第10話 惨劇、この世のものでないなにか
店のドアが外から強い力で叩かれた。それに続いて、女の名を呼ぶ男の声がした。再びドアが叩かれ、男の声が女を呼ぶ。女はぼくから目を
ドアが叩かれ、さっきとは別の男の声がした。
「警察です。中にどなたかいらっしゃいますか?」
女はよろよろと立ち上がると、入口に向けて歩き出した。ふらつきながらも立ち上がると、ぼくはカウンターから出て、客用のすり切れたソファに腰を下ろした。凄まじい頭痛と
女の右手に、床に落としたはずの柳葉包丁が握られていた。包丁を握り締めたまま、女は左手でぎこちなく鍵を外し扉を開けた。
開いた扉から、派手な赤いジャンパーを着た
男に続き、制服姿の警官が店の中に入り込んできた。ぼくと大して変わらなそうな若い警官は、店の中で言い争う声がしたと
「あなたは?ここで何をしているんです?」
ぼくの顔に向けてマグライトを
「だれなんだあいつ。なんで店にいるんだ?」
赤いジャンパーの男が女を問い
女の両肩に手を掛け、ジャンパーの男が激しく女を揺さぶるが、それでも女は無反応だった。
女が首を
女の口の中に、茉奈がいた。正確にいうのなら、
「駄目だ。やめてくれ」
沙織と茉奈に向けてそう言ったつもりだったが、ぼくの喉から洩れてくるのは言葉にならない呻き声だけだった。
「何言ってんのお前。お前誰なんだよ。うちの女に何しやがった」
ジャンパーの男がぼくに
女に背を向けたジャンパーの男が動きを止めた。背後から伸びた女の両腕が男の頭を包み込む。男は
女の手にした柳葉包丁が、ジャンパーの男の
何が起きたのか
警官のマグライトが男の喉首から噴き上がった血を照らし出した。動脈から流れ出る血は、天井にまで届くほど高く噴き上がり、狭い店の中に文字通り血の雨を降らせていた。
短く悲鳴を上げた警官を押し退けるように、別の警官が店の中に踏み込んできた。ベテランらしいその警官は、店の中の
血を
首を押さえながらのたうち廻る男を見下ろしながら、女が腹を抱えて笑い始めた。だが女の口から
「包丁を捨てろ」
ベテランらしい警官が女に声を掛けた。今や血の海と化した床の上を転がる男の姿を笑いながら見つめていた女が、ゆっくりと警官に向き直る。
「お巡りさん」
二人の警官を視野にいれた女が楽しそうに声を上げる。二人の警官は、耳を打つ女の声がどうみても眼前の女より若い女の声で
女を
だが、今ぼくの前に立つ女の中にいるはずの二人は、生前の彼女たちとは似ても似つかない化物だった。彼女たちを
「ナイフを捨てなさい。警告を聴かないなら
ベテランが腰のホルスターから拳銃を抜いた。それを見た若い警官も慌てて拳銃を抜く。
「お巡りさん好き。大好き」
茉奈の声で女が
「遊ぼうよ。お巡りさん」
今度は沙織の声だ。女の中にいる何かは、警官たちに話しかける振りをして、ぼくをいたぶり責め
「止まりなさい。それ以上近づけば撃つ」
ベテランが拳銃の撃鉄を起こすと、それに
「撃って。ねぇ、撃って、お巡りさん」
白眼を
若い警官の視線が女からベテランへと移動する。彼は事態の異常さに
若い警官の動揺を敏感に察したのか、両手を広げた女が若い警官にしがみつく。不意をつかれた警官は、短い叫びを上げながら、女と
鼓膜に平手を叩きつけたような乾いた音が
「痛い」
馬乗りになったまま、女が警官に向けて囁く。女の体から逃れようと
「痛い。ねぇ、痛いよ」
首を
「痛い。ねぇ、助けてよ。見てないでわたしを助けてよ。何回殺すの?ねぇ、あんたわたしたちを何回見殺しにすんのよ」
全身血に塗れながらも女は笑っていた。片時もぼくから目を離さず、だが手にした包丁は何度も何度も警官の顔に向けて振り下ろされていく。警官は首を捻って刃を
ベテランの警官が女の正面に立ち、拳銃を女の顔面に向けた。警官に気づいた女は束の間ぼくから目を逸らし、突きつけられた銃口を不思議そうに眺めていた。鼓膜を叩く乾いた音が再び響き、女の後頭部から血煙が舞い上がった。女は声もなく倒れ、その場から動かなくなった。
ベテラン警官はその場に座り込み、手にした拳銃の銃口からたなびく
「死んだか?」
震える声で警官がぼくに
女の左目に大穴が空いていた。右目は見開かれ、口元に笑みを浮かべてはいたが、女は完全に死んでいた。
ぼくを注視する警官に向けて、ぼくは黙って
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