第9話 シーラの答えと解体作業

 シルバーボアの身体を一周して状態を見る。


 天井から降り注ぐ光を浴びてキラキラと輝く銀毛の美しさ、甲冑鎧を貫くと言われる鋭い牙、相当な大きさなので採れる肉の量はかなりになるだろう。


「刃物が欲しいところだな……この牙か歯を使って解体道具を作るか?」


 アゴに手をあて、今後の段取りについて考えているとシーラが近寄ってきた。


「ピート、その……。さっきの答えなんだけど」


 顔を背け、右手で髪を弄りながらチラチラとこちらを見てくる。俺は彼女が何を言おうとしているのか首を傾げた。


「私、ピートのことは別に嫌いじゃないのよ? 出会ってから何度も命を救われているし、今だって命の危険があるのに私を守ると言ってくれたし」


 彼女の命を救ったのはその通りだが、なぜそれを今蒸し返すのか?

 俺は疑問が浮かんだが、口を挟むことなく頷くとシーラの言葉の続きを待った。


「だけどね、私は国での立場もあるし、やらなければいけないこともあるから、すぐに答えをだせそうにないの」


 さきほど小屋で話していた俺の仲間になる話についてだろうか?


 彼女は頬を赤らめると俺の手を握ってきた。


「良かったら時間をくれないかしら? 父のこと、母のこと、そして私自身のことに決着が付いたらその時は……」


 瞳を潤ませて見上げてくる。俺はシーラの肩を抱き安心させるように笑って見せる。


「ああ、構わないぞ。これからの俺を見て判断してくれればいい」


 彼女なりの事情があるのだろう、俺としても無理に進めてあとで揉めるよりはシーラの判断に任せるべきと考えている。


「そ、そう? わかったわ。あなたのことを見ている」


 彼女は納得した様子で頷いた。


「ところで、さっきの魔法なんだけど凄かったわね」


 気を取り直した彼女は話題を変えてきた。


「ああ、あれは【コールドライトニング】という魔法でな。電撃を発生させることができるんだ」


 最初、シーラから焼き殺せと言われた時は否定した。


 あの日、俺が冒険者ギルドで初めてシルバーボアを見た後、狩ってきたSランク冒険者に知り合いが一人いた。彼女の厚意により肉の一部を分けてもらったのだが、その味わいたるや……。


 これまで生きてきた中であれほど美味しい肉を食べたことがない。

 シルバーボアは解体すれば毛から骨まですべてを有効に活用することができるのだ。


 Aランクモンスター程度なら破邪の杖で魔法を使えば倒せるのは実証済み。火属性なんて使おうものなら毛は焼け焦げ、肉はただれてしまい台無しになってしまう。


 なので、肉と毛を傷めずに倒す魔法を模索した。結果、最適だと大賢者のサークレットが導き出したのが【コールドライトニング】だ。


 この魔法はいかずちに氷属性を纏わせることで熱を発さないようになっている。獲物を無傷で倒すのにこれ以上最適な魔法はないだろう。


「とにかく、大切なものは守れたからな」


 あの日食べた肉の味が忘れられない。食料を確保したいと願った俺の前に希少モンスターが現れたからには肉一欠けらたりとも粗末に扱えない。


 俺はシルバーボアの毛を撫で、慈しむような目で見ていると。


「ま、またあなたはそういう……。不意打ちは卑怯よ」


 どうやって食べようか心ここにあらずだった俺をシーラが睨みつけてくるのだった。





 シルバーボアの牙と爪と歯を並べる。


「【アイシクルエッジ】」


 魔力で作り出した超硬の氷をその場に留める。これもサークレットから得た大賢者の技術の一つだ。

 俺は作り出した氷にさらに魔力を込めると回転を加えた。


 ――ギュイイイイイイイイン――


 高速で回転をしている。俺は杖に力を込め、シルバーボアの牙を見るとフライを掛け浮かせる。 そして、それを回転している氷へと押し当てた。


 ――ガガガガガガガガガ――


 音を立てて牙が削れていく。しばらくの間二つの魔法を操作し形を整えた。


「ふぅ、こんなものか?」


 ある程度形ができたと思ったところで牙を手元に引き寄せる。

 するとそこには一本の剣ができていた。


「専門の鍛冶士でもないし、専用道具もないからこれで十分か」


 俺は近くの木の前に立つとその剣を振ってみる。


 ――ズズズズズズンッ――


 多少の抵抗はあったが、想定内の斬れ味だ。これならシルバーボアを解体するのに問題ないだろう。


「あとは爪と歯も同じように加工しておくか」


 俺は剣を亜空間にしまうと残りの爪と歯もナイフへと加工をするのだった。





「さて、これで解体道具は手に入ったな」


 シルバーボアの牙などから作った武器を地面に並べ出来栄えに満足している。


「ただいま、ピート」


 すると丁度シーラが戻ってきた。


「おかえり、ちゃんと仕掛けられたか?」


「うん、言われたとおりにやってきたわよ」


 彼女には簡単な罠の作り方を教えてそれを家の周辺に仕掛けてもらったのだ。モンスター相手にはあまり意味がないが警戒すべきは他にもいるからだ。


「それにしても、凄いわね。私が罠を作って仕掛けている間にこんなものまで作ったの?」


 シーラは感心した様子で解体道具を見ている。


「別に、神器があればこのくらいは誰でもできるさ」


 シルバーボアを倒したあと質問攻めにあった俺は、深淵ダンジョンで手に入れた神器のことを彼女に話した。


「私にはとても無理だけどね。やっぱり、ピートって凄いのね」


 何やら尊敬の視線をおくられる。あまり手放しで褒められると気まずいので、俺はコホンと咳ばらいをして気持ちを切り替えた。


「とりあえず、こいつを解体して今日は終わりにしようと思うんだが、一人だと大変そうなんだ。手伝ってくれるか?」


 なにせシルバーボアの身体は大きい。俺もシーラも解体専門ではないので、一人でちまちま作業していては終わるものも終わらない。


「もちろん。何からすればいい?」


「肉を斬り分けるのはこっちでやるから、シーラはシルバーボアの毛皮を剥いでくれ」


「わかったわ……」


 彼女は頷くと、並べてある道具の中から小さめのナイフを手に取った。


「小さいけど斬れ味は凄いからな、怪我しないように気を付けてくれよ」


「うん、ありがとう。それじゃあ、作業の邪魔にならないように私は背中の方から毛皮を剥いでいくわね」


「ああ、頼んだ」


 それから数時間かけて俺たちはシルバーボアを解体していく。


 解体が終わった部位を次々と亜空間に放り込んでいき、終ったころには空は真っ暗になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る