第5話 滝から美少女が流れてきた

 草木をかき分けて進む。


 下を見ると葉が積もっており、地面から突き出した木の根や枝が邪魔で、たびたび杖が当たらないように動かさなければならなかった。


 森に入ってから数十分ほど経ったかと思うのだが、今のところモンスターにも獣にも人にも出会わない。


 狩人なら些細な痕跡から生物の痕跡を発見し、追いかけることができるのだろうが、俺にその技術はない。


 自分がどちらを向いているのかわからず、危険を冒してでも一度上空から確認してみようか考えていると、水が落ちる音が聞こえてきた。


 俺はその音のする方へと早足で移動した。


「滝か……」


 目の前には百メートルほどの滝があり、その下に川があった。


 対岸までの距離はおよそ数十メートル、流れている水は透き通っており、ときおり何かが動いているのがわかる。


 大賢者のローブを脱いで入ってみたところ、そこそこ深いようで腰まで水に浸かった。


 目を凝らすと魚が泳ぐ姿を目撃する。俺はいったん川から引き上げると釣りをするための枝を探してきた。


 そして、いざ釣りをしようとして一つ考える。


 釣りをするには両手を使わなければならない。だが、先日の件で、杖を手放すことに嫌な予感が浮かぶ。


 あの時、杖を奪われなければ犯罪者にむざむざ穴に落とされなかった。


 ひらけた場所ではあるが、滝の音のせいで何者かが接近してきても気付くのが遅れるかもしれない。


 専門職の人間であれば足音を殺すのは容易であるし、再び杖を奪われた場合今度のは神器なので手痛いどころの話ではないのだ。


 どうするべきか考えていると、大賢者のサークレットから知識が流れてきた。この状況に適した魔法があるらしい。


 【アポーツ】……所有登録しているモノを手元に引き寄せることができる。


 これならば手放した状態からでも瞬時に杖を引き寄せることが可能そうだ。


 俺は早速、破邪の杖を所有登録する。触れた状態で魔力で自分が所有している印をつける。これで下準備は完了だ。


 俺は破邪の杖を地面に置き、数メートルほど離れると……。


「【アポーツ】」


 次の瞬間、破邪の杖が消え右手に馴染んだ感触があった。


「これは便利だな、ローブとサークレットと腕輪にもかけておこう」


 神器とはいえ装備している以上、脱ぐ場面もある。その隙をついて奪われる可能性があるので、取り戻す対策は必要だ。


 俺は他の神器にも魔力で印をつけていく。


 そうして準備が終わりふと考える。確かに取り寄せできるのだが、杖をそこらに放っておくのはそれはそれで不用心ではないか?


 奪われないに越したことはないし地面に置けば汚れてしまう。魔道士にとって杖は大切なパートナーだ。やむを得ない場合でなければ雑に扱いたくない。


「亜空間に入ってる場合どうだろうか?」


 アポーツが空間を隔てて発動するかは試しておきたい。大賢者のサークレットから得た知識で、敵を別な空間に放り込む魔法なんてものも存在しているからだ。


 その魔法の使い手、もしくは自分のミスで杖をそちらに送ってしまったどうなるのか、早急に検証すべきとおもったからだ。


 俺は、破邪の杖を亜空間に入れると、ゴクリと喉を鳴らした。


「【アポーツ】」


 右手に杖の感触を感じる。この方法なら亜空間にしまってあるアイテムも取り出せるようだ。


「これは色々使い道がありそうな魔法だな」


 盗難対策ができた俺は、満足げに頷くと釣りを始めるのだった。






 後ろでは、パチパチと火が爆ぜる音が聞こえる。


 煙が立ち、魚の焼ける臭いが漂ってくる。


「よっと、また釣れたな」


 さきほどから、魚を釣っては枝に刺し、次から次に焼いている。


「そろそろ食べごろかな?」


 焚火の周りには十を超す魚が囲われている。俺は釣竿を一旦置くと、魚の焼き加減を確認した。


 表面の皮が焦げて良い匂いが鼻先をくすぐる。空腹を意識してしまい、唾を飲み込むと俺は魚を手に取った。


 両手で枝を持ち、大口をあけて魚にかぶりつく。口の中一杯に魚の身が広がり、脂の風味が舌を刺激する。


 二日ぶりの食事を口にしたこともあってか、一口食べると止まらなくなった。


 一心不乱になり焼いていた魚を次から次へと食べていく。気が付けば釣り上げた魚は全部俺の胃袋へと消えていた。


「ふぅ、ようやく落ち着いたな」


 食事を終え、川の水で喉を潤わせると一息吐く。食後の休憩を兼ねて俺はぼーっと岸辺を見ていた。


 深淵ダンジョンに放り込まれて以来、初めて心に余裕ができた気がする。


 ここなら水も食糧も手に入るので飢えることはない。差し迫っていた問題の一つが解決したこともあって焦る必要がなくなったのだ。


 後は時間を掛けてでもこのダンジョンを脱出する方法を探る。


 上空にドラゴンが飛んでいるせいで迂闊に【フライ】が使えないし、森で浮かべば俺の存在を一方的に相手に伝えることになりかねない。


 ソロで活動している以上、休憩をとる場所にも気を遣わなければならない。諸々の問題点もあり頭を抱えたくなる状況ではある。


 だが、こちらには神器がある。

 慎重に行動していれば、いずれ活路が見つかるはずだ。


 ようやく見え始めた光明に、俺が頬を緩ませていると……。


「ん、あれはなんだ?」


 滝から落ちてきた何かがプカプカと川に浮かびながら流れてくる。


「もしかして、人間か?」


 白い布を纏った女の子が仰向けで流れてきた。


 俺は慌てて川へと入り、彼女へと近付いた。


「おいっ、しっかりしろ!」


 頬を叩いて意識を促すが反応がない。滝から落ちたせいか、溺れたからか意識を失っているようだ。


「取り敢えず、岸に上がって……」


 俺は彼女を引っ張ると、釣りをしていた岸へと戻った。


 彼女を地面に寝かせる。肌が真っ白になっており呼吸をしていなかった。


「くそっ! ひとまず蘇生させないと」


 俺は目一杯息を吸うと彼女と唇を合わせ、人工呼吸をした。


 心臓マッサージをし、何度も何度も空気を送り込む。


 何度か空気を送り込んでいると、


「ゲホッゲホッ!」


 意識を取り戻したのか、水を吐きだした。どうにか蘇生することができ、俺はホッと息を吐いた。


「大丈夫か?」


 苦しんでいる様子の彼女の背中を擦ってやる。


「ええ、あ、ありがとうございます」


 白いローブが身体にぴっちりと張り付いている。滑らかな曲線を描く布地のせいで、非常時だというのに目のやり場に困った。


「まずは体温を戻すことだ。俺は薪(たきぎ)を集めてくるから、その間に服を脱いで乾かしておくといい」


 顔色が悪く身体が震えている。せっかく助けたのにこのままでは凍死してしまいそうなので俺は彼女に提案した。


 彼女は探るような目で俺を見るが、信じてくれたのか首を縦に振った。


 俺は亜空間に入れていた薪をさり気なく取り出すと、森へと入っていくのだった。

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