第6話 魔法で小屋を建てた
「そろそろ戻ってもいいかな?」
川で溺れていた女性を助けてから一時間が経った。
俺がいると服を乾かすこともできないと思い森にはいると、周辺を探索して時間を潰した。
いくつか、食べられる木の実と果物を発見できたので亜空間に収納しておいた。
そろそろ彼女の方も落ち着いたころかと思った俺は、森を出て焚火へと戻ったのだが……。
「まさか、寝ているとはな……」
犯罪者が放り込まれる深淵ダンジョンだ。俺を犯罪者と判断して逃げている可能性は考えたが、こうも無防備な姿を見せられて困惑する。
見かけによらず図太い性格をしているのだな。溜息を吐きつつゆっくりと彼女に近付いて行くと、どうやらただ寝ているだけではないことに気付いた。
「……熱いな」
彼女の額に手をやると、高温を発している。
苦悶の表情を浮かべており、浅い呼吸を繰り返している。
顔からは玉のような汗が流れていて、どうやら体調不良で意識を失っているらしい。
このまま放っておけば、遠からず容態が悪化して死んでしまうに違いない。
こんな場所にいるということは彼女も何らかの罪を犯してここにきている可能性が高い。一度は助けた命だが、これ以上面倒を見る義理がないと俺が考えていると……。
「ううぅ、お父様……お母様……どうして」
彼女の手が伸びてきてローブを掴む。夢を見ているようで、目から涙を零しうわ言を呟いた。
俺のように冤罪で放り込まれている可能性もある。他人とは思えず、うなされている彼女を見た俺は、苦渋の選択をするのだった。
「う……うぅ……」
彼女の呻き声が聞こえる。
俺は木を彫って作った器に魔法で用意した氷水を入れた。水を吸収する植物の葉を浸してあり、絞るとジャラジャラと音を立てる。
よく冷えていることを確認するとその内の一枚を彼女の額へと乗せてやった。
あれから、彼女の身体を暖め服を乾かした。
だが、それだけでは不十分。回復させるためには安静にする必要がある。
拭きさらしの屋外では安心して休むには限界がある。
そんなわけで、俺は森の一部を切り開きそこに小さな小屋を建てた。
大賢者のサークレットには魔法以外にも建築の知識があり、ちょうどよい設計図があったので魔法で木を掘り起こし地面を整え、木材を加工していく。
本来なら労力と時間が掛かる作業だが【フライ】で木を浮かせ、風の刃で形を整えることで大幅に時間を短縮することができた。
このような魔法操作をやってのけられるのはすべて装備のお蔭。神器が有って良かった。
余った木材でベッドを作り、細かく砕いだ木屑を、貼り合わせた丈夫な葉でくるみ緩衝材代わりにした。
お蔭で、保温性に優れた寝具が完成したので、こうして彼女を横たわらせている。
「さすがにこっちも眠くなってきた……」
容態が落ち着いてきたのか、彼女はすやすやと寝息を立てている。そんな姿を見てしまえば張っていた気が緩んでしまう。
無理もない、洞窟の穴から脱出してからそろそろ丸一日活動しっぱなしなのだ。
彼女が起きるまではと考えつつも瞼が重くなってくる。
俺はいつしか眠りに落ちていた。
★
朦朧とする意識の中、悪夢を見た。
自分がダンジョンに入る原因となった事件の夢だ。
私は意識を覚醒させると、自分がベッドに横たわっているのことに気付いた。
植物の葉を重ねて作られたシーツと、背中には柔らかい緩衝材。
どうやら家の中らしく、視界には木で作られた屋根が見える。
「あれから……どうなったのかしら?」
深淵ダンジョンに追い詰められ中に入った。護衛に守ってもらい何とか洞窟を抜けたが、モンスターの襲撃を受けて散り散りになってしまった。
それから山道を歩き回り、最後に川に落ちたところで意識を失ってしまったのだ。
再び目が覚めると一人の男性が私の顔を覗き込んでいた。状況から察するに、水を吐き出させ、溺れていた私を助けてくれたのだろう。
彼に服を乾かすように言われたのだが、あの場で脱ぐことを躊躇っているうちに熱がでて再び意識を失ったはず。
そんな風に自分の行動を振り返っていると、すぐ横に気配を感じた。
さきほど私を助けてくれた男性だ。ベッドに伏せて眠っている彼の横には、水が入った容器があり葉が浸されている。私の頭に同じものが乗せられていることから、看病をしてくれていたのは明らかだ。
こういう場所で出会ったからには犯罪者なのだろうと考えたが、こうして私を助けてくれていることを鑑みると悪い人ではないのかもしれない。少なくとも城内にいる利己的な人間では取り得ない行動だ。
ひとまず状況を知りたく、彼に手を伸ばし起きてもらおうと考えるのだが……。
「せっかく寝ているのに、起こすのは申し訳ないわね」
ここは危険なモンスターが徘徊する深淵ダンジョン。そんな場所でようやく休めているのだ。
彼が起きるまでの見張りは私がしようと考え待つことにした。
「それにしても、妙にスース―するわね」
ふと、肌に葉のチクチクする感触を覚えシーツを捲ってみる。するとシーツの裏から出てきたのは、布一枚纏わない肌色だった。
歳のわりに育っており、最近では異性の目を惹きつけていると思われる二つの山。それが惜しげもなく晒されている。
よく見ると小屋の端に植物の蔦が張られており、そこには私が身に着けていた服と下着が干されていた。
おそらく、彼がやったのだろう。そうなると私は彼に生まれたままの姿を見られ、あまつさえ下着まで洗濯されたということになってしまう。
「……あの時、いうことを聞いておけばよかった」
屋外で服を脱ぐことに抵抗があって倒れたが、こうなるとわかっていたのなら脱いだ方がましだった。少なくとも容態が悪化しないで倒れなかった可能性もある。
彼に下心がないことはわかっている。もし邪な考えを持っているのなら、こうして看病までしていないだろうから。
とはいえ、蘇生の際に人工呼吸をされ、こうして裸を見られてしまったからには色々と意識せざるを得ない。
ふたたび彼の寝顔を覗く。
「ぱっと見同い年か一つ上くらいかしら?」
起きている時は人を寄せ付けないキツイ雰囲気があると思ったけど、こうして見るとそんな印象はまったくない。
彼を見ていると身体が熱を持ち始めた。さきほどまでの体調不良による息苦しさではなく、心臓が脈打つような……どこか心地の良い痛み。
私は彼が起きたとき、どのように接すれば良いのか頭を悩ませるのだった。
★
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