04.覚醒_05
アタシの目の前で、自分の父親に猛烈な抗議を続ける緑髪の若い女性、彼女がキートリー嬢らしい。
「キートリー、今日一日だけでいいって言ってんだろぉ?」
「お父様!そもそもこの女の回収で!討伐隊の予定が!既に一日!遅れていますのよ!?なのになんで!ワタクシがそこまでしなければ!い・け・ま・せ・ん・の!!」
(ボースはキートリー嬢のこと、ちょっと気の強い跳ねっ返り娘、って言ってたけど、ちょっと?)
大変お怒りのご様子で、父親のボース相手に指差しながらぐいぐい詰めて行くキートリー嬢。静かな闇夜に彼女の怒りの声が響き渡る。どうも話を聞いていると、アタシを拾ったせいでボーフォートの軍のゴブリン討伐の予定が1日遅れてしまっているらしい。この世界の軍隊の仕組みとかはアタシはよくわからないけど、予定が延びればそれだけ用意してあるであろう食糧や消耗品などが減っていくのは想像できる。どこの馬の骨とも知らないアタシ一人のために、軍隊の予定が丸ごと遅れ、追加で補給などの手間が増えるのだ。そりゃあ不機嫌になる人も出てくるだろう。だがアタシは目の前の彼女、キートリーお嬢様がそれで怒っている理由がよくわらかなかった。軍の管理については長であるボースが考えることである、このお嬢様には関係ないようにアタシには思えた。この子はなんでそんなに怒っているのか。
(いや、待った、この子、ただのお嬢様じゃない。戦う人の身体をしてる)
その物腰と言動から、普通?の性格キツメのお嬢様かと思っていたが、このキートリー嬢もなかなかの長身だった。ボースがデカすぎてぱっと見の比率で気付けなかった。180センチ、までは行かないかもだが、それに近い身長。靴はハイヒールなどではない普通のブーツでこれだ。さらに赤いドレスの隙間からチラチラと見える引き締まった筋肉と幾つかの傷跡。年齢こそ若いものの、その身体は歴戦の戦士と思える身体だ。髪は緑色のウェーブの掛かったロングヘアで、目はマースと同じ朱色だが、弟とは違ってツリ目であり、そして、
(あの目、三白眼って言うんだっけ)
白目に対して瞳が小さい。ツリ目と合わさって目つきがかなり鋭く見え、余計に性格がキツそうな印象を受ける。
(この子、もしかして戦いの予定が遅れたから怒ってる?)
少々突飛な考えだが、ここは異世界だ、戦いが好きなお嬢様だっていたっておかしくはない。そのキートリー嬢がアタシを指差し吠える。
「そもそもあの服!ワタクシの狩り用の服ではありませんの!?」
(狩り用の服?ってゴブリン討伐を狩り扱い?)
彼女はさらっと言いのけたが、アタシがあの村で戦ったゴブリン達はとてもじゃないが狩りなんて軽々しく言えるような相手ではなかった。斧やこん棒を持ったゴブリンの群れ、正確な射撃をしてくる弓ゴブリン達。ゴブリン討伐隊からも、先行してしまったあの村出身者の一団と、捜索に出たチョコエルフの一団で、既に犠牲者が何人も出ている。キートリー嬢が威勢だけのお嬢様で無いならば、いったいどれだけの実力を持っているのか。
「何故その女が着ているのですお父様!?」
「しょうがねえだろぉ、千歳は素っ裸で倒れてたってんだから、お前の服借りるしかねえだろうよ」
(なるほど、アタシが女物の服なのにちょっとキツイ程度で普通に着れてるのは、このキートリー嬢の服だからか)
アタシが今着ているこのズボンとブラウスは、キートリー嬢から借りた服らしい。彼女のボースへの言いようを聞くに、どうも勝手に借りてしまっているようだ。
アタシが服の持ち主の正体に気付いたところで、服を着せた犯人も判明する。後ろで控えていた使用人の女性が、キートリー嬢の隣にスッと移動し、
「因みに、私が千歳様にお着せ致しました」
サティと呼ばれたメイド風の恰好をした若い女性は、自分の主人に悪びれもせずそう告げる。
「サティ!貴女と言う人は!ワタクシは貸衣装屋ではありませんのよ!」
自分の使用人に半ギレ顔で振り向きつつ文句を言うキートリー嬢。怒るキートリー嬢に対して、サティはどこ吹く風と言った表情で余所を向いて知らん風を装っている。二人は主人と従者と言う関係にしては随分気軽な感じを受けた。
そんなキートリー嬢が振り向いた拍子に、アタシは彼女と目があってしまう。それでキートリー嬢は何を見つけたのか、ズカズカと詰め寄って来てアタシの腕を掴んだ。
「ちょっと!ボタンが!ワタクシの上着のボタンが!千切れ跳んでいるじゃありませんの!?」
彼女が言っているのはアタシが来ているブラウスのボタンの事だろう。上半分のボタンが千切れ跳び、ボタンを縫い付けておいた糸が数本伸びているだけになっている。
「貴女!ボタンは!?これは何をしたんですのよっ!?」
「こ、これは……」
彼女の言葉に、アタシはこのブラウスのボタンを千切り飛ばした犯人の顔を思い浮かべてしまう。異様な血走った眼をしたグレッグの顔。あの時グレッグはアタシの胸目掛けて服の上から無理やり手を突っ込んで来た。その拍子にブラウスのボタンの上半分が千切れ跳んだのだ。アタシの脳裏にグレッグの顔と身体を弄られる感触が蘇る。
「あの……あっ……ああ……」
(怖い、怖い、怖い)
あの男達の顔を思い出すだけで、体中に悪寒が走る。アタシは次第に顔面蒼白になり、平常心を失いだす。
「あら?貴女?いえ、そこまで怖がらせるつもりはなかったのですけれど……」
彼女は掴んでいるアタシの腕をそっと離し、アタシの様子に不思議そうに首を傾げた。キートリー嬢は自分がアタシを怖がらせたと思っているらしい。だが違う、アタシはあの時の恐怖と悪寒から震えあがっているのだ。
「貴女?ちょっと?どうしましたの?大丈夫ですの貴女?」
キートリー嬢はアタシの異常なまでの怯えように流石に心配になってきたのか、不思議そうにアタシの顔を覗き込む。
「千歳さんっ!」
マースがアタシの様子に気付いたのかアタシ達の間に割って入った。
「あら、マース?」
「姉様!事情が!これには事情があるのです!」
自分の姉君に必死に訴えるマース。弟の真剣な表情に何かを悟ったのか、キートリー嬢は腕組みをしながらボースに向き直る。
「どういうことですの?お父様、キッチリ説明して頂ける?」
再びボースに向き直ったキートリー嬢。眉間に皺を寄せながら父親に説明を求めた。
「あぁ、これはだな……」
ここでボースとマースがこれまでの経緯をキートリー嬢に話した。アタシがマースの眠りの魔法で眠らなかった事、まだ伝心の儀を終えていない事、ジェームズとショーンたち前戦キャンプの兵達に次々に襲われた事、マースとボースへの報告へ行っていたハズのグレッグまでもがアタシの前で変異した事など、だ。
「……ということなんです、姉様」
「そういうワケでキートリー、お前に千歳を保護してほしいんだよ、ここなら他に男はいねぇだろ?」
ボースによると、アタシは男性に襲われやすい体質になっているらしい。よって女性しかいないこのキートリー嬢のテントなら安全だ、というのがボースの主張だ。アタシは元の世界ではそんな体質ではなかった。どこでそんなことになってしまったのかさっぱりわからない。キートリー嬢は怪訝な表情をしたまま何かを考え込んでいる。
そこでボースが何かを思い出したらしく、アタシを指差しながら告げる。
「ほれ、おめえさんの身体の匂い。これな、前どっかで嗅いだことあるなと思ってたんだけどよぉ」
(アタシの身体の匂い?そう言えば、襲ってくる男達が口々にアタシの匂いについて言ったけど)
「父上、千歳さんの匂い、ですか?確かに、いい匂いがしますけど」
「ふんふん、なんですの?この匂い」
マースとキートリー嬢が不思議そうにクンクンとアタシの匂いを嗅ぎ出す。
「ああ、これな、媚香、つまり媚薬だ」
「えっ?」
「え?」
「は?」
アタシとマースとキートリー嬢、三人で疑問の声を上げる。
「媚香?ですか?父上」
「ああ、ちょっと匂いが強めだが、こりゃぁ媚香だ。異性を惑わす媚薬の一つでな、娼館が客との性交渉で使ったり、イカれた貴族が奴隷相手使ったりしてる」
媚香と言われ、心当たりが一つあった。サラガノに貰った青い宝石の付いた香水だ。アタシはあの香水は体力を回復させてくれる便利アイテム程度にしか考えていなかったが、あの香水がその媚香の可能性がある。隠しててもしょうがないので思い切ってボースに打ち明けてみる。
「あの、アタシ、サラガノっていう飛龍に乗った騎士に青い宝石の付いた香水を貰ってて、それ、何回か使っているんですけど、何か関係ありますか?」
「サラガノに会ったんですの!?」
横からキートリー嬢が驚いた表情で話題に割って入る。
「なんだぁ?おめえさんサラガノにもう会ってんのか?」
「え?はい、その時は今みたいに言葉が上手く伝わってなかったんですけど、確かにサラガノって名乗ってた、と思う」
この世界に飛ばされてすぐ、飛龍に乗ってやってきた銀色の髪の男を思い浮かべる。どうもボースもキートリー嬢もサラガノを知っているようだ。こういう事はマースに聞くのが手っ取り早い。
「マース、サラガノって有名なの?」
「はい、その名をサラガノ・サランドラ、国王陛下直轄の飛龍騎士団の団長です。彼の強さとその飛龍の速さから、閃光のサラガノ、などという異名で呼ばれたりしていますね」
マースが丁寧に説明してくれる。
(あの銀髪褐色イケメン、そんな有名なやつだったのか)
アタシがサラガノの正体に感心していると、横のキートリー嬢がキレだした。
「ワタクシ達よりにサラガノが貴女と会っていた、ってことはつまりそれ協定違反じゃありませんの!?サラガノぉぉ!今度あったらトーヴィオンの海に沈めてあげますのよぉ!うがー!」
空に向かって両手の握り拳を振り上げ叫ぶキートリー嬢。お嬢様は相当お怒りだ。
「姉様、姉様、落ち着いてください」
「まあまあ、キートリー、その話ぁこっちで詰めるから今は後だ。で、おめえさんサラガノに香水貰ったって?」
怒れるキートリー嬢をマースと一緒に宥めつつ、ボースはアタシに向き直る。
「うん、青い宝石の付いた小瓶に入った香水で、嗅ぐと身体と気分がすぅっと軽くなって疲れが取れるんですけど、あれ媚薬なんですか?」
「いや、そらぁただの強壮剤だな。匂いを嗅ぐと体力が回復する異世界の魔法具の一つだ」
「あれ、じゃあアタシの媚香ってどっから来たんですか?」
思い当たる節があの香水以外なかったので、アタシは答えに行き詰まる。
「ゴブリンがそんなもの持ってるとは聞いたことねぇしなぁ……すまん、わかんねえわ」
ボースは少し考え込んだ後、肩を竦めた。ボースも当てがある訳では無いらしい。
「因みに千歳さん、その香水、今どこにあるかわかりますか?」
マースが香水の所在を聞いてくる。香水の入った小瓶は、ゴブリンと戦った村でウエストポーチにしまった後、どこかへ行ってしまったので今は持っていない。
「あー、ウエストポーチに入れておいたんだけど、あっ、ウエストポーチってのはアタシの世界での腰に付ける袋ね。で、あの砂浜で失くしちゃったみたいなの」
「うーん、そうですか。あ、でももしかしたら僕の小隊の誰かが拾っているかもしれません。戻ったら聞いてみますね」
「うん、お願いね、マース」
あのウエストポーチには香水の他にもいろいろ島から持ってきたサバイバルキットが入っている。取り戻せるなら取り戻したい。そう思いマースに頼んでいたところ、怒りから覚めたキートリー嬢が何か疑問に思ったらしく聞いてきた。
「この媚香、同性であるワタクシとサティは兎も角、お父様とマースが平気なのは何故なのかしら?異性を惑わすのでしょう?」
「あっ、そう言えば……ボースさん達はなんで平気なんですか?」
キートリー嬢の疑問もその通りだ。マースもボースもアタシの匂いは嗅ぐものの襲ってきたりはしていない。因みにサティさんはアタシ達の後ろで目を瞑ったまま黙って佇んでいる。
「そらぁお前、鋼の心!強靭な精神!ってやつよ、ガハハハ!」
「説明になっていないですわ、お父様」
豪快に笑うボースとそのボースに呆れ顔でつっ込むキートリー嬢。その様子を見ていた隣のマースが不思議そうな顔をしてアタシの手を掴んで聞いてくる。
「僕は……なんで平気なんでしょう?」
(アタシもよくわからない)
この世界はアタシにとっては分からない事だらけ過ぎる。アタシはマースの手をそっと握り返しながらマースに聞き返した。
「なんで……なんでだろうね?」
そんなマースに向けてボースの無粋な発言が飛んだ。
「子どもだからじゃねえのか?」
「むう」
マースはボースの言葉に不満だったのか少し頬を膨らませムッとした顔をした。
(かわいい)
年齢に反した凛々しい佇まいの中に、時折混ざる子どもっぽさとのギャップがマースの良さだ。アタシはマースの手の暖かさを感じながらそんなことを思う。キートリー嬢はそのアタシ達を見ながら、
「アナタ達、さっきから随分と仲がよろしいのですわね?」
と、何か不快なのかジト目でアタシの目を見て言って来た。
「えっ?そ、そうですか?」
(あれ、姉君の前でマースといちゃつく、って言っても手を繋いでるだけだけど、良くなかったのかな)
アタシの心配を余所に、マースはアタシの手ごと繋いでいる手を誇らしげに掲げる。
「千歳さんに触れているととても安心するのです。姉様も千歳さんと手を繋いでみると良いと思いますよ」
「いいえ、ワタクシは遠慮しておきますわ」
マースの言葉に拗ねるようにぷいっと明後日の方向を向くキートリー嬢。素っ気ないような態度に見えて、ちょっと羨ましそうな顔に見えるのはなんだろう。
(マースと手を繋ぎたいのかな?素直になれないお年頃ってやつ?)
そのアタシ達を見ていたボースも話題に割って入る。
「キートリー、俺と手繋ぐか?な?」
「結構です!お父様!」
ボースの差し出した手をパチンと叩き、すっぱり断るキートリー嬢。しょんぼりと項垂れるボース。
(この年頃の娘を持つ父親は大変だなぁ)
などと他人事のように思うアタシだった。
そこでなんとか立ち直ったボースが話を再開し出す。
「でだ、そういう訳で千歳を保護してほしいんだが、キートリー、いいか?」
「まあ、このテントにはワタクシとサティの二人だけですし、事情が事情ですの。このまま戻られて兵達に蹂躙されてしまっては、ワタクシも気分が良くないですし……」
「じゃあ……」
アタシが期待の眼差しでキートリー嬢を見る。キートリー嬢はどこからか取り出した扇を畳んだままピシッとアタシに差し向けつつ言った。
「日高千歳?と言いましたか。泊まって行きなさい。今日だけなら認めます。いいですわね?今日だけですのよ?」
「あ、ありがとうございます!キートリーお嬢様!」
キートリー嬢のお許しが出た。ほっと胸をなでおろす。本当にありがたい。
「流石キートリー!流石俺の娘!」
「お父様!茶化さないで下さいまし!」
ボースがキートリー嬢をちょっと大げさに褒める。照れ隠しなのか父親の背中をバシバシと叩くキートリー嬢。ボースの巨体が少しよろけている、キートリー嬢は相当強い力を持っているらしい。
「では姉様、千歳さんをよろしくお願いします」
「ええ、任されましたわ、マースも気を付けて帰るのですわよ」
(父親には兎も角、弟には優しいんだな)
そう思いつつ、アタシはマースから手を放し、ボースとマース見送る。だけど、
「マ、マース……あのっ」
アタシはまだマースと離れるのがちょっと心細い。
(マースに一緒に居てほしい)
「大丈夫です、千歳さん、また明日の朝来ますから」
「まっ、今日はゆっくり寝ろ。疲れてんだろ?寝とけ寝とけ。ああ、あと、その媚香も一日寝りゃだいたい取れるからな」
そう言ってくれる二人。確かに、今日はとても疲れている気がする。今日一日で色々あり過ぎた。
「うん、ボースさんもありがとう」
「おうよ、そんじゃあまた明日だ」
そう言って二人はは去っていった。
マースの後ろ姿を見送ったまま呆然と立ち尽くすアタシ。そのアタシを見かねたのか声を掛けてくるキートリー嬢。
「何やってるんですの、早くテントに入りなさい?このままではテントが冷えてしまいますの」
「あっ、ごめんなさい」
「千歳様、こちらへどうぞ」
キートリー嬢がテントのカーテンを開けながら、アタシにテントへ入るよう促す。アタシは後ろのサティさんに連れられてテントの中に入った。
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