第7話 シーラとピート

「……いつの間にか寝っていたようだな」


 まどろみから意識を覚醒させると顔を上げた。


 肩から、葉でできたシーツがずり落ちる。溺れていた女性の看病をしていたのだが、屋内という気を緩めてしまう空間と、これまで蓄積していた疲労が一気に押し寄せたせいで眠ってしまった。


 随分と深く眠ていたようで、起た時には頭がすっきりしていた。


「ようやくお目覚めのようね」


 背中から声を掛けられ振り向くと、女性が一人立っていた。


 干していた服を身に着け、やや警戒した目で俺を見ている。


「状況からして、あなたが私を助けてくれたことは理解しているわ」


 彼女は胸元に手を当てると自己紹介をした。


「私の名前はシーラ、トラテム王国の……えっと、富豪の娘よ」


 一瞬言い悩んだのか目が泳ぐ。どうやら訳アリという予想は当たっていたようだ。


「俺はピートだ。ルケニア王国冒険者ギルドのDランク冒険者。魔道士だ」


 俺が名乗り返すと、彼女は驚き「……ルケニア?」と口元で呟いた。


 一方俺も考える、シーラが名乗ったトラテム王国と言えばルケニアの隣国だ。


 もし彼女が俺と同様に深淵ダンジョンの洞窟を抜けてきたのなら、さきほど考えた『すべての通路は繋がっている』という説があっていることになる。


「ピート、この度は私を助けてくれてありがとう。深淵ダンジョンに逃げ込んで、護衛を失って、モンスターに襲われ滝に落とされたときは死んだかと思ったわ。私がこうして無事に生きていられるのはあなたのお蔭よ」


 真剣な瞳を俺に向けると頭を下げる。所作が洗練されていて、育ちの良さがうかがえる。


「俺は、できることをやっただけだ」


 飾らない感謝の言葉に、俺は返事をする。


 すると俺の返事を聞いたシーラはきょとんとした表情を浮かべると、


「ピート、あなたって素直じゃないって言われないかしら?」


「……さあな、ソロ冒険者だから人とあまり関わらないようにしている」


 ドキリとするような親しげな笑みを向けてきたので、ついつい視線を逸らしてしまう。


 肝心のシーラは、首を傾げて不思議そうな顔をしているのだが、こうして元気な姿をしていると、彼女はそこらでは見かけないほど美しい容姿をしているのだと気付かされた。


「ところであなたに一つ聞きたいことがあるのだけど……」


 シーラは緊張すると「いいかしら?」と確認した。


「貴方は犯罪を犯すタイプではないと思うのだけど、どうしてここに入れられたの?」


「俺が所属していた冒険者ギルドのマスターに罪を捏造されたんだ。ダンジョン内で俺が他のパーティーにモンスターを擦り付けたと言ってね。実際のところ、今回深淵ダンジョンに入る犯罪者の数が足りなかったんじゃないかと思っている」


「そんな非道が……許せないわね」


 俺の話を信じたのか、シーラは怒りを滲ませた。


「そういうあんたは?」


「……あんた?」


「コホン。シーラはどうしてここにいるんだ?」


 少し馴れ馴れしすぎたのか不機嫌な顔をしたので名前で呼び直した。人との距離感は難しい。


「わ、私は……色々あって、追われている間に深淵ダンジョンの入り口が開いたから逃げ込んできたの」


 さきほど言っていた寝言と関係があるようだが、話したくないらしい。


 こちらとしても、相手の深い事情を知らない方が気が楽なのであえて追及するつもりはない。


「それで、ピート。これからなんだけど……」


 —―グゥウウウウウ――


 お腹の鳴る音が小屋に響いた。俺ではなくこの場に二人しかいないので音の主は限られてくる。


「とりあえず、まずは飯にしようか」


 恥ずかしそうにお腹を押さえるシーラを見た俺は、頬が緩むのだった。




「ご、御馳走様です」


 テーブルを挟んだ向かいではシーラが恐縮した様子で頭を下げている。彼女の目の前の大葉には頭と骨が残った魚の残骸と果物の皮が乗せられていた。


「いや、良い食べっぷりだったな」


 見かけによらない食べっぷりに半ば呆れた声を出すと、彼女は俺を睨みつけてきて言い訳を述べた。


「仕方ないじゃない。こうしてまともな食事にありつけるのは数日ぶりなんだもの」


 追っ手から逃げて深淵ダンジョンの洞窟に入ったまでは良かった、だが追い込まれてのことで食糧を用意しておらず、洞窟を抜けた後はモンスターに追い立てられて食べ物を口にすることができなかったらしい。


 顔を赤くして気まずそうに俺をチラチラと見てくる。


「別に悪くはない、まだ病み上がりなんだからしっかり栄養を摂らないとまた倒れてしまうだろ?」


「でも、何があるかわからないわけだし食糧は貴重よ。私が言うのもなんだけど、役に立つかどうかわからない相手に施す余裕なんてないんじゃない?」


 その言葉を口にした彼女は不安そうな顔をしていた。膝に置いている手がかすかに震えていることから、俺が彼女を追い出す気があるのか知りたいのだろう。


 人間は極限状態になれば残酷にもなる。洞窟で犯罪者に食糧を奪われた時からわかっていたことだ。


「すぐそこに川もあるし、この果物は近くに生えている木から採取したものだ。当分の蓄えはあるから気にする必要はない」


 犯罪者でないのなら問題ない。彼女が悪い人物でないことは知っている。

 悪いとは思ったが、俺の持っている破邪の杖を彼女の手の届く場所に置いて様子をみさせてもらった。


 魔道士の力を抑えるのなら杖を奪えば良い。だが、彼女はそれがわかっているにも関わらず盗るそぶりすら見せなかったからだ。


「で、でも……」


 尚も納得しない様子をシーラは見せる。


「それに、俺一人でできることは限られているからな。細かい作業をシーラが手伝ってくれるならそっちの方がありがたいし」


 お互いの目的は深淵ダンジョンを脱出すること。こういう場所だけに信用できる相手はそうそうに見つからないだろう。

 そういう相手に出会えたのなら協力するのは当然だ。


「ピートがそう言うのならそれでもいいけど……」


 どうにか納得したのか、シーラは表情を崩した。


「あっ、でも、エッチなのは駄目だからね?」


「おいっ!」


 突然飛び出した言葉に突っ込みを入れる。


「ふふふ、冗談よ。ピートのこと信じているからね」


 悪戯を成功させたシーラは、これまでで一番自然な笑顔を浮かべて見せた。


「そういえば、さっきの話で一つ気になることがあったんだが……」


「ん、なにかしら?」


「シーラはモンスターに襲われて滝に落ちたんだよな?」


「ええ、私はこれまで城から……。んんっ! 間違えたわ、屋敷からほとんど出たことないからモンスターには詳しくないのだけど、灰色の毛並みと口の横に二本の牙をもつ全長で五メートルはありそうな巨大な獣だったわ」


 シーラから特徴を聞いて該当しそうなモンスターがいくつか思い浮かぶ。


「ランクCモンスターのスタンプボア辺りかな?」


 高さ二~三メートル、全長五メートルほどのこのモンスターは鋭い牙を生かして突進してくる。


 見かけに反してそれなりに素早いので、突っ込んできたら避けるしかない。

 ランクCモンスターと言えば、同ランクの冒険者がパーティーで討伐すべき相手なので、元の俺の実力から考えると格上になる。


「そんな奴が近くにいるとなると物騒だな、この後ちょっと偵察を……」


『ボアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


「ひっ!」


 獣の鳴き声にシーラが委縮する。


「ま、まさかここまで追いかけてきたの……」


 肩を震わせ顔を青ざめるシーラは言った。


「この鳴き声、間違いないわ。私を滝に落としたモンスターよ」


 その言葉を聞いた俺は杖を握り締め、小屋の外へと走り出した。

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