02.竜騎士_side01
我が名は、サラガノ・サランドラ。サランドラ伯爵家の次男であり、エペカ国の騎士である。
我が君主、国王テドノス2世の命により、エペカ国飛龍騎士団の団長を務めている。
ここは王都フルーヴ、私の館である。ある朝、私の朝食中に伝令官が来て、陛下より緊急の要件があるのと連絡を受ける。
(こんな朝早くから呼び出し、しかも緊急とは)
「わかった、すぐに向かう。アルマ、朝食は下げて良い」
「はい、ご主人様」
私は食器をテーブルに置いて後ろに控えていた召使いに声を掛け、座席から立ち上がる。
「私はすぐに陛下の元へ参らねばならん、恐らく今日は日没まで帰らんだろう。昼食は用意しなくていい」
「畏まりました」
長身の召使いが深々と頭を下げる。私が声を掛けた彼女は、鋭いつり目に背中の中ほどまで伸びた長めのダークブラウンの髪、狩猟犬の様なピンと立った耳とスッと伸びた尻尾を持つ獣人だ。名は、アルマと言う。元々西方の島の流着の民であり、5年ほど前に本国で獣人奴隷として売られていたところを買い取り、私の身の回りの世話をさせている。
「そうだ、日中はどうせ暇だろう?これを預けておく」
そう言って私は小さな鍵をアルマに手渡す。アルマは両手で鍵を受け取り私に聞いてくる。
「宜しいのですか?」
「うむ、好きに読め、ただし夜まででな」
「はい、ありがとうございます、ご主人様」
私の言葉を受け、アルマは表情こそ変わらないが、長い尻尾を左右に振っている。
(分かりやすくて助かる)
今渡したのは私の書斎の鍵だ。書斎には学術書の他に、私の書いた魔術書などが置いてある。アルマには私が一般教養の他、魔術などを教えている。彼女は獣人であり、城下の学校に通わせることはできない。幸い彼女は飲み込みが早く、すぐに文字の読み書きの他、初級魔術等を覚えたので、私が館を留守にする時などは書斎で自習するようにさせている。尻尾を見る限りでは、アルマに取っても良い息抜きになっている様だ。
私はアルマに書斎の鍵を預けた後、謁見用の支度をしてすぐに城へ向かった。
このエペカ王宮は、500年程前、初代エペカ王ボライユ1世の手によって建てられた。この城壁は魔力を帯びた稀少金属のオリハルコンを含有していおり、500年経った今でもその姿を当時のまま維持していると言われている。
私は城門を潜り、玉座の間にて、王の前で跪き首を垂れる。
「陛下、サラガノ・サランドラ、只今参上いたしました」
「ぉ遅い!何をやっていた!余が呼び出しをかけてから四半刻近く立っているではないか!」
そう言って玉座にて陛下が私に理不尽な怒りを向ける。
「ははっ、申し訳ありません」
「全く!貴様は……んん、まあそれはもう良い。サラガノ、顔を上げよ」
「はっ」
私は陛下の許しを得て顔を上げる。玉座には頬杖を付き、気だるげな表情を浮かべる国王、テドノス2世の姿があった。この若き我が君主、テドノス2世は、10年前先代国王テドノス1世の急逝により、僅か9歳で即位した。その後、我が父サラダバ・サランドラの補佐を受け政務を行うも、5年前の我が父の死去と共に、わずか14歳で親政を開始する。その若さで自ら政治を執り行う姿から神童、奇才王などと呼ばれたが、巷では流着の民への強引なまでの仕打ちから接収王との呼び名も多い。
「陛下、緊急の要件とは?」
「今朝方、メルジナの巫女より神託があった。シュダの森の南だそうだ。お前には流着の民と流着物の接収を命じる。」
(やはり新しい島が流着したか)
島の流着とは、この世界"オードゥスルス"に異世界の島が召喚される現象の事である。多くはこの世界とは違う文明を持った民の住む島が召喚される。オードゥスルスの国々はその島の技術と人と知識を我がものとして取り込む。我が国もそうやって栄えて来た。何故、何時このような現象が起きるのかは全く分かっておらず、ただ島の流着があった際に、女神メルジナに仕える巫女より神託があるのみである。
私は陛下の言葉を受けるが、一つ懸念があった。
「陛下、シュダの森の南と言う事は、そこはボーフォート辺境伯の領海。領海内に流着した島はそこの領主の物、我らがその島を接収するとなりますと協定違反となってしまいますが……」
「はっ、今更お前に言われんでもそれくらい分かっておるわ」
そう言って陛下は気だるそうに頬杖を付いたまま、私の言葉を追い払うかのように手を振る。
「しかしだ、流着の民の方から余の領土へ来る分には、違反にはならなかろう?」
ニヤリと笑みを浮かべる陛下。
確かに、流着の民が
(なるほど、つまり陛下は私にボーフォート辺境伯の流着の民を掠め取れと)
「ですが陛下、ボーフォート卿が流着の民との接触する前に、私が流着の民に接触しているのが見つかりますとやはり問題に……そう言えば陛下、ボーフォート卿への念唱の儀は為さったのですか?」
念唱の儀とは魔術師十数名で行う大魔術儀式の一つで、主に王都から遠く離れた領主への連絡手段として行われる。魔力を使って連絡を取り合うため、早馬や飛龍よりもずっと早く連絡が取れる。新しく島が流着した際には、その島を領海内に保有する領主にこの念唱の儀によっていち早くメルジナの巫女の言葉が伝えられ、この情報を持って流着の島を占領するという手はずになっている。
「まだやっておらん、これからやる」
「なんと!?」
とぼけ顔で私から目線を外す陛下。念唱の儀をやっていないと言う事は、ボーフォート卿はまだ島の出現を知らされていないと言う事である。
「だから、お前を呼んだのだ。お前の自慢の飛龍で素早く島へ行き、流着の民を余の領地内へ誘導しろ。くれぐれもボーフォートの連中には見つかるでないぞ?後が面倒だからな」
「はっ、承知致しました」
私を指差しながら玉座の上で少しせり出し気味に語りかけてくる陛下。ボーフォート卿の島を掠め取るなど私は内心渋々ではあるが、陛下の命令である、従わざるを得ない。
「あぁ~、今度の島にはどんな流着物があるのであろうなぁ~」
陛下が待ちきれないと言った表情で天を仰ぐ。陛下に限らず、オードゥスルスの国が流着物に執着するのにはそれなりの意味がある。
このエペカ国は王都フルーヴを起点として、北方をメルジ山、南方を海、北西と北東にはそれぞれサムライの国"エッゾ"、獣人の国"ジェボード"との国境を構え、東方をボーフォート辺境伯軍、西方と中央を我々飛龍騎士団と中央軍が防御を固めると言った形を取っている。
国境近くでは頻繁に国同士の軍事衝突が起きており、特にメルジナの巫女より流着の島の神託を受けられるメルジ山は重要で、今でこそ我が国が所有しているものの、過去メルジ山を奪われたのも1度や2度ではなく、奪い合いが激しい。異世界から伝来する技術や武器などは時に影響が絶大で、国同士の戦術そのものを変えてしまうものもあり、その為どの国も流着の島よりもたらされるより新たな技術、ひいては軍事力を欲している。
とは言え、陛下の場合は流着物のコレクターと言った意味も含んでおり、城の宝物庫には軍事転用をされずにただ保管されている流着物も多い。陛下が興味を持つのは専ら漂流物の方であり、漂流の民の方は我々騎士団や側近が徴用しなければ、一部の技術者や戦巧者を除き大半はそのまま奴隷として売りに出される。
しばらく天を仰いだまま流着物に思いを馳せる陛下だが、重要な事を思い出した私は陛下に問いかける。
「ところで陛下」
「なんだ、まだ居たのか、はよう向かえ」
素っ気ない態度を取る陛下だが、この案件を問いておかなければ満足に任務を果たせそうにない。
「はっ、ただ大魔女様の事について、大魔女様の助力無しでは流着の民との意思疎通が難しく……」
「ふん、あの尻軽め、余の国での奴隷の取引をやめろだのと無茶苦茶を言いおって。技術もない、戦えもしない無能を奴隷以外でどう扱えと言うのだ、皆殺しにしないだけマシであろうが」
大魔女様の件について聞くと露骨に不快感を露わにする陛下。
私の言う大魔女様、その名もフライア・フラディロッド様は、数々の原理不明の魔術を行使する大魔術師である。常にとんがり帽子の魔女装束に身を包み、外見はブロンドの長い三つ編み、少々鋭い目つきに、紫の瞳とアイメイク、紫のルージュ、豊満な胸を持つ美女と言ったところだが、先代先々代の時代から変わらずその美貌を保ち続けているという不老の人物で、その素性は謎に包まれている。
新しく流着した民と我々土着の民では言語が違い、そのままだと意思疎通が不十分なのであるが、大魔女様はその力によって瞬時に意思疎通を可能とする。意思疎通の魔術は本国でも使えるものは一人もおらず、大魔女様無しでは異世界の技術を停滞なく取り込むのは難しい。
陛下が尻軽と言ったのは、大魔女様は基本的に客分であり、我々エペカ国に留まらず、隣国のエッゾ国とジェボード国の流着の民にも同様に意思疎通の魔術を行使している為だと思われる。
それが1年前、陛下と大魔女様で奴隷取引の件で揉めたらしく、本国に大魔女様が訪れなくなってしまった。その為、現在流着の民が領海内に新たに表れたとしても本国では意思疎通に問題が出てしまうのだ。
「まあ、余の国には優れた技術者がたーくさんおる。あやつ無しでも物さえ手に入ってしまえばどうとでもなるであろう。流着の民との交渉は~、サラガノ、お前がなんとかせよ。ほれ、はよう向かえ」
「は、はぁ……承知しました」
陛下の無茶振りを受け、私はそのまま飛龍騎士団の宿舎に向かった。
私が宿舎に入ると、部下たちが立ち上がり敬礼する。
「団長、出撃でありますか?」
副団長のヴォルテールが出撃の予定を聞いてくる。
「いや、残念ながら今日は私一人だけだ、陛下の勅命でな。私の飛龍の準備をしてくれ。すぐに出る」
「了解致しました」
ヴォルテールに告げた後、私は出撃の支度をする。全身にミスリル銀のフルプレートアーマー、腰に近接戦闘用のサーベル、背中に騎士団の紋章の描かれた盾を背負い、そして飛龍騎乗時の射撃戦闘用ランス、"ドライブランス"を持つ。
このドライブランスは流着物を飛龍騎士団用に改造したもので、騎士の魔力を利用して入れ子構造になっている穂先を回転射出して相手を攻撃する。使用するものの魔力量によって射出時の威力が変わり、特に弾速と貫通力に優れている。飛龍騎士団結成時から長く使われており、これは私が騎士団に入って以来ずっと使用している愛用品である。
私はさらに専用の道具袋にいくつかの兵糧と、強精剤の入ったサファイア付きのガラス瓶、守護のサファイヤブレスレットを入れる。
私が出撃準備をし終えた頃、部下たちの手によって飛龍用の厩舎から私の飛龍、ヴィペラが連れられてきた。私を見つけるなり手綱を持っている部下ごと引きずり寄って私の傍に駆けてくる。
「よしよし、ヴィペラ、今日も頼むぞ」
-グゥルルル-
そう言って私はヴィペラの頭を撫でる、喉を鳴らし喜びの声を上げるヴィペラ。私はヴィペラに騎乗して手綱を握り、後方で私を見送るヴォルテールと部下達に声を掛ける。
「ヴォルテール、日没までには帰る。後は頼む」
「はっ、了解致しました!団長、ご武運を!」
「「「ご武運を!」」」
「いくぞ、ヴィペラ!」
-グゥゥェー!-
-バサッバサッバサッ-
ひと際高いヴィペラの咆哮と共に次第に大地が遠ざかる。
私は進路をシュダの森の南、新しく出現した流着の島に向けてヴィペラを飛ばした。
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