第11話 Sランクパーティー『銀の翼』

          ★


 ピートがちょうどシーラとシルバーボアの肉を食べている頃、ルケニア冒険者ギルドでは騒ぎが起きていた。


「ピートを犯罪者として深淵ダンジョンに投獄したって、どういうことだっ!」


 ギルド内に沈黙が流れる。怒鳴ったのがこの冒険者ギルドでもっとも地位が高いSランク冒険者だったからだ。


「わ、私としても上からそう告げられただけで……」


 受付嬢が震えている。無理もない、Sランク冒険者ともなれば国から多くの特権を与えられている。そんな相手の怒りを一身に受けて平静でいられるわけがなかった。


「ちっ! それで、どういった罪状で引っ張って行かれたんだ?」


 Sランクパーティー『輝きの翼』のリーダーのブレッドは頭を掻いた。受付嬢に当たったところで答を得ることはできないからだ。


 少しの間が空き一人の冒険者が前に出てきた。


「ブレッドさん、俺その場にいたというか……。ピートを取り押さえたんですけど」


 その言葉でブレッドの後ろにいる銀髪の女剣士が殺気を放ち、剣を抜こうとした。


「ひっ!?」


「メリッサ、落ち着け」


 ブレッドが片手で制する。彼女は【雷光】の二つ名を持つ剣士で、その名の通りこれまで瞬きするほどの間に敵を葬ってきたからだ。


 ブレッドが止めに入らなければ、彼女の剣が冒険者の首を突き刺していた。


「続きを話せ」


「俺も何かの間違いだと思ったんですけど、ピートの罪状はダンジョン内でのモンスターの擦り付けらしいです」


 メリッサを気にしながら冒険者は恐る恐る答えた。


「あいつがそんなことするわけないじゃん!」


 後ろで話を聞いていた少女が否定する。彼女はトレジャーハンターのメリル。ダンジョンのトラップを潰したり、持ち前の明るさで事前に情報収集をしたりする『輝きの翼』の斥候役だ。


「全財産賭けてもいいよ、あいつはそんなことしないから」


 鋭利な刃物のような視線が冒険者を捉える。彼女は短剣の扱いに長けている。迂闊な発言一つで自分の首に短剣が突き刺さるのではないかと震えた。


「誰か、それらしき目撃情報はないか?」


 ダンジョン内のモンスター擦り付けは確かに処罰対象だ。だがその場合、ギルドは両者の話を聞いたうえで処分を決めることになっている。


 ピートを加害者とするなら当然被害者がいるはず。ブレッドはまず状況を確認しようと考えた。


「これ以上その件で騒ぐことは許さん」


 ところが、周囲の冒険者から事情を聞こうとしたタイミングでとある人物がそれを遮った。


「どういうことですか、ギルドマスター?」


 奥からギルドマスターが出てくる。ブレッドは訝し気な視線を送ると真意を問いただした。


「この件はもう決着が付いている。これ以上無駄に騒いでことを荒立てる必要はない」


「話を聞きたいって言ってるだけでしょ! ピートが本当に擦り付けをやったならどこで誰にしたのか、明らかにしてよ!」


 メリルは苛立つとギルドマスターへと食って掛かった。


「ならぬ、今回の件は被害者の意思により情報の公開をしないことになっている」


 ギルドマスターの頑なな態度に、その場にいた冒険者たちが騒めき出す。


「それでは筋が通らないだろう。ピートは実際に深淵ダンジョン送りにされたのだろ? もし本当にそんなことをしたのなら俺たちはそれを知る権利がある」


 ブレッドの言葉にギルドマスターは怒鳴った。


「黙れっ! このギルドのマスターは俺だ! 俺があいつを罪人と決めたからにはそれが真実なのだ! ごちゃごちゃと文句を言うなっ!」


「……話になんない。私、ちょっと深淵ダンジョンに入ってピートを助けてくる」


 これ以上相手をしている時間が惜しい。メリルはきびすを返すと出て行こうとするのだが……。


「勝手な行動を取るな! ギルドマスター権限でお前たちの活動を制限するぞ!」


 もし制限を受けてしまうと、仕事に支障をきたす。


「落ち着けメリル」


「でも、ブレッド。ピートがあの深淵ダンジョンに一人きりなんだよ?」


「あいつのことだ、そう簡単にくたばるとは思わないさ。それにすでに投獄されてから二日は経つ。この国の扉はとっくに閉まっているはずだろ」


 焦りがあるのはブレッドも同じ。だが、ここで感情的になったところでどうにもならないのだ。


「とにかく色々あって混乱してるので、俺たちは今日のところは休ませてもらう」


 ブレッドはそう言うと、メリルとメリッサの背中を押しギルドから出ていくのだった。





「絶対、あいつが裏で糸を引いているんだよ」


 宿に部屋を取り集まったところでメリルが核心に触れた。


「まあ、そうだろうな。今年投獄された後に犯罪者が一人も残っていないなんてでき過ぎている」


 あれからメリルが情報を集めた結果、目撃者はおろかその日にダンジョンに潜ったものがおらず冤罪の線が強くなった。


「……やっぱり殺す」


 メリッサの口から物騒な言葉が飛び出してくる。


「お姉ちゃん、私もやるよ」


 彼女たちは双子の姉妹で、性格こそ正反対だがこういう時の思考は驚くほど似ている。


 メリッサとメリルが剣と短剣を手にギルドマスター殺害を決意していると……。


「お前たち落ち着け」


「これが落ち着いていられる? ピートが死んじゃったかもしれないんだよ?」


 パーティーにこそ入っていないが『輝きの翼』のメンバーとピートには交流があった。


 ブレッドもメリルもメリッサも彼の実力には一目を置いている。


「もしここで俺たちがギルドマスターの罪を暴こうとしたとして、それにどれだけ時間がかかる? 奴を裁くことが今しなきゃいけないことなのか?」


 濡れ衣について、当然調べられる可能性を考えていないはずがない。念入りに探りをいれればギルドマスターの罪を告発できるかもしれないが、それには多大な労力と時間がかかるだろう。


「俺たちが今しなきゃいけないのはピートの救出だろ? あのギルドマスターに痛い目を見させるのはそのあとでも遅くない」


「でも、どうやって深淵ダンジョンに入るのさ? この国の扉はもう閉じているんだよ?」


「何か考えある?」


 焦りを浮かべるメリル、短く問うメリッサ。ブレッドは二人を見ると頷いた。


「ああ、俺に一つ心当たりがある」


「さっすがブレッド。頼りになる」


 指をパチンとならし元気付いたメリル。


 ブレッドは険しい顔をして腕を組む。


「その前にお前たちに聞いておきたいことがある」


「何さ?」


「……何?」


「俺たちがこれから向かうのは、帰還率ゼロと言われている深淵ダンジョンだ。行くからには命を懸けることになるが、それでも本当に行くのか?」


 ブレッドの最終目的は元々『深淵ダンジョンの攻略』だった。これまでも生き抜くための力を得ようと鍛錬を重ね、結果としてSランクまで上り詰めた。


 だが、メリルとメリッサはそうではない。天賦の才を持つこの二人はピートと同じでまだ17歳と若い。

 命を懸けて深淵ダンジョンに入るにはやり残したことがあるはず。ブレッドは自分の半分も生きていない二人が本当に付いてくるのか覚悟を問うた。


 誰もがしり込みする深淵ダンジョンだ。ここで折れても仕方ないそう考えていたブレッドだが……。


「行く!」


「もちろん行くよ!」


 二人の答えは最初から決まっている。


「だって、そこにピートがいるんだから」


「ピートを助ける」


 二人の少女の真っすぐな瞳に、ブレッドは自然と笑みを浮かべるのだった。


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