03.ゴブリンの村_03

 メグの悲鳴が聞こえてから走り出したアタシは間もなく砂浜へ到着し、桟橋の隣のボートに居るはずのメグの姿を探す。そこには異様な光景が広がっていた。


「な、何あれ……」


「いやあああっ!離してぇっ!」


 メグの乗っているボートの周りの海面から、ヌメヌメと光るほんのりピンク色の触手の様な物が、大小合わせて十本近くもゆらゆらと生えている。触手は小さいものでも私の腕くらいの太さがあり、長さに至っては10メートル以上はある。

 その触手はボートを包むように巻きつきながら、ボートに乗っているメグの身体にも巻き付いている。


 -ミシミシッ-


 触手の締め付ける力でボートが軋む音がする。メグはその上で触手に巻き付けられ苦しみ悶えていた。


 -ギリギリギリ-


「あぐっ、ぐううぅっ!苦し……ああああっっ!!」


 触手の絞めつけから来る苦痛によりメグは悲鳴をあげ、涙を流しながら苦悶の表情をしている。触手はメグの太ももから腕ごと胸辺りまで簀巻きの様にグルグルと巻き付いており、メグは身動きが取れない。

 アタシはあんまりな出来事にチョコエルフを抱えたまま呆然としていたが、


「ああっ!?千歳ちゃんっ!?ちと……ぐううぅぅっっ!」


 メグのアタシを呼ぶ声を聞き、我に返る。


「メグ!メグっ!今助けるからっ!」

「うぐぅっっ!いあぁっっ!!」


 触手がメグの身体への締め付けを強めていく。触手は余ってる手でボロボロの桟橋にも巻きつき、


 -ミシッ、バキバキッ!バキィッ!!-


 桟橋を完全に破壊してしまった。もうボートへは歩いては近付けない。


「ち……とせ……せんぱ……来ちゃ……逃げ……モゴォッ!?ンンッ!?ンンンーッ!!」


 触手の先端がメグの口の中にねじ込まれ、メグは悲鳴すら上げられなくなる。


「メグっ!!」

「ンンーーッッ!!」


 あんな太いものが奥まで入ってきたらメグが窒息してしまう、いや窒息どころか顎が外れて喉が破れるかもしれない。もう一刻の猶予もない。


「ごめん、キミはここでちょっと待ってて。必ず戻ってくるから」


 相変わらず気絶したままのチョコエルフにそう告げ、アタシは砂浜にチョコエルフを下ろす。


(正直、あんなデカいのどうやったらいいのかわからないけど、迷ってる暇はない。メグからあの触手を引っぺがす!)


 桟橋は触手に完全に破壊されもう渡れない。アタシはボート上まで行く方法を考える。


(跳ぶしかない!砂浜から跳んでボートに乗り移る!)


 ボートまでは距離的にはそこまで遠くはない。砂浜に足を取られ飛距離が短くなることを鑑みても、アタシの跳躍力ならギリギリ乗れる算段だ。アタシは助走を付け、砂浜から一気にボートまで跳び上がる。


 -ザッザッザッ!-


「だああああーっ!」


 -ザザッ!-


「せりゃああああーーっ!!」


 アタシは壊れた桟橋を飛び越え、ボート上を目指して宙を舞う。


 -ドダァンッ!-


「あいたっ!?」


(痛っつー!座席の事忘れてた!でもよしっ!届いた!)


 決して広くはないボートの後部座席にぶつかり転げながらもボート上に着地する。上を見ると触手に巻き付かれ口に触手をつっ込まれた状態のメグが見える。メグの喉は過度に膨れ上がり、触手がより奥へ侵入しているのがわかる。


 -ギリギリギリ-

 -ニュルニュルッ-


「……ッ……!ッッ……!」

「メグッ!」


 何かを叫ぼうとしているが喉に入り込んだ触手により声にならなず、涙を流しながらアタシを見るメグ。触手のメグを巻き付ける音がアタシにも聞こえる。早くメグから触手を剥さないと、窒息する以前にメグが千切れてしまいそうだ。


「クソッ!お前っ!メグを離せっ!」


 アタシはメグの胴体に巻き付いている触手に掴みかかった。手で触手を引っぺがそうとするも、ヌルヌルしておりいまいち上手く掴めない。


(ヌルついて上手く掴めないっ!ならこっち!)


 アタシは胴体の触手を諦め、メグの口に入り込んでいる触手を腕で抱き込むように包み、腕ごと引っ張る。


「ふんっ!ぐぐぐっっ!っこっのっ……このおおおおぉぉっっ!!」


 -ニュルニュルニュルッ-


「ッ……!ッッ……!!」


 苦しみ悶えるメグ。アタシの方は僅かだが引っ張り上げている感覚がある。


(このまま、全部引き抜くっ!)


「うおおおおおーーーりゃあああーーーっっっ!!」


 -ニュルニュルッニュルンッ-


「ンンーッ!?ぅぅううぇぉばぁっっ!!」


 -ビチャァッ!ビチャビチャッ-


 触手がメグの口から引き抜かれ、外に出る。と同時に触手に胃まで侵入されていたのかメグが激しく嘔吐し、メグの吐しゃ物がアタシの身体に掛かる。昨日メグが食べたお弁当のご飯粒と思わしき吐しゃ物があるのがわかる、もっとよく噛んで食いなさいよ。あと胃酸の酸っぱい臭いがすごい臭う。


「ぅげぼぉっ!?げほっ!げほっ!」

「メグ!しっかりして!今コイツを全部剥すからっ!」


 苦しそうにげほげほと嘔吐くえずくメグ。なんとか触手をメグの口から抜いたものの、依然としてメグの身体には触手が巻き付いたままである。こいつを剥さないとメグを救出できない。アタシはさっきと同じ要領で腕で触手を抱き込みメグの身体に巻き付いている触手を剥そうとするが、触手はメグの身体にめり込むくらいにピッタリと巻き付いており、腕を挟み込む隙間が見当たらない。


「クソッ!このクソ触手!どこか掴めるところはないのっ!?」


 などど悪態を付きながらメグの身体の触手を剥そうと夢中になっているアタシ。夢中になりすぎて、他の触手の動きなど全く確認していなかった。


 -ブゥンッ!-

 -バキッ!-

 -メリッ!-

 -ボキッ!-


「あっっ!?」


 何かが左側からアタシに激突し、身体が宙を舞う。アタシには何が起きたのかわからない。何故かボートを離れ、壊れた桟橋の上を通り砂浜に飛ばされている。


(何?何で?)


 -ズシャアッ!-


「げっはぁっっ!?」


 アタシの身体が左側を下にして砂浜に叩きつけられた。と同時にアタシの左腕に激痛が走る。


「いっ、ぎああぁぁあああぁぁっっっ!?」


(痛い痛い痛いっ!なんでっ!?)


 アタシは激痛に悲鳴を上げる。ここまでの激痛は産まれて初めての痛みだった。


「あっぐっ、うぐっ、ぐぅぅっ……ふーっ、ふーっ、はーっ、はーっ」


 涙目のままなんとか呼吸を整えて心を落ち着かせ、立ち上がろうと砂浜に左手を着こうとする。


「いっぎっ、ああぁあっっっ!?」


 また左腕に激痛が走り、アタシはバランスを崩し砂浜に突っ伏す。


(なんでっ……なん……えっ?)


 自分の左腕を見たアタシは、普通は曲がらない方向へ曲がってしまっている自分の左腕を見てしまう。さらに左腕に付けておいた丸い盾は粉々に砕け散って原型を留めておらず、バラバラになった木片が左腕にいくつか突き刺さっている状態になっていた。


「えっ、う、嘘でしょ、アタシの腕、こんな……いぎっ、あぐっ!ぐっ、ぐぅぅっ……ふーっ、ふーっ、はーっ、はーっ」


 必死に息を整え、左腕に走る激痛に耐えながら状況を確認する。


(アタシの左腕、完全に折れてる。さっき吹っ飛ばされた時に折れたんだ。付けてた盾ごと持っていかれたっ!右腕は?右は動くけど、腹も背中も痛い)


 右腕を軸に回転し、うつ伏せから仰向けになる。動くたびに左腕から激痛が走る。


「あぐっ!ぐっ……」


(そうだ、メグは、メグは無事なのっ!?)


 動く右腕でなんとか立ち上がり、ボートの上のメグに目を向ける。メグは依然としてボートの上で触手に巻き付かれていた。だが触手の巻き付きの強さのせいか最早意識が無い様で、ぐったりとしている。


「メグ……メグッ!」


(助けなきゃ、助けなきゃ……でもあんなのどうやって?もう左腕は動かない、もう触手を引っ張る力なんて出ない。それにさっきの攻撃をもう1回されたらアタシはどうなる?)


 ボートの上でがくんっと項垂れるメグ。


(どうすればいいの?どうしたらいいの?誰か、誰かメグを、このままじゃ、メグが)


 アタシは戦意を喪失しつつあった。メグを失うかもしれない恐怖に震えていた。メグを助けることはアタシの力ではどうにも出来ないかもしれない。誰か、誰でもいいから、助けてほしかった。そこでアタシの視界に砂浜で気絶したままのチョコエルフが目に入る。


(この子なら、あの魔法なら)


 アタシはチョコエルフの傍にしゃがみ込み、懇願した。


「お願い、目を覚まして、メグを助けて……都合のいい事言ってるってのは分かってる。でもメグは、アタシの友達なの。いつも一緒に居てくれて、いつも一緒に笑ってくれて、いつも助けてもらって、大切な友達なの……お願い、起きて、起きてさっきの魔法でメグを助けてよぉ……お願い、起きて……お願い……助けてぇ……」


 アタシは泣きながら懇願する。だがチョコエルフは僅かな呼吸をしたまま気絶から目を覚まさない、目を瞑ったままだ。アタシはチョコエルフのその顔を見て我に返る。


「……あははっ、そうっ、そうだよね。アタシ何言ってんだろ、自分でやらなきゃ、アタシがメグを助けなきゃ、アタシがやるんだ……」


 アタシは恐怖を振り払い、意を決して立ち上がる。


(まだ右腕は動く。走ればボートにも届く。右腕一本でも、メグを、アタシがメグを助けるんだ)


 既に使い物にならない左腕を腰のベルトに無理やり挟み、固定する。


「ぐっ……ぐぅぅぅぅっ!ふーっ、ふーっ、これぐらいっ!いぎっ、こ、これぐらいっ!!行くぞっ!行くぞっ!行って、メグを助けるっ!」


 アタシは助走を付け、砂浜からボート目掛け跳び上がる。


 -ザッザッザッ!-


「うああああーっっ!!」


 -ザザッ!-


「だああああーーっ!!」


 アタシは壊れた桟橋を飛び越え、宙を舞い、ボートまで跳ぶ。


(あと少しっ!届けっ!)


 だが、触手はアタシのボートへの再接近を許してはくれなかった。


 -ブゥンッ!-


 空中のアタシ目掛けて右側から太い触手が叩きつけられる。アタシは咄嗟に右腕で頭を守った。


 -メリッ!-

 -ボキボキッ!-


「あぎっ!?」


 自分の腕の骨が折れる音が聞こえた気がする。アタシの身体は触手の一撃によって再び砂浜に叩きつけられた。


 -ズシャアッ!-


「うぎゃああああぁぁぁぁっっっっ!?」


 アタシの両腕に激痛が走る。痛みで頭がどうにかなりそうだった。仰向け状態で砂浜に落とされたが、右腕も普通では曲がらない方向へ曲がってしまっていた。

 さらに頭痛がする。さっきの触手の攻撃を右腕でガードしたつもりだったが、右腕はこの通りポッキリ折れてしまっており、触手の攻撃を防ぎきれずに頭に攻撃を貰ってしまっていた。眩暈がする、視界が狭くなっている。


「はーっ、はーっ、はーっ……」


 それでもなんとか顔を上げ、メグの方に視線を向ける。だが目に頭部から垂れた血が入り、視界が赤くなる。


「はーっ、はーっ、はーっ……メグ、メグ……」


 メグはボートの上で触手に巻き付かれたまま最早ピクリとも動かない。


「あ……あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っっっっっっっっ!!」


 アタシはメグの様子を見て慟哭した。もう、助けられない、助からない、一緒に笑う事も出来ない、一緒に泣く事も出来ない。悔しかった、メグを助けられなかった事が悔しかった。アタシがメグを守るって約束したハズだった、でも守れなかった。自分ならメグを守れると思っていた、でもアタシにそんな力はなかった。

 アタシは絶望に打ちひしがれる。頭を打った衝撃で意識が朦朧としていて、視界も赤く、両腕は折れて動かせない。それでも仰向けから腹筋だけで起き上がり、激痛に耐えながらなんとか立ち上がる。もう無駄だとはわかっているが、せめて最後までメグの傍に居たい。そう思ってよろよろとボートに近づいていく。

 その時だった。


 -キィィィン-


 どこかで聞いた甲高い音と共に、メグが左腕に付けている青い宝石の付いたブレスレットが、強く光った。


「えっ?」


 -シュィィィ-


 メグが青色に光る透明な膜に包まれていく。それと同時にメグの身体に巻き付いている触手が透明な膜に追い出されるようにメグの身体から離れて行く。透明な膜はメグ一人をすっぽりと包むくらいのボール状の大きさになるまで広がり、そこで止まった。


「メグ?」


 メグの左腕のブレスレットは青く光り続けている。メグはメグを包む丸い透明な膜の中心に守られるかの様に浮かんでいる。


「サラガノがくれた、ブレスレット、なの?」


 アタシはアレがメグがサラガノに貰ったブレスレットだという事を思い出す。そう言えばアタシが貰った青いガラス瓶の効果は知っていたが、ブレスレットの方の効果は知らなかった。ただの装飾品だと思っていたが、違ったようだ。だが、


「遅い、遅いよぉ……なんで?なんで、もっと早く……」


 メグがああなってしまってから守られても遅いんだ。メグはもうきっと助からない。


 -ミシミシッ-

 -グルンッ-

 -ザバンッ-


「あっ?」


 アタシがメグとメグを守る透明の膜をじっと見ていた時だった。ボートに巻き付いていた触手が、ボートを手放した。その際にボートがひっくり返り、転覆してしまった。メグは透明な膜ごと海面に浮いている。

 そして今度は、メグを守る透明な膜を触手が包むように巻き付いていく。触手に包まれみるみる内に見えなくなっていくメグ。


「何を……?」


 完全に触手に包まれたメグとメグを守る透明な膜。触手はそれを海中へ引きずり込んでいく。


「やめて……やめて……やめて……やめて……やめてぇぇええぇぇええっっ!!」


 触手はメグを透明な膜ごと海中へ引きずり込み、そのまま沖へ出て行く。


「メグを、メグを返して……返してよぉ……返して……メグ……メグ……」


 次第に離れて行くメグに手を伸ばそうとしても、ただ痛いだけで腕は動かない。だらりと垂れ下がる腕をそのままに、アタシはメグの名を叫び続けた。


 そうして、完全にメグが見えなくなった頃だった。


 -ヒュンッ-


 -ドスッ-


「あぐっ!?」


 何か鋭いものがアタシの右肩に突き刺さる。衝撃でよろけるアタシだが、なんとか踏みとどまった。アタシは自分の肩を見た。


(矢だ、アタシの肩に、矢が刺さってる。この矢は)


「ギヒィッ!」

「ギッギッギッ……」


 後ろから、声が聞こえてきた。アタシは、力なく振り返る。

 そこに居たのは、ゴブリン達だった。


(村から、アタシ達を追いかけて来たんだ)


 アタシは完全に逃げ切ったと思っていた。だが相手はアタシの予想以上に執念深かったようだ。ゴブリンは倒れているチョコエルフに近づき、髪を鷲掴みにして顔を上げさせ、様子を見ている。そして完全に気絶している事を確認し、安心したのか掴んだ髪を手放し、チョコエルフの顔を蹴飛ばした。


「ギギィッ!」


 -バシッ-


「やめ……てよ……」


 アタシは動かない両腕と矢の刺さった肩の激痛に耐えながら、チョコエルフを庇うようにゴブリンの前によろよろと歩きつつ出る。チョコエルフを蹴ったゴブリンはアタシに吹っ飛ばされた事を思い出したのか、後方の集団にまで後退する。だが、アタシが満身創痍で頭から血を流し、腕が動かせない様子を見た途端、アタシの前まで近づいてくる。他のゴブリンも同様にアタシを包囲するようにゾロゾロと集まってくる。


「ギヒヒ……」

「グェヘヘ……」


 醜悪で嫌らしい笑みを浮かべ、アタシの身体を舐めるように見てくるゴブリン達。最早両腕と肩の痛みと頭痛で立っているのもやっとなアタシ。


(馬鹿に、しやがって)


「はーっ、はーっ」


 意識が途切れる寸前、ギリギリの理性で、なんとか目の前のゴブリンを蹴り飛ばそうと足を振りかぶる。しかし、


「うあああっ!あっ!?」


 -スッ-


「ギヒッ」


 最小限の動きで、躱されてしまう。さらにアタシは蹴りを外したことでバランスを崩し、その場に仰向けで倒れてしまう。


「うぎっ、うあああ゛っっ……」


 背中から倒れたことにより、肩の矢がさらに深く刺さり、矢じりが肩の筋肉を突き破って行く。アタシは肩と両腕を刺激された激痛で悲鳴を上げる。だがその悲鳴も最早弱弱しい。次第に痛いという感覚すらあやふやになっていく。頭痛すらはっきりしなくなり、ただ気持ち悪いだけになっている。視界はさらに狭まっていく。見上げた空は、日が傾きかけた頃で、血で真っ赤だった。


「はーっ、はーっ、はーっ……」


(きもちわるい)


 ゴブリン達は倒れたアタシの周りを囲み、目の前で各々の武器を振りかざす。


「ギギィッ!」


 -ザシュッ!-


「うぎぁっ!?」


 腹に何かが振り下ろされる。腹の焼けるような感覚に、朦朧とした意識の中でアタシは悲鳴を上げる。


(お腹が熱い……きもちわるい)


「「「ギギィーッ!」」」


 -ザシュッ!ボコッ!ボコッ!バキッ!-


「うぎっ!?あっ!?あ゛っっ!?あ゛あ゛っっ!?」


 胸や腹、腕や足、顔など、全身に尖ったもの、硬いものが次々と振り下ろされる。


「うあ゛っ!?ぅぅぉぼぉえぇっっ!?おぼっ……」


 何かの液体が喉の奥から出て行こうとするが、最早吐き出す力も無く、詰ってしまう。


(苦しい……血のあじ……息が出来ない……苦しい……)


「ギヒッ、ギヒヒッ」

「ゲヒェヒェヒェッ」


 アタシの狭い視界に、ゴブリン達の顔が何体も代わる代わる映る。その連中の誰もが、アタシを見て笑っていた。

 苦しさと恐怖から涙が頬を伝う。


(苦しい……怖いよ……死にたくない、死にたくないよ……メグ……おばあ……ちゃ……おかあ……さ……)


 ゴブリン達がアタシの身体を引っ張る。だがその感覚も、すぐになくなっていった。そしてその狭い視界すら、ついに見えなくなっていく。


「ゲゲヒーッ!」

「ゲヒャヒャーッ!」


 薄れゆく意識の中、ゴブリン達の下卑た笑い声が聞こえる。だがそれも、すぐに聞こえなくなった。


 アタシの意識は、そこで途切れた。

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