02.竜騎士
窓から片目だけ出して外を確認する。
そこに居たのは恐竜図鑑で見たような、鱗と翼の生えた謎の生き物、飛んできたから飛龍だろうか?その飛龍の上に手綱を握った人間が乗っている。乗っている人間は、銀色に輝く全身鎧、銀の兜は顔まですっぽりと覆われていて顔はわからず、頭には赤い羽根飾りと大きな青い宝石が付いている。さらに右手には円錐形の大きな槍、背中には盾を背負っている。
(あの槍、ランスとか言うんだっけ?西洋の騎士が使う突撃用のやつ。じゃああれは差し詰め飛龍に乗った竜騎士ってところ?っていうか飛龍デケェー!)
飛龍は羽を畳んでいる状態でもちょっとしたヘリコプター並みの大きさだ。いくらアタシでもあれに襲われたら一溜りも無い。ちょっと襲われた場合を想定してみたが、
(ガブっとひと噛み、そのままブンブン振り回されてぶちぶちっって手足が千切れて……へぁぁ、縁起でもない)
身震いしたアタシはそのままメグと二人で黙って様子を伺っていた。
その後、竜騎士が何か語りだした。
「ⴇⳗⳏ⳦Ⳣ⳧ⳍⴁⳄ⳦ⴓⳍⴁⴋⳡⴁ、ⳀⳲⳃⳋⳇ⳦ⳅⳏⳟⲺⴃ」
「ⴇⳄⳇⴋⳏ⳽、ⳋⳇⳂⲾⳞⳡ⳦ⳑⳣⳓⲼ⳦⳹Ⲽⳣⴀⴂⳋⳋⳣⳅⳗ」
「ⴂ⳽Ⲿⳙ⳻ⳇ⳦ⳗⲗⴀ、ⴇⳗⳏ⳦ⳋⳀⳣⳋⳗⳀⴀ」
声の高さから察するに、竜騎士は男のようだが、
(ナニ喋ってんのか、さっぱりわからない)
自慢じゃないがアタシは日本語以外全くわからない、学生時代の英語の授業は常に赤点ギリギリだった。なので、知ってそうなメグにアイコンタクトで助けを求める。メグは英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語となんでもアリなマルチリンガルで、秘書時代に仕事柄必要だったからといろいろ覚えたらしい。だが肝心のメグは、手を左右に振りながら首を傾げている。メグですらわからないとなるともうお手上げだ。
「⳺ⲾⲼⳙⳡⳜⳊⴃ、ⴂ⳽Ⲿⳙ⳻ⳇ⳦ⳗⲗⴀ!ⴇⳗⳏ⳦ⳋⳀⳣⳋⳗⳀⴀ!」
竜騎士がさらに語気を強めて告げてくる。兜の間から薄っすらと見える視線がこちらを向いている気がする。と言うかさっきからずっと飛龍がこっちの窓をガン見している。
(もしかしてバレバレ?どうする?出ていく?)
メグにジェスチャーで出ていくか尋ねるが、メグはアタシの目を見たまま動かない。迷っているようだ。
-グゥエェェェ!-
(ひえっ)
「きゃっ!?」
飛龍がこっちを見ながら吠えたため、メグが思わず悲鳴を上げてしまう。これで完全に居ることがバレただろう。メグを責める訳にはいかない、アタシも悲鳴を上げる寸前だったからだ。飛龍は動かず、またこちらをガン見している。吠えた時にちらりと見えた牙は大きく鋭くて、このログハウスごと喰ってしまえるんじゃないかとすら思わせた。
(この家を壊されたりでもしたら困る)
「スゥゥゥ、ハァァァー……」
大きく息を吸い込み、吐く。
(行くか)
アタシは覚悟を決めて玄関から外へ出た。メグもアタシのシャツを引っ張ったまま付いて来る。アタシは飛龍から少し遠めな位置で仁王立ちし、飛龍に乗っている竜騎士の方に顔を向ける。メグもアタシの隣に並ぶ。
「ⳭⳗⴂⳘⳉⳃ?ⲖⲺⴀⲼ」
竜騎士の顔向きがアタシから、そしてメグへと移る。
「ⳂⳂ!ⳢⴋⳠⲾⳜⳇⳏⲼ……」
(なに?メグをじっと見つめてるけど何かあるのか?)
そう思って立っていたところ、竜騎士が槍を飛龍の鞍に取り付け、背中の盾を左手に構え降りてくる。竜騎士の顔はメグの方を向いたままだ。
-ガシャ-
-カシャン、カシャン、カシャン-
そうして数歩歩いたところで止まり、アタシに向き直る。そして竜騎士は空を指差しながら言った。
「ⴂ⳽Ⲿⳙ⳻ⳇ⳦ⳗⲗⴀ、ⳋⳋ⳧ⲗⳒ⳦ⳃⲗ⳹ⴃⳐⳢⳣⴀⳛⳞⳜⳇⴁⴄⳗⳓⳃⲼ、"
一瞬、横にいたメグが竜騎士の言葉にピクリと反応する。竜騎士は指を下げ、盾を軽く突き出して言葉を続ける。
「ⴇⳄⳇⳣ⳦⳧Ⲽⳃⳣⳇⴇⴇⴃ⳦ⳟⲺⴄ⳨、ⳋ⳦ⳗⳞ⳦⳺ⴋⳏ⳿ⲾⳣⳙⳃⳛⳞ、ⳕ⳦ⲗ⳦ⲺⴋⳔⴋⴊⳳⳏ⳿ⲾⳏⴀⲾ」
(空と……盾?いや、盾の紋章を見ろって言ってるのか?)
空は青空、そしておそらく金属製であろう盾には、剣と杖の交差した紋章が描かれている。だがアタシにはコイツの意図がわからない。アタシは竜騎士から目を離さず顔だけ振りながら言う。
「悪いけど、アタシ達にはアンタの言葉がわからない。」
どうせこちらの言葉も伝わらないが、アタシは言わずにはいられなかった。竜騎士はアタシの顔をじっと見上げた後、少し顔を下げて兜の顎部分に自分の手を当てる仕草をする。
「Ⲙ、⳼⳧ⴂⳋⳠ⳨ⳄⳜⳗⴇⴁⴋⳃ……ⳏⳃⳗⳄⲺⴃⲖⲼ」
竜騎士はそう呟き、一人頷いてから懐の道具袋?の中身をゴソゴソ探し出す。そして銀色で青い宝石の付いたブレスレットを取り出した。
「ⳋⴄⴊ」
そう言ってアタシではなく、メグに向かってブレスレットを渡そうと近づく。だが、今まで盾で隠れて見えなかったが、コイツの腰に剣が一振り差してあるのに気づく。
(コイツ!?)
アタシは咄嗟にメグごと後ろに飛びのきメグを後ろに隠す。そしてすかさず腰を落とし、右手の握り拳を作って顔に引き寄せ、左手を前に出して戦いの構えを取る。
「ⳂⳛⳠ、ⳕⲾⳃⲖⳀⳢⲼⳟ⳺ⴁⲼⳗⲼⳢ」
竜騎士はブレスレットをフリフリと軽く振ってアタシを見上げるが、アタシは構えを解くつもりはない。
「なんでメグに近づいた?そのブレスレットは?その剣でアタシ達をどうするつもり?」
完全に警戒モードになったアタシは、竜騎士を睨みつける。その様子を見てか、竜騎士はブレスレットを持った手を下ろし、
「ⳕⲾⳘⳢ」
と言って飛龍の傍まで戻り、飛龍の肩をポンポンと叩く。
(もしかして、飛龍にアタシ達を襲わせるつもり?ヤバい、どうする……どうする!?)
アタシは構えたまま顔を動かさず眼だけ動かして回りを再確認する。前に竜騎士と飛龍、後ろにはメグとログハウス、それ以外には何もない平地だ。最悪ログハウスに逃げ込んで籠城するしかないが、あの飛龍相手ではログハウスはそう長くは持たないだろう。何の対策も浮かばないまま5秒、10秒と時間が過ぎて行ってしまう。
-ドサッ-
アタシの見ている前で、竜騎士が後ろ向きのまま盾を地面に下ろした。腰に差した剣が露わになる。
「くっ、来るのかっ!?」
「ひっ」
メグも竜騎士の剣に気づいたのか怯えた声を上げる。緊張で頬を汗がつたう。竜騎士が腰の剣を掴み、鞘ごと、
-ゴーン-
……剣を、盾の上に落とした。
(ん???)
-カチャ-
竜騎士はこちらに向き直り、続けて兜のフェイスガードを開ける。褐色の、少しツリ目な西洋人風の整った顔立ちで、緑……いや蒼色の目をしていた。兜の隙間から銀色の髪が見える。年齢はアタシと同じ……いやちょっと若いかな?と言った感じだ。
「ⳋⴄⳟⳡⲾⳘⲼ?」
(あっれ?カッコいいな?コイツ?)
アタシは依然として構えたままだが、相手が武器を捨て素顔を晒したこともあって、警戒を解き始める。飛龍は頭を完全に地面に下ろし、目を瞑っている。そして竜騎士がまた懐の道具袋の中身をゴソゴソと探し出し、今度は青色の宝石の付いたガラス瓶のようなものを取り出した。そうして右手にブレスレット、左手にガラス瓶を持ったまま、アタシの目を見ながらゆっくり近づいてくる。
「お?えーっと?」
竜騎士が宝石の付いたガラス瓶をアタシに差し出す。
「ⳅⲗⳣ⳧、ⳋⴄⴊ」
「うぇっ?うぅ、受け取れってこと?」
「ⳕⲾ、ⳋⲾⳑⲼⳘⴀ」
竜騎士は頷いてアタシの左手にガラス瓶を握らせる。アタシは思わず構えを解いてガラス瓶と竜騎士を交互に見る。ガラス瓶はキャップが銀で出来ていて、そこに青い宝石が取り付けられている。竜騎士はアタシの顔を見て微笑みを浮かべる。
「あぇっ?あいゃ、その、あ、ありがとう?」
アタシはあまり男性から物を貰った経験が無かったので、つい戸惑ってしまう。学生時代にメグからよく弁当の余りを貰ったり、同級生の女子や後輩からプレゼントを貰ったことはあったが。
アタシの間抜けな返答に反応して、後ろに隠れていたメグもゆっくり顔を出す。
「ち、千歳ちゃん?」
竜騎士は今度はメグに近づき、ブレスレットを差し出す。
「えとっ、これは?」
「ⳅⲗⳣ⳧、ⳋ⳦ⳮⴄⳑⴄⳛⳠⴊ」
「私に、くれる……んですか?」
「ⲾⳉⳠⳛⳞⳇⴄⴃⳃⲼ?」
「あっあっ、ありがとう、ござい、ます」
メグは両手の手のひらでブレスレットを受け取った後、2~3度ブレスレットと竜騎士の顔を交互に見て、赤面して俯く。竜騎士はそんなメグの顔を微笑みながら覗き込んでいたが、満足したのか飛龍の元へ戻って行き、外した装備を装着し直していく。
-グェェー?-
目を瞑っていた飛龍が目を覚まし、鳴き声を上げて立ち上がる。
「ⲖⳗⳓⳗⳢ、ⳑⲖⳢⲼ、ⴌⲻⳲⴁ」
そう言ってまた飛龍をポンポンと叩き、竜騎士は飛龍に騎乗して飛龍の鞍に置いておいた槍を持ち直す。アタシはその間、ぽかーんと竜騎士を見ながら突っ立っている。メグはまだ俯いたままだ。
「ⳕⴄⴊ⳺ⳛⳞⳀⳲⳃⳋⳇ⳦ⳋ⳦ⴇⳗⳏ、ⳍⴁⳄ⳦ⴓⳍⴁⴋⳡⴁⴊⳗⳒ⳥ⳞⳅⳗⲖⳀ」
そう告げた後、槍と手綱で両手が塞がっている竜騎士は、顎とアイコンタクトでアタシに何か伝えようとする。
「な、何?わかんないよ!」
「ⳍ、ⴁ、Ⳅ、⳦」
「サ……ラ……ガ……ノ?サラガノ?それ、アンタの名前?アンタ、サラガノ、って名前なの?」
アタシは竜騎士を指差して言葉を繰り返す、竜騎士は頷いて言う。
「ⳕⲾⳘ、ⴇⳗⳏ⳧、ⳍⴁⳄ⳦、Ⳙ」
「サラガノ!」
「サラガノ、さん?」
メグも顔を上げてサラガノの名前を呼ぶ、コクコクと頷くサラガノ。相手が名乗ってくれたのだ、アタシも名乗るのが礼儀ってもんだろう。アタシは自分の胸に手を当てて言う、
「あっ、アタシの名前は、千歳!ち、と、せ!」
「॰?॑、স、ফ……॑সফ?ভড়জঝ९াग़८ঘছ?ग़ॻোহ、য়ছ॓যম、॑সফ」
苗字まで告げても良かったのだが、アタシは余り長ったらしいと伝わらないかもしれないと思い、とりあえず名前だけ言ってみた。どうやらサラガノには伝わったようだ、アタシの名前を呟きながらうんうんと頷いている。アタシは続けて隣のメグに手を差して言う、
「こっちは、恵!メ、グ、ミ!」
「わ、私!恵と言いますっ!メ、グ、ミ!ですっ!」
メグも自分の胸に手を当てて自己紹介をする。
「ॱ、ঠ、९……ॱঠ९?ভখছलग़যিॱঠ९সঔখাছ、য়ছ॓য、ॱঠ९」
どうやらメグの名前も伝わったようだ。今度はメグの名前を呟きながらうんうんと頷いている。
「ॸধ、॑সফ、ॱঠ९、ॿॏধা८ॺৗिজॴহ॓শঔॻ、⳺ⴋ⳨ⴋⳣⲗⳓⴄ⳨、⳪Ⳡ⳹ⳟⴇⳗⳏ⳦ⳅ⳻ⳇⳐⴋⳘⳠⲼⲾⳋⳠⳄⴇⳃⴃⳘⴅⲾ」
「やっぱ何言ってるかわかんないよー、サラガノー」
サラガノは肩をすくめて困ったなといったジェスチャーを行う。その後、手綱をいったん手放し、アタシ達のボートのある方を指差してトントンと指で叩くような仕草をする。
「Ⲻ⳦Ⳮ⳥⳧ⳅⲗⳗⳙ⳦⳺⳦Ⳙ⳥?」
「ん?え?ボート?アタシ達のボートの事?」
サラガノは頷いて、ボートの方角から反対側の変な陸地の方に指を差す。
「Ⲻ⳦Ⳮ⳥ⳟⳋⳋⳃⴁⳏ⳽Ⳙ⳦⳺ⴂ⳦ⳣⳏⳄⴇⴊ、ⳃⲼⳄⴋⳖⲼⳣⳳⳇⳐ⳿Ⲿⳑⴄ⳨、ⳑⳈⳣⳀⳲⳃⳋⳇⳘ」
「ボートであっちの陸地に行けってこと?」
サラガノはまた頷いて答える。そして人差し指をフリフリ振りながら、
「ⳙ⳽ⲾⳋⳇⳏⳞⳂⳇⳄ、ⳏ⳽Ⳙ⳦⳺ⴂⳣ⳧ⳔⳛⳗⲼⳣⳗⳙⲼⴁⳢⲼⴀⲾⳣ。Ⲻⳕⳋ⳧ⲼⲖⳌⳮⴂⴋ⳦ⳑⳣⳢⳛⳞⲼⳞ、ⳠⳞ⳺ⳅⳉⴋⳘ」
「うん?あー、うん?うんん?」
(何か大事なことを言ってくれているような気がするけど、さっぱりわからん)
つい生返事で返してしまうアタシ。サラガノは股下の飛龍をポンポンと叩き、
「ⳳⴋⴁⲼⳢⴁ⳨、ⳋ⳦⳪ⴂ⳽ⲾⳟⳅⲗⳗⳙⴊⲼⳛⳏ⳿ⳣⳜⴄⳞⳃⳀⴂⳗⲼ⳦、ⳋ⳦ⳋ⳧ⴇⳗⳏⲼⳄⲼⳣ⳧ⳢⳜⳃⳢⲼ⳦ⳟ⳥」
-グェェー-
と言いつつ、またアタシ達の方を見る。飛龍は主人を見つつ鳴き声をあげ、また視線をアタシ達に向けた。
「えーとつまり、その子には乗せられないから、ボートで行けって事?」
アタシは飛龍を指差した後、ボートの方に指を差しかえる。頷くサラガノ。ぷいっっとそっぽを向く飛龍。
「すごいね千歳ちゃん、もうサラガノさんの言葉分かるの?」
「あ、いや、さっぱりわかんない、ほぼボディーランゲージ、これも正直合ってるかわかんない」
メグが不思議そうに聞いてくるが、アタシも何一つわかってない。とりあえず陸地に行けばいんだろうってぐらいしか。そう話している間にサラガノは槍を持ち直し、兜のフェイスガードを下ろして手綱を握る。飛龍も羽ばたき始めた。離陸するようだ。
-バサッバサッバサッ-
-ブワッ-
「ⳟ⳧ⳍⴁ⳨Ⳙ!॑সফ!ॱঠ९!ⳍⲼⳃⲼⴊⳗ⳦ⳏⲗⳣⳏⳞⲼⴃⴀ!」
「ありがとー!サラガノー!」
「サラガノさーん!ありがとうございましたー!」
舞い上がる砂ぼこりから手で顔を庇いながら、メグと共にサラガノに手を振るアタシ達。が、飛び立つ寸前に飛龍が何か銀色の物を足元から口で拾い上げたのが見えた。そのまま上昇していくサラガノ達。アタシは既に飛び上がっていく飛龍が咥えている物に見覚えがあった。咄嗟に履いているジーパンの後ろポケットを探る、つっ込んでおいたハズのアレが無い。どうもこのログハウスに帰ってくる途中で落としたようだ。
-バサッバサッ-
-バサバサバサバサッ-
「あっ!ちょっと!それアタシのスマホ!ちょっと!それ持ってっちゃダメだって!」
飛龍の羽ばたき音にかき消されて、サラガノにアタシの訴えは届かない。
「さよならー!サラガノさーん!」
「アタシのスマホォォォー!」
-ヒュウウウーーッ-
アタシの叫びを余所に、飛龍は風切り音と共に飛び立っていった。
最早羽ばたき音すら聞こえなくなるほど飛龍が遠ざかり、完全に姿が見えなくなっても、アタシはスマホを取られたショックから立ち直っていない。
「ア、アタシのスマホ……」
がっくりと項垂れているアタシを余所に、メグははしゃいで無邪気に語りかけてくる。
「すごい!サラガノさんハリウッドの俳優さんみたいだった!なんかすごいブレスレット貰っちゃった!どうしよう千歳ちゃん!?どうしよう!?キャー!」
「おい人妻……はぁぁ」
両手で握ったブレスレットを左右に振りつつ、年甲斐もなく少女のようにはしゃぐメグ。
(と言いつつ、アタシもなんかスゴイ宝石の付いたガラス瓶貰っちゃったしなぁ、物々交換ってことで手打ちにしておこう)
と自分で納得してスマホの事は諦め、改めてサラガノから渡された青い宝石の付いたガラス瓶をよく見る。何か透明な液体がチャポチャポと入っており、銀のキャップには大きな青い宝石。アタシは宝石の事は詳しくはないが、少なくともプラスチック等で出来た偽物ではない、何かしらの鉱石であることは分かった。それがキャップの頂点に1個、どんっ!とくっ付いているのである。
(高価そう)
そんな感想しか出てこない。隣のメグもこのガラス瓶が気になったのか聞いてくる。
「千歳ちゃんは何を貰ったの?」
「これ、なんか液体が入ってるんだけど、なんだかわかる?」
メグにガラス瓶を差し出す。それを受け取りマジマジと見つめるメグ。アタシに差し出したメグの左手には、メグがサラガノから貰ったブレスレットがもう付けてあった。
「なんだろうこの水?香水かな?千歳ちゃん、開けてみてもいい?」
「ん、いいよ」
「それじゃあ……えいっと」
-キュポンッ-
メグがガラス瓶のフタを開けると、何かフワッといい匂いがしてきた。と、同時に突然メグが青い光に包まれる。
「えっ、なにこれ?なにこれなにこれっ!?」
「メグッ!フタ閉めてっ!」
「う、うん!」
アタシは吃驚してメグにフタを閉めさせる。メグも急いでガラス瓶のフタを閉めた。するとメグを包んでいた青い光がすぅーっと消える。
「何、今の?メグ、大丈夫?メグ?」
アタシの心配を余所にメグは、とんとんとジャンプし、その場でクルリと回って見せる。
「なんか、疲れが取れて元気になった気がする、不思議……千歳ちゃんも開けてみて、面白いよ」
「えぇー、ほんと大丈夫それぇ?」
アタシは疑問の声を上げつつも、メグからガラス瓶を受け取りキャップを開けてみる。するとアタシの身体も青い光で包まれていく。
(んっ、あっ、これ、悪くないかも)
夜中から続く騒動で溜まっていた疲れと緊張から来るストレスがすぅーっと軽くなっていく。ほどなくガラス瓶のキャップを閉めなおしたアタシは、清々しい気分と共にメグの真似をしてとんとんとジャンプし、その場でクルリと回ってみる。
「すごい、なんか凄くスッキリした」
「でしょ?それあれかな、ゲームとかでよくある、スタミナ回復剤みたいなの」
ゲームかどうかは知らないが、確かに青い光と共にアタシの疲れは吹っ飛んだ。スッキリした頭で再度考える。
(この青い光、ナニ?)
ガラス瓶のキャップを開けるとアタシの身体が青く輝くなど、どう考えても現実ではあり得ない現象である。思えばサラガノの乗っていた飛龍、あれも今まで見たことが無い、恐竜は人類が生まれるはるか昔に絶滅したハズで。そしてサラガノの喋っていた言語、マルチリンガルのメグが聞いたことも無いと言った辺り、普通の言語でないことはアタシにもわかる。そもそも夜中の虹の空とか、元あった陸地が無いとか、変な陸地が新たに出てるとか、スマホの電波やGPSが通じないとか……つまりだ、
「ねえメグ」
「ねえ千歳ちゃん、あっ」
こっちを向いていたメグと二人で同時に声を上げてしまう。言いたい事は多分同じなので、アタシはメグに発言を譲る。
「メグ、先にいいよ」
メグは頷き、前に下した自分の手を組みながら言う。
「うん、あのね、間違ってたらごめんなさいなんだけど、ここって、現実、というか元居た世界……じゃないんじゃないかなって」
「アタシも、そんな気がしてる」
メグの意見に同意し頷く。これが夢じゃないとすれば、アタシ達は二人そろって知らない世界に来ているってことになる。
「でもなんで?」
「わからない、わからないことだらけでいっぱいなんだけど、サラガノさんが言った言葉で一つだけ聞き取れた単語があって」
気になる事を言うメグ。メグが聞き取れたと言う単語は、何か元の世界に関係あるのかもしれない。
「えっ、何?サラガノはなんて言ったの?」
「サラガノさん、空を指差しながら言ったの、
メグは透き通る青空を指差しながら言った。"オードゥスルス"。重ねて言うけどアタシに外国語スキルは無い。アタシはメグの次の発言を待つ。
「"オードゥスルス"はフランス語で、"湧き水"、って意味なの」
「湧き水?湧き水ならこの島にもあるけど」
湧き水なら、昨日この無人島の湧き水を三か所見て回ったばっかりである。アタシはとりあえず飲んでみたけど、なんてことの無い普通の水で、どこもおかしいところはなかった。
「あ、そっちじゃなくて。サラガノさん、空を差しながら言ったから、多分なんだけど、この世界がオードゥスルスって言う世界なんじゃないかなって」
突拍子も無い意見だとは思うし確証は無いけど、サラガノの仕草と、今の状況を加味するとそう考える事は出来る。何よりメグがこう推察する以上、アタシはそれを信じる。
「ねえ千歳ちゃん、異世界転移って知ってる?」
「まあ、知ってるけど」
ゲームとかアニメでよく見る設定である。冴えない主人公が神様の力で異世界に行き、その異世界で傍若無人の限りを尽くすアレである。
「それが私達の身にも起きたんじゃないかって」
「無人島ごと?」
「多分、そう、あの虹の空の後、無人島ごと私達は異世界オードゥスルスに転移した……」
メグは自分の身体を抱きしめるかのように力なく低い位置で腕を組み、そう告げた。
アタシは思わず屈んで頭を抱えた。地震災害の類で無人島で遭難しているのだと思っていたら、実は異世界で遭難していましたとか、下手な災害よりタチが悪い。アタシは頭を抱え続けどうするか考えていると、ふと異世界転移のよくある設定を思い出し、屈んだまま恐る恐るメグに顔を向けて聞いてみる。
「そういうのって普通、神様とかにチート能力とか貰えるんじゃないの……?」
「私達、神様に会ってないよね、サラガノさんには会えたけど」
「おぅ……」
メグの無慈悲な発言に思わずクラっと転がりそうになるが、ここで倒れたら二度と立ち上がれなくなるような気がして、アタシはなんとか立ち上がり、目瞑り両こぶしを腰に当てて、
「スゥゥゥ、ハァァァー……」
大きく息を吸い込み、吐く。
「千歳ちゃん……」
メグの問いかけに、構えたままゆっくりと目を開けて答える。
「うん、落ち着いた、これからどうするか考えよう、メグ」
そう言ってメグの手を繋いでログハウスに戻ろうとする。繋いだメグの手は、少し震えていた。
(アタシがこの異世界オードゥスルスでメグを守る、いや、守らなければ。)
「大丈夫、アタシがメグを守るよ。そして、一緒に日本に帰ろ?」
メグの手の震えが治まる。そしてメグはアタシを見上げつつ微笑みを浮かべた。
「うん!」
照りつける日差しの中、アタシ達は共にログハウスに戻った。
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