05.暴走_side06

 数十分と続くワタクシ達と巨体の女悪魔との不毛な戦い。


「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って彼らに天恵を与えよ、フルブレッシング!」


 マースの魔術により、ワタクシとお父様の全身強化魔術がさらにさらにさらにさらに10分継続となりますのよ。


「ってほわっ!?マ、マース!何故真後ろにいるんですの!?危ないから下がっていなさいな!」


 何故かワタクシの真後ろにいるマース。ここは女悪魔の間合いに近く、直接戦闘が苦手な魔術師であるマースにとっては危険な距離ですの。


「違うのです姉様、ちょっと思いついたことがあるのです」

「はーっ、はーっ、なんだぁ?マース?思いついたことぉ?いいじゃねえか、この状況打破できそうならなんでもやってくれ」


 流石のお父様も疲れが見えてますの。肩で息をしているお父様を見たのは久しぶりですわね。


「では父上、姉様と話したいので、5分間だけ1人で保たせてもらってもよろしいですか?」


 マースの容赦ない指示に、


「はっはっは、きっついなぁー?きっついなぁー?」


 勘弁してくれと言わんばかりの顔で答えるお父様。

 ワタクシはお父様を女悪魔の前に残して一旦離れましたわ。


「では姉様、少し相談が」

「ふぅ、やっと一息ですの。それで何を思いつきましたの?」


 40分以上連続で戦って流石にクタクタなワタクシ。休憩も兼ねてマースの思いつきに付き合ってみるんですのよ。


「はい、千歳さんは水魔術は打ち消すけれど、風魔術は効く事を鑑みて、魔力そのものを打ち消しているわけでは無く、特定の魔術式を捻じ曲げてしまっているだけと考えてみたんです」


 人差し指を立てて思いつきの解説を始めるマース。


「ふむふむ、魔力を消してはいない、つまり当人に魔力自体は存在するという事ですの?」


 サティの氷柱を消したあの現象、マースの言う事に照らし合わせてみると、水魔術の魔術式を捻じ曲げて、氷柱をこの世界に出現させた理由を消した、と解釈しますの。イメージとしては、紙にインクで書いた計算式、33-4=29みたいな計算式があったとして、それの33-4側や=そのものを水で濡らして滲ませて存在しなくさせてしまえば、答えの29には辿り着かなくなって式そのものが成り立たなくなる、ような感じですの。風魔術の魔術式が捻じ曲げられないのは、水で滲まない特殊なインクでも使っているんじゃありませんの?わかりませんけれど。


「はい、あくまで仮定ですけれど。そこで千歳さんの体中に浮き出ているあの黒い模様に注目してみたのですが、あれ背中側は繋がっているのに胸からお腹の前側に関しては繋がっていないんです」


 女悪魔と化した千歳様の青い肌、その上には黒い入れ墨の様なものが身体中に入っていますの。マースの言う通り、確かにその模様は背中側は繋がっていますけれど、前側は繋がっていませんわ。


「ほおほおほお、魔力は身体を循環させて使うもの、黒い模様を魔力の道、"魔力路"として見立てて、彼女も魔力を持っているならどこか繋がっていて循環していないとおかしいと?」


 魔術師が魔術を行使する際は、魔力を体内のある決まったルートで循環させてから発動するのですが、その魔力を循環させるルートが、魔力路、になりますの。この魔力路、魔術の使えないワタクシでも存在しますのよ。ワタクシの場合は、主に闘気を循環させる道として使っていますの。ワタクシも魔力そのものも存在するみたいなのですが、まあ魔術は使えないんですのよね。


「そうです。膨大な魔力量故に身体に魔力路が模様として表れていると仮定して、そこで前側で黒い模様がもっとも近づいている3点、口部、胸間、下腹部に注目しました。模様上は繋がっていないけど今は魔力が流れてるとすると、何故魔力路が離れているのか?普段は流れていなかったのではないか?と」


 体内の魔力路を寸断されると、魔術師は魔術の発動が出来なくなりますの。まあ普通は身体が寸断でもされない限り、他の損傷していない魔力路を通して魔術を発動するので全く使えなくなるわけではありませんわ。ただ、サティのように腹に穴が空いていたりしますと、魔術発動のため魔力を循環させた時にそこから余計な魔力が漏れ出て魔力切れが早くなってしまうような事はありますけれど。


「へえへえへえ、なんで千歳さんの魔力路が常人じゃあり得ない事になっているのかはわかりませんけれど」


 普段は休眠している魔力路がある、と言うのは普通じゃありませんの。千歳様の場合、闘気を使っていましたので魔力路に闘気を循環させて使用しているハズですけれど、よりによって正面の正中線の3点で繋がっていない魔力路があるとは。魔力路が通っていないと言う事は、そこに闘気も流せませんの。これは、ワタクシが女悪魔の爪を腕で受けた時のように、闘気を集中させて防御を底上げする、と言った行動が出来ませんの。つまり千歳様は普段、正面の正中線を闘気でガードすることが出来ない、そこが弱点になっているのですわ。闘気を使う武術家としてはかなり不利な状態ですの。

 その休眠している3点の魔力路が、悪魔化した際に休眠から起きる、これも変な現象ですわね。いえ、悪魔化したから3点の魔力路が休眠から起きた、ではなく、3点の魔力路が休眠から起きたから悪魔化した、の方が正しい……?


「なるほど、つまりこの3点を人間と悪魔の切替えスイッチと見たと?」

「はい、なので外部から無理やりそのスイッチを全部オフにしてみようかと」


(本当に突拍子も無い事を思いつく弟ですの)


 関心しているワタクシですが、肝心の方法が思いつきませんの。なのでマースに聞き返します。


「面白いですけれど、どうやってスイッチをオフにするんですの?」

「ええと、父上の剣で切るか……」

「それは流石に千歳様が死んでしまいますわよ?」


 なんでも切れるお父様の剣、デュランダル。魔力は切れますけれど、当然一緒に千歳様の身体ももちろん切れましてよ?流石に真っ二つになったら助けられませんの。


「または、今あげた3点の前で、こう、クルリと」


 そう言って人差し指でクルッと丸を書いてみせるマース。マースお得意の魔術解きですの。


「それ魔術式を解いているんじゃありませんの?」


 ワタクシ、マースの魔術解きは、結ばれた紐を解くかのように術式そのものを解き崩しているものと考えていましたが、


「最初はそうだったのですが、最近は指で囲んだ空間の魔力そのものを無に出来るようになりました」


 マースはさらっと言いますけれど、そりゃあ結界も消えますわよね。囲んだ空間の魔力を消せばそりゃ結界は消えますわよ。イメージとしては、紙にインクで書いた計算式、33-4=29の計算式を、消しパンで数式の一部を消して33-  29とかにしたり、そもそもの計算式を全部丸ごと書いていなかった事にしたりと言った感じですわね。いえ、いっそインクそのものを無かった事にしているのかもしれませんわ。インクつまり魔力が無ければ、計算式は書けない、つまり魔術は発動しませんから。何をどうやったらこんな芸当を覚えて来るのかしら。


「また無茶苦茶なことを覚えてからに……でもそれ、マースにしかできませんわよね?」

「はい、なので僕を背負って千歳さんの口部、胸間、下腹部の3点に近づいて貰いたいのです。上下どっちからでも大丈夫です。素早くクルックルックルッって3回やるので」


 指をフリフリと振って目を輝かせて私に頼み込むマース。


「それ、近くじゃなきゃダメなんですの?」

「無に出来る効果範囲は精々1エールト程度なので、近くまで行かないとダメなんです」

「はぁ、無茶苦茶言う子ですのねホント……」


 ワタクシは思わず頭を抱えましたわ。触れたら終わりの相手に接近すること自体が危険ですのに、さらにマースを背負って近づけと。

 ここでワタクシ、気にかかることがありましたの。


「そう言えばですの、マース、スイッチをオフにしたとして、またスイッチがオンになってしまう可能性はありませんの?」

「そうですね……千歳さん自身が自由にスイッチをオンオフ出来たらいいんですけれど」

「出来てたら、今暴走してませんわよ」


 肩を竦めるワタクシ。


「そうなんですよね。であれば、千歳さんの悪魔化スイッチを誤作動させている何かがあるはず」


 顎に手を当ててうーんと考え込むマース。あれは考え込んでいるフリですの。だいたいこういう時、この子はほぼ結論まで行きついてますのよ。なのでその結論まで聞きますの。


「誤作動させている何かとはなんですの?」

「一つは衝撃です。姉様がやった打撃で失神させる、がこれになりますね」


 ワタクシの問いに、指を一本立てて答えてくるマース。


「2回ほど失神させて大人しくしましたけれど、一時的なモノでたし、それに暴走を始めた方の理由にはなりませんわよ?」


 1回目は、千歳様の腕を折って、2回目は千歳様の背骨を折って、ですの。そのどちらも、数分と立たずにまた暴走し出してしまいましたのよ。


「はい、二つ目は外部からの魔力またはそれに相応するものの流入です」


 二本目の指を立てて答えてくるマース。


「千歳様に水魔術は……あー、ワタクシの闘気を思いっきり吸いましたわね」


 一度自意識を取り戻した千歳様、その千歳様の両手をぐっと握った際に、ワタクシの闘気が半分以上吸い取られましたのよ。


「でもそれだけだと、やっぱり最初にサティを襲っていた時の理由がわかりませんわね」


 最初、つまりサティを襲っていた時に、既に悪魔化し暴走していた理由、それがわかりませんの。2回目はワタクシがサティを手当て中に、恐らくゴブリンに攻撃された衝撃か何かでしょうけれど。3回目、ワタクシは闘気を流し込んだつもりはないですの。あれは無理やり吸い取られたんですのよね。


「はい、それなので三つ目、千歳さんの離れている魔力路を短絡、つまり意図せず繋げてしまっているモノがあるのではないかと」


 三本目の指を自信ありげにつき立ててるマース。これが本命ですわね。


「そんな物?そんな物……ん?んんっ?……あっ」


 思わずぽんっ手を打ちましたわ。ワタクシは、千歳様との契約にギアススクロールを使ったのを思い出しましたの。B級流着物とは言え、あれは"魔法"の契約書。邪魔にならないよう、あと千歳様と話したいからと、千歳様に腕に巻き付けるようワタクシが勧めましたのよ。


「姉様?何か心当たりが?」


 マースが朱色の綺麗な目で見つめて問いただしてきますの。


「ううっ、それは、その」


 思わずマースから目を背けてしまうワタクシ。ギアススクロールが原因ならば、千歳様の暴走、ワタクシにも原因の一端がありますわね、これは。


(しかし、この目には、嘘や誤魔化しはつけませんのよね)


 マースにこう迫られては嘘は付けませんの。なので、ワタクシは観念して素直に答えましたわ。


「千歳様の御友人救出の契約のために、ギアススクロールを千歳さんの右腕に、付けさせましたわね」

「それです!」


 ビシッっとワタクシに人差し指を突き付けてくるマース。


「ギアススクロールが千歳さんの魔力路に干渉し、体内の人間と悪魔の切り替えスイッチを短絡させ誤作動させている!これです!」


 少し興奮気味に指をぶんぶんと振るマース。


「つ、つまりワタクシが千歳様にギアススクロールを付けさせたから、こんなに暴れている、と」


 恐る恐る自分の仕出かした失態をマースに聞いてみるワタクシ。


「勿論、悪魔化してしまった原因は姉様にあると思います」

「うっぐっ」


 ずばり言われてしまうとキツイものがありますわね。


「ですが、悪魔化してしまうという千歳さんの得意体質、それは誰も知らなかった事だと思います。なのでこれは過失、姉様は情状酌量の余地アリです。それよりも、そもそも人格まで変わってしまう方の理由が分かりません。姉様、一度失神させた時の千歳さんは元の正確に戻っていたんですよね?」

「え、ええ、見た目は悪魔のままでしたけれど、間違いなく千歳様に戻っていましたわ」

「ふむ……うーん」


 杖を立てたまま下を向いて考え込むマース。ふと視線をお父様の方に向けると、お父様がまだなのかとこちらをチラッチラッと見ていますわ。ワタクシはアイコンタクトでまだ掛かりますわと返しておきますの。


「マース、とりあえず、ギアススクロールを破ればいいんですの?」


 考え込むマースにそう告げますの。千歳様の御友人救出後の返礼の品、でぃーぜるえんじんで動く高速船、これが貰えなくなるのは厳しいのですが、千歳様をあのまま暴れさせておく訳にも参りませんの。破いていいなら破きますのよ。


「それは危険です。姉様と千歳さんの二人が揃って身体中から血を噴き出すことになります」

「えぇ……」


 さらっと言わないでほしいですわね。千歳様とワタクシが揃って血を噴き出している場面を想像し、それもアリかなと思ってから、


(いやいやいや、普通に死にますの)


 まあ使ったのはワタクシなんですけれど。


「スクロール破りの案は無いですわ、無し」


 マースに向けて手でバツ印を作って拒否の意思を伝えますの。


「ではそれ以外でどうすればいいんですの?」

「簡単です。身体に付けているから魔力路が短絡するのです。ならばスクロールを身体から離してもらえばいいのです」


 そう言って、自分のローブの袖を指で摘まみ、引っ張る仕草をするマース。


「千歳様を一旦人間に戻して、また悪魔化する前に自力でスクロールを身体から離してもらうと?」


 ワタクシもマースに習って自分の腕の肉を指で摘まんでグイっと引っ張りますの。女悪魔の爪で削られて集気法で変な風にくっ付いて治った皮膚、これ引っ張るとちょっと痛いですわね。


「はい、それなら行けそうですよね?」

「不可能ではありませんの。ただ意識が戻った千歳様にスクロールを取ってもらう説明をしている間に、また悪魔化されると厄介なのですのよねぇ……って、あ」


 ワタクシは、千歳様が悪魔化している最中も意識があったことを思い出しましたの。


「マース、千歳様は悪魔化している最中でも意識があるみたいなんですのよ」


 ワタクシがそう告げると、


「それなら……」


 目をキラリと光らせてワタクシを見るマース。


「ええ、行けますわね」


 そう、悪魔化スイッチをオフにする前に、千歳様に語り掛けておけばいいんですわ。作戦は纏りましたの。


「行きますわよ!でもケガしないよう細心の注意を払いますから、ダメだと思ったら一旦引きますからね?」


 しゃがみ込み、背中にマースを誘導するワタクシ。


「それで構いません!姉様よろしくお願いします!」


 ワタクシの手を汚すのを気にしたのか、履いている自分のブーツを脱ごうとするマース。


「そんなのいいですの、早く乗りなさい、ほらほら」


 そう言って後ろ手でマースを急かすワタクシ。万が一を考えればブーツは履いていた方がよろしいのですわよ。手が汚れるくらいどうと言うことはないですの。……ちょっと前に女悪魔のブーツを舐めさせられた事を思い出しましたわ。まだ口の中に違和感がありますの。


「は、はいっ!姉様!失礼しますっ!」


 そんな訳でワタクシ、今、マースを背負っていますの。マースの杖は、飛び込むのに邪魔なので一旦置いて貰っていますわ。

 少し離れて一人で女悪魔を抑えているお父様。


「お父様流石にしんどそうですわね」

「でもこれが成功したら終わりますし、千歳さんも助かります」


 自信があるのか、ワタクシの肩の辺りに手を出してグッと握り拳を作って見せるマース。


「仮説ですけれど」


 マースめ、これから死地へ飛び込むんですから、不安になるようなセリフは遠慮してもらいたいですわ。


「あーもう、どうせやるしかないんですのよ!」


 腹を括ったワタクシは、マースを背負ったまま、足を開いて走る準備をします。そうしてお父様に声を掛けますの。


「お父様!私が合図したら出来るだけ千歳様に深手を負わせずに、3秒フリーになれる時間稼いでくださいましっ!」

「ぜぇーっ、ぜぇーっ、ぜぇーっ、おまっ、今どんだけしんどいと思って」


 勘弁しろと言った顔を向けてくるお父様。


「うまくいけばこれで終わらせられますのよ!」

「ああー!畜生!やってやるよ!3秒でいいんだな!?3秒で!?やるなら早くしろーっ!」


 お父様は半場投げやりな態度で返答してきましたが、やることはやってくれるそうですわ。そしてお父様が女悪魔の注意を引いている隙にワタクシは叫びますの。


「千歳様!聞こえていて!?千歳様!今からマースと一緒に貴女を人間に戻しますの!身体が動かせるようになったら!急いで腕に巻いたギアススクロールを身体から外してくださいましっ!」


 これで準備はおっけーですのよ。お父様に時間稼ぎの要請を出しますの。


「お父様!3秒くださいな!」

「しゃああっ!行くぞ!どりゃあああっ!」


 お父様が女悪魔の真正面、両手の届く範囲に突撃し、そのまま目の高さまで一見無防備な垂直ジャンプをしましたわ。


「うおらぁ!千歳ぇ!来いよっ!」

「グオオオオッ!」


 女悪魔が虫でも叩くかのように両手でお父様を叩こうとしますの。女悪魔の両手に左右から挟まれるお父様。ですが左右に剣と鞘でつっかえ棒を作って耐えています。鞘の方は兎も角、剣の方はブシュリと女悪魔の手に刺さり、女悪魔の手から青い血が漏れますの。そのままぐぐぐっとお父様を握りつぶそうと両手に力を籠める女悪魔。潰されまいと耐えるお父様。そしてお父様が叫びます。


「3秒だぁぁ!行けよぉぉっ!」

「行きますわよぉ!マース!」

「はいっ!姉様!」


-タタタタッ-


 ワタクシは即座に女悪魔の両手の間に入り、


「跳びなさいっ!」


 -ぽーんっ-


 腕の間に沿うように真上に背中のマースを放り投げますの。マースもワタクシの両手を蹴って跳び上がります。マースの小さい身体なら、女悪魔の両腕に触れずに間をすり抜けられますわ。

 ワタクシに打ち上げられたマースは、腕の間から素早く下腹部、胸間、口部の順に3点に人差し指で丸を書いていきますの。


「1、2、3!よし!」


 放り投げられた上空で指差し確認をしているマース。思ってたよりも高く放り投げてしまったためこのまま放っておくと落下して地面に激突してしまいますわね。ワタクシは女悪魔の足元から少し離れた位置から即座にジャンプし、


「マース!」

「姉様!」


 空中でマースの伸ばした手を掴み引き寄せてキャッチ。両手で抱っこして着地ですわ。


 -ストッ-


「結果はどうなったんですの!?」


 抱えたマースを地面に下ろしながら、急いで千歳様の方に向き直るワタクシ。マースは念のために自分の杖を拾い直しています。


「アガッ?ガガァッ!?ガアアアアッッ!?」


 不可解な悲鳴を上げる女悪魔。


「うおおっ!?っとぉぉ!?」


 時間稼ぎを終えたお父様も女悪魔の両手から逃れて離れます。


 -ピシ、ピシピシッ-


 女悪魔の身体中に、次々と光るヒビが入っていきますの。そして


 -パリーンッ!-


 漏れ出す強い光。ガラスのようにバラバラに割れていく女悪魔の巨体。

 その中から、全裸の千歳様がポトリと落ちてきましたの。


 -ズシャッ-


「あいたっ!?って、なんで裸!?何この長い髪!?この爪も何!?」


 顔から地面に落ちた全裸の千歳様が、座り込んだまま自分の髪と爪に困惑していますわ。目の色と肌色は元の色に戻っていますの。エルフの耳のように長くなっていた耳も元通りの丸っこい耳へ。でも指1本分くらいに伸びた爪と、腰付近まで伸びた長い髪はそのまま、ただ金色になっていた髪色は黒髪に変わっていますけれど。


「まだですの!千歳様!ギアススクロールを!」

「あっ!そうだ!」


 ワタクシに急かされ、急いで指で右腕の前腕部をトントンと2回叩く千歳様。


 -スゥッ-


 千歳様の腕にギアススクロールが現れましたわ。


「これ!スクロール!どうすればいいの!?」


 片腕で胸を隠しながら腕に巻き付けたギアススクロールをしゅるりと解き、長い爪で掴みづらそうにひらひらと振って見せる千歳様。それを見てマースが杖を投げ捨てて自分の白いマントを外しつつ、素早くたたたたっと千歳様に走り寄りますの。


 -ガランガランッ-


 周りに響くマースが投げ捨てた杖の音。


「マース!どうするんですの!?」


 -トンッ-


 地面を蹴って空中に上がるマース。


「こうしますっ!」


 -バサァ-


「えっ?マース?」


 凄いスピードで走り寄ってくるマースをぽかーんとした顔で見ている千歳様。マースは全裸の千歳様の身体目掛けて自分のマントを投げ被せつつ、千歳様がひらひらと振っていたギアススクロールを空中でクルリと回転しつつ奪い取りましたの。


 -ズサッ-


 片手と片膝を地面をつけつつ見事に着地したマース。その空いた方の手には千歳様のギアススクロールがきっちり握られていますわ。それにしても、マースの動き、魔術師の動きにしては軽やかすぎますの。あの子、普段は飛んだり跳ねたりは苦手ですのに。


(あの子自分にも天恵魔術掛けてますわね。まさか千歳様の前で恰好付けたいが為に自分に天恵魔術を?いえ、ワタクシ達の後ろに寄って来た時に予め自分も強化しておいたんですのね?抜け目が無いというかなんというか)


 そしてマースは顔を上げ、


「これで完了です!姉様!千歳さん!父上!」


 と、戦いの終わりを告げてくるマース。


「終わった?終わったんですの!?」

「助かった?アタシ助かったの!?」


 千歳様と同時にマースへの言葉を発するワタクシ。


「はい!」


 マースは立ち上がりワタクシ達の方へ顔を向けて、ニコッと笑いつつ元気よく返事をしてくきますの。


「はーっ、はーっ、はーっ、やっと……終わったかぁ……流石に……しんどかったぞ」


 肩で息をしながら地面に膝をつくお父様。お疲れ様ですわよ。


「千歳様ー!」

「千歳さーん」


 少し遠くで座ったまま千歳様に手を振るサティとパヤージュ。


「さ、流石に、疲れましたわ……はぁ……」


 ワタクシも身体中の力が抜けて、へなへなと地面に座り込みましたの。


(もう今日は、このまま寝たいですわ)


 そう思って周りを見ましたの。ええ、テントがありませんわ。周りの木はボロボロ、もしくは折れて真っ二つ、骨と皮だけになったゴブリンが散乱して、地面は女悪魔がやったであろうそこらに穴とヒビが。


(えっと、ワタクシの本日の寝床は、どこかしら?)


 さらにワタクシの身体も、両腕の肉はまだ凹んだままですし、あばら骨は変なくっ付き方して痛いですし、ドレスのスカートはサティの止血に使った時に破いてミニスカになっていますし。

 千歳様は全裸にマースの白いマントを羽織ったままキョロキョロしていらっしゃいますし、お父様はへたり込んだまま汗だくでぜぇぜぇ息してますし、サティはまだお腹が治りきっていないのか手で押さえてますし、パヤージュは魔力切れ、平気そうなのはマースだけですの。


(みんなボロボロですわ。今敵が来たら、終わりですわねぇ?なーんて)


 などと縁起でもないことを考えていたところ、


「はっ!?空から、何か来ますわ」


 上空から何かが近づいてくる気配が。


「うっそだろ、もう今日は勘弁してくれぇ」


 そう言いつつも立ち上がるお父様。


「うぇぇっ!?やだやだっ!もう帰りたいっ!おばーちゃーん!メグぅ!」


 気持ちはわかりますわ千歳様。でも泣いても帰れないんですのよ千歳様。


「大丈夫です、千歳さんは僕が守ります!」


 唯一元気なマース、自分で投げ捨てた杖をいつの間にか拾って、ちゃっかり千歳様の隣にいますわ。


「うえぇぇっ!マースぅ!」


 すかさずマースに抱き着く千歳様。ずるいですわマース。羨ましいですわマース。


「お嬢様!あれは!?」


 サティと来たら、まだ腹が痛むでしょうに、無理に立ち上がって杖を構えなくてもいいんですのよ。


「ええと、サティ様、あれは、確か……」


 パヤージュ、貴女は魔力切れなんですから下がっていなさいな。


「しょうがありませんわね……」


 ワタクシも疲れに音を上げる身体に鞭打って立ち上がりましたの。

 各々が月夜の上空を見つめていましたわ。そこに飛んで現れた人物。


 -スーッ-


「あらあら?やっと終わったわねぇ?みんなご苦労様」


 ワタクシ達の前に現れたのは、腰まで伸びる金髪の三つ編みに、紫色のルージュにアイシャドウと言う少々ケバ目のメイク、見せつけるかのように大きく胸元の開いた黒装束に、広いツバと上部の尖った帽子、先端にバイオレットの宝石が付いた杖に乗った魔女、フライア・フラディロッド。流着の民に伝心の儀を行う、通称、大魔女フライア。女性としては少し低めの掠れ声で、彼女は言葉を続けますの。


「あらぁ?みんなボロッボロ。流石に苦労したわねぇ」


 空中で杖に乗ったまま、まるで今まで見ていたかのように涼しい顔で言ってのける魔女。


「あぁぁー、なんだぁ、フライアかよ……お前もうちょっと早く来いよなぁ」


 そう言って安心したのか、お父様は座り直しますの。


「お師匠様!」


 フライアに向けて手をパタパタ振るマース。マースはフライアの弟子ですの。魔術はほとんどフライアから学んだんだそうですわ。他の魔術師が使えない見たことも無い魔術を使うのはこれが原因らしいですの。


「えっ、誰?あの人?」


 そんな中、千歳様は困惑の声を上げるのでしたわ。


「ああ、千歳様は知らないんでしたのね、この方は……」


 ワタクシの説明を遮るように千歳様とマースの前に、スッと杖に乗ったまま移動する魔女。


「私はフライア。フライア・フラディロッドよ。貴方が日高千歳ね?」


 そう言って人差し指で千歳様の鼻をツンツンと触る魔女。


「ああ、やっぱり!ねえ千歳?私、貴女のおじいちゃんみたいよぉ?」


「は?」

「……なんですって?」

「お師匠、今なんて?」


 驚いて目を丸くしている千歳様。魔女の突拍子も無い一言に眉をひそめるワタクシ。聞き間違いと思ったらしく聞き返しているマース。


 自分が千歳様のお爺ちゃん?何言っているのかしらこの魔女は?

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