06.悪魔の孫_01

 突然、悪魔へと変わってしまったアタシの身体。アタシの意識はは何かに押しのけられ、サティさんを傷つけ、群がるゴブリンを吸い殺し、ついにはキートリーを絞め殺してしまうところだった。何度頼んでもアタシの身体を乗っ取った何かはアタシの頼みを聞いてくれなかった。アタシは怖くて怖くて、ただひたすらに震えていた。自分の意思と関係なく動く自分の身体が、周りの人を傷付けてしまう自分が、自分の知らない自分の力が、ただただ怖かった。

 辛くもマース達によって、人間へ戻ることが出来たアタシ。だが一息つく暇もなく、そんなアタシの前にやってきた金髪の魔女。彼女は座っているアタシの鼻を人差し指でツンツンと触りながら言う。


「ねえ千歳?私、貴女のおじいちゃんみたいよぉ?」

「は?」


 いきなりやってきて、このお姉さんはいったい何を言っているんだろうか?ちょっと意味がわからない。こっちとしては、今日の昼からと先ほどまで一件で精神的にかなり消耗している。冗談に付き合ってられる余裕も無いので、アタシは怪訝そうな顔で彼女を見上げつつ聞き返した。


「あの、すいません、どういう意味?」


 本当のところ、さっさと休みたかった。アタシはもともと寝るつもりでキートリーのテントに来たのだ。サティさんを襲ってからの件はアタシにとっては完全にイレギュラー。そもそもこの世界に迷い込んだこと自体がイレギュラーなのだが、それは今は考えない事にする。

 そんなアタシの前で、フライアと呼ばれた金髪の魔女が、飛んでいる杖を掴んでひょいっと地面に降り、屈んでアタシに目線を合せてくる。月夜にギラリと不気味に映る紫色の瞳。細目のツリ目をさらに細めながら、彼女は言う。


「日高千代、知っているわよね?貴女のおばあちゃん」


 日高千代、アタシのおばあちゃんだ。知っているに決まっている。アタシをここまで育ててくれた、そしてアタシがこの世界に迷い込む少し前、亡くなってしまったおばあちゃんだ。


「……なんで?なんで貴女がアタシのおばあちゃんの事、知ってるの?」


 アタシはキートリーに、あの船はおばあちゃんの遺品だ、と言う事は話したが、おばあちゃんの名前までは口にしていない。ほかの誰にも、おばあちゃんの名前は教えていないし口に出していない。だから、この世界の誰からもおばあちゃんの名前が出てくる事は無いのだ。なのになんでこの目の前の金髪の女性は、アタシのおばあちゃんの名前を知っているのか?

 だからアタシは、彼女の次の言葉を聞き、


「日高千代はね、アタシの妻だったのよ?」


 混乱した。


「えっ?あ?ええっ?」


 混乱してまともな言葉が出てこない。考えが纏らない。ここは異世界で、アタシは元の世界から異世界に転移した人間で、おばあちゃんは元の世界の住人で、彼女はこの世界の住人で、っていうか、妻?おばあちゃんが妻?色々おかしい、目の前の彼女はどう見たって女性だ。

 混乱するアタシの顔を覗き込んでいたマースが、助け舟を出してくれる。


「お師匠様、お師匠様が千歳さんのおじい様とは、どういう事なのですか?」


 そう魔女に聞いてくれるマース。


「ん?あらマース、わからない?日高千代は、75年前、このオードゥスルスに来ていたのよ。そしてそこで私と出会い、子を身籠った」


 なんてことのない風に告げる彼女。アタシはますます混乱してしまう。75年前?この世界に来る2週間前、亡くなった時のおばあちゃんの年齢は92歳だった。17歳のおばあちゃんが?オードゥスルスに、この異世界に来ていた?そして子どもを?おばあちゃんの子どもは、アタシのお母さん、アタシを置いていなくなってしまったお母さん一人だけだったハズだ。そしてお母さんの子どもはアタシ一人。


「わからない、わからないです……」


 アタシは頭を振りながら答える。頭の中がこんがらがって、ぐちゃぐちゃになって、何がなにやらわからない。

 そんなアタシを見かねたのか、キートリーも助け舟を出してくれる。


「フライア、ちょっとお待ちになって。その千歳様のお婆様、日高千代さんですけれど、まあ貴方の妻だったとして、千歳様は流着の民ですのよ?どうしてその千代さんが千歳様の世界に?」


 そう魔女に聞くキートリー。そうだ、アタシもおばあちゃんも、元の世界の人間だ。なんでこの世界に来ているのか、何故元の世界に居たのか。


「あら?キートリーもわからない?千代はオードゥスルスから、元の世界に戻ったのよ。子を身籠ったまま、ね。そして元の世界で子どもを産み、その子どもが、千歳を産んだ。ほら、ここまで聞けばわかるでしょう?」


 立って杖をクルクル回して地面に立てる魔女。彼女はアタシを見下ろしながら言った。


「貴女はアタシの孫なのよ」


 アタシは絶句する。アタシに取っては信じがたい話で、突拍子も無い話。アタシのおばあちゃんが昔、この異世界に来ていて、お母さんを身籠ったまま元の世界に戻っていたという。そして産まれたアタシは、またその異世界に来ている。何がどうしてそうなっているのか。

 黙ったまま離せそうにないアタシに変わり、マースとキートリーが会話を続けてくれる。


「お師匠様、その話によると流着の民が元の世界に帰る方法が、ある、という事ですか?」


 座ったままアタシを優しく抱きかえしながら、魔女を見上げてそんな話は聞いたことが無いと言うマース。


「そうですわ、流着の民が元の世界に帰ったなどと言う話は、初耳ですわよ?」


 アタシの隣りにスタスタと腕組しつつ歩き寄り、信じがたいという風に魔女に聞き返すキートリー。


 そうだ、この魔女の言う事が本当なら、二人の言う通り、この異世界から元の世界に帰る方法があるという事になる。アタシのおばあちゃんはこの世界に一度来て、何かしらの方法で元の世界に帰っている。

 そう言えばマース達に元の世界に帰る方法が無いか聞いた時、この魔女フライアなら知っているかもと言っていたのを思い出す。


「ええ、あるわよ?」


 マースとキートリーに順に視線と手のひらを向けつつ、なんてことの無い風にさらりと言ってのける魔女。

 アタシは元の世界に帰る方法が有ると聞き、希望で元気が戻ってくる。帰れる、元の世界に帰れるなら、こんな怖い思いをしなくて済むなら、今すぐにだって帰りたい。


「おい、フライア。俺も初耳だぞ?流着の民が元の世界に、どうやって帰るんだ?」


 少し離れたところで休んでいたボースが歩いてフライアの隣りに並び、話に混ざってきた。


「あら、ボース?知りたい?」


 流し目でチラっとボースに視線を向けつつ知りたいかと聞くフライア。そんなのあるならアタシだって聞きたい。


「ああ、教えてくれ、流着の民の連中、元の世界に帰りたがってるのも結構いるんだよ。こっちも色々恩恵も受けてるが管理が大変でなぁ、まあ帰れる方法があるなら帰ってもらえる方が助かる」


 ボースがフライアに流着の民が元の世界に戻る方法を聞く。ボースの治めるボーフォートと言う領地が広いというのマースとボース本人から聞いているが、管理に困るほど異世界から迷い込む人々が多いと言うのは知らなかった。


「ア、アタシも知りたいですっ、帰れるなら、帰りたい……」


 不安と希望に高鳴る胸を手で押さえ、アタシはフライアに帰る方法を聞く。

 そんなアタシに視線を戻したフライアは言った。


「流着の民が元の世界に帰る方法はね。一人だけなら帰れるの。一緒に流着した民が、自分以外の流着の民がこの世界からいなくなった島に、一人残れば帰れるのよ」


 どういう事だろうか、一人だけとは?


「あぁ?どういうこった?」


 怪訝な表情で返すボース。フライアはちらりとボースに視線を移したあと、またアタシを見て言う。


「流着の民が一人で島に残っていると、ある時、島ごとこの世界から消えるの。貴女がここに来るまではあくまで仮説だったんだけど、千代の孫である貴女がこうやってこの世界にまた来たことで、仮説は実証されたわ」

「アタシ帰れる?帰れるんだっ!帰れるっ!」


 笑みを浮かべ喜ぶアタシ。だがそんなアタシの喜び様を余所に、フライアは悪気なく告げてくる。


「そう、帰れるのは一人だけ。帰りたかったら、自分以外の流着の民を自分で皆殺しにするか、または他の誰かに皆殺しにされるよう誘導しなさい?」

「おいおい、それは……いくらなんでも、なあ」


 ボースが異論を唱えている。そうだ、それじゃ帰る方法にはならない。


「……なによ、それ」


 冗談で言っているのだろうか?アタシが元の世界に帰ろうとするならば、メグを殺せと?もしくは見殺しにしろと?

 アタシは怒りがふつふつと湧いてくる。あのメグを?アタシの大事な友達だぞ?そんなことする訳ない。出来る訳がない。アタシは明日の朝、メグを助けるためにあの砂浜に向かうんだ。その為の約束もキートリーとした。手伝ってもらえるなら、メグを助けて貰えるのなら、おばあちゃんの遺品の船だってキートリーに差し出す。メグさえ無事に帰ってきてくれるなら、一緒に元の世界に帰れるなら、それ以外のモノは何を差し出したっていい。なのにそのメグをを見殺しにしろと?帰りたかったら見殺しにしろと言うのか?ふざけるのもいい加減にしてほしい。アタシは立ち上がって魔女を見下ろしながら怒り叫ぶ。


「そんなこと出来る訳ないでしょ!!」


 足元に座ったままのマースがアタシの叫びに反応し、少しビクッと身体を跳ねさせた。キートリーも吃驚したのか目を見開いてアタシを見つめている。

 だがフライアは、紫色のルージュの唇の口角を吊り上げ、自分の頬に手を当てて声を上げて笑う。


「うっふふふふ、あっははは!そうねぇ?出来ないでしょうねぇ?」


 月夜に照らされた紫色の瞳で、アタシを見上げつつ笑いのけるフライア。


「何が可笑しいのよ!!人の気も知らないで!!!」


 フライアの嘲るような笑いに腹が立ったアタシは、拳を握り、声を荒くして叫ぶ。伸びた爪が掌に刺さって痛い。

 このアタシの怒りには、メグを見殺しにしろと言われた怒りの他に、八つ当たりも含まれている。この世界に迷い込み、訳も分からないままゴブリンと争い、触手にメグが攫われ、アタシはゴブリンに蹂躙され、助けられたこのキャンプでも男達に襲われて、匿ってもらったキートリーのキャンプでは身体が不気味な悪魔になって行き、サティさんとキートリーを死の淵に追いやり、人に戻るまでに苦しみ続けた、理不尽な思いに対する八つ当たりだ。正直、このまま眠って、朝起きたら自宅のベッドの上で、全部夢だった、って事になってほしいくらいだ。

 マースが立ちあがって、宥めるようにアタシが力の限り握っている拳をそっと手で包んでくる。怒りで興奮し、またマースに世話を焼かせてしまった事が恥ずかしくなったアタシは、俯いてじっと地面を見つめる。恥ずかしさでまた泣いてしまいそうだった。

 そんなアタシの怒りをぶつけられたフライアは、俯いたアタシの視界にぬっと現れ、下からアタシを見上げながらどうという事もない風にまたニヤリと笑い、言ってくる。


「それ以外の方法が、あるとしたら?」

「えっ?」

「貴女がお友達を見殺す以外に、元の世界に帰れる方法があるとしたら?」


 細い目をさらに細くして、フライアが笑いかけてくる。アタシは俯いた顔をゆっくり上げながら、フライアに今聞いたことを聞き返す。


「それ以外の、方法?」

「そう、貴女がお友達と一緒に帰れる方法よ?」


 前屈みに少し首を傾けつつ、アタシをゆっくりと見上げて言ってくるフライア。

 アタシはメグと一緒に元の世界に戻る。それがアタシの目的だ。この世界に骨を埋める気はないし、メグを置いていく気もさらさらない。その為なら、どんな苦労だって厭わないつもりだ。だから湧き上がっていた怒りを鎮め、一息ついてから、目の前の金髪の魔女に教えを乞う。


「教えてください、どうすればメグと一緒に帰れるんですか?」

「ふふふ、教えてあげる。それにはね……」


 そう言いつつススッとアタシに近寄ってくるフライア。


「貴女の力が、必要なの」


 フライアが、白いマント1枚羽織っているだけのアタシの身体に手を触れてくる。


「んっ」


 腰から胸の辺りを指でつつぅーっと摩り上げられ、くすぐったくて少し声が漏れてしまう。アタシはそれに構わず聞き返す。


「私の力って?」

「あら?わからない?さっきまで使っていたじゃない?貴女の、"悪魔"の力。アタシが必要なのはそれよ?」


 首を傾げつつ人差し指を立てるフライア。

 アタシの悪魔の力。キートリー達を傷付け、アタシが苦しんだ悪魔の力。正直、自分でもよくわからない力だった。何せ自分で動かせない、アタシじゃない誰かがアタシの悪魔になった身体を動かしてしまう。アタシには制御できない力で、怖い。


「あ、あれは、なんなんですか?アタシの身体、勝手に動いて、みんなを傷付けて……」

「あら?勝手に動いてって、貴女まさか……?」


 そんなの聞いてないと言った顔をする魔女。


「ちょっと貴女、そこに座りなさい?」

「え?」

「い・い・か・ら、座りなさい」


 急に真面目な顔になったフライアが、ビシビシビシビシと指で地面を差す。


「は、はい」


 フライアの有無を言わさない勢いに促され、その場に座るアタシ。


 -バサッ-


「おう千歳、これ使え」

「ボースさん?あっ、ありがとうございます」


 ボースがちょっと視線をズラしつつ自分の茶色いマントを外してアタシに掛けてくる。今までマースの渡してくれた小さめの白いマント1枚だけだったので、チラチラ裸が見えていたらしい。アタシはボースから貰ったマントを身体に巻きつけ裸体を隠す。このマント、大きくて身体がすっぽり隠れるのは良いのだが、ちょっとおじさん臭い。


「いい?おでこ出しなさい、おでこを」


 フライアがアタシにおでこを出せと言ってくる。アタシは悪魔化して長くなってしまっている前髪をかき分け、おでこを魔女の前に晒す。


「これで、いいですか?って、わわっ」


 突然近づいてくるフライアの顔。凄く綺麗なんだけど、ちょっと怪しい雰囲気漂う紫なメイクの彼女の顔に、思わず顔を体ごと後ろに仰け反るアタシ。


「コラッ、逃げるんじゃないの」

「だって近いし」


 派手なメイクだなとは思うが、別に彼女の容姿が苦手な訳じゃないし、紫の瞳はなんとなく吸い込まれるような色気があって綺麗だなと思うけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。


「必要な事なんだから、言う事聞きなさい?恥ずかしいなら目を瞑っててもいいから」


 子供を諭すように優しく言われてしまったアタシは、しょうがなく彼女に従う。


「は、はい……」


 仰け反った身体を元に戻し、言われた通りに目を瞑っていると、ぴとっとアタシのおでこと魔女のおでこがくっ付く感触があった。

 そして、一瞬だが、アタシの記憶が、物心ついた時から、今の今まで、ついさっき悪魔となっていた時までの記憶がフラッシュバックする。居なくなったお母さん、寿命で死んだペットの猫と犬、高校で出会ったメグ、初体験の相手、卒業後入社式をやった会社、やらかした仕事での失敗、メグに結婚すると言われ泣いたあの日、メグの結婚式、別れた彼氏、倒れたおばあちゃん、おばあちゃんの葬式、無人島へやってきた昨日の事、この世界に迷い込んだ時の虹の空、飛んできた飛龍とサラガノ、村で助けたパヤージュ、触手から助けられなかったメグ、アタシに群がるゴブリン、目覚めて初めて会ったマース、アタシに群がる男達、アタシを抱きかかえてくれたボース、アタシを匿ってくれたキートリーとサティさん、そのサティさんとキートリーを襲うアタシ。

 本当に一瞬だったが、全部鮮明に思い出される。悲しい事も、楽しい事も、嬉しい事も、辛いことも、怖い事も全部。


「うあっ!?」


 全部いっぺんに思い出してしまったアタシは、いっぺんに押し寄せた感情の波に、悲鳴と共に身体がビクンっと跳ねて思わず魔女から後ずさってしまう。


「千歳さん!?大丈夫ですか?」


 そんなアタシを心配して背中を支えてくれるマース。」


「はっ、はっ、う、うん、だ、大丈夫」


 冷や汗をかきながら、頭に手を当ててなんとかマースに返答するアタシ。


「アタシに、アタシに何をしたんですか?」


 こんな体験をさせた相手、なぜこんなことをしたのか、フライアに向き直り聞いて見る。


「貴女の記憶を読んだのよ、千歳。貴女の子どもの頃から、さっきまでの記憶全部」


 クルクルと指を回しつつ、アタシにウインクして見せるフライア。


「ちょっと!勝手に人の記憶見ないでください!」


 アタシの文句をスルーしつつ、彼女はアタシの発言を無視して話を続ける。


「でもこれで分かったわ。千歳、貴女が悪魔化したとき暴走する理由」


 また真面目な表情に戻ったフライア。何故か空中に頬杖を付きながら座っている。よく見ると肘とお尻付近に紫色の透明な魔法陣の様なものが浮いている。そこに座っているようだ。そして魔女は告げてくる。


「悪魔化した時の貴女の身体、ゴブリンに好き放題動かされてるわね」

「えっ?」


 ゴブリン、アタシが最初にパヤージュを助けたあの村で遭遇した緑色のモンスターだ。


「ゴブリンが?なんで?」


 ゴブリンが何でアタシの身体を動かしているのか?訳が分からない。


「貴女は思いだせないようだから、教えてあげる。貴女、シュダの森南方の砂浜でゴブリンの集団に滅多打ちにされたでしょう?貴方はその時の衝撃で一度悪魔化してるわ」

「あの時に、悪魔化してた……?」


 アタシが悪魔化したのは、サティさんを襲った時が初めてだと思っていた。キートリーから貰ったギアススクロール、あれを付けて悪魔化してしまったのが初めてだと思っていたのに、それが違うと言うのだ。

 座ったままアタシをビシッと指差しながらフライアは続ける。


「そう、貴女は忘れてしまっている、と言うか意識が無い状態で悪魔化しているわ、ほとんど無意識に動いていたみたいね。そしてその時、周りのゴブリンを皆喰い、全部吸収したの。そう、全部。ゴブリンの生命力だけじゃなく、"魂ごと"ね」

「魂ごと?」


 悪魔化したアタシが、ゴブリンをゼリー飲料みたいにベコベコッと吸収してしまうのは知っている。悪魔化している最中、身体は乗っ取られていても意識はあったから、キートリーに一度倒された後、群がってきていたゴブリンを次々と喰い殺した。あの感触はよく覚えている。なんでかわからないけど、ゴブリンを喰うのは、"楽しかった"し"美味しかった"、ゴブリンも"悦んでくれた"から、周りにいたゴブリン達をみんな"アタシが"、"喰べてあげた"。

 がしかし、魂ごとと言うのはなんなんだろうか。なのでフライアに聞いて見る。


「どういうことなんですか?」

「貴女の身体の中には、今、喰ったゴブリンの魂が大量に詰ってるわ。それが悪魔化した時に、貴女の意識の表面に出てくるの。そして貴女の身体を勝手に動かす。食われたゴブリンの魂がね」

「魂って……」

「貴女も見たでしょう?倒したゴブリンの口から出てくる透明な煙玉、あれが魂。貴女はゴブリンを喰う時、アレも一緒に身体に取り込んでるのよ」


 透明な煙玉、それならパヤージュを助けた村でゴブリンを殴り飛ばした時に見た。あれが魂だって言う事なんだろうか。フライアの話だと、アタシはそれを自分の身体の中に取り込んでいるらしい、それも大量に。そもそも魂が目に見えると言うこの世界もおかしいのだが、魂を喰って取り込めてしまうアタシの身体も大概だ。自分の中に自分以外の魂が詰まっていると考えると、何となく気持ちが悪い。

 またアタシが黙って考えていると、キートリーが何か思いついたのか話を続ける。


「そう言えば、悪魔化していた時の千歳様の喋り方、どこかで聞いたような覚えがありましたけれど。なるほど、あの野蛮で下品な喋り方、煽りに弱い性格、ワタクシに覆いかぶさり襲おうとした等、確かにアレはゴブリンですわね……」


 ゴブリンを喰っていた時以外、アタシは怖くて後ろに引っ込んでいたので、何を喋っていたのかはよく覚えていない。だが悪魔化した時のアタシを乗っ取っていたのがゴブリンであることがキートリーの証言によって補完された。


「ええっ?じゃあ私を襲ったのはヌールエ……千歳様ではないんですか?」


 さっきまで遠くにいたサティさんが、パヤージュに肩を貸してもらいつつ近くに来ていた。


「サティ、貴女まだそれを言っていますの?千歳様はお母さまではありませんのよ?」


 呆れた顔でサティさんに苦言を呈すキートリー。


「あっ、申し訳ありません、おじょ……」

「ヌールエル、懐かしいわねえ」


 キートリーに謝罪の言葉を言おうとするサティさんを遮り、フライアが少し空を見上げつつ言葉を発する。懐かしいという発言からして、フライアもヌールエルさんを知っているらしい。


「フライア、お母さまの話はいいですから、今は千歳さんの話を続けてくださいな」


 逸れた話題をアタシの方に戻そうとするキートリー。


「あらいいの?ヌールエルはアタシの娘よ?」


 ヌールエルさんはフライアの娘らしい。


(んんっ?)


「ええ、それは別に……今なんと言いましたかフライア?」

「ちょっと待て、今なんつったフライア?」

「お師匠様?お母さまがなんですって?」


 キートリー、ボース、マースの3人が寝耳に水と言った感じで魔女に聞き返す。

 肩を竦め、呆れた感じで答えるフライア。


「ヌールエルは、私の娘と言ったのよ」


 一瞬の沈黙の後、


「なんだとぉ!?」

「マジですの?」

「お師匠様が……お爺様?」


 3人が一斉に驚愕の声を上げた。


「そうよぉ、だからキートリーとマース、アナタ達も私の孫。千歳とアナタ達は~、あっ、従姉妹って関係になるのかしら?」


 ポンと手を打ち重大な事を言ってくるフライア。


「ちょっと!ちょっと待って!?アタシとキートリー達が従姉妹!?」


 アタシは自分には関係ないかなぁとか思っていたが、キートリー達が従姉妹となると話は別だ。完全に寝耳に水である。思わず立ち上がってフライアに聞き返してしまった。


「マジですの!?」

「千歳さんが従姉弟!?」


 何故かフライアが自分たちの祖父だと告げた時より強く反応するキートリーとマース。キートリーに至っては両手を合わせてプルプル震えている。


「あっ、祖父はどっちも同じ私だけど、祖母は異祖母だから大丈夫よぉ?」


 フライアが何か言っているが、何がどう大丈夫なのかわからない。


「これから千歳様のこと、千歳お姉様と!呼んだ方が!よろしいのかしら!?」


 キートリーが目を輝かせ興奮気味にずいずいと近づいてくる。


「キートリーちょっと待って!?姉妹じゃないから!従姉妹だから!」


 興奮気味に迫ってくるキートリーの肩を両手で抑えるアタシ。今更姉さんと呼ばれてもなんか変な感じだし、それに普通は従姉妹を姉さんとは呼ばないだろう。呼ばないよね?


「えっと、千歳姉様……?」


 マースまでも何か期待した目でアタシを見てくる。


「マースもちょっと待って!?従姉弟だから!姉弟じゃないから!」


 マースの期待の目を耐えつつ言うアタシ。そりゃ一人っ子だったアタシは兄弟姉妹には憧れてきた感はあるし、おばあちゃんが亡くなってしまって親類がいなくなったアタシとしては血縁者がいるのは喜ばしい事なんだけど。


「えぇー、ダメですのぉ?千歳お姉様?」

「千歳姉様……」


 もうなんか呼び名が定着しつつある。両側からじーっとアタシの目を覗き込んでくる二人。


「ああ、うん、あはは、好きに呼んで……」


 アタシは二人の熱心さに根負けし、苦笑しつつ抵抗を諦めた。


「きゃー!千歳お姉様!素敵ですのーっ!」

「千歳姉様とキートリー姉様で姉様が二人になりました!やったー!千歳姉様ーっ!」


 喜び勇む二人がアタシの手を掴んでぴょんぴょん跳ねている。こんなに喜ばれると、アタシまで楽しくなってきちゃう。そんな訳でぴょんぴょん跳ねる二人に合わせて、アタシも軽くジャンプするのだった。

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