第10話 付与魔法と焼肉
本日の作業を終えて小屋へと戻った。
解体で汚れたので、小屋に入る前にお湯を沸かし、外で身を清めた。
サークレットの知識に生活魔法で【バブルウォーター】とうものがあったので使ってみたところ妙にぬるぬるするお湯が出てきた。
だが、さすがはサークレットが伝えてきた魔法。効果は絶大で解体の際についてしまったシルバーボアの血などが洗い流され、ただのお湯で身体を拭いた時とは違い身体中の汚れが落ちてスッキリした。
「気持ちよかった、私これ気に入ったかも」
身体を洗い終えたシーラも満足そうに頬を綻ばせている。
髪が湿っており、頬に赤みがさしていて非常に色っぽい。思わす視線が引き寄せられてしまうが、仲間として信頼してもらうためにも彼女をそういう目で見るわけにいかない。
俺は半ば強引に視線を戻した。
「さて、そろそろ晩御飯にしようか」
いよいよシルバーボアの肉の料理を味わえる。今日一日、これを楽しみに働いてきたのだ。
「そうね、たくさん動いたからお腹が空いたわ」
テーブルを挟んで俺とシーラは向かい合う。テーブルの上に木でできた下敷を置き、その上に石のプレートを乗せる。
「そんな石を置いてどうするの?」
俺が何をするつもりなのかわからず、シーラは首を傾げた。
「これから肉を焼こうと思うんだが、俺の火魔法だとどれだけ火力を絞っても小屋が燃えてしまうんだ」
「あー、確かにあの威力はね……」
大賢者の杖のお蔭で高い威力の魔法はバンバン撃てるようになったのだが、威力を抑えるのが逆に難しくなった。杖を手放すと制御が難しくなるが出来なくはないのだが、それをすると制御だけで手が一杯になってしまうので避けたい。
「だとしたら外で焼けばいいんじゃない? 魚を焼いたみたいにさ」
「森の夜は結構冷えるからな。今の格好で外に出たいか?」
「それはちょっと……確かに出たくないわね」
シーラの今の格好は丈夫な葉を張り合わせたポンチョを身に着けているだけだ。
着ていた服は身を清める時に洗ってしまい小屋の中で干してる。
俺の大賢者のローブは汚れもつかないし快適な温度を保ってくれているので引き続き身に着けている。
「じゃあどうするの?」
外で焼くのも駄目、魔法で火を起こすのも駄目。ならどのような方法があるのかというと……。
「ここは付与魔法を使うことにする」
「付与魔法って武器や防具に魔法の効果を定着させるのよね? 城の付与士が使ってたけど、魔道具一つ作るのも大変な時間がかかる上魔石が必要だったと思うのだけど?」
シーラの疑問に俺は応える。
「それであってるよ、この神器にはありとあらゆる魔法の知識が入っているからな。当然付与魔法も扱える」
「それは凄いけど……、たかが肉を焼くのに付与魔法を使うの?」
なまじ付与士の大変さを見たことがあるからか、シーラは微妙な表情をさせた。
「まあまあ、今回はあくまでちゃんと付与できるかの実験も兼ねてるからな。今後のことを考えると付与魔法を使いこなせないと困るし」
そう言うと俺は亜空間からある物を取り出す。
「基本的に付与魔法は魔力を蓄積する魔石を媒介に行うものなんだけど、逆に言えば魔力を蓄積できればなんでもいいんだ」
もちろん今の魔学ではそのようなやり方は伝わっていないので、これを実践できるのはサークレットから知識を得た俺だけになる。
「ふーん、そうなんだ。それで? 何を媒介にするつもり?」
「ちょうどここにミスリルの欠片がある。これに付与をしてみようと思う」
取り出した欠片を石のプレートにある窪みへと嵌める。
「ど、どうしてそんな希少金属を持ってるの?」
「深淵ダンジョンに入ったばかりの洞窟でミスリルゴーレムと遭遇したからな。倒して手に入れた」
ミスリルは魔法をある程度吸収する金属なので付与するのに適している。
「魔道士殺しの悪質なモンスターを倒したの!? 私の方にそんなの出てたら、今頃こうして無事では済まなかったわよ」
俺がミスリルを手に入れた経緯を説明するとシーラは驚き、胸を撫でおろすと自分が遭遇しなくてよかったと安堵した。
「さて、早速付与を開始するか。温度は肉を焼ける程度に石のプレートを熱すればいいから……」
俺は左手で破邪の杖を握りながら右手の人差し指をミスリルの欠片に乗せる。そして付与魔法を使った。
「【エンチャント・ヒート】」
次の瞬間、魔力が注ぎ込まれミスリルの欠片へと吸い込まれる。
「成功したの?」
俺は頷くと、シーラに触ってみるように促した。
彼女は恐る恐るミスリルの欠片に触れると、加熱の魔道具を起動させた。
「あっ、本当に起動した!?」
次第に石のプレートが熱くなり、すこし経つと湯気が立ち上り始める。
「これで、このミスリルの欠片は【加熱の魔道具】になった。魔力を補充すればずっと使えるはずだ」
「一つ作るのでも大変といわれる魔道具を……こんな設備もない場所で、簡単に?」
口を大きく開けて驚くシーラ。俺は彼女に声を掛ける。
「そんなことよりさっさと肉を焼こう。もう我慢の限界なんだ」
付与魔法で魔力を使ったせいか、いよいよ空腹が抑えきれなくなった。俺は用意してあった肉をプレートへと乗せる。
ジュウと音を立て肉が焼ける臭いが鼻をくすぐる。
俺は真剣な様子で肉を並べていき、絶妙な焼き加減でひっくり返す。そして食べごろになったと判断すると、自分とシーラの前にある葉に肉を乗せた。
「何これ、こんな美味しい肉を深淵ダンジョンで食べられるなんて……」
シーラは手で口元を隠すと目を大きく開いて肉を見ている。どうやら口にあったらしい。
俺はというと、無言で肉を口に運びつつも次から次へとプレートに肉を乗せていく。美味しいものを食べる時にはそれに集中しなければ犠牲となった生き物に失礼だからだ。
シーラも雰囲気を察したのか、無言で肉を食べ始める。
それから数十分間、俺とシーラは一言もしゃべることなく肉を食べ続けた。
「ふぅ、夢中で食べちゃったわ」
シーラは至福の表情を浮かべて呟いた。
「あとは酒があれば最高だったんだが、さすがにそれは贅沢すぎるか」
こんなダンジョン内でまともな食事を摂れるだけ恵まれている方だ。他の国から深淵ダンジョンに入った人間は今頃くたばっているか、支給された冷めた食糧を口にしてしのいでいることだろう。
「ふわぁ……」
欠伸が漏れる。シルバーボア討伐から解体まで、今日も一日色々とやったので疲れたようだ。
たとえ神器を持っていても体力が増えるわけではないから……。
目の前ではシーラも目を細めながら舟を漕いでいた。
「明日もやることが一杯あるし、今日のところは寝るか」
そう言うとシーラが頷いたので、俺たちは眠ることにしたのだが……。
その時になってベッドが一つしかないことに気付いた俺たちは、お互いに顔を見合わせると難しい表情を浮かべるのだった。
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