さざなみレコード

@yoga_jizo

さざなみレコード

「またお待ちしております」


このありふれた言葉も、口にするのはあと何回だろうか。

"さざなみレコード"と書かれた看板は夕日を浴び、終わりを悟るように佇んでいた。


私は、この店で働いている。


去年の春頃、この街に越してきた。

大学とバイトの両立は当たり前のようで、とても過酷で、余裕のない日々を過ごしていた。


でも、やめようと思ったことは、ない。

さざなみレコードで過ごす、時の流れの遅い午後が好きだった。


潮の香りがする街を、歩く。


「今日子は、思い出に生きてるよね」

彼女の声を思い出す。


優香は、高校ニ年のときに転校してきた女の子だ。


彼女の家庭環境は複雑で、学校を突然長く休んだり、早退する日が多かった。

母親の水商売を手伝っていたんだと思う。

学校に馴染めない私達は、いつの間にか友達になった。


時間が合えば一緒に帰っていたし、校外でもたくさん会って、意味もない話をずっとしていた。

彼女の横顔はとても美しく、でもどこか、消えてしまいそうな儚さを持っていた。


そんな彼女がこの世を去ってから、もう一年が経とうとしている。


私は、電車で彼女との思い出の公園へ向かった。

すみれヶ丘第三公園。とても小さく、ブランコとベンチしかない、簡素な公園だ。

私達は、ここを基地と呼んでいた。


辛い日には集まり、一緒に涙を流し、長い夜には、ひたすら夢を語り合った。

わからないけど、他の人とは違った。


彼女にしか見せない私がいたし、私にしか見せない彼女がいたのだ。


きっと、恋をしていた。


「私、もう一度人生があっても今日子と会いたい!」


この涙の意味は、誰もわからなくていい。

記憶に針を落とすたびに、うっすらと蘇る声は、やっぱり低かったし、かすれていた。

また当たり前に朝は、来る。


手帳には、9/28 さざなみレコード最終日 と書かれていた。


約束された終わりを見届けながら、私は、今日も生きてみることにした。

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