02.竜騎士_side02
私は王都を出発し、王都の南東に位置するボーフォート辺境泊領、シュダの森の上空まで来ている。ここから更に南下すれば、新たに流着した島が見えてくるだろう。
シュダの森は、国王領と辺境泊領の境に位置する。この森の近くには、昔は森を開墾して暮らす小さな村が存在したのだが、相次ぐゴブリンの襲撃によって今では無人となっている。
中央軍や辺境泊軍も黙って見ていた訳ではなく、軍は何度かゴブリン討伐隊を組織して出撃していたが、討伐仕切れずにまた増えるを繰り返していた。その内に隣国との戦争が激化、軍は隣国との戦争に注力せざるを得なくなり、ゴブリン討伐は後回しに。その内にシュダの森は至る所にゴブリンの潜むゴブリンの巣となってしまったのである。
現在は隣国との戦争が落ち着いているが、シュダの森自体は完全に放置されたままになっている。シュダの森の北方には安全の確保された交易路があり、中央領と辺境泊領の交通はその街道が主に使われていて、また海路もある。陛下曰く、今は放っておいてよいであろう、とのことだ。
(まあこの空路なら誰にも見つからん、こんなところを飛ぶのは私くらいなものだ)
そう思っていたところ、私とヴィペラの遥か上空に何かの飛行物体らしきものを見つける。
(高いな、鳥では無いようだが)
確認のため私は魔術を行使する。
[水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って我が瞳を強化せよ、ストロングアイ!]
-シュイィィン-
魔術により視力が強化され視界が広がり、上空の物体が次第にはっきりと見えてくる。
(あれは……)
金髪の髪に黒装束、広いツバと上部の尖った帽子、先端にバイオレットの宝石が付いた杖に乗っている人影、その姿には見覚えがあった。
(んんんーっ!?あの方は!?これはいかん、どこかに隠れなければ!)
私は身を隠す場所を探し辺りを見回す。がしかし、ここは空であり身を隠すには一旦着陸するしかない。
(仕方がない、一旦森の中へ着陸し……)
そう考えていた時、
「あら貴女、ヴィペラじゃない、久しぶりね。」
-グゥエ!-
少しかすれ気味の女性の声が聞こえ、股下のヴィペラがその人物に向かって吠え答える。その人物は、いつ降りて来たのか私とヴィペラの真横を飛んでいた。
「と言うことはぁ~?この子に乗ってるアナタは?あらあらあらあら?」
声の主はわざとらしく開いた手を口に当て驚いた仕草を見せ、そして乗っている杖ごとすいーっとこちらに空中を漂い近付いてくる。ついには杖から身を乗り出し、兜の隙間から私の顔を覗き込む。艶かしくも妖しさを漂わせる紫色の唇が、兜越しに私の耳もとで囁く。
「久しぶりねぇ団長さん?こんなところで会うなんてぇ、"水の神メルジナのお導き"ってところかしら?」
(しまった)
私の背筋に冷たい物が走る。
「あらあらあらあら?でもここはボーフォート辺境泊領、中央飛龍騎士団長のアナタが何故ここにいるのかしら、ねー?」
(見つかってしまった)
私の鎧に手を這わせながら言うこの人物は、フライア・フラディロッド、世界で唯一の言語翻訳の魔術を行使する心伝の大魔女である。
そして島の流着に関する領土問題の各国間の協定を最初に提唱した人物の一人でもある。
「これはこれは、お久しぶりです大魔女様。陛下よりシュダの森の状況を確認するよう申しつけられましてね、それで偵察に来ているのです。」
「ふぅーん?騎士団長のアナタが、部下にも任せず一人で?」
私は全身鎧の中で冷や汗をかきながら精一杯誤魔化そうとする。
「ハハハ、ちょっと気分転換でもと部下と変わって貰ったのですよ。いやぁいいものですね、こうやって一人で飛ぶのも。……失礼ですが大魔女様はなに用でここへ?」
「散歩をしてたら新しい島を見つけてね、ちょっと様子見しておこうかしらって今から行くところよ」
大魔女様はそう言って新しい島の方角を指差す。この大魔女様は特に神出鬼没で、いつの間にかフラフラとどこかに消え、またどこからともなく現れる。それ故に一部ではフラフラ様などと揶揄されている。今回もただ単に気まぐれでこの空域に居たのであろう。
だがこちらからしてみればとんだ不幸である。協定提唱者の目の前で協定違反をするのだ、どんなペナルティーを受けるか分かったものではない。とは言え、私も陛下の命を受けている以上何もせずには帰る事は出来ない。
(どうする、どうしたら)
「ねえ、ヴィペラ、貴方は何しにここに来たの?」
-グェ?グェグェ、グェッ-
「王様の命令であの島に行くって行ってるわよこの娘」
ヴィペラに事の顛末を聞いた大魔女様がジト目で見つめてくる。心伝の大魔女の力は人に限らない様である。私は観念し大魔女様に懇願する。
「大魔女様、誠に言い辛いのですが見逃しては頂けはしないでしょうか?」
「ダメよ、協定違反には相応のペナルティーを与えると言ったわよね?」
先ほどまでとはうって変わって厳しい口調になる大魔女様。だが当然である。
「そこをなんとか、このまま帰っては陛下になんと言われるか」
私は情けなくも大魔女様に頼み込む。大魔女様は少し考え込んだ後、大きくため息を吐きながら、
「はぁー……、まあ、貴方の立場もあるし?あの島はボーフォート辺境伯の主要都市より随分遠いから、保護目的でならギリギリ、うん、まあしょうがないわね。じゃあ3つ、3つ条件を出します。これを守れたら今回は見逃してあげるわ。」
そう言って3本の指を立てて見せる大魔女様。条件次第で見逃していただけるのであればと、条件に付いての詳細を伺う。
「その、3つの条件とは?」
「一つ、あの新しい流着の島の民を傷付けない事。あくまで保護優先よ」
元より私に流着の民を攻撃する意思は無い。流着物接収のため、流着の民にボーフォート辺境伯領からエペカ国中央領に自主的に出て来てもらうのが目的である。どうやって来てもらうかは考え物ではあるが。船を手配する時間がなかったので、流着の民の自身の船で来てもらうのが一番である。船を持っていないようであれば最悪ヴィペラに数名相乗りしてもらうことになるが、"自主的に"の前提が崩れるので出来れば船を持っていてもらいたい。
「一つ目の条件、約束しましょう。二つ目は?」
「二つ、あの島の流着の民を奴隷にしない事。私、奴隷嫌いなの。」
これは私の権限内で可能である。奴隷に売りに出される前に騎士団で徴用してしまえば良い。
「二つ目の条件も飲みましょう。では三つ目は?」
「三つ目はぁ~」
そう言って大魔女様は不敵な笑みを浮かつつ、私とヴィペラから距離を取り、左手で帽子を掴んだまま右手を天にかざした。
「何をなさるので?」
不可解な行動に疑問を投げかけるも、大魔女様の右手に集中していく大量の魔力から大方の予想が付いた。
-バシュウゥゥ!-
大魔女様の右手から大型の魔力の矢が空に向かって放出される。
「実力行使よ、私を退けてみなさい。普通に戦ったんじゃ私が勝っちゃうからぁ~?そうねぇ、ハンデとして片手で戦ってあげるわ。私に両手を使わせたらアナタの勝ちよ、どう?」
大魔女はニンマリと笑いを浮かべ挑発してくる。
「ほほう、これはこれは……」
こちらとしても手っ取り早く分かりやすい方法ではある。がしかしだ、私とて一国の騎士団長である。こうも実力を侮られてはプライドに触る。魔術における左右の手と言うのは、単純な筋力と同じである。片手より両手の方がより重い物を持ち上げられるように、魔術も片手より両手の方がより大きな魔術を使役できる。それをこの大魔女は片手でと言うのだ、完全な挑発である。
「ですが、片手とは。私とこのヴィペラ、舐めて貰っては困ります。ドライブランスの直撃を受けては大怪我、ではすみませぬぞ?」
そう言って私はヴィペラの鞍に取り付けておいたドライブランスを右手で掴む。
左手で帽子を掴んだまま右手をひらひらと振って見せる大魔女。
「その大口、私に一撃でも浴びせてから言いなさい」
「では、3つ目の条件、飲ませていただきましょう」
私は騎乗でランスを構え、戦闘態勢を取る。
「うふふ、楽しみ♪竜騎士と一度戦ってみたかったの♪」
-ドヒュゥッ-
そう言って一気に飛行速度を上げ私の前に出る大魔女。
「さあ、いつでも来ていいわよぉー?」
(自分から背中を見せるとは、大魔女様と言えど空中戦は素人か?だが、この好機、逃す手はない)
私は空中戦闘機動用の魔術を行使する。
[水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って我が身体を強化せよ、ストロングボディ!]
-シュイィィン-
魔術により私の全身が強化される。続けて手綱からヴィペラに魔力を送り、加速する。私の魔力を受けてヴィペラの身体が薄く青色に光る。
「いくぞヴィペラ!アレの真後ろに付けぇっ!」
-グゥェェーッ!-
-ドヒュゥッ-
ヴィペラの咆哮と共に、竜騎士と大魔女のドッグファイトが始まる。
ヴィペラの加速により、間もなく大魔女の真後ろに着く。大魔女は左右にゆらりゆらりと振りつつ、こちらをちらちらと振り返っている。その顔は薄っすらと笑っており、まるで尻でも振って誘っているかの様だ。
私は構わず右手のドライブランスを前方に構え、魔力を込めると、ランスの穂先が回転を始める。
-キュィィィンッ!-
(ランスの射程内、いける)
「そこっ!」
-ドシュゥゥゥ!-
私は大魔女の移動位置を予測し、その方向に向けてランスを発射する。大きな発射音と共にランスの穂先が射出され、大魔女に向かう。だが大魔女は杖を中心にクルリと回転しつつ急激に飛行方向を変えて加速し、射出されたランスを躱す。
(外したか、だがまだっ)
私が右手に握っているドライブランスは、その大きさと重さから自由に射角が取れる訳ではない。精々前方、それも飛龍の頭に当たらないようにすると、ランスを持ち上げられる少し上方から飛龍の頭の上の正面辺りまでと射角は狭い。故に空中戦では基本的に相手の後方についてから射撃を行う。
また手綱で飛龍へ魔力を送りつつもう片方の手でランスを握っており、ランス自体の射出には片手分の魔力しか送れていない。だがそれでも威力は申し分なく、一般の魔術師の使う防御壁などは簡単に貫ける。唯一欠点と言えるのは、射出するには一度回転させる必要があると言うところである。
私は次弾発射のため、ランスに魔力を込める。
(もう一度っ!)
-キュィィィンッ!-
「そこだっ!」
-ドシュゥゥゥ!-
再び大魔女に向かってランスが射出される。躱しきれないと悟ったのか、後方を見ていた大魔女が咄嗟に右手をこちらにかざしてドーム状の防御壁を張る。
-ギィィンッ!-
ランスが大魔女の防御壁に当たる。が、甲高い音と共にランスは逸れて行く。
(貫けなかった?いや、防御壁の縁で弾いたのかっ?)
こちらを見てニヤリと笑って見せる大魔女。大魔女はランスが防御壁に当たる寸前、機動を変えてランスを防御壁の縁に当たるよう動いた。結果ランスは防御壁に斜めに当たり、その貫通力を軽減された形となり弾かれたようだ。貫くには防御壁の中心にランスを命中させる必要がある。
(狙って弾いたのか?味な真似をする。だが次こそはっ)
次弾発射のため、再びランスに魔力を込めようとする。しかし、先に振り返っている大魔女の右手に魔力が集中していくのが見える。
(後ろに撃てるのかっ!?くっ!)
私も咄嗟に防御壁を張る。大魔女の右手が光る。
-バシュウゥゥ!-
-バキィィンッ!-
-グェェェッ!?-
「うぉおおっ!?」
大魔女の右手から射出された魔力の矢が私の防御壁に直撃する。防御壁は貫かれはしなかったものの、その衝撃でヴィペラがぐらりと大きく態勢を崩す。
「踏ん張れっ!ヴィペラっ!」
私は手綱からヴィペラに魔力を送り、ヴィペラの飛行を補助する。再びヴィペラの身体が薄く青色に光り、加速しつつヴィペラはなんとか態勢を持ち直す。だが大魔女はその隙を見逃さない。
「後ろ取っちゃったー♪」
(後ろを取られたっ!?)
私とヴィペラが態勢を取り戻すまでの間に、大魔女は私の後方に回っていた。大魔女と違い、私は後ろにランスを飛ばすことは出来ない。
「それじゃぁ~遠慮なくっ♪」
「ヴィペラ!加速して旋回しろっ!」
-バシュウゥゥ!バシュウゥゥ!-
大魔女の右手から連射される魔力の矢をなんとか加速旋回しつつ回避する。だが依然として後ろを取られたままであり、反撃することが出来ない。
「それそれそれっ♪」
-バシュウゥゥ!バシュウゥゥ!バシュウゥゥ!-
-ギィンッ!ギィィンッ!-
-グェッ!?-
「ぐっ!?」
数発の魔力の矢が私の防御壁を掠める。
(どうするっ?あれをやるかっ!?)
迷っている暇はない。私は大魔女の射撃の隙間を見定め、
(ヴィペラと防御壁への魔力をカットっ!)
「翼を広げろヴィペラっ!」
「えっ?なにをするつもりっ?」
私は水平飛行中のヴィペラを高度を維持させたまま急激に仰角を上昇、翼を広げさせて急減速させる。
-ッグゥゥゥッ!-
「ぐぅぅぅぅっ!」
急減速により私とヴィペラを多大な衝撃が襲い掛かる。だが、急減速により大魔女は私達の前方へ出る事になる。
「なにそれっ?そんな飛び方アリなのっ!?」
ヴィペラの無茶苦茶な飛び方に驚愕の声を上げる大魔女。
こちらは再び水平飛行へ戻るも、後ろは取れたが速度がほぼ無くなっている。このままではまた後ろを取られてしまう。だから私はランスを鞍に括り付け、両手で手綱を握り、
(全力でヴィペラへ魔力を送るっ!)
「全力で加速しろヴィペラっ!」
-グギャオウゥゥゥッ!-
-ドンッ-
ヴィペラは咆哮し、破裂音が鳴り響く。
-ドシュゥゥゥッ!-
-ッッグゥゥゥッッ!-
「ぐううぅぅぅぅっっ!」
破裂音と共に急加速が掛かる。ヴィペラの周りに円錐状の水蒸気の傘が発生し、今度は急加速により私とヴィペラを多大な衝撃が襲う。
(意識が飛びそうだっ!だが)
手綱から片手を外し、ランスを持ち直す。目の前にはこちらを振り返っている大魔女が見える。
(後ろを取った!)
私はランスを前方に構え、魔力を込める。回転する穂先。
-キュィィィンッ!-
大魔女も振り返って右手に魔力を集中させていく。
「させるかっ!」
私はランスへの魔力供給をカットして回転を止め、加速を緩めず防御壁を張ったまま大魔女に後方から体当たりを仕掛ける。
-バチィィッィッ!-
「きゃああああっ!?」
防御壁同士の衝突音が鳴り響き、大魔女は悲鳴と共に衝撃で前方へ吹き飛ぶ。体制を崩してよろめく大魔女。すかさず防御壁の体当たりで追撃する。
-バチィィッィッ!バチィィッィッ!-
「ああああっ!あああっっ!?くっ!」
悲鳴を上げながらもなんとか態勢を立て直し再加速する大魔女。こちらを振り返るその顔にはもう笑顔の余裕はない。
「逃がさんっ!」
こちらも再び加速し、後ろを取り続ける。
上昇しつつ横へクルリと回転する大魔女。その時、大魔女の手からキラリと光る何かが2つ上空へ放り出され、私の後方へ通り過ぎる。加速したまま振り返りつつ大魔女が言う。
「私にこれを使わせるなんてねっ!」
-ポン!ポン-
後方で軽い破裂音が連続して聞こえた。私は構わず再度体当たりを仕掛けようとするが、
-ボンッ!-
-グギャッ!?-
「ぐおっ!?」
後方から何かの爆風が私の防御壁に命中する。
(なんだっ!?何が当たったっ!?)
訳もわからないまま左右へ回避行動をしつつ後方を確認すると、何かの光る物体が私とヴィペラを追いかけて来ている。
(なんだあれはっ!?)
「飛行追尾型の使い魔よぉ!片手とは言ったけど道具を使わないとは言ってない!ほらほらっ!追加行くわよっ!!」
大魔女が黒装束から見える胸の谷間から2つの小瓶を取り出し、上空へ放り投げる。
-ポン!ポン!-
また後方で軽い破裂音が聞こえ、光る物体、大魔女の使い魔が私達を追いかけてくる。
(追尾型だとっ?こんな物まであるのかっ?)
驚いている暇はない、今後方には光る使い魔が3体追尾してきている。加速し逃げようとするも光る使い魔達はピッタリと後ろを付いて来る。私は回避運動に夢中になり、大魔女も追い越してしまっている。
(くっ!あの使い魔をなんとかしなければっ!っそうだ!下だ!)
私は下方のシュダの森の事を思い出し、ヴィペラに急降下を命じる。
「ヴィペラ!地面まで全力で降りろ!」
(降下して加速!防御壁をカットしつつ森の合間を飛んで使い魔を木に引っかける!)
急降下する私達、追尾する使い魔、大魔女を確認している暇はない。次第に地面が迫ってくる。
「まだだ!もっとギリギリまで降りろ!森の中に突っ込むぞ!」
-グェェェッ!-
ヴィペラを地面スレスレまで急降下させ、墜落寸前で再上昇、シュダの森の中を飛行する。
-ボンッ!-
後方で1匹の使い魔が爆発する。急降下の際に上昇できずに地面に激突したようだ。
(一つ!)
そのままヴィペラを完全に90度ロールさせ、森の中の木を避けつつ高速で飛行する。避けきれず衝突する木もあるが、この程度でヴィペラは止まらない。
-バサササササッ!-
-バキッ!-
枝を木をなぎ倒しつつ飛行するヴィペラ。勿論私にも枝が直撃するが、私はランスを鞍に括り付け、背中の盾を手に構えて防御する。魔術で強化した身体のおかげで、多少の大きさの木であれば盾でなぎ倒しながら進める。
-ボンッ!-
(二つ!)
さらに後方で2匹目の使い魔が爆発する。木の枝に引っ掛かり爆発したようだ。
(あと一匹!)
私は自分の鎧に引っ掛かっていた大き目の枝を掴み、最後の使い魔に向けて投げつける。
-ボンッ!-
(これで三つ!)
最後の使い魔が爆発する。これ以上この森の中を飛ぶ必要はない。ヴィペラに上昇を指示する。
「上がれヴィペラ!」
-グェェー!-
森を抜け再度空に出て急上昇するヴィペラ、私も盾を背中に背負い、ランスを持ち直す。だが、この瞬間を待っていたと言わんばかりに、大魔女が後方に張り付いてきた。
「やるわねっ!アレ作るの大変だったんだから!」
-バシュウゥゥ!バシュウゥゥ!バシュウゥゥ!-
そう言って右手をかざし後方から魔法の矢を連射してくる大魔女。
-ギィンッ!ギィィンッ!-
-バキィィッ!ドゴォッ!-
-グガァッ!?-
「がぁっ!?」
数発の魔力の矢が私の防御壁を掠め、そのうちの1発が防御壁を貫通し、背中の盾に直撃する。
(盾が無かったら今のでやられているっ!どうするっ?もう一度あの急減速をやるか!?いやダメだ、ヴィペラも私もアレをやるだけのスタミナは残っていない……ならばっ!)
私は大魔女がガラス瓶を上空に放り投げた事を思い出し、窮地の中の捨て身の策を思いつく。握ったランスに魔力を込め、穂先を回転をさせる。
-キュィィィンッ!-
「アナタはそこからじゃ攻撃出来ないでしょうがぁ!」
-バシュウゥゥ!バシュウゥゥ!-
そのまま大魔女の魔法の矢からの回避を続けつつ、ヴィペラに今できる精一杯の加速をさせ、私は大魔女の射撃の隙間を見定める。そうしてほんの一時、魔力の矢の連射が途切れたところを、
(今だっ!飛べっ!)
私はランスを両手で握ったままヴィペラの背中を思いっきり蹴って後方にジャンプした。
「飛龍を捨てたの!?」
上を見上げつつ驚愕の声を上げる大魔女。その後一瞬だけ、私はヴィペラを追いかける大魔女の真後ろに位置することになる。私は両手から全力の魔力をランスに送り、大魔女の背中目掛けて狙いを定める。
「お覚悟を」
-ドシュゥゥゥゥゥッッ!!-
大魔女目掛け全力のドライブランスが射出される。完全に虚を付かれた形の大魔女だが、そこで振り返った大魔女は今まで掴んだまま離さなかった帽子から初めて左手を放し、両手で防御壁を張ってランスをガードする。そこに飛び込んでいくランスの穂先。
-バキィッ!ギュィィィィィィッッ!!-
「うっぐっあああああああああっっっ!?」
大魔女の悲鳴が響き渡る。大魔女の防御壁に突き刺さってなお回転が止まらないランス。ドーム型ではない一点集中の防御壁を張ってガードする大魔女。衝撃と風圧で吹き飛んでいく大魔女の帽子。だが事の顛末を確認する前に大魔女が私の視界から消える。私は今、自由落下しているのだ。
-ヒュウゥゥゥゥー-
「勝った!大魔女様に勝ったぞ!うおおおおっ!?落ちてるっ!落ちてるっ!ヴィペラーッ!助けろぉぉーーっ!」
-グェェーッ!-
-バサササササッ-
ヴィペラが私の落下速度に合わせて降りてくる。
-ガシャンッ-
「ふーっ、なんとかなったか」
-グェ-
あわや地面に激突かと言う所で、私は無事ヴィペラの背中に着陸した。そのまま手綱を握り、上空の大魔女様を確認しに上昇する。
「はーっ、はーっ、はーっ……」
大魔女様はまだ上空に居た。息が上がり命からがらと言ったところで、ドライブランスの直撃による衝撃と、防御壁との衝突でバラバラになった穂先の破片で、金髪の三つ編みは解け、黒装束のところどころが破れ、そこから見える綺麗な肌から流血しているが。
(やりすぎただろうか)
「だ、大魔女様、ご無事で……?」
流石に心配になった私は、杖に座ったまま肩で息をする大魔女様に声を掛ける。大魔女様は俯いたまま黙りこくっている。しばらくどうしたものかと困っていたところ、
「ううぅ~ぅ、負けたぁーっ、普通の人間に負けたぁぁぁあぁ~~~!」
なぜか半泣きで叫び出す大魔女様。この言い分から一応私が勝ったと言う事でいいらしい。
私も全力のランス攻撃が完全ではないとは言え防御壁で防がれているのは正直ショックだった。が、こうも取り乱されては私は精一杯のフォローをするしかない。
「だ、大魔女様、ほら、私はハンデを貰っていましたし……」
「最後両手使って防ぎきれてないじゃないのよぉぉ~~!バカァァ!もういいわよぉ!見逃すわよぉ!約束守りなさいよぉ!もう帰るぅ!私の帽子どこぉぉ~!?」
「帽子は多分、シュダの森に落ちていったかなと……」
「うあああぁぁぁ~~~んっ!バカァ!アホォ!バカァ!」
そう言い捨てて大魔女様は半泣きのままシュダの森の中に消えて行った。
-グェェ……-
困惑の声を上げるヴィペラ。
「そんなに悔し……いややめておこう。それより任務だ」
余計なことを言いそうになったが途中で止め、私は当初の任務を思い出す。
「そうだ、大分時間を使ってしまったが、流着の島、あそこに向かわなければな」
そう言って私は鎧に引っ掛かっていた枝を引き抜き捨てる。
「だが、流石に疲れた……強精剤を使っておくか」
私は道具袋の中からサファイア付きのガラス瓶を引っ張り出し、フタを開ける。良い香りと共に私の身体が青い光に包まれ、疲れが消えていく。
「ヴィペラ、お前も使っておくと良い」
-グエ!-
ヴィペラにもガラス瓶の匂いを嗅がせる。私同様、ヴィペラの身体も青い光に包まれる。
-グェ~-
「どうだ、疲れは取れたか?さっきの戦闘は色々無茶をさせてしまってすまなかったな」
-グェー-
「そうか、ならば良い。あの島へ向かうとしよう」
私はガラス瓶を道具袋にしまい、手綱を握ってシュダの森の南の流着の島へ向かった。
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