06.悪魔の孫_08
「お母さまが!?サティを!?」
キートリーが驚くのも無理はない。ヌールエルさんって誰の命も吸いたくないって言って餓死したハズではなかっただろうか?なのになんでサティさんに手出しを?
「そうよ、キートリー。貴女を身籠った時、ヌールエルは既に無事に子どもを産むことが出来ないくらい身体が弱っていたの。その時、ヌールエルは自分の専属従者のサティに頼み込んだのよ。子供のために命を吸わせてって。サティは快諾したらしいわよ」
フライアがキートリー見て言う。キートリーは両手で口を押えて吃驚したような仕草でサティさんを見ている。
「ヌールエルはその後も何回かサティを摘まみ食いしてたらしいけど、その内にマース、貴方を身籠ってしまって、その時もサティに頼んで命を吸わせて貰ったらしいわ」
フライアは今度はマースを見て言う。マースは口を開けたまま、フライアとサティさんを交互に見ている。
「でもマースを産んだ後、何故かヌールエルはサティへの摘まみ食いをやめてしまって……」
目を瞑って静かに言うフライア。途端に元気がなくなった。
一呼吸おいて、フライアが言葉を続ける。
「だから、アナタ達二人はサティに感謝しておきなさい?サティがいなかったら、アナタ達は産まれていなかったかもしれないのだからね?」
またいつもの調子に戻って、フライアはそうキートリーとマースを諭す。
(フライアはどこまでヌールエルさんとサティさんの関係を知っているんだろ?)
フライアがヌールエルさんを連れ戻そうと、ボースの館に忍び込んでいたのは本人から聞いている。その時にヌールエルさんから聞いていたのだろうか?
(サティさんのお腹に幾つか傷跡があったの見たけど、あれはヌールエルさんがキートリー達を産むために仕方なく付けた傷だったんだ。いや、摘まみ食いの跡もあるんだろうけど)
お腹の子どもの為、サティさんに自分の正体を晒し、頼み込んだヌールエルさん。そんなヌールエルさんに、快く自分の命を差し出したサティさん。サティさんはなんでそんなに簡単に自分の命を差し出せたのだろう?主人と従者だから?そんな関係で澄まされるような事ではない気がする。
(どうでもいいけどサティさんってホント何歳なんだろう?見た目はアタシと同じくらいなんだけど、ぶっちゃけヌールエルさんの専属従者やってたというくらいだと、もっと年上な気がする。40前後かなぁ?でも見た目は30なんだよなぁ?)
アタシはの足上で安らかに気絶中のサティさん。アタシはサティさんをじーっと見てみる。
(黙って寝ていてくれれば、凄く美人なんだけどなぁサティさん)
後ろで1本に纏めた茶色いセミロングの髪に、ほんのりタレ目の左目には銀の片眼鏡。よく見れば右目の目元に泣きぼくろがある。起きている時に見た彼女の瞳は淡褐色だった。身長はキートリーより低いけど、女性としては高い方だと思う。頭にはホワイトブリムを付けており、ロングスカートのメイド服。メイド服はアタシがお腹に穴を開けちゃったので一部破けてますけど。
見た目は、物腰の柔らかそうな知的なメイドのお姉さん。こうやって黙っていてくれれば、アタシ的にはとても好きな見た目。喋り出すと、と言うかアタシに絡み出すと途端に残念なお姉さんに変わる。どうして貴女はそうなんですかサティさん。因みに胸の大きさはアタシと同じくらいです。サティさんにおっぱい揉ませてって言ったら余裕で揉ませてくれそうなんだけど、代わりにアタシの胸が揉みくちゃに揉まれそうなので言わない。
「サティ……貴女と言う人は……ありがとう……」
「サティ……ありがとう……」
素直に目を潤ませてサティさんに礼を言うキートリーとマース。ここだけ聞いているとサティさんは聖人だ。
「サティさん、ただの変態じゃなかったんだね」
だがアタシにとっては変態のお姉さんである。なんでもう媚香もストップしているのにあの勢いで突っ込んでアタシに吸われに来るのか。
「もうちょっと最初に会った時みたいに、静かに寄ってきてくれればこっちもそれなりの対応をするのになぁ……」
アタシはぽろっと思っていた事を口から漏らした。
「サティはね、ヌールエルがハゲに連れ去られる前から面識があったのよ。ヌールエルが住んでいた森に一人で逃げ込んで来たサティを、ヌールエルが一度保護した事があるの」
フライアがアタシの足元のサティさんを見つめたまま、物憂げに語り出した。
「その話、少しだけお母様から聞いたことがありますの」
フライアの話にキートリーが喰いついた。
「サティは元々、マーカル家の令嬢。ですが25年前、マーカル男爵領がジェボードに攻め入られ、マーカル男爵は娘のサティを戦乱の最中逃がして……」
そうして暗い表情でサティさんを見つつ言葉を詰まらせるキートリー。
「ええ、マーカル家はジェボード国によってサティを除いて領民領地まるごと滅亡。ジェボードの追手からなんとか逃げ切ったサティは、その後ボーフォート家に引き取られ、従者の一人として働くことになった」
サティさんをを見つつ彼女の生い立ちの話を続けるフライア。
「だけどその時のサティは14歳、魔術が使えるとはいえ、足の速いジェボードの獣人たち相手に少女が一人で逃げ切れる訳が無いわよねぇ?」
片眉だけ上げてキートリーに問いを掛けるフライア。
「もしかして、お母様がジェボードの獣人達を蹴散らして、サティをボーフォート家まで?」
キートリーが顔の前に作った自分の握りこぶしをじーっと見つめた後、フライアに目線を向けた。キートリーに武術を教えたのはヌールエルさんだ。キートリーは自分の拳を見てヌールエルさんを思い出しているのだろう。
「そう、サティは逃げ込んだ森の中で、ジェボードの獣人たち相手に一人で戦っていたそうよ。でも敵わなかった。殴られ、蹴られ、嬲られた。ヌールエルはそんなサティを見捨てることが出来なかったのよ。だから悪魔の力を使いサティを助けた、サティに正体がバレるのを承知でね。そしてヌールエルは、サティを近くのボーフォート家の領地まで連れて行きサティの保護を頼んだ。私に何の相談も無く、ね。で、そのボーフォートでちょうど屋敷に居たそこのハゲに素顔を見られた」
そう言ってフライアは地面に転がっているハゲ、ボースを睨んだ。
「はぁー……これぜーんぶ、私が外回りで家に居なかったいときに起きた事よ?私はあの子に外の人間には関わるなと言っておいたのに……それが逆に、私にバレない様にってサティと一緒に外に出ちゃって……せめて私に相談してくれれば……サティだけなら、サティ一人だけならあの家で匿っても良かったのに……そのまま一緒に住んでもらっても良かったのに……なんなら私があの子の代わりにサティをボーフォートまで逃がしても良かったのよ?なのにどうして?ほんと、やんなっちゃう」
溜息と共に、少し俯き気味に両手で顔を覆って、本当に悔しそうに、残念そうな声を出すフライア。
「サティ……貴女は、お母様に……だから……」
サティさんの頭を愛おしそうに撫でながら、震える声で話すキートリー。
(サティさんにとってヌールエルさんは命の恩人、そしてキートリーは命の恩人の大事な娘、そりゃ尽くす訳だ。そしてアタシはヌールエルさんと同じ声のヌールエルさんの姪で、さらにヌールエルさんと同じく悪魔化までする。サティさんがアタシにヌールエルさんの姿を重ねて執着するのも無理は無い、か)
「サティさん、ごめんね、アタシ誤解してたかも。今度からはもっと優しくじっくり吸うね」
フライアの話を聞いてサティさんを見る目が変わったアタシ、彼女に対する態度を改める事を心に決めた。
そんな訳で、アタシの中のサティさんへの好感度が大幅アップ。
「千歳お姉様、ほどほどしてやってくださいまし。サティが本気で死んでしまいますわ。ワタクシ、サティが亡くなったら流石に泣きますわよ」
そう言うキートリーだったが、彼女はさっきのサティさんの話でとっくに涙目になっている。
(キートリーって意外と涙脆いよねって、アタシが言えた事じゃないな。今日アタシ何回泣いた?)
「うん、アタシも吸いだすと止まらないから気を付ける」
キートリーの忠告、彼女がどれだけサティを大事にしているかを感じ取れる。アタシはアタシで、吸うにしてももっとゆっくり少なめに命を吸う方法を編み出した方がいいのかもしれない。サティさんを吸う以外にも他に何か使い道があるかもしれないし、拷問とか。
「ああ、サティなら多少本気で吸精しても平気よ」
「いやいやいや、本気は死んじゃうでしょうよ」
「お爺様?サティを殺したらぶん殴るじゃ済ましませんわよ?」
今までの感動を吹き飛ばすようなフライアの発言。アタシは手を顔の前で振って真顔でフライアの意見を否定する。割と本気でフライアを睨みつけるキートリー。フライアは平然な顔をして言葉を続ける。
「その子、ヌールエルに生かさず殺さずでずっと吸われ続けて、吸精に耐性が出来てるのよ。千歳、貴女が最初にサティを吸った時、随分と長く吸えていたでしょう?ゴブリンなら秒で吸いきれるのに」
そう言ってアタシを見るフライア。アタシは顎に手を当てて少し考えた。そして気づく。
「……うん、確か5分くらいずっと吸ってた気がする」
顎に手を当てたまま、フライアとキートリーに順に視線を合わせる。アタシは最初サティさんの命を吸った時、吸うのにはこれくらいかかるのかな?程度の認識だった。いや最初は命を吸うのに夢中で時間とか気にしてなかったんだけど、今思い返すとそれくらいってことで。でだ、キートリーですら秒で闘気を半分吸ったのに、初めてで吸うのに夢中なアタシに全力で5分吸われ続けて生きているサティさんの脅威の吸精耐性、割ととんでもない。
「でしょう?キートリー、結局サティが命の危機に陥ったのは何のせいだったと思う?」
アタシからキートリーに視線を移して言うフライア。
「えっ?命を吸われてたからではなくて?えっ?もしかして?出血の方ですの?」
信じられないと言った顔でアタシとフライアとサティさんを順々に見るキートリー。
「そうよ、普通の人間なら誰でもお腹に穴開けられたら出血多量で死ぬわよね?サティの場合はそれすらもかなり耐えた訳だけど」
キートリーとサティさんとアタシを順々に見るフライア。
(アタシを見るのやめて、サティさんのお腹に穴開けたのはアタシのだけど。見るのはやめてぇ)
アタシはフライアがこっちを見た時に罪悪感から視線を逸らす。
「サティ、貴女と言う人は……」
キートリーはまた頭を抱えている。
ついにサティさん脅威の生命力説も出てきた。いくら回復魔術掛けて貰ったからって、お腹に穴開けられたのにたった2~3時間程度でアタシに飛びついてくるほど回復しているのは確かにおかしい。ヌールエルさんがサティさんに吸精を頼んだのはその辺も関係あるのだろうか?それとも偶然?年の割にやたら若々しいのももしかしたら何か関係あるのかもしれない。
「だからサティに傷を負わせずに吸う分には問題ないわ。千歳、貴女さっきからさりげなくやっているでしょう?サティの首に指を当てて」
「ああ、うん。命を吸うのに別にお腹の中に手を突っ込む必要は無いんだよね。ただ身体の中に突っ込んだ方が吸うのが速いから、興奮している時はついやっちゃうんだけど」
フライアの言う通り、アタシはさっきから飛びついてくるサティさんの首筋に指を当てて命を吸い、気絶だけさせている。
「そうなんですの?……って、そうでしたわね、ワタクシも千歳お姉様に手と首から吸われましたわね」
そう言って自分の手で首を触りつつアタシを見るキートリー。
「キートリーごめんね、ほんとごめんね」
キートリーに向かって頭を下げるアタシ。キートリーには本当に申し訳ございません。
そしてまた数分で気絶から復活するサティさん。
「千歳様!私の話題ですか!?ひあぁんっ♥」
倒れたままぱちっと目を開けたのを見計らってアタシはサティさんの首筋に手を当てて速攻で吸う。サティさんは秒で寝た。サティさんの命の味はホント甘くて好きです。後はもう少し落ち着いてくれたらいいんだけどなぁ。
とかやってたらマースがアタシの手を握り、自分の首筋に誘導してきた。
「マース?ダメだよ?……ダメだよ?泣きそうな顔してもダメ」
泣きそうな顔でアタシの目を見つめて何かを訴えてくるマース。健全な青少年に変な性癖を植え付けてはいけない。アタシはマースに向けて首を横に振る。
「うう……」
残念そうにアタシの手を離すマース。
(うん、サティさんとキートリーからは吸精したけど、マース相手にはしてないからね。多分自分もしてほしいんだろうけど、ダメなものはダメなのよ。何よりマース相手だとアタシが止まらなくなる、多分、絶対)
マースがアタシの吸精で艶声を上げだしたら、アタシは絶対に暴走する自信がある。
(いや、待てよ?暴走しないで済むようにちょこちょこマースを吸う練習をした方がいいのかな?)
アタシはなんとかしてマースを吸う理由を探し始める。
(いやいかんいかん、あと4年は待とうかアタシ)
倫理的に吸精は18歳になってから、という事で考えるのはやめた。
「あとなんでしたかしら?」
キートリーがみんなを見渡しつつ多少強引に話題を切り替えてくる。多分もうそろそろ寝たいんだろう。アタシも寝たい。
「はい、キートリー様、水の女神メルジナの件です」
「あら?パヤージュ、興味ありげですわね。じゃあパヤージュ質問してしまいなさいな」
今まで黙って隣で座ってたパヤージュがすっと手を上げて話題に入ってくる。パヤージュに発言権を渡すキートリー。
「はい、キートリー様。それではフライア様、貴方は黒いヴァルキリーにメルジナ・メルジーヌと呼ばれていました。メルジナ・メルジーヌは、メルジナ教が信仰する女神メルジナの正称。何故フライア様がメルジナと呼ばれていたのですか?」
パヤージュがフライアを見つつ質問を続ける。確かに黒いヴァルキリーが最初にアタシとフライアを不死者認定して来た時、フライア・フラディロッドではなくメルジナ・メルジーヌと呼んでいた。そこはアタシも疑問に思っていたところだ。
「……私が、メルジナ教の開祖で、メルジナ教自体アタシがでっち上げたものだからよ」
ちょっと言いづらそうにした後、アタシ達から目を逸らしつつ小さめな声で白状しだすフライア。普通の人なら何言ってんだこいつ状態になるのだが、相手は550年この世界にいるフライアお爺ちゃんである。多分ホントに開祖なんだろう。でもフライアが開祖となると、悪魔が開祖という事になる。
「メルジナ教って悪魔崇拝する宗教なの?フライアお爺ちゃん悪魔でしょ?」
悪魔崇拝する宗教とか思いつかない。少なくともメイン所の宗教ではアタシは聞いたことが無い。
「ち、違います千歳姉様、メルジナ教は水の女神メルジナを信仰する歴とした宗教で、わ、我が国の国教、です」
マースが動揺しつつアタシに訂正を入れてくる。マースも自分で言っててなんだこれと思っているのだろう、目が泳いでいる。自分の国の国教が悪魔崇拝、まで行かなくても正真正銘の悪魔が開祖な宗教でしたとかショックってレベルじゃない。
「でもでっち上げた本人はフライアお爺ちゃんだよね?」
「あー、厳密には、さっき言ったこの世界に来た時に半分にされた、アタシのもう一つの半身、あれをメルジナ・メルジーヌにでっち上げたのよ。あっちは意識が無いけど、魔力自体はこっちの私の比じゃないわ」
(悪魔の半身が信仰対称なら、本当に悪魔崇拝じゃんよ、ってのは……口には出さないようにしよう。マースが可哀想だ)
アタシの横でマースは真顔で俯いてぷるぷる震えている。信仰心が高かった子ほどこれショックでしょうよ。
(でも自分のお爺ちゃんが神様ってスゴイよね、悪魔だけど、って、これフォローになんないな、黙っておこう)
震えるマースを横目に、苦笑気味にアタシはフライアへの質問を続けた。
「自分の半身を女神にでっち上げたって、自分の半身、どこにあるかわかるの?」
「わからないから、こうやってチマチマ自分の魂集めしてるんじゃないのっ!半身見つけたらその時点でこの世界潰してるか抜け出してるかしてるわよっ!」
アタシの質問に両手を小刻みにわなわなと震わせながらちょっとキレ気味で答えるフライア。
(550年探し続けて見つかってないんだものしょうがないといえばしょうがないんだけど、アタシにキレないで欲しい。あとガチで世界の破壊しようとするな)
少しして落ち着いたフライアは言葉を続ける。
「はあ、場所はわからないけど、通信は出来るのよ。それで、魔力だけでも使用したいってんで、アタシ用に水魔術をでっち上げたのよ」
サクッと水魔術を作ったというフライア。
「水魔術まで作ったんですの!?」
吃驚して大声を上げるキートリー。自分の世界の化学技術の原理、ここでは魔術だけど、を作りましたなんて人がいたら、そりゃ吃驚する。
「ええ、もともとはアタシが自分の半身の魔力を引き出す用の魔術規約として作ったのよ。その魔術規約を改造して水魔術にして、それと女神メルジナを合わせてメルジナ教にしたの。そしてメルジナ教徒なら一般人でも使えるようにと広めてみたのよ、魔術式と魔力の貸出付きでねぇ。そーしたら、爆発的に流行っちゃってー、あっははは」
フライアは喋っている最中から上り調子で声のトーンが上がっていき、最終的に笑いだした。そのフライアの話を聞いて、マースがついに涙目になり始めた。宗教だけじゃなく、自分の得意分野まで祖父のでっち上げだと知った時の心境。
(アタシは魔術使えないからわからないけど、マースのあの落ち込みようは……あとでいっぱい慰めてあげよう。今夜はアタシの胸で好きなだけ泣くが良いさ)
(そういやマースとかサティさんとかが景気よく魔術を使っていたけど、魔力の枯渇とかしないんだろうか?)
気になったのでフライアに聞いて見る。
「そんないっぱい人に魔力分けても大丈夫なの?魔力尽きない?」
「貸出しって言ったでしょう?魔力貸出時と水魔術発動時に対価として生命力をいくらか貰っているわ。それをメルジナの方の魔力に再変換して魔力は黒字よ、黒字。今じゃ魔力に変換しなくていい分の生命力はそのままストックしてるわ。不労所得で寝てても生命力がアタシに下りてくるわけよ、おーっほっほっほ」
ちょっと自慢気に言いつつ頬に平手を当てて高笑いするフライア。
「ずっる!アタシにも分けてよ!お爺ちゃんの不労所得分けてよ!」
クッソ羨ましいと言った顔でフライアに向けて両手で催促するアタシ。
(アタシも不労所得欲しい。働かないで食べて行きたい。でも税金とか家賃とかで働かないと食っていけないの。お辛い。異世界でもただじゃお腹は脹れない。しかも生の命じゃないとお腹が脹れないと来たもんだ。さてどこで何喰ったもんだか)
「魂集めて元の世界に帰れるようになったらその時分けてあげるわよ、だから私に協力しなさい、いい?」
ちょっと呆れた顔でアタシを諭すフライア。
「そりゃ協力するけどさ、何年後に帰れるかなアタシ……」
(いつ帰れるやら。5年10年なら兎も角、50年クラスになってくると戻っても知っている人がいないレベルにだよ。というかメグを助けても50年経ったらメグの寿命が先に来てしまうわ)
遠い目で月夜を見つめるアタシ。
因みにフライアの魂収集クエスト、成功報酬が元の世界への帰還と不労所得分の生命力。ここ覚えておく。
「お師匠様、気になっていたんですけれど、僕やキートリー姉様が悪魔化することってないのですか?」
なんとか立ち直ったマースがフライアに質問を再開する。
「それ、ワタクシも気になってましたの。ワタクシ達も悪魔化したりしないんですの?」
キートリーも手を上げてフライアに同じ質問をした。言われてみれば確かに、マースもキートリーもアタシと同じフライアの孫。何かの拍子に悪魔化してしまってもおかしくはないわけで。
「貴女達の悪魔化する可能性は低いわ。マースは魔術の修行で魔力路がしっかり構築されてる。キートリーは闘気の道として魔力路を利用しているでしょう?それで貴女もかなりしっかりとした魔力路が構築されてるわ。貴女達には千歳みたいな悪魔化の切り替えスイッチになり得る場所が無いのよ。外的要因で無理やり魔力路を切断されれば話は別だけど、少なくとも今は悪魔化する心配はないわね」
そう二人に向けて説明するフライア。
(知ってる、この言い方だと万が一の可能性が発動するやつ。フラグ、フラグ。でも二人とも今のままでも十分強いので悪魔化はいらないんじゃない?)
「あら残念。千歳お姉様と一緒に青肌で遊べると思いましたのに」
アタシの考えを余所に、キートリーが悪魔化に興味を示す。
キートリーはアタシと一緒に悪魔化してなんの遊びをするつもりだったのか。武術の鍛錬とかなら喜んで付き合うんだけど。
「僕、男の悪魔化ってどうなるんでしょう?やっぱりお師匠様みたいにお胸がおっきくなるんですか?」
マースがフライアの顔と胸を交互に見ながら質問する。マースは何を危惧しているのかと思ったら、胸の心配をしている。
(フライアレベルの胸があっても邪魔なだけだと思うなぁ。実際アタシも結構邪魔だし。でもお爺ちゃんに大きさで負けてるのは何故か妬ましいんだよなぁ)
自分の胸を見つめて、フライアの胸を見つめて、邪魔だとは思いつつももうちょっと大きければななどと思ってしまった。
「これは元々おっきかったのよ。多分マースが悪魔化するときは普通に角生えて青肌になって翼生えて魔力路が黒模様となって終わるわよ」
自分の胸を見た後、マースを見ながら答えるフライア。
(普通に悪魔化ってなんだよ。あとさらっと言ったけど元々大きかった?悪魔化する前から大きかったのこのお爺ちゃん?やっぱどっかおかしいぞこのお爺ちゃん)
「勿論胸を大きくして私みたいに綺麗になりたいというのなら話は別だけれど」
フライアが両胸を手でぽよぽよ揺らしてマースを誘っている。
「い、いえ、そういうわけでは」
マースがそんなフライアに動揺している。
(やっぱり男の子的にはお爺ちゃんの胸でも興味はあるんだろうか?)
「やめてくださるかしら、弟をそっちの道に引きずり込むのはやめてくださるかしら」
キートリーが真顔で止めに入った。
「えぇー、絶対人気出るわよぉ?マース可愛いし、女装とか絶対似合うわよぉ?ねえ千歳」
そう言ってアタシに囁いてくるフライア。悪魔の囁きとはまさにこれ。アタシは腕組しつつマースの身体を下から上までじっくり見て答えた。
「……似合うわね」
アタシは斜め後ろに立つマースを見て想像する。
(マースに女装は絶対似合う。緑色のおかっぱ髪、もうその時点でポイント高い。ちょっとタレ目、ここもポイント高め。低めの身長、これ羨ましい。いつか女装させて恥じらう顔を見せてもらおう。アタシの服はサイズ違い過ぎて来てもブカブカで様にならないから、いつか専用の服作ってもらって、それでお願いします)
言葉にはせず思うだけ思って、両手を合わせてマースに頭を下げるアタシ。
「ち、千歳姉様が言うなら……」
ちょっと頬を染めてもじもじするマース。もう恥じらってくれた。
(もうやだかわいいこの子好き。と言うか今着ている白いローブの時点で可愛いんだよねぇ。ちょっと戦闘とか地面に座ってとかで土がついて汚れちゃってるのが申し訳ないやらなんやらで、いやほんと申し訳ないです)
アタシはまた言葉にはせず思うだけ思って、両手を合わせてマースに頭を下げた。
「マース!もじもじするんじゃないんですの!戻って来なさいな!マース!」
やっぱりキートリーが真顔で止めに入っている。
(キートリー、貴女にもいつかこの趣味の良さを理解できる日が来るわ)
マースの女装話はさておき、アタシは話題を切り替える。
「ねえ、キートリー、明日のメグ救出作戦なんだけど……この状況、明日は無理だよね?」
こうやって雑談している時間は楽しい。だけど、そろそろメグ救出の話に戻しておきたい。猶予は結局3日間だけなのだ。
キートリーは少し考え込んでから、
「……ちょっと1日は態勢を整える時間が欲しいですの。おそらくさっき千歳お姉様が媚香全開にした影響でまた兵達みんな倒れてるか発情してると思いますし」
顔を上げて残念そうに答える。
「あっ、さっきの媚香の暴風の影響かぁ、やっちゃったなぁ……メグ大丈夫かなぁ、一応3日猶予はあるとは言え」
ここからでは見えないが、近くに十数人くらいの人の気配がしていた。その人達はアタシが暴走を終えてから全くその場から動く気配がない。キートリーによるとやっぱり作戦の遅延は避けられないようだった。
(原因が何から何までアタシなのが本当に申し訳ございません)
「千歳、ちょうど一日猶予貰えるなら貴女一人でその身体の試運転と調整兼ねてシュダの森でゴブリン喰ってきなさいな」
フライアが思いついたように言ってくる。
「えぇー!アタシ一人でぇ?危なくない?アタシがゴブリンに連れ去られたらどうするのよぉ」
その無慈悲な言葉に、不満を垂れるアタシ。唐突にサラガノの事を思い出した。
(居たよ、目の前に女一人にゴブリンの巣に突っ込めと言うお爺ちゃん)
「力の使い方がわからない貴女が仲間連れて歩く方が危険なのよ?さっきの媚香の暴風の話、もう忘れた訳じゃないわよね?」
「ううっ」
フライアの責める言葉にぐうの音も出ないアタシ。本当に申し訳がない。
「それに今の貴女ならゴブリンに一日中切り刻まれてても回復する方が速いから死なないわよ」
フライアの容赦のない一言。
「なんなの?アタシ化け物なの?」
アタシは怪訝な顔をしてフライアに聞き返した。自分で化け物と言っておいて、ふと魔人〇ウと言うキーワードが頭に浮かんできた。
「貴女は悪魔よ」
「千歳姉様は悪魔ですね」
「千歳お姉様は悪魔ですわよ」
「千歳さん、青い肌でとっても悪魔です」
4人の容赦のない悪魔連呼でアタシは悪魔と決定しました。パヤージュまでフォロー入れてくれないなんて。
そしてまたまた数分で気絶から復活するサティさん。
「千歳様!千歳様は素敵な悪ぅぅっんっ♥」
セリフ途中のサティさんの命を速攻で吸う。
(甘くて美味しいサティさん好き)
因みに触ってからサティさんが寝るまで5秒くらい掛かった。さっきよりサティさんの吸精耐性が上がっている。
「もうやだ、服着て寝る」
サティさんは相変わらず甘くて美味しかったが、4人に悪魔だと言われて拗ねたアタシ。本当、さっさと寝たかった。
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