06.悪魔の孫_02

 従姉妹だという事が判明したアタシとキートリーとマースの3人は、互いに手を繋ぎぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。

 そんなアタシ達を横に、ボースがフライアに詰め寄り、空中に座っているフライアの胸倉を掴んで地面に無理やり引き下ろす。


「おい聞いてねえぞ、なんでそんな大事な話、今まで黙ってた?」


 ボースのその声には、強い苛立ちが感じられる。確かに、何故自分がヌールエルさんの親、ボースから見ると義理の親だが、という事を黙っていたのだろうか。ボースとしては聞き逃せない話ではあろう。

 そんなボースに胸倉を掴まれたまま口を開くフライア。


「私、一応3国間では中立扱いじゃない?どこか1国に肩入れしてるのがバレると他の国が五月蝿いのよねぇ」


 フライアは怯えも怯みもせず、ボースの目を見てそう言い放つ。 

 そんなフライアの言葉にさらに眉間に皺を寄せるボース。


「それだけか?自分がヌールエルの親だってこと、そんなことだけで黙ってたのか?」


 苛立ちを含んだボースの疑問の声。だがそれを聞いたフライアの表情が豹変する。


「……それだけか?じゃないわよぉぉーっ!!」

「なっ!?」


 -カランカランッ-


 突然フライアは持ってた杖ごと胸倉を掴むボースの手を振りほどき、眉を吊り上げ細い目を見開いて怒りの表情で声を張り上げ叫ぶ。ボースの手を振りほどいた勢いで、フライアの杖が地面に放り出されて大きな音を立てた。

 フライアの突然の変わりように戸惑うボース。


「いい?千歳が来たしいい機会だから全部言うけどね?人目に付かないところでひっそりと暮らさせてた娘が突然居なくなって、いざ見つけたらいきなり辺境泊の伯爵夫人になってた私の気持ちわかる?私の娘だってバレると絶対エペカや他国から誘拐だの人質だのにされるからって必死に隠してたのよ?それを勝手に外へ連れ出して強引に口説き落として婚約したのはアナタでしょう?目の前に娘がいるのに私が親ですって言い出せない私の気持ち考えた事ある?必死に他人の振りしてないといけなかった私の気持ち考えた事ある?ねえ?ねえねえねえ?」


 頭一つ分身長差のあるボース相手に、人差し指を彼の顔にぐいぐいと突き立てつつ、怒りの表情で物凄い早口でまくし立てるフライア。


「あいや……それは、その」


 フライアの迫力に圧倒されて狼狽えるボース。どうも思うところがあるようだ。ボースはフライアの指から逃れるように後ずさるが、フライアは彼を逃すまいとさらに詰め寄る。


「それにね?あの娘、悪魔には絶望的に合わない性格だったのよ?一度悪魔に覚醒したら普通の食事じゃだめなのよ?命を直接喰わなきゃ満たされないのよ?でも命を奪いたくない、殺したくないって言う優しすぎる子でね?悪魔に覚醒してから何の命も食べようとしなかったのよ?あの子私が用意した家畜の命すら喰わなかったのよ?仕方ないから私が嫌がるあの子に無理やり命を分け与えてたってのに、私の外出中にどこかのハゲが外に連れ出したからそれも出来なくなったのよ?アナタの館で会う度にやつれていくあの娘の顔見て私が何度連れ戻そうかと悩んだか分かる?こっそり連れ出そうと夜中に館に忍びこんであの子の細くなった腕を引っ張ったら、ごめんなさいお父さん私戻りたくないのって断られた私の気持ちわかる?仕方なく命だけでも分け与えてたら、アナタのとこのやたら優秀な従者達に侵入者だって追い掛け回されてなんとか逃げ切った私の気持ちわかる?次言ったら警備が厳重になってて夜中に会う事すらできなくなった私の気持ちわかる?」


 フライアは怒りがヒートアップしたのかめちゃくちゃ早口で捲し立てながら、ボースの首元を締めて持ち上げ始める。


「正面から合えば良かったって?うるさいわよ私は中立だって言ってるでしょうがこっちにだって事情はあるのよ?挙げ句の果てに飢え死によ?貴方自分の嫁がやつれて行くの少しはおかしいって思わなかったの?ただの病だと思ってた?病気も魔術でなら治せると思ってた?魔術で悪魔の腹が脹れるわけないでしょうよ!あの娘はそれでも幸せだったって言ってたわ。だけどそう見える?そう見えたのかおいハゲ?ハゲの目にはそう映ったか?悪魔が死ぬ時どうなると思う?消滅よ?消!滅!死体すら残らないのよ?光になって消えるのよ?私の娘消えちゃったのよ?ヌールエル消えちゃったのよ?ねえちょっとボース、ヌールエル返しなさい?私の娘返して?返しなさいよぉぉぉぉぉーーーっっっ!!」


 怒りの形相で叫ぶフライア。フライアの細腕にどこにそんな力があるのか、掴んだボースをブンブンと∞字のように横に振り回す。肝心のボースはフライアのセリフの途中で口から泡を吹いて気絶していた。


「はーっ、はーっ……オラァ!」


 -どちゃ-


 やたら気合の入った男みたいな怒声と共に、フライアがぽいっとボースを地面に投げ捨てた。ボースは白目を向いたまま起きそうに無い。


「……このハゲに言いたい事はだいたい言ったわ。で、どこまで話をしたんだったかしら?」


 スッと真顔に戻りアタシ達の方を向くフライア。フライアがボース相手に相当鬱憤が溜まっていたのはわかった。だけど、


(凄く、発言しづらい)


 アタシはフライアがボースの首元を閉め始めた辺りで黙って正座しました。さっきまで喜んでアタシの両側でぴょんぴょん跳ねていたキートリーとマースもアタシ同様に苦い顔をして黙って座りこんでいる。いや、原因は知らなかった事とは言え、目の前で親族の骨肉の争いが始まったら普通は黙っちゃうかもしれない。パヤージュは口をポカーンと開けて立ち呆けている。彼女は完全に部外者なのでしょうがない。というか無事だったんだ?良かったねって声掛けたいけどそんな空気でもない。

 サティさんはなんでかアタシのピッタリ真後ろに居る。なぜか背中から手を回して抱き着きながらまたアタシの身体ペタペタ触っている。この人、腹の傷は大丈夫なのだろうか?あと少しは空気読んで?


「ヌールエル様と千歳様には血のつながりがあったのですね。ああ、だからこんなに似ているところが……」


 アタシの腹筋を摩りながらそんなことを言うサティさん。そりゃヌールエルさんとアタシは叔母と姪の関係になるけど、アタシの腹筋は関係無いと思う。というかついでに尻をさするのやめてほしい。

 アタシはサティさんの行動に謎の危機感を覚えたので、なお近寄ってくるサティさんの顔を手でぐいっと押しのけ、重い雰囲気の中、フライアに向けて挙手して強引に話題を戻す。


「ゴブリン!アタシの身体がゴブリンに乗っ取られて魂が云々のところからです」

「そう、それよ」


 また空中に魔法陣で椅子を作って頬杖を付いているフライア。ビシッとアタシを指差し答える。


「喰ったゴブリンの魂を黙らせる方法、教えて上げるから、ちょっとそこに立ちなさい」

「え、あ、はい」

「ああっ、千歳様……」


 抱き着いているサティさんを手で振り払いつつ、フライアの指示に従ってまた立ち上がるアタシ。


「じゃあ悪魔化して」

「あの、どうやって?あと多分また暴走するんですけど……」


 いきなり悪魔化しろと言われてはいしますとはならない。なってたらこんなに困っていないと思う。


「暴走は私が抑えるから、えーとマース、千歳の魔力路の接続点は?」


 先ほどのフライアの迫力に圧倒されて黙って座っていたマース。突然フライアに指名され驚いたのか身体をビクッと動かした。


「は、はい!お師匠様!上から口部、胸間、腹部になります!」


 焦りつつ立ち上がってフライアの隣りに移動したマースが、アタシのお腹と胸の間と口元を指差す。


「じゃあ中心の胸間が良いわね。そこに強制的に魔力を流せば、それで悪魔化するわ。ほら、貴女達は下がって」


 フライアに指示され、そそくさと立ち上がりアタシから離れようとするキートリー。


「サティ、千歳お姉様から離れるんですのよ」

「ああ~っ、千歳様ぁ……」


 サティさんがアタシの足元から離れようとしなかったので、キートリーがサティさんの首根っこを掴んでずるずると引きずりながら一緒に離れていった。パヤージュは少し離れた場所でまだ口をポカーンと開けて突っ立っている。


「今から悪魔化させるから、その感覚覚えておきなさい、後で自力で悪魔化出来るようにね」


「自分で悪魔化って……」


 アタシとしては精神的にも容姿的にも異様な雰囲気になるあの悪魔にはあんまりなりたくない。例え自分で自由に動かせるようになったとしてもだ。だってどう見たってゲームで見るモンスターか、変身ヒーローに出てくる怪人だもの、あの時のアタシ。

 などと考えているアタシの胸間にさっさと指を当ててくるフライア。


 -バチッ-


「あっつっ!?」


 彼女の指がアタシの胸間に触れた瞬間、静電気の弾けるような感触と共に、触られた部分から全身に向けて熱い感覚が身体を巡る。ビクンッと跳ねるアタシの身体。

 アタシはその感覚と共に自分の手を見る。


(アタシの手、また青くなってる、じゃあ目も?ん?あっ)


 アタシの意識の奥から、誰かが前に出てこようとする。


(ヒヒヒヒッ!オ前ハ邪魔ダァ!スッコンデロォ!)


 頭の中にアタシじゃない誰かの声が響く。あの時と同じ、サティさんを襲ったあの時と同じ声だ。


(ああ……またこの声……怖い……嫌ぁ……)


 アタシは意識はまた恐怖で包まれる。怖い、また誰か傷付けてしまう。そう思ってアタシの意識はまたその何かに押しのけられて、頭の奥に押し込められて行く。


「ゲヒャ!ゲヒャハハハハ!俺ノ!俺ノ身体ダァ!」


(違う、アタシの身体なのに)


 アタシの口から勝手に下品な笑い声が出る。その笑い声と共に、アタシの身体は完全にアタシのコントロールから外れた。


「ゲヒャヒャヒャ……ナンダァ!?」


 アタシの身体を動かしている何か、そいつが何故か驚愕の声を上げている。


「う・ご・く・な」


 そう言った目の前のフライアが指を振るたび、悪魔化したアタシの身体に光る輪っかの様なものが次々と巻き付いていく。


「カッ、身体ガッ!?テメッ!?テメエエッ!?」


 巻き付いた輪っかでぐるぐる巻きにされ身動きの取れないアタシの身体。身体を乗っ取っているヤツも動けず困惑しているらしい。

 黙ってアタシの目をじっと見ているフライア。杖を地面に突き刺し地面に立ったフライアは、カッと目を見開き、姿が変わって行く。


 -ズズッ-


 肌が変わる、青色に変わって行く。


 -ズズズッ-


 目が変わる、紫色の虹彩はそのままに、黒い白目、山羊の様な横長の瞳孔に、変わって行く。


 -メリメリメリッ-


 頭皮が割れ、頭から山羊の様な角が生え、被っていた尖り帽子を弾き飛ばす。


 -バサァッ-


 背中から、大きな翼が生える。


 -スゥゥッ-


 そしてフライアの黒装束の隙間から見える体中に、黒い模様、タトゥーのようなものが全身に描かれていく。

 アタシと同じ、悪魔の姿だった。


「本当に千歳お姉様と同じ悪魔なんですのね、フライア?」


 後ろでキートリーがフライアに向けて何か感心したような声を上げている。


「ふふふ、ほぉら、怖いかしら?」


 フライアは、キートリー近づき、脅かすように両腕を広げて見せる。


「さっきまで悪魔化した千歳お姉様と死ぬほど殴り合ってましたので、もう見慣れましたわ」


 腕組みしつつジト目で言い返すキートリー。実際アタシはホントに死ぬ寸前までキートリーを追い詰めてしまった。ボース達が助けに来るのがもう少し遅かったら?そう考えると、怖かった。


「あら残念、怖がってくれたら面白かったのに」


 フライアは掲げた両腕を下ろし、頬に手を当てつつ残念そうな顔をして首を傾げる。そしてアタシに向き直り、言ってくる。


「千歳、聞こえているでしょう?ほら、アタシは悪魔化しても自分の意思で動けるわ」


 そう言いながらアタシの前に出て、両腕をアタシに向けつつ上下にヒラヒラ動かすフライア。彼女は言葉を続ける。


「だから怖がらず前に出てきなさい。相手を、ゴブリン達を服従させなさい。どっちが主人か思い知らせなさい。主導権はいつだって貴女にあるのよ?」


 そう言ってフライアはアタシに片手を差し出し、手招きのするかのように上に開いた指を小指からゆっくりと閉じ、最後にぎゅっと握り拳を作って見せる。


(服従って、どうやって)


 そう言われてもアタシにはわからない。怖い、勝手に動く自分の身体が怖い。


「クソォォ!?テメエモバケモンカッ!?クソガッッッ!コンナモンデ俺様ガ……」


 アタシの身体を乗っ取っているゴブリンが、縛られ身動き取れないまま、首だけ必死に振り回してフライアに向かって悪態を付いていた。それを見たフライアが口を開く。


「黙れ」


 フライアは、静かに、だけど身も凍えるような冷酷な声でそう言った。蔑むような冷たい目で、アタシの瞳越しにアタシの身体を乗っ取っているゴブリンを見ている。紫色に、不気味に光るフライアの目。


「!?……ッ……ッッ……」


 喋っていたゴブリンは突然黙り込む。アタシには分かった、このゴブリンの恐怖する感情がアタシには感じ取れた。コイツはフライアに恐怖し怯えているんだ。

 それからフライアは、さっきのとは違う、柔らかな微笑みを浮かべつつ語りかけてきた。


「私の真似をしてみなさい、千歳」


 今度はアタシの瞳越しのアタシの意識に向けて、穏やかで優しい声色で言ってくる。


(フライアの真似?)


「そう、さっきの私の真似。ふふふ、貴女は怖がらずに、少し勇気を出すだけでいいの」


 そう言って微笑みつつパチリとウインクをするフライア。

 そうは言われてもアタシはまだ、怖かった。暴走するアタシの手に握り潰されミシミシと音を立てるキートリーの首。窒息し、次第に血色の悪くなっていくキートリーの顔。苦しそうに足掻いていた彼女が、次第に動かなくなっていったあの時の感触。それを思い出すと、震えてしまう。アタシはみんなを苦しませたくなんかない。出来ればみんなには笑っていて欲しい。でもまた、アタシがみんなを苦しませてしまうかもしれない。みんなに酷い事をしてしまうかもしれない。そう思うと、怖かった。


「やっぱり勇気は出せない?じゃあ、ずっとそのままでいる?それはとても、生きづらい事だと思うわよ?」


 優しい声色のまま首を傾げたフライアが、諭すように言ってくる。

 アタシだって苦しみたくない。アタシだってみんなと一緒に笑っていたい。でもまだ、アタシは恐怖で前に出れずにいた。そんなとき、


「千歳お姉様」


 アタシを呼ぶキートリーの声。離れていたキートリーが、アタシの側でアタシの青くなった手を握っていた。


「キートリー、まだ危険よ?手を離した方がいいわ」


 フライアがキートリーに忠告する。そうだ、危険だ。またキートリーの命を吸ってしまうかもしれない。だがキートリーはアタシの手を離さない。


「いいえ、離しません。お姉様には今勇気が必要なのでしょう?昔、ワタクシが落ち込んでいた時、お母様がこうやって手を握ってくれましたの。お母さまの手は暖かくて、ワタクシの心に何にだって負けないって勇気が湧いてきましたのよ?だからワタクシも微力ながら、お姉様の手を握ります」


 そう言って手を握ったまま綺麗な朱色の瞳でアタシを見つめてくるキートリー。アタシは自分の手を通じて、キートリーの手の暖かさを感じた。


(暖かい……そうだ、この手が冷たくなってしまう事、それだけは絶対に嫌。それに比べたらこんなヤツ)

(フザケヤガッテ!俺ガッ!コイツノッ!)


 アタシを乗っ取っているゴブリンは、まだアタシの中で暴れていた。そうしているとマースとサティさんも近寄ってきた。


「千歳姉様、僕も」

「千歳様っ!私も参りますわっ!」


 キートリーとは反対側のアタシの手を握ってくれるマース。アタシの足首に纏わりつくサティさん。


「これが千歳姉様の助けになるなら、僕は」


 眼を閉じてアタシの青い手を両手で包むマース。その手はとても暖かい。


「千歳様ぁ!サティは!サティはいつ吸って頂いても構いませんからぁぁっっ!」

「サティ、貴女と言う人は……」


 アタシの足首に頬ずりするサティさんを見て、呆れた顔をするキートリー。手段はどうあれ、アタシの両手と足首は今とっても暖かい。


「それなら私は……えいっ」


 パヤージュも近寄ってアタシの肩に手を伸ばしてきた。


「別にみんなで掴んでいるからって、貴女までやる必要はありませんのよパヤージュ?」

「いいえ、キートリー様。千歳さんには命を救っていただいた御恩がありますから。それに、ほら、皆さん楽しそうじゃないですか?だから私も、と」


 そう言ってにこやかな表情でアタシの肩を揉むパヤージュ。アタシの肩も暖かくなっていく。


「あー、アナタ達?まだ危険……いや、もう大丈夫みたいねこれは、あはは」


 苦笑しながらフライアが言う。

 みんなの暖かさで恐怖なんでどっか飛んで行ったアタシは、まだ騒いでいるゴブリンに向かってフライアの言った通りに真似をしてみる。


(クソッ!クソガッ!コノ身体ハッ!俺ノッ!)

(……黙れ)

(!?!?)


 アタシの頭の中の声、騒いでいたゴブリンが黙った。


「うふふ、そう、それでいいの」


 フライアが目を細めてニンマリと笑う。


「次は見せしめよ、五月蠅かったソイツの魂の、潰しておきなさい。他の連中にもわかるようにじっくりと時間かけて潰してあげなさい」


 ふふんと企み顔でフライアが開いた手を握る仕草を見せる。


(魂を、握りつぶす)


 イメージする。さっきまで五月蠅かったコイツの、あの白い煙玉、魂を潰すイメージをする。


(……ッッ……ッ……ギィィィ!?ヤメッ!?タスケッ!?許シッ!?ギアアアッッ!?)


 頭の中で響くゴブリンの悲鳴。ゆっくりと力を籠める。じっくりと時間を掛ける。でも絶対に力を緩めずに、潰れるまで、力を入れ続ける。


 -ぱんっ-


 すると頭の中で何かが割れる音がした。それっきり、頭の中でさっきのゴブリンの声は聞こえなくなった。いつの間にかはっきりとしている意識。アタシは試しに身体を動かしてみる。


「……動く、アタシの身体だ、動く」


 青い肌に紫色の爪に変わっているアタシの手。キートリーとマースが握ったままのアタシの手。二人の握っているアタシの手を握って開いて、キートリーの握っている方の手を持ち上げて、自分の顔に当てて見る。


「アタシだ……これアタシだよね?キートリー?」


 隣のキートリーに聞いて見る。キートリーは悪魔化中に一時的に意識を取り戻した時のアタシを知っている。なので彼女に聞いて見るのが一番だと思ったのだ。


「ええ、間違いなく、千歳お姉様ですわ」


 二コリと微笑み返してくれるキートリー。キートリーのお墨付きを頂いた、この悪魔化しているアタシはアタシらしい。


「もう大丈夫、もう大丈夫だよみんな。ありがとう」


 そう言ってアタシに触れているみんなにお礼を言いつつ振り返る。誰一人としてアタシの目を見て怖がらない。なんだか自分で自分の姿を怖がっているのが馬鹿らしくなってくる。

 アタシから手を離していくキートリー達。足首を掴んでいるサティさんがやっぱり素直に離れなかったので、キートリーが首根っこを掴んで無理やり引き離した。

 改めてフライアに向き直る。


「見せしめが効いて、他の連中も黙って服従したわね」

「他って?」

「言ったでしょう?貴女の中にはゴブリンの魂がいっぱい詰まってるって」


 フライアが指で自分の頭をトントンと叩く仕草をする。

 そう言われてアタシは頭の中でイメージする。他のゴブリンの魂ってどんなのだろうと。


(あ、なんかいっぱい白い煙玉がある。ふわふわ浮いてる……コラ、逃げるな。こっちに来い)


 頭の中の白い煙玉達に意識を向けると何故か逃げ出すので、無理やり呼んでみた。するとゆっくりと煙玉達がアタシの意識に近づいてくる。その一つを注視し、喋らせてみる。


(アンタ、ゴブリンでいいんだよね?)

(ギッ!?ハ、ハイッ!ソウデスッ!)


 何故か敬語で話してくる。ゴブリンなのに敬語話せるのか。


(潰させて?)


 1回じゃイマイチ実感がわかなかったので、試しにもう一人潰してみる事にする。


(ヤメッ!ヤメテクダサイッッッ!?消エタクナイッッ!!消エタクナイィィィッッ!!)


 凄い命乞いをされているけど、悪いけど実験台になってもらう。ゴメンネ。


(えい)


 今度は苦しませないよう、一気に潰す。


 -ぱんっ-


 頭の中でゴブリンの魂がまたひとつ、割れた。サーッとアタシの意識から引いて逃げるように離れていくゴブリンの魂達。

 今度はちゃんと実感があった。アタシはアタシの中のゴブリンの魂を割り、割れたゴブリンの魂は霧散してアタシの糧となった。体の中にあるのに、潰せばまた食える、お腹が脹れる。ちょっと面白かった。


「ねえフライア、これって全部潰した方がいいの?」


 軽く握り拳を作って魂を潰すような仕草をしつつフライアに聞いて見る。


「今すぐ潰しちゃうよりも残しておく方が後々便利よ。非常食にもなるからね」

「へぇー、非常食かぁ」


 そう言えば、一度悪魔化してしまうと命を喰わないと腹が脹れないとフライアが言っていた。命を食えない時用の非常食か、なるほど。


「それよりも貴女、変身が中途半端よ?」

「中途半端?」


 フライアが近寄ってきてアタシの頭を指でトントンと叩く。


「あっ、ホントだ、角が出てない。というか翼も出てないし、手以外も青くないや」


 自分の頭を触ってみると、髪の毛だけで角は生えていない。アタシは今、手と目だけ悪魔化している。これはサティさんを襲った時、一番最初に悪魔化し、キートリーにあっさり負けたあの時と同じだ。自分で自由に動かせるようになった以上、どうせなら一度全部悪魔化しておきたい。なのでフライアに聞く。


「全部悪魔化するにはどうしたらいいの?」

「貴女の魔力路の接続点、口部、胸間、腹部の内、今は胸間に魔力が通っているの。完全に悪魔化するなら、残り二つ、口部と腹部に魔力を流しなさい」


 魔力を流すと言われても、アタシは魔力の使い方なんてわからない。


「魔力を流すって、どうすればいいの?」

「接続点に手を当てて、イメージしなさい。変わるイメージを」


 そう言ってフライアは自分のお腹と口に手を当てて指示をしてくる。かなり抽象的な指示だが、実際それでさっきゴブリンの魂を割ったので、言われた通りやってみる。アタシはお腹と口に手を当てて、変わるイメージする。


「えーと、こういう時は……そうだ、変身!いや、メイクアップ!なんちゃって」


 イメージする。子ども頃よく見てた、アニメのヒロインみたいに。


 -メキメキ-


「あっ?痛い痛い痛い!頭痛いって!?」


 が、アタシはそんなアニメのヒロインみたいなきらびやかな変身は出来なかった。痛みと共にアタシの頭蓋骨がメキメキを音を立てて角を生やす。と同時にアタシの手以外の部分が一気に青くなっていく。背中に大きな翼が生える。


「痛ぅーっ!あーっ、角と翼が生えた!?」


 アタシの腰付近まで伸び切っている髪が、黒色から金色に変わる。さらに身体中に浮き出てくる黒い模様。


「うっわ、髪が金色。えっとこの黒い模様は……魔力路って言うんだっけ?」


 アタシはボースから貰ったマントを外してみる。黒い模様で身体の要所要所は隠されていて、服は必要なさそうだ。と言ってもマイクロビキニよりはマシと言った程度だが。


「これで完全体、でいいのかな?」


 さっきからニコニコとアタシの様子を見ているフライアに聞く。


「ええ、ほら、私と同じ……本当に、私と同じ、完全に悪魔よ?」


 両手と翼を広げて身体を見せてくるフライア。その声はどこか感慨深げだった。

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