第7話 過去、失われた未来
彼女の家族にコンタクトを取ってみようと考えたのは、茉奈の死から3年程経過したころだった。
大学は卒業したけど、ぼくは就職をせず、
茉奈の死以降、ぼくは何度か本気で自殺を考えたが、どうしても実行に
地元のショッピングモールで、
驚いて尋ねると、彼女の妹が大学受験の為、友人の経営する学習塾に通っているということだった。名前までは憶えていなかったが、確かに彼女には6歳下の妹がいた。
彼女の家族は
ぼくは知人に、
もちろん、本気で塾の講師をするつもりはない。ぼくはただ、彼女の
週末、ぼくは知人の経営する学習塾で彼女の妹に紹介された。
その少女には彼女の
その少女は、ぼくの出身大学の名前を聞いて驚き、ぼくの容姿を見て顔を赤らめた。だが雰囲気が良かったのはそこまでだった。知人が、彼はお姉さんの元カレなんだよと告げた
ぼくは少女を追いかけ、塾のエントランス前で少女に追いついた。そこで初めて、ぼくは今日ここに来た理由を少女に話してきかせた。高校時代、
ただ、再開した彼女の変貌ぶりや、彼女の死後にぼくの身に起きたことに関しては
少女の硬い表情が徐々に和らぎ、やがてその瞳に涙が浮かんだ。少女は
少女と彼女は、異父姉妹だった。
つまり彼女の母親は、浮気相手との間にできた子供を、夫に対して自分たちの子供だと嘘をついて育てて来たということだ。嘘がばれることがなければ、彼女とその家族は今でも平穏に生活していたのかもしれない。だが嘘は、最悪の状況で
少女の父親、つまり彼女の養父は、この地域の資産家だった。彼女の母親は中学時代の同級生で、彼にとって初恋の相手だったという。
二十代半ばで再会した二人は急速に仲を深め、一年後には入籍し、それから半年ほどで長女を授かった。その娘が彼女だ。六年程して、次女である少女が生まれた。
父親の実家に近いこの町での暮らしを快く思わなかった母親は、ぼくが訪ねた近隣の都市の一等地にマンションを買い、そこに移り住んだ。優秀な事業主でもあった父親は、自分の実家と折り合いの悪い妻に
少女が中学に上がる頃、父親名義の
大手の金融会社から街金と呼ばれる
借金の大半は、母親による怪しげな事業への投資、そして複数いたという愛人との
その結果、少女は実子と判明したが、父親と彼女との間に血縁関係は認められなかった。母親が作り出した債務は父親がすべて清算したが、父親は離婚を選択し、かつて母だった女を相手に民事裁判を起こした。父親は実子である少女の親権のみを主張し、彼女に対しては成人するまでの養育費の支払い以外の一切の援助を行わなかった。
離婚成立後しばらくして、母親は違法薬物を摂取したとして
ぼくは、終夜営業のファミレスのテーブルで向かい合い、長い時間をかけて少女から話を聞いた。最初のうち、少女の話は
それはひとつの家族が消えて無くなる話だった。幸せな四人家族が、ある日を境に見るも無残なほど壊れていく話だった。悪いのは母親なのだろうが、少女の父親、彼女にとっての養父もまた残忍だった。いくら
ぼくの指摘に、少女はうなだれながらこう答えた。
「父は、たぶんまだ母の事が好きなんです。だからこそ母を許せないんです」
冗談じゃなかった。いい年をした大人の男が、そんな子供じみた嫉妬心から一人の少女の未来を奪ったのだ。母親が
少女がぼくに語ってくれたのは、事の
母親に裏切られ、父親だと思っていた人間に見捨てられ、それでも家族を裏切った母親の為に生きていくしか道が無かった彼女の苦しみなど、少女の話の中には欠片も出てこない。母の過ちと、養父から突きつけられた憎しみのせいで、進学を
どうしてぼくに相談してくれなかったのだろうと思う。それが不可能であることは痛いほどわかっている。そんな簡単な話ではなかったろうし、信じていた人達に裏切られ、
だけどそれでも、ぼくに相談してほしかった。あなたはいいわよねでもいいし、あなたには分からないでもいい。なんでもいいから、ぼくを巻き込んでほしかった。何もできないぼくを
再会したあの夜、彼女がぼくに言った通り、ぼくはいつまでも、どこまでも、何があっても彼女を探し求めるべきだった。だが同時に、ぼくを巻き込まないように距離を取ったことは、彼女の犯した最大の間違いだった。
仮定の話に意味はない。だけどぼくは想像してしまう。もし何事もなく、ぼくらのささやかな交際があのまま進んだなら、ぼくらはどんな未来を見つけたのだろう。十七才の恋が永遠の恋になることは
ぼくと彼女の恋も、あるいはそういう未来を迎えたのかもしれない。
ぼくらは永遠に結びついてしまった。
ぼくはもう一度彼女に会わなければならなかった。自分を救う為ではなく、この先ぼくが殺してしまうかもしれない誰かの為でもない。
彼女を救うつもりもない。彼女がぼくを呪うなら、ぼくはその呪いと共に生きる。なぜならその呪いこそが、彼女の愛の証だからだ。
深夜を過ぎたファミレスで、ぼくは少女に礼を述べた。帰宅を促す着信が何度も入っていたのに、少女は数時間に渡って、口にしたくないはずの家族の秘密を語ってくれた。
別れ際、少女はぼくに自分の母親の電話番号を教えてくれた。過去に一度だけ、少女のスマホに母親から連絡が入ったらしい。母親は
「あの人なら、姉のお墓の場所を知っているはずです」
実の母親を、少女はあの人と呼んだ。ぼくはスマホに電話番号を記録すると、少女に改めて礼を述べた。
「姉のお墓に、何を伝えるつもりですか?」
少女の問いかけは、幼稚で感傷的だったが、それでもぼくは本心から答えた。
「一緒にいると、そう伝えます。いつまでもずっと一緒だと」
この先、地獄まで一緒なのだとは言えなかった。
「姉がうらやましいです」
そう言うと少女は、夜明け前の道を、自転車を
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