れるような動きは止まらない。

 セレンの動きは最初から2人共殺す前提で組み立てられていた。

 仲間が殺られてようやくセレンを敵だと認識し慌てて斬り掛かってきた兵士のふところに踏み込むと、兵士の首元に大剣を刺し込んだ。


 フルプレートの隙間を突かれた兵士は首から鮮血をほとばしらせて大地に倒れ伏した。

 急所への一撃である。

 最早、兵士たちはピクリとも動かない。


 死んだかどうかに興味はなかった。

 セレンはすぐに裏路地へ入ると、大きく深呼吸を1つ。

 モンステッラ・ド・ラムダーグは、セレンの父親であるクロムの弟子であった。

 と同時に父親を汚い罠に陥れた憎きかたきでもあったのだ。

 クロムは、死ぬ1年前程前からずっと憎々し気にモンステッラの名前を叫び、家の内外問わず剣を振り回した。

 その様子は、うらみ、つらみ、ねたみ、そねみと言ったあらゆる感情を爆発させたもので鬼気迫る表情をしていたのをよくよくセレンは覚えている。

 恐らく、自分をハメたモンステッラの幻影を追っていたのだろう。

 ずっとモンステッラを兄弟子だと思い慕ってきたセレンにとっては、あの第2皇子暗殺未遂事件の黒幕が彼だと察した時の絶望感は未だ忘れることができない。


「セレン? セレン兄ちゃん!?」


 セレンが、我を忘れて暴走しそうになる自分を何とか抑え込もうとしていると、背後から声が掛けられた。

 聞き覚えのある声だ。

 と言うより聞き違えるはずもない声であった。

 セレンが振り返ると、そこには泣きそうな顔をしたエリクがたたずんでいた。


「エリク……。無事だったか。大丈夫か? 怪我はないか?」


 矢継ぎ早に質問するセレンにエリクはしどろもどろになりながらも答えを返す。


「えっと……うん……。だ、大丈夫だよ。ずっと隠れてたんだ」


「そうか。いったい何があった? 説明できるか?」


「うん。いつも閉まってる城門が急に開いたんだよ! 夜なのにびっくりしたよ! そしたら武器を持った兵士がたくさん街に入って来たんだ!」


 エリクの言葉と街で聞こえてきた声、現在の状況から考えると答えは出る。

 ジオナンド帝國がモンステッラを指揮官としてノースデンに攻め込んだのだ。

 それで今日の城門守備隊を率いていた者が内応して城門を開き、彼らを招き入れたのだろう。

 守備隊が街で暴れている理由は分からないが、恐らく狼藉自由ろうぜきじゆうと勘違いしてやりたい放題しているのだ。

 戦争時に民衆に乱暴狼藉らんぼうろうぜきを働く兵士はいつの時代も存在するらしい。

 狂乱に支配され欲望のたがが外れるのは人間のごうとでも言うべきか、はたまた内応した者がたまたま鬼畜だっただけなのか。


 セレンはもう一度深呼吸をして冷静になると、状況を整理して考えをまとめる。

 恐らく寝返った者は虐殺や略奪の罪でモンステッラに罰せられる可能性がある。

 モンステッラの性格を考えると狼藉者を放置することはないと思われた。


 今すぐにでも父の仇であるモンステッラを討つために駆け付けたいが、保護したエリクの安全を確保する必要がある。

 一旦、スラムのある東地区へ戻り、リオネルと合流しなければならないだろう。

 セレンは心の奥底から湧き出る殺意の衝動に駆られるが、エリクを危険に晒す訳にもいかないため何とかして憎悪を抑え込んだ。


 エリクを連れて東門へ行き、リオネルに後のことを託すまでは簡単だ。

 問題はモンステッラをどうやって見つけ出して殺すかである。

 それに父の弟子だった者が4年以上経って、強くなっていないはずがない。

 自身の成長を実感しているセレンではあったが、まともにやっても勝てるとは限らない。


 降って湧いた千載一遇のチャンスなのだ。

 逃すことなどできない。

 セレンは一計を案じた。


 それは――

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