04.覚醒_04

 キートリー嬢のテントへの移動中、ふと疑問が浮かび上がる。


(見ず知らずのアタシに、なんでこんなに優しくしてくれるんだろう)


 砂浜で倒れていたアタシを救出するだけでなく、マースは兵や側近からアタシを守り、挙句伯爵であるボース自らがアタシを抱きかかえて自分の娘のテントまで連れて行って寝かせようとしてくれている。自分で考えても理由は思い浮かばない。これを全て善意でやっているとしたら相当奇特な人達だ。アタシはボース達に聞いてみた。


「あの、なんでアタシにこんな色々してくれるんですか?今日会ったばっかりなのに……」

「んん?ああ、おめぇさんは流着の民……なあマース、この辺の説明したか?」

「……あっ」


 マースがしまった、と言った顔をする。その単語はアタシも何回かマースから聞いていたが、説明は受けてないので異世界の人間程度の認識しかない。


「なんだぁ?説明してねぇのか。あー、流着の民ってのはな、この俺らの世界、オードゥスルスっつーんだが、ここに島ごと流れ着く異世界の人間の事を流着の民、島の方を流着の島と言う。逆に元々オードゥスルスにいる人間は土着の民っつーんだ」


 ボースが割と丁寧にこの世界について説明してくれている。ここまでおおよそ認識は一致している。が、


(名称があると言うことは、その名で呼ばれる程度には前例がある言うこと?)


 少し気になったので質問をする。


「あの、アタシ以外にも、その流着の民っているんですか?」

「ああ、いるぞ。この大陸、オードゥスルス大陸の周りにゃいっぱいな。ここはそういう世界だ」


(アタシ達だけじゃなかったんだ)


 異世界の島と人が集まる世界。ここではアタシも異世界の人間、流着の民の一人でしかないと言うことだ。


「でだ、この世界に流れ着いた連中は、基本的には遭難者、ワケのわからねぇウチにオードゥスルスに連れてこられて、そのままじゃ生きては行けねぇ訳だ」

「流着する島の大きさと人数はバラバラです。例外として、自給自足で生活出来てる島も稀にあります」


 ボースの説明に、足元のマースがひょいっとアタシの視界内に出てきて補足をする。


「ま、そういう例外もある。んーで、その遭難者である流着の民は、そのまま放っておくと死んじまう。それじゃああんまりだって事で、ウチでは保護してるワケだ。ウチでは、な」


 実際アタシが無人島に持ってきた食料はメグとアタシの二人分でせいぜい3日程度、この世界に迷い込んだ以上あのまま島にいる訳には行かなかった。だがわからない事がある、なので聞いてみる。


「保護してもらえるのは嬉しいんですけど、何か対価とかは……」


(タダより怖いものはないって言うし)


 完全な善意でここまで出来るとは思えない。むしろ完全な善意でここまでやっているとしたら逆に怖い。アタシの質問にマースが答える。


「はい、基本的には異世界の文明に基づいた物品の交換から、文化の伝承、あとは領民と同じく労働をして貰う形になります。物品交換は千歳さんがさっき言ってたちょこれーと、とかがそれに当たりますね」

「基本的に?」


 基本以外何があるのだろうか、気になったので聞き返す。今度はボースが答える。


「ま、簡単に言えば戦争に使える武器と技術だ。異世界の武具にはとんでもなく強力なのもあってな、どこの国も戦争だらけなんで喉から手がでるほど欲しがってるぜ。ウチも慈善事業じゃあないんでな、その辺は提供して貰ってる。あとは望むなら傭兵として一緒に戦ってもらうとかもあるが、まあおめえさんにゃ関係なかろう」


(保護するから戦うための武器供与、技術提供をせよ、か。わかりやすい話で助かるけど。傭兵は、無理、人殺しとか、アタシには無理だよ)


 島には色々持ってきたが、戦争に使えるモノと言われてもパッとは思いつかない。アタシ達が日常で何も考えずに使っていたモノが、この国では途轍もない武器になる事もあるのかも知れないが、少なくともアタシには思い付かなかった。


「そんなもの、持ってきてたかな……」

「ま、最初は物品交換から始めてくれりゃいいさ」

「ちょこれーと!ちょこれーとですよ千歳さん!買わせて頂きます!」


 ボースの足元でマースがぴょんぴょん跳ねている。相当チョコレートが待ち遠しいらしい。アタシはここで一番気になっていた事を切り出す。


「この世界から、元の世界に戻る方法って無いんですか?」

「悪ぃが、その質問にゃ俺ぁ答えらんねえ」


 ぷいっとそっぽを向くボース。マースが補足を続ける。


「この世界そのものの仕組みについては、僕達も全くわからないんです。分かっているのは、ただ異世界の島がこのオードゥスルスに流着するって事だけ」

「そう、なんだ……」


 やっぱり帰れないと知り、落ち込むアタシ。そのアタシを見てか、マースがフォローを差し込んでくる。


「もしかしたら大魔女様なら知っているかも知れません。今度あったら聞いてみると良いと思います」

「そういやアイツ、今回は妙に遅いな。寝てんのか?」

「確かに、ちょっと遅いですね。何か合ったのかも知れません」


 その大魔女様に聞けば帰る方法が分かるのかも知れない。そう考えれば少しは希望が湧いてきた。そう言えばさっきの話で、ボースが気になることを強調していたのを思い出したので聞いてみる。


「ウチではって言ってたけど、この国以外に流着したらどうなるんですか?」


 ウチ以外ではどうなるのか。マースが説明してくる。


「流着の民への対応は、その国、その領主によって様々です。ボーフォート領に流着した場合は、領民の権利が与えられ、大陸のボーフォート領内に住む土着の領民と同じように生活する事が認められます。ですが……」


 マースが言葉を濁す。ボースが続けた。


「ああ、国王直轄領では騎士団等の政府機関に徴用されなければそのまま奴隷。他の国に至っては~、あっ、ジェボードの連中と戦ってた時、たまに傭兵として出てきてたな。でも戦える奴らだけでそれ以外の連中はどうなってるのかわかんねえ」


(アタシは一歩間違えれば奴隷か傭兵だったのか)


 現代では賃金労働者は奴隷などと揶揄されるが、ホンモノの奴隷に国民の三大権利などは存在し無い。よく奴隷は資産だからそれほど粗末にしてなかったという話を聞くが、ここは異世界、ましてや戦争してたり、モンスターの跋扈するこの世界で、奴隷などになってしまえば容易く命を落とすことになるのは想像出来た。傭兵に至ってはモンスターの前に人に殺される。


 アタシが冷や汗をたらしているところにマースが補足を続ける。


「因みに他の国とは、我が国エペカの北西に位置するエッゾ国と、東に位置するジェボード国の2つです。島単体で自給自足をしている小国を除けば、オードゥスルスに存在する国はこの3つになります」

「国が3つ、領地は?」


 先ほどのマースの説明で、国だけでなく領主によっても対応が違うと聞いている。アタシは他の領地について聞いてみるが、ボースが言い辛そうに視線を横に向けている。


「あ、あー、それなんだが……」

「現在エペカに存在自体する領地は、国王直轄領と、ここボーフォート領の2つだけです。そうですね?父上?」


 マースがボースの太もも辺りをつんつんとつついて言葉を促している。


「あーあー、はいはい。隣国、まあ主にジェボードなんだが、そこに攻め滅ぼされた他の領地をウチが取り返して、また他の領地が滅ぼされたら取り返して……を繰り返してたらウチ以外の領地が無くなっちまってな……」


 参ったなという顔をするボース。だが滅ぼされずに取り返していると言うことは、このボーフォート伯爵は隣国との戦争では負けていないと言うことになる。


「ボーフォートは元々東に位置する小さな領地だったのですが、父上の言うようにドンドン肥大化し、今では国王直轄領とほぼ同等の大きさを誇る大領地になっています」

「俺ぁこんなデケェ領地統括すんの性に合わねえんだよなぁ……と言うかあいつら、田舎貴族の貴公の手は借りん!とか言っておきながら、次の日には城が落ちてるんだぜ?俺ぁ何回救援に行って逆に攻城戦やらされたかもう覚えてねえよ。最後の方なんか最初っから攻城兵器持ってったぞ。そもそもだな……」


(ただのハゲじゃないんだ、このオッサン)


 アタシはついにブツブツと愚痴を言い出したボースの光る頭を見つつそんな事を考えた。


「まあ、話が大分逸れたが、お前さんがウチの領地内の流着の民だから助ける。まあそういう事だ」


 ボースはそう言ってくれるが、それにしたってこの待遇は良すぎる。いくらアタシを優々と持ち上げる力自慢だとは言え、普通の領民を自分の娘のテントに寝かせるために抱きかかえて移動してくれる伯爵なんて聞いたことがない。そこが引っ掛かるアタシはボースに問い詰める。


「普通の領民には、ここまでしないですよね?なんでアタシには、ここまで……」

「あっ、あ~、その、なんだ?今日はそういう気分なんだよ。こまけぇこたぁいいんだよ、おめえさんは気にしなくても」


(なんかはぐらかされてる)


 ボースには何か言いづらい事情があるらしい。あまり問い詰めて怒らせてもアタシが困るだけなので、それ以上は問い詰めないことにした。


「僕は、その、千歳さんがとても素敵な人だから……ああっ、いいえっ、それだけじゃなくてっ」

「マース……」


 マースはアタシをいたく気に入ってくれているから、らしい。マースはさっき可愛いと言ってくれていた時は真顔で真っすぐにアタシを見て言ってくれていたが、流石に親の前でそういう話を宣言するのは恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてしどろもどろだ。

 そのマースの様子を見たボースが何か感心したようにうんうんと頷いている。


「そうかぁ~、マース、お前もそういう年になったかぁ~?」

「あっ、いや、その、僕は、千歳さんのことは……好き、です、けど」


(直球で言われるとやっぱり、ちょっと恥ずかしい)


 ボースに指摘され、しどろもどろのまま答えるマース。アタシはアタシで素直に言われると恥ずかしい。そんなアタシ達の様子を見て、ボースがアタシに聞いてくる。


「そういや、おめえさん歳いくつだ?二十歳くらいか?」

「えーっと、あの、32歳です」

「……意外と、いやなんでもねえわ。俺の13歳下か」


(意外と?この世界の見た目年齢基準がわからない)


 どうもアタシはやたら若く見られていたらしい。とりあえずボースはアタシの13歳上、45歳、見た目相応と言うか、いや、ハゲてるからって事じゃないんだけど。


「千歳さん!僕は14です!でも年齢なんて関係ありません!」

「あ、ありがとう?マース」


(小学生くらいだと思ってた)


 ぴょんぴょんと跳ねてアピールしてくるマース。マースは身長と声からもっと小さいと思っていたが、それほど幼い訳ではないようだ。


 そんな他愛もない話をしている内に、目的地に到着した。


 ここがキートリー嬢のテント前である。アタシが元居たテントよりずっと大きく、ところどころ金ラメ入りで、光る球体の照明に照らされキラキラ光って見える。


「おい、キートリー!いるかー?このねーちゃん預かってほしいんだけどよぉー!」

「姉様!マースです。いらっしゃいますか?」


 中に聞こえるよう大きな声で呼びかける二人。

 暫く置いた後、テントのカーテンを開けて、使用人と思わしき若い女性が出てきた。


「旦那様、お嬢様は嫌だとおっしゃっております」

「かーっ、相変わらず手厳しいなあ」

「姉様!どうかお願いします。今夜だけでもいいので!」


 テントの中の反応は無い。アタシは長々と二人と話し、緊張も恐怖もどっかに飛んでいってそろそろ自分で歩けそうだったので、ボースに頼み下ろしてもらう。


「あの、ボースさん、アタシもう立てると思うので一旦下ろしてもらってもいいですか?」

「お?おおよ、ほれっ」

「よっと、あ、よしよし、大丈夫みたいです。ボースさんありがとうございました」

「おう、いいってことよ」


 アタシがボースに頼んで地面に下ろしてもらう間に、緑色の髪をした若い女性がテントからひょっこり顔を出していた。アタシは地面に下り、ボースにお礼を言ってからその存在に気付く。その緑髪の女性は、めちゃくちゃアタシを睨んでいる。

 だが相手がどういう態度であれ、礼儀と言うのは重要である。アタシは緑髪の女性に睨まれながらも、彼女に対して名乗りを上げ、挨拶を交わそうとした、が、


「あの、どうも、アタシ、日高千歳と言います。どうかよろしくお願い……」


 -バサッ-


「嫌ですわ!なんでこのような流着の民を、ワタクシのテントに泊めなければいけませんの!?」


 緑髪の女性はアタシの言葉を遮りつつ、猛烈な勢いでテントから出て来て、父親に抗議の意思を伝えた。

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