第12話 魔導具作成
「はっくしょんっ!」
「どうしたの、風邪でも引いた?」
シーラから木材を受け取ると俺は鼻を掻いた。
「いや、そんなに体調は悪くないんだが……」
誰か噂でもしているのだろうか? もっとも、俺の知り合いなんて数えるほどなのでそれはないか……。
「それよりさっさと組み立てて部屋に運ぼう。さすがに昨晩のようなことはごめんだからな」
「うっ。そ、そうよね……」
シーラは気まずそうな顔をすると俺に木材を渡して目を逸らす。無理もない、昨晩ベッドが一つしかないことに気付いた俺たちだが、その後色々あったせいで気まずいのだろう。
俺としても意識しないようにしているが、ふとした拍子にシーラがこちらをチラチラ見てくるので、どうしても昨晩のことが頭から離れない。
そんなわけで、今後あのような事故が起きないように今のうちにベッドをもう一つ作っているというわけだ。
「それにしても、こんなことしていていいのかな?」
しばらくして、気を取り直したシーラが話し掛けてきた。
「こんなことって?」
「寝具の有無は確かに重大だけどさ、もっと他に優先すべきことはないのかなと思って」
「例えばどんな?」
俺が繰り返し問うと、彼女は右手で自分の頬を突きながら考える。
「私たちの目的って、この深淵ダンジョンを抜けだして外に出ることじゃない? だったら、もっとこのダンジョンを探るために偵察をした方が良くないかなと思ったの」
確かにシーラの言葉も一理ある。
「脱出するだけなら、確定しているルートはあるからな」
「えっ?」
シーラは惚けると棒立ちになった。そして血相を変えると俺に詰め寄ってきた。
「いいい、いつの間にそんなルートを思いついたの!?」
「別に不思議な話じゃないだろ、俺たちは扉を通って深淵ダンジョンに入ってきた。つまり扉から出ていけばいい」
「どういうことなの?」
「深淵ダンジョンの扉は一年に一度だけ開く。つまり、ここで生活して生き残れば一年経てば出られるってことだ」
もっとも、ルケニアでは犯罪者扱いだろうからある程度の事前準備は必要だろうが……。
「言われてみればそうかも」
シーラはそう呟くと口元に手をやった。
「もちろんそれは最終手段だから他の方法も探すつもりだ。だが今は生活の基盤をきちんと整えた方が良い」
睡眠不足によるストレスなどで思わぬ不覚を取ったりしたら笑えない。
このダンジョンの調査ももちろん大事だが、それは安眠できる環境を整えてからでも遅くはないと俺は考えている。
そのためにもまず家具や寝具を充実させる必要がある。俺は気を取り直すとベッド作りへと戻るのだった。
「そんなわけだから、シーラ。お前にやってもらうことも色々考えているからな」
「うっ、わかってるわよ」
俺がそう言うと、シーラは何をやらされるのか不安そうに答えるのだった。
「さて、こまごましたものを作っていくかな」
ベッド作りが終わり小休憩を挟んだ俺は、さらなる生活向上のため小屋の設備を整えることにした。
ちなみに、シーラには釣った魚とシルバーボアの肉を燻製にする作業を頼んである。
俺の亜空間ならば時間経過なしで保存できるのは確かなのだが、万が一俺が行方不明や意識不明になったりすると残されたシーラに生き残る方法がなくなってしまう。
完全に俺に依存するのではなく、彼女だけでも生活していけるようにならなければいけない。そのため俺は、彼女に保存が利く食糧を作るように説明し、頼んだ。
「とりあえず今日のところは昨日不便に感じたところから手を付けて行くとするか」
テーブルの上にミスリルの欠片を並べる。適当に風魔法で切り裂いただけなので欠片にはばらつきがあるが、大きな欠片を触媒に用いた方が高性能な魔道具を作ることができる。
まず最初に作るべきは水と火の魔道具だろう。ちょっと歩いたところに川があるので不要かとも考えるが、水汲みのためだけに貴重な時間を割くわけにもいかないし、サークレットの知識と杖のお蔭で付与魔法の難易度が低いので作ってしまった方が早い。
俺はそれほど大きくないミスリルの欠片を手に取った。そこまで凄い魔法を付与するわけではないのでこれで十分だろう。
離れた場所にミスリルの欠片を三つ並べると、杖をかざし付与魔法を実行する。
「【エンチャント・ウォーター】【エンチャント・ファイア】【エンチャント・ウインド】」
ミスリルが青・赤・緑の光を発し落ち着くと、【水の魔道具】【火の魔道具】【風の魔道具】が完成した。
「さて、次にこれを設置する場所だな……」
俺は小屋を見渡しどこに設置すべきか考えた。そして、ベッドから離れた場所。テーブルの先にある壁際に台所を作ることにした。
「【ストーンシュート】」
魔力を込めると、その場に幅二メートルほど高さは腰くらいの四角い石ができあがる。表面がツルツルしている大理石だ。
この魔法は本来であれば岩を生成して敵にぶつける魔法だが、制御することでその場に岩を作り出すだけに留めることができる。
普通の岩を作るのが一般的な使い方だが、魔力を多く注げばこのように他の材質でも作ることはできる。台所にするなら見栄えを重視した大理石の方がよいだろう。
俺は更に魔力を込めると大理石の形を整えていく。
カマドを作って火の魔道具を設置し、洗い場を作って蛇口を用意して水の魔道具を設置する。
さらに、台所の壁に横穴を開け、そこに風の魔道具を設置することで、料理の際に発生する煙を外へと追い出すことにした。
「とりあえず、食事まわりはこれで大体良いかな」
殺風景だった部屋に生活感が現れる。ベッドが二つに台所が出来上がった。
「次は環境を整えるか……」
俺は小さな欠片を一つと、それなりの大きさの欠片を一つ並べる。
「まずは、照明から……【エンチャント・ライト】」
ここはどういうわけかダンジョン内なのに昼夜がある。昨晩は俺が魔法の明かりを用意したのだが、普通の照明魔法は時間が経過するか魔法を解除しなければ消えない。
だが、魔道具であればだれでも簡単に照明を消すことができる。
俺は完成した魔道具を天井へと設置する。
「ひとまず一つでいいか、そんなに広い部屋でもないしな」
設置場所に満足すると、再びテーブルへと向き合うと気合を入れる。
今から作る魔道具はこれまでのような難易度の低いものではなく、使用する魔力も制御も難しい。
この先、生活をしていく上で欠かせないのでチャレンジすることにした。
「【エンチャント……ブレス!】」
今までにない勢いで魔力が抜けていく。俺は今、複数の属性を一つの触媒に定着させている。付与魔法は一つの魔法を定着させるだけでも結構な魔力を食うのだが、それが二属性となると数倍、三属性となると更に数倍の魔力が必要になる。
普通の付与士であれば一属性で一週間、二属性で三週間、三属性なら数ヶ月かけて一つの魔道具を完成させる。
それを一発で完成させようとしているのだから、破邪の杖を用いてもきついわけだ。徐々に魔力が吸われ余力がなくなってくるが……。
「これで……完成だ」
どうにかギリギリ魔力が足りたようだ。俺は自分が作った魔導具を満足げに見ていた。
「大変よ、ピート!」
ドアが乱暴に開き、シーラが戻ってきた。
「どうした、シーラ。燻製作りを失敗したか?」
初めての作業なのでミスをしたのかと思って聞いてみる。
「違うわ! あれ……この部屋随分と快適な温度ね?」
「早速気付いてくれたか。これ、魔道具のお蔭なんだ」
「魔道具……一体どんな?」
興味を持ったのか、シーラは質問をしてきた。
「部屋の温度を調整して快適に保つ魔道具だ。俺が身に着けている大賢者のローブに付与されているのと同じ魔法だな」
【火属性】【水属性】【風属性】の三属性を付与した魔道具で、部屋の温度を快適に保ってくれる。
ダンジョン内とはいえ森の中なので夜は冷える。葉で作ったシーツは保温が完璧ではないので、この魔道具は今後生活をしていく上でかなり重要なアイテムだった。
「も、もしかして私のために?」
探るような視線を向けてくるシーラ。彼女のためというのはその通りだが、難易度の高い付与を試してみたかったというのもある。
「それより何が大変だったんだ?」
感謝されたくてやったわけではないので、シーラの問いには答えずに戻ってきた理由を聞くことにする。
彼女は思い出したとばかりに表情を変えると言った。
「私、外の世界に戻る方法わかっちゃったかも!」
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