06.悪魔の孫_09
「って言うか人間に戻るのってどうやるの?」
人間に戻る方法、聞けていなかったのでそろそろ聞いておきたい。なのでフライアに聞く。
「貴女の場合、口部、胸間、腹部の3点の魔力を切るのよ」
そう言って自分のお腹と口に手を合わせるフライア。
「その魔力を切るってのがどうすればいいのかがわからないんですけど」
「イメージよイメージ。それを含めて明日覚えてきなさい」
基本悪魔は感覚派らしい。さっきから〇〇をイメージするしかフライアに言われていない。もうちょっとマニュアルとか分かり易いモノが欲しい、まあ無いだろうけど。
「今日はとりえあずマースに切ってもらったら?」
フライアはそう言ってアタシを見ながらマースを指差して指をクルクル回して見せる。
「あ、そっか。その手があった」
もともとアタシの悪魔化暴走状態を止めたのもマースの人差し指のクルクルである。その時のアタシは巨大化していてさらに暴れていたためキートリーとボースの協力が必要だったが、自意識を取り戻して大人しく座っている今のアタシならマースに頼めばすぐに解除してもらえるだろう。
と言う訳で、アタシはマースに悪魔化を解除してもらうことにした。
「じゃあマース、お願いっ」
アタシはマースに向き直り、手を合わせて頼み込む。
「わかりました千歳姉様、ではそこに膝立してください」
そう言ってマースはアタシの前に立つ。
「はいよー、ごめんパヤージュ、サティさんちょっとお願い」
「はい、承りました」
アタシは足上のサティさんをパヤージュに任せ、マースの指示に従って地面に膝立のまま静止する。何か忘れているような気がしたが、疲れているのでさっさと解除してもらう。
「では行きますよー」
「あっ、マース待っ……」
マースが魔力解きの準備をする。と言っても人差し指をアタシの前に突き出すだけなのだが。途中キートリーが立ちあがってマースに待ったを掛けようとしたが、一瞬遅かったようでマースは止まらなかった。
「1,2,3、はいっ!」
-パキィィン-
マースの人差し指がアタシの口、胸、腹に向けてクルクルと回される。するとガラスの割れるような音と共にアタシの青い肌、頭の角、背中の翼がバラバラに割れてアタシは元の人間体に戻った。
「これで終わりです……わああっ!?」
マースが終わりと言ったとたん顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「ありがと、って何?んっ?おっっ?」
アタシは自分の身体を確認してみれば、何も身に着けていない、見事に全裸だった。貞子みたいに長くなっている髪の毛で、申し訳程度に隠れている部分がある程度。真正面のマースからは上も下も丸見えだろう。
「ああ……だから待ってくださいなと言おうと……」
キートリーがやれやれと言った感じで頭に手を添えて首を振った。
「おぉ……服、服ください……」
アタシは急いで両手で大事な部分を隠しながら、申し訳なさそうにみんなに服を要求した。
「あーあー、しょうがないわね。ほら、アタシと同じ黒装束よ」
フライアが呆れ顔で指で魔法陣を書く。するとアタシの身体がぴかっと光ったあと、アタシの身体にはフライアが来ている黒装束と同じものが着せられていた。
「ああ~、ありがとうフライアお爺ちゃん、アタシ用にサイズも調整されてるの助かる~」
黒装束はキツくも緩くも無い、丁度いいサイズになっている。ぴったりサイズの黒い皮靴まで付けて貰った。
立ち上がって貰った服のデザインを見て確認してみる。
「……ねえ、このスカートのスリットとチラチラ見えるガーターベルト攻めすぎじゃない?」
アタシはフライアに向けて、自分には似つかわしくない、至る所から素肌の見えるこの黒装束に疑問を呈する。
(この黒装束、胸の上半分は丸見えだし、背中は半分くらい空いてるし、スカートのスリットはかなりきわどいし、スリットのせいで腰のガーターベルトとニーハイちらっちらっ見えるせいでなんか凄く落ち着かない。これ油断したらすぐにパンツ丸見えでしょこれ)
アタシのパンチラを見て喜ぶ人間がいるのかはさておき、恥ずかしくって落ち着かない。早く元のシャツとジーパンを履きたい。
「カッコイイでしょうその服?私とこの服、ジェボード国やエッゾ国でも人気なのよぉ?」
ちょっと自慢気に他国での自分の人気を語るフライア。そう言って地面に立ってお尻をふりふりと振る。スカートがゆらゆら揺れて、スリットから白いパンツが見えた。
(股間の膨らみがチラチラ見えるんですけど、他国の人達ってお爺ちゃんのパンチラで喜んじゃうんだ……?うん、異世界だしそう言うのもアリなのか)
アタシは異世界だからと勝手に納得した。
「サムライと獣人に人気なのって実際嬉しいんですの?」
対するキートリーはその2国の住民たちには興味無さそうに、何が嬉しいのかフライアに聞いている。
「嬉しいに決まっているじゃない。私は全性愛って言ったでしょう?サムライも獣人もスゴイのよぉ?うふふふふ♥」
フライアはやはり自慢げに語る。
(サムライと獣人の何が凄いんですかねぇお爺ちゃん)
とか思ってたらおもむろに映像用魔法陣を手の上に出し始めた。魔法陣上に表示される四つん這いの魔女風キャラクターと、その魔女風キャラクターの後ろに立つサムライ風キャラクターと、狼男風のキャラクター。
「その映像はいらない」
ジト目で手と顔を横に振って拒否するアタシ。
「えー、何をしてくれるのかじっくり説明するのにー」
赤く染めた頬に手を当てて残念そうに答えるフライア。それを説明されたらやっぱり話が書けなくなる。やめてやめて。
油断するとフライアが説明し始めてしまいそうなので、アタシはキートリーに話題を振る。
「アタシのせいでベッド、っていうかテント丸ごと吹き飛んじゃってごめんね……」
そろそろ寝たいって何回思ったかわからない。周りを見渡してみればベッドはテントごと吹き飛んでしまってその場にない。
(確かベッドの隣りの棚にヌールエルさんの遺品のネグリジェ入ってなかったっけ?全部アタシが吹き飛ばしました。本当に申し訳ございません)
「いいえ、そのおかげで千歳お姉様と従姉妹同士であることが判明しましたの。この出会いは運命。テントの一つや二つ安い物ですわ」
立ち上がりながら両手を胸の前で組んでアタシの目を見つめるキートリー。彼女自身と彼女のドレスも闘いの痕跡で汚れや、破れ、特にスカートは最初ロングスカートだったハズがミニスカートレベルにまで短くなっている。
(高そうなドレスだったのに、こんなにさせてしまって、本当にどうお詫びをしていいかわかんない。洗えと言ってくればアタシは喜んでキートリーの身体とドレスを洗うよ。弁償しろと言われれば、身体で払う、かな。多分キートリーはそんなこと言わないだろうけど)
「ありがとうキートリー……」
キートリーの手を握り、彼女の目を見てお礼を言うアタシ。キートリーも見つめ返して頷いてくれた。
(この現場の犯人であるアタシを見て、この出会いを運命と言えるキートリーは本物だと思う。絶対大成するよキートリーは)
で、感動したのもつかの間、アタシはキートリーから手を離して、
「で、どこで寝ようか……」
「どこで寝たらいいかしら……」
キートリーと二人で困惑の声を上げる。流石のキートリーも野宿は困るらしい。勿論アタシも困る。
そこでアタシの救世主が立ち上がって声を掛けてきてくれる。
「僕のテントで寝ますか?千歳姉様とキートリー姉様、あとサティいれたら3人でちょっと狭いかもですけど」
そう言って自分のテントを進めてくれるマース。自分専用のテントがあるらしい。キートリーは女性だから特別に自分用のテントがあるんだと思ってたけど、マースも専用のテントがあるという事は、やっぱり伯爵の息子さんとご令嬢なんだなあと思う一面だ。
「3人って、マースはどうするんですの?」
マースの言葉に対してキートリーの疑問の声を掛ける。確かに、アタシ、キートリー、サティさん、マースで4人なハズで。マースはどこに行っちゃうの?
「僕は父上のテントに……」
アタシ達と一緒に寝るのを遠慮しようとするマース。
「だめっ!マースはアタシと一緒に寝よう?アタシまだマースに一緒に居て貰わないと不安なの。だからお願い」
そんなマースに対して、アタシは半分本気でマースの手を握りしめた。この子の手を握っているととても安心する。暖かい。もう暴走しないとは言え、この異世界に放り出されてまだ1日、アタシはまだまだ不安でいっぱいだ。
(今日一晩だけでもいい、アタシから離れないで欲しい、アタシを置いていかないで欲しい)
アタシは割と本気でそう思っている。
「え、でも……」
そう言って頭をポリポリかきつつアタシとキートリーの二人を見るマース。もしかしたら姉と一緒に寝るのが照れくさいのかもしれない。
「ワタクシは気にしませんわよ?それにサティもマースなら嫌とは言わないでしょう。ほら、サティ、そろそろ起きなさい」
まだ遠慮しようと言うマースに対し、キートリーがサティさんを起こしつつ援護の言葉を飛ばしてくれる。アタシを見てぱちりとウインクで合図してくれるキートリー。
(この姉弟ほんと好き)
「じゃ、じゃあ……わあっ」
「マースぅ!好き!」
一緒に寝てくれる気になったマースをアタシは持ちあげ抱きしめた。こうやって持ち上げるとほんとまだ小さい子みたいなんだけど、心は男前なんだよあと安心するやらドキドキするやら。
マースを下ろし、ふと隣を見るとキートリーが何か言いたそうに、だけど言えなさそうな、そんな雰囲気でまごついている。
(知ってる、キートリーが人前で素直になれないのは)
だから彼女の耳元でキートリーにだけ聞こえるように囁く。
「キートリーも好きだよ」
「……っ……ワタクシもです、お姉様」
そんなキートリーのお返しの言葉を聞きつつキートリーから離れると、彼女の顔が真っ赤なままプルプル揺れている。多分にっこり笑いたいんだろうと思う。けどマース達の手前、全力で我慢して真顔でいる。そんな不器用なところも好きだった。
-ゲシッ-
「お父様!このハゲ!起きなさい!いつまで伸びてるんですの!?」
「グエエッ!?」
キートリーの照れ隠しで蹴られて起きるボース。父親も大変だなぁ。ってアタシのお父さん誰なんだろうななどとふと思った。まあ会うことは無いと思うけど。
と思ってたら起きたサティさんと目が合った。
「サティも好きです千歳様ぁ!」
そう言ってアタシに正面から飛びついてくるサティさん。アタシはサティさんを受け止めた。
(私もって言ったか?今私もって言った?)
ちらりとキートリーを見ると顔真っ赤にしてプルプル震えながらサティさんを見ている。アタシとキートリーのやり取り、サティさんに聞かれていたらしい。だが流石にサティさんを蹴ることはしないようだ。キートリーは数秒プルプル震えた後、
-ゲシッ-
「グヘエッ!?キートリー!お前何すんだぁ!?」
足元のハゲに八つ当たりの蹴りを入れた。
「千歳様!千歳様はサティの事どう思っていらっしゃいますか!?」
「う、うん、私、私はー」
アタシはサティさんへの答えを濁す。サティさんの生い立ちを聞いてからサティさんのへの好感度は大分高くなっている。ただちょっと、このテンションの落差にちょっと付いていけない。
(最初会った時ってもっと年相応な感じで落ち着いてたよねサティさん?あんな感じで接してくれたら、素直に好きって言えるんだけど。そろそろ移動するのでもう一度気絶させる訳にもいかないし。というかアタシ今人間に戻ってるから吸精使えないのでは?試して……いや試して間違ってサティさんが気絶してしまったら面倒だなぁ)
なのでサティさんへの吸精は止めた。サティさんは楽しそうに笑顔でアタシの首回りに手を回したままクルリとアタシの後ろに回る。アタシの背中にピッタリくっ付くサティさん。サティさんの大きい胸が背中に当たって柔らかくて暖かくて、つい、
「はは、好きかも」
「私も千歳様が好きですぅ!」
サティさんの勢いに苦笑しつつも、アタシはサティさんに好意を伝えた。アタシの背中に顔を埋めたまま喋るサティさん。このサティさんのアタシへの好感度の高さは、ほぼほぼヌールエルさんへの好意で出来ているんだけど、それが気に入らないかと言えば、そうでもない。彼女とヌールエルさんの関係を思えばしょうがない事だと思うし、アタシだけを好きなれと言うつもりもない。サティさんの中のヌールエルさんは、アタシが想像するよりもずっとずっと大きいだろう。サティさんがアタシに抱き着いてそれで幸せになれるのなら、アタシはそれでいい。その幸せそうな顔を見ているだけで、アタシも幸せになれる気がするから。
「パヤージュはどうするんですの?」
照れ隠しの八つ当たりも終わったキートリーは、パヤージュに話題を振る。
「私は野戦病院に戻ります」
「そう言えば病院抜け出してきてたんだっけ?ごめんね、アタシのせいで」
アタシは両手を合わせてパヤージュに頭を下げる。この世界で頭を下げてもなんの礼の表現にもならないとはわかっていても、アタシはつい頭を下げてしまう。
それにパヤージュは救援信号を見て傷が完治していないのに駆け付けたらしい。なかなか無茶をする。
「いいえ、もともとは千歳さんに助けて貰った命ですから。千歳さんに会えてとても嬉しいです」
落ち着いた声で手を差し出してくるパヤージュ。アタシは差し出されたパヤージュの手をぐっと握り返す。
「でも本当に助かって良かった。最初会った時はどうなるかと思ったよ」
アタシはパヤージュの手を握り、そう言った。アタシが暴走中にマースが彼女の足を治療していおかげか、大分調子が良さそうだった。
「ええ、ちょっと大変でしたけれど、こうやって今生きてますから、大丈夫です」
笑顔で答えてくれるパヤージュ。
(パヤージュと初めて会った時の"アレ"の状態を、ちょっと大変と、その程度で言ってしまえるのは、芯が強いのか、それとも鈍感なだけ?まあ塞ぎ込んだり自暴自棄になったりとかよりは、良いのかな?良いのか?アタシなら泣くぞ?って言うか2回、いや3回、もっとか?既に泣いたわ)
泣きたい時に泣けないのは逆に辛いと聞いたことがある。泣いちゃえばストレスがすっきりするけど、泣けなければストレス溜まりっぱなしってことらしい。そう言う訳でアタシはパヤージュにはこう言っておく。
「泣きたくなったらいつでもアタシの胸を貸すよ!」
アタシはパヤージュを迎えるように両手を広げて見せる。
「……?」
パヤージュはきょとんとした顔でアタシを見ている。どうもアタシの考えすぎだったみたいだ。アタシは広げた両手を引っ込めた。
(ちょっと恥ずかしい)
でもパヤージュはアタシに気を使ったのか、両手を合わせて笑顔で返答してくれる。
「泣きたくなった時、借りに来ますねっ」
「あはは、そうして」
苦笑で返すアタシだった。
「ふふ、じゃあ私は一旦帰るわね」
アタシ達の様子を見ていたフライア。彼はいつの間にかバイオレットの宝石の付いた杖に乗って空中に浮かんでいる。
「ええー帰っちゃうのフライアお爺ちゃん」
アタシは不満そうにフライアに声を掛ける。
(なんだかんだ仲良くなったし、アタシのお爺ちゃんだし、同じ悪魔化仲間なのでもうちょっと一緒に居て身体の使い方とか教えて欲しい。本当は、もっとお爺ちゃんとお喋りしたい)
一番言いたいことを隠してしまう辺り、アタシもキートリーとそんなに変わらないのかもしれない。
「私は忙しいのよ。こうやっている間にも新しい島が2つ流着してるから、伝心の儀やりに行かないと」
そう言って二つの方向を指差すフライア。
(一日に何個島出現するんだこの異世界。アタシとメグの島入れたら今日一日だけで3個だぞ、3個)
そうだ、忘れていたことがある。アタシはフライアに伝心の儀をしてもらっていない。もともとこれをしてもらうためにフライアを呼んだとマースに聞いている。
「そう言えば、アタシの伝心の儀ってやってくれないの?」
そう杖に乗っているフライアに聞く。本来は伝心の儀をやらないと土着の民の人達と会話すらしちゃいけないみたいな話を聞いたけど、伝心の魔女さん的に今のアタシは放置なんだろうか。
「貴女の場合、伝心の儀やったゴブリン取り込んでるから必要ないのよ。伝染病の類も無いみたいだし」
「ああ、アタシがこのキャンプに来てこの世界の言葉が分かるようになってたのはそれのせいかぁ」
とフライアに聞いて一つ引っ掛かる。
(ゴブリンに?伝心の儀?)
モンスターにも伝心の儀をやるものなのか、フライアに聞いてみる。
「ゴブリンにも伝心の儀やったの?」
「そうよ、ゴブリンだって元は流着の民よ?すっかり居ついて土着の民みたいな顔してるけど」
そう答えるフライア。あのゴブリン達はどの世界から来たのか。
(素の人間だった時は本当に苦労したなあ、怖かったし、実際一度殺されかけてる、というか悪魔化してなかった死んでたよアタシ?今は多分無抵抗で巣まで持ち帰りされてからも、そこから逆転余裕。例え手足が使えなくても媚香の暴風でイチコロ。諸行無常だなぁ。でもこれ半日前の話と考えると一日でいろいろ起き過ぎだよ、そりゃ疲れるよアタシ)
「はー、いろいろやってんだねフライアちゃん」
「急に気安くなったわねその呼び名」
ジト目でアタシの変な呼び名に反応するフライア。
「だっていちいちお爺ちゃんって付けるのめんどくさいんだもん。フライアちゃんとフラ爺どっちがいい?」
これは単にお爺ちゃんとお喋りしたいからいちゃもん付けて呼び止めているだけである。アタシがフライアに甘えているだけ。
ただまあ実際呼び辛い、その若さでその美貌のお姉さんにお爺ちゃんと言うのがアタシの中で違和感アリアリである。股間を見ればわかるんだけど、逆に言えば見なけりゃわからない。そんなのアリなの?と思うけど相手は悪魔なんだからしょうがない。
「あーあー、もう好きに呼びなさいな」
手を上下に振って好きにしろという仕草をするフライア。
「じゃあフラ爺で」
「はいはい」
アタシの真意を分かっているのか、少し微笑みつつ返事してくれる。呼び方はフラ爺でいいらしい。じゃあ今度からはフラ爺だフラ爺。
「そう言えばフラ爺、結界無いのにゴブリン全然来ないんだけど、もしかしてアタシ全部食べちゃった?」
唐突だが大事な事を思い出したので言っておく。これだけ長々と話していたらゴブリンがまた近寄ってくるんじゃないかと思ってたけど、その気配は全くない。
「そーんな訳ないじゃない、この森どんだけ広いと思ってるのよ。近隣のゴブリンはさっきの貴女の媚香の暴風でみんな昏倒中、それで来れないだけよ?」
「はー、アタシのせいかー、ああ……アタシの」
森をぐるりと指差しながら答えるフライア。確かに、よーく森の中の気配を探ってみると、動かないゴブリンらしき生き物が感じ取れる。
(アタシの媚香の暴風、あれ本当に敵味方の識別とか無しに見境ないんだなぁって。無差別範囲間接攻撃。ほんと、使いづらいなあ)
そんなことを思って、ちょっとしょんぼりしていると、
「……千歳、ちょっとアタシの目を見なさい?」
「ん?なあにフラ爺」
フライアが目を見ろと言って来たので彼の目を見つめる。すると、フライアは目だけ悪魔化し、黒い白目に紫色の虹彩、横長の瞳孔でアタシを見つめてきた。
「え、何?なにする……ぁっっ……!?」
-キィィーン-
フライアの目を見つめていたところ、耳鳴りと共にアタシの身体が突然動かなくなる。息すら満足に出来ない。言葉も発せられなくなった。
『両手を上げて、1回転しなさい』
頭の中に彼の言葉が響く。アタシの身体はフライアの言う通り、両手を上げてクルリと1回転してしまう。アタシの背中にはサティさんがピッタリとくっ付いていたので、一緒に1回転することになった。
『サティ、貴女まだ千歳にくっ付いていたの?あっ、解除』
「……っっ……はぁっ!?はーっ、はーっ、はーっ!?い、今のっ!?今の何!?」
フライアがアタシの頭の中で解除と言ったとたん、呼吸が出来るようになり、アタシの身体は自由になった。何をされたのか、アタシはわからない。
「ふふん、今のは目、魔眼による魅了よ。効果対象は見つめた相手。上手く使えばさっきの貴女みたいに身体丸ごと乗っ取りとかも出来るようになるわ」
そう言って悪魔の目から元の人間の目に戻すフライア。
「い、いきなりやらないで、ま、また、怖くてっ泣いちゃうところだったでしょっ」
実際今頃心臓がバクバクとしている。今泣けと言われたら泣けるぞアタシ。って言うかもう既に涙目だわ。
「あーあー、ごめんなさいね、千歳は泣き虫なんだから、もう。でも媚香は使いづらいでしょ?これも明日練習しておきなさい。覚えておけばいろいろと便利だから」
そう言ってアタシの頭を優しく撫でてくるフライア。こんなので誤魔化されるほどアタシは子どもじゃない。そう突っぱねたかったけど、お爺ちゃんに撫でられているうちに安心して落ち着いてきてしまう。子どもかアタシは。
「……うん、覚えておく」
宥められた子どもみたいに、フライアに向けて大人しく返事をするアタシ。
「よしよし、それじゃ私はここまで。当分黒いヴァルキリーは来ないと思うけど、来たら気合入れて倒しなさいね?あと次会うまでに身体の使い方しっかり覚えておきなさいね?あと怖かったらちゃんとキートリー達に相談するのよ?あとアタシと連絡付けたかったらメルジナの女神像に祈りなさいね?あとボースは許さないから」
"あと"が多いフライア。なんだかんだアタシを心配してくれているようで、嬉しかった。そしてボースはまだ許されてない。フライアはフワリと乗った杖ごと空中に上がって行く。
「フラ爺!メグの救出手伝ってよぉー!」
もう大分空に上がって行ったフライアに対して、また我儘を言ってみる。もっと初めて会ったお爺ちゃんに甘えてみたかった。
「貴女が悪魔の力使いこなしたら、クラーケン程度どうってことは無いわよー!1週間くらいあっちこっち移動するから当分はお別れ!じゃーあねー!」
アタシ達に手を振ってびゅーんと去っていくフライア。
飛んでいく行くフライアに対して5人で手を振る。
「お師匠様ー!またー!」
「フライアー!また会いましょうー!」
「フライア様、本日は誠にありがとうございました」
「フライア様ー!お元気でー!」
アタシは遠ざかっていくフライアに向けて、両手を口に添えて一際大きな声で叫ぶ。
「フラ爺ー!!またねー!ぜぇーったい!!また会おうねぇー!!」
アタシにはおばあちゃんとメグしか居なかった。おばあちゃんが亡くなって、メグも連れ去られ、アタシは一人だった。でもこの世界で、マースやキートリー、サティさんとパヤージュと会うことが出来た。そしてアタシのお爺ちゃん、ちょっと変な、いや大分変なお爺ちゃんだけど、フライアと会えた。もうアタシは一人じゃない。
だけどまた別れはやってくる。例え一時だけだとは分かっていても、アタシは寂しさを感じられずにはいられなかった。だからアタシは、人一倍大きな声でフライアに、アタシのお爺ちゃんに再会の約束をした。
月夜に照らされながら、もうすっかり遠くに行ったフライアが、こちらを振り向いて大きく手を振ってくれた。
(お爺ちゃん、絶対また会おうね、か)
アタシはフライアに叫んだ言葉を頭の中で反芻する。会えた事が嬉しくて、手を振り返してくれた事が凄く嬉しくて、でもまた別れる事が少し寂しくて、アタシは目を潤ませてながら見えなくなるまでフライアに手を降っていた。
そんな時、
「あー、お義父さん、またなー」
起きてたボースがぼそりとフライアに別れの言葉を言った。
-ピシャッ-
突然空が光る。
「うげえええっ!?」
雲も無いのにボースに雷が落ちた。悲鳴を上げつつまた気絶するボース。本当にまだフライアはこのハゲを許していないらしい。電気用品は無いけど、雷は使えるのかフライア。魔法なら有りらしい。
「あははは、怖っ」
アタシは目元の涙を拭いて苦笑しつつ、気絶したボースの身体を引きずり、キートリー達と一緒に元のキャンプ地に戻った。
こうして、アタシの波乱の異世界生活一日目は、終了するのだった。
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