麻衣ちゃんに読む物語
るろうにつー君
第1話 マイ・スイート・ハート(麻衣🤎)
【無条件の愛】
麻衣の告白を経て、めでたく二人は恋人同士となった。かと言ってマスコミなどの目を引かないために同棲とはいかず、麻衣は僕のために近くに賃貸マンションを用意してくれた。
麻衣は同棲でもいいと言ってくれたが、僕が譲らなかった。無論、麻衣を思ってのことである。
二人のことが周りに気付かれてはいけないし、作詞には一人の時間も必要である。
とは言っても、僕の住むマンションは、麻衣のマンションから徒歩20分程だ。
引っ越しが終わって、僕は一息ついた。すでに夕暮れ時だ。
「麻衣ちゃん、ずいぶん広いマンションを用意してくれたな」
部屋は以前、自分が住んでいた単身アパートの3倍はある。福島でいうなら綺麗な家族用の市営住宅だ。それが都内ともなれば...家賃額を想像しただけで身震いがした。
部屋にはすでに麻衣が手配した家具一式や食器なども揃っている。
「麻衣ちゃんには頭が上がらないな」
彼女の気遣いに僕は心から感謝した。
「ところで...なんでいるんだ?」
僕は部屋の一箇所を見据えながら声に出してそう問うた。
もし、この部屋に誰かいたらその者は努の正気を疑ったかもしれない。見据えた空間には誰もいないのだから。
(なんでってキャスの自由ですの)
悪びれもなくそう答え、大あくびをしたのは麻衣の愛犬だったキャスパーであった。
もう3年も前に天寿を全うしていた。
キャスパーと僕の縁はこうだ。キャスパーは自分が天寿を全うしたときに、麻衣の想い人であった僕に挨拶にきたのである。
『麻衣ちゃんをお願いしますの』と。
それから僕はキャスパーの霊体と交信できるようになったのだ。
「居候するならちゃんと番犬の役目を果たしてもらうぞ?」
(わかりましたのー)キャスはいかにも面倒臭そうに返事をし、のろのろと起き上がった。
ピンポーン!ピンポーン!
部屋にインターホンが鳴り響いた。モニターに麻衣が映る。引っ越しが落ち着いた時間に会う予定を立てていた。さっそく部屋に通す。
(キャスのやつ、来るのを察知していたんだな...)
きっと生前もそうであったのだろう。尻尾を振りながら、麻衣の足元をうろうろして上機嫌だ。
「つー君、どうかした?」
こちらをじーっと見ている彼氏に麻衣は戸惑った。
「いや、見惚れちゃってね」
キャスが視えない麻衣になんと言っていいかわからずに僕は言葉を濁した。
「ふふっ、ありがとう」
麻衣が心底嬉しそうに微笑む。それから二人で改めて家具が揃った室内を見て周った。
「ベッドも広いし、お風呂も二人で入れるね」
イタズラぽい笑みを浮かべて麻衣が呟いた。小悪魔的な笑みと言ってもよい。僕の反応を確かめているようだ。
「半同棲なんてしたことないから緊張するよ」
「きっとそのうち慣れると思う。私、恋愛なんてずっとしてこなかったから...ちょっと楽しみ」
麻衣は喜びを目一杯感じていた。デビューしてから今日までずっと恋愛とはほぼ無縁だった。ただひたすら努力し、走り続けてきた。
間接的には努と恋愛していたかもしれない。随分と長い間...でも、実際に行動に移したのは今回が初めてだ。
「そうだね。さて、お腹も空いたし夕飯にしよう」
テーブルに麻衣の買ってきた台湾料理のお惣菜を並べる。
「麻衣ちゃん、どれが好物?」
「ソンユーチー(葱油鶏)かな」
僕は鶏肉を箸で取り、麻衣の口元へ運んだ。身悶えするくらい喜び、恥ずかしいと麻衣が両手で顔を隠す。
(つー君様、キャスにもくださいの)
地べたから覗き込むように丸い目を僕に向け、キャスパーがせがんだ。
(どう食べさせろと言うんだキャス)
(匂いを嗅がせてくださいの)
僕は麻衣にバレないようにもう一切れ取り、足元に運んだ。
(やっぱり高級台湾料理は違いますの)
そんなこんなで夜は更けて行った。
【巨影の謀略1】
努と麻衣が寝静まった頃、寝室の灯りがずんぐりとした巨大な影を映し出した。
「二人ともぐっすりですの」
そう言ってしめしめと笑ったのはキャスパーであった。
「ワンダー!ワンダー!イェーイですの!」
まるで呪文のようにそう唱えると、キャスパーの目の前に星型のスティーキーが出現したのだ。これは一体、何なのか?それを説明するにはひと月前に時間を遡らなければならない。
【巨影の謀略2】
ワンワンパラダイス。そこは天寿を全うした犬達がご褒美として住むことができる言わば天国である。再び現世に生まれ変わるその日まで飲み、食べ、遊び、笑い、恋もできる。めったにいないことだが志願者は人として生まれ変わるためのプロジェクトにも参加できるのだ。
「ゲップ!」ご馳走をたらふく食べすぎたキャスパーの口から盛大な音が漏れた。
「天国だけど暇ですのー」
確かにここは天国だ。周りの犬たちも幸せそうにしている。でも、なぜかキャスパーには物足りなかった。時間の概念はないが、プロジェクト以外の日々は単調でしかたがなかった。
「ひと月後のワンワン定期便が待ち遠しいですの」
キャスパーは遠くに浮かぶ空をぼーっと眺めた。
ワンワン定期便。霊体として元のご主人様に会いに行くことができるあの世と現世を繋ぐ巨大なケーブルカーのような乗り物の便である。1月1日、お盆などがその日に当てはまる。現世にいた頃に主人を持っていた犬たちにとってはまさしく待ちどおしい日なのだ。
「ひやあぁ〜!お化けじゃあ〜!!」キャスパーを指差してそう叫んだのは、顔じゅうに立派な髭を生やし、恰幅のいい体に白いゆったりとした服を身に着けた小柄な老犬であった。
この方こそ知る犬ぞ知るワンワンパラダイスの創世者、犬神様である。
「相変わらずつまらないギャグですの」キャスパーは冷たい視線を犬神様に送った。
「ひゃっひゃっひゃー」犬神様が小気味に笑う。
「酒臭いですのー」鼻をつまんでも漂う強烈な酒気にキャスパーは顔をしかめた。
「いいか!このギャグには壮大で深い意味があるんじゃ。現世で爆発的にヒットした"キャスパー”なる映画と、お前さんの名前、さらに今の霊体の状態を掛け合わせたた渾身のギャグなんじゃぞ」そう言って犬神様はうん!うん!と満足気に頷いた。
「その説明も100回は聞きましたの」タチの悪い酔っぱらいに絡まれ、キャスパーはうんざりした。犬神様は自分を見かける度にこのギャグをかまし、ダラダラと説明を始めるのが恒例となっていた。
笑い声を響かせて去り行く犬神様が何かを落とした。それに気づかずに上機嫌で歩き続けている。キャスパーはその場へと駆けて、それを拾い上げた。
「何ですのこれ?」それは棒(ロッド)の先端に明滅する星型(スター)を取付けたような代物であった。
「犬神様、落とし物ですの」駆けつけたキャスパーが星のロッドを差し出す。
「おっと・・・いかん、いかん。宝物を落としてしまったわい」
「宝物!?」キャスパーの瞳が妖しく光った。
「そうじゃ。これこそ"犬も歩けば棒に当たる”じゃ」
「ネーミングセンスが最悪ですの。どんなことができるんですの?」
「うむ。説明より試してみるのが一番じゃ。まずはチャンネルを2022/パラレル1に合わせてと・・・」
そう言うと犬神様は軽くその宝物でキャスパーの頭を小突いた。それから“星に願いを!ワシ犬神に対するキャスパーの本音を聞かせたまえ!”と唱えた。
すると、キャスパーは胸辺りから何やら込み上げてくる物を感じて、吐き出すように口を開けた。そこから黒い靄みたいなモノが現れ、丸い形を作るや、たちまち鏡へと変化したのだ。そればかりかキャスパー自身の姿まで写っている。
「何なんですの!これは!?」キャスパーの大きな瞳がさらに開かれた。
「さっきの黒いのはお前さんの魂の一部じゃ。口で嘘を付くことができても魂だけは嘘は付けないんじゃよ」
「私、キャスパーは犬神様をこう思っていますの。強欲で、スケベで、酒癖が悪く、つまらないギャグを連発して周りを困らせていますの。ネーミングセンスまでないことも発覚しましたの。これならキャスが犬神になったほうがマシですの。終わり」
鏡のキャスパーがそう呟くと、鏡に、過去に犬神様とキャスが写真集で取引をしたこと、巫女犬にちょっかいを出しているとこ、酒を飲みながらつまらないギャグを連発し周りに迷惑をかけている映像が次々と流れた。
「お前、ワシのことそんな風に思ってたんか??ふーん、そうなんじゃー」キャスパーの真実が自分が思っていたのと勝手が違い、犬神様が不貞腐れたようにぶつぶつと文句を垂れた。
「あの、その・・・何ていうか第一印象が悪かっただけですの。これから挽回できますの」犬神様とは目を合わせずにキャスパーがしらっとフォローを入れる。挽回とはどちらのことか。
「さて、迷惑ジジイは帰るとするかの」嫌味たらしくキャスパーにそう言って睨みを利かせ、“最近の若い者は目上の者への尊敬が足らん・・・”などとぶつぶつ呟きながら犬神様は背を向けて歩みだした。
「あの・・・」
「なんじゃー!」不満はすでに怒気へと変わっていた。
「その星のロッド少しだけキャスに貸して欲しいですの」
「ワシ、強欲だから誰かに貸したりできんのぉー」
「モデル犬、まりやの写真集でどうですの?」
「歴代の写真集は揃ってるわい」
「今回のは数年ぶりに発売される新作ですの。しかも肉球サイン付きですの」
「何じゃとーっ!?新作で肉球サイン付き!!」
「次のワンワン定期便の滞在日数の間に直販されますの。キャスならつーくん様に頼んで手に入れることができますの」
「うぬぬ・・・あっ、"犬も歩けば棒に当たる”どこかに落としてしまった。すまんがキャスパー、拾ったら都合のいい時に届けてくれんか?その時に現世の手土産の一つでも付けてくれたらありがたいのぉー」
「承知しましたの」そう答えたキャスパーの口元には笑みが浮かんでいた。
恐るべきは神にも勝るキャスパーの駆け引きと交渉術であった。
【魂の叫び】
再び本編に戻ろう。そう、キャスパーの目的はこの星のスティッキーを使用し、努と麻衣の心の奥底を覗き見・・・いや、問題があれば解決しようとしているのであった。
「さて、まずはご主人様からですの。“星に願いを!つー君様に対するご主人様の本音を聞かせたまえ!”」
そう言って、キャスパーは寝息をたてている麻衣の頭を軽く小突いた。すると口から黒いモヤみたいなモノが出てきて鏡へと姿を変えた。もちろん麻衣が写っている。
「あれれ・・・おかしいですの」
キャスパーがいくら待っても麻衣の幻影は何も語らなかった。
「それじゃつー君様ですの」
キャスパーは麻衣にしたように呪文を唱え、努の頭を小突いた。同じように鏡を形どった努の幻影が現れた。だが、麻衣の幻影と同じく何も語らなかった。
キャスパーは霊帯電話を取り出し、すぐさま犬神様に連絡した。
「現在、こちらの霊帯電話はお使い・・ヒック!でき、ヒック!ません」
「ふざけないでくださいの!」
「何じゃ、冗談の通じない奴じゃなー」
犬神様が酔っているのは明らかであった。
「“犬も歩けば棒に当たる”が正しく起動しませんのー」
「そんなバカなことあるかーい。ちゃんとチャンネルを合わせて、頭を小突いてから呪文唱えたんか??」
「チャンネル?頭を小突いてから呪文・・・はっ!?」
キャスパーは自分のミスに気付いた。チャンネルのことはすっかり忘れ、呪文を唱えた後に頭を小突いていたのだ。それを犬神様に報告した。
「ありゃーそれはパラレル2の世界のやり方じゃぞ。チャンネルはどうなっとる?」
キャスパーが確認してみると『2022/パラレル2』となっていた。どうやら麻衣を小突くときにパラレルのチャンネルを無意識に操作してしまったらしい。
「2022年のパラレル2の人物の精神と繋がってしまったようじゃな。リッセトボタン長押しで初期化できるがの。ただ、次にこの“犬も歩けば棒に当たる”が使用できるのは一年後じゃ、心せよ。さらばじゃ」
そう告げると犬神様は一方的に霊帯電話を切ってしまった。
「困りましたの・・・」
キャスパーの目論見は潰えたのだ。パラレルワールドのつー君様とご主人様は今の自分からすると他人のようなものなのである。その秘密を聞き出したところで意味がないのだから。だが、このまま初期化してしまうのはもったいない気がしたのである。
「パラレル1のつー君様やご主人様との共通点がパラレル2でも見つかるかもしれないですの!」そうキャスパーは閃いたのである。
まずキャスパーはこの世界パラレル1のつー君様とご主人様の頭を小突き魂を戻した。するとキャスパーは瞬間移動したように別の場所にいた。
「ここがパラレル2のつー君様の部屋ですの??」
パラレル1のご主人様とつー君様の愛の巣と比べるとかなり狭いし、たいして家具もない。どうやらご主人様との恋愛関係にも進展がないようだ。
「こっちのつー君様とご主人様の関係は全く進んでないようですの。これじゃお互いの本音なんて分りませんの」
またもキャスパーの目論見は頓挫したのだ。
目の前にはすやすやと眠るつー君様がいた。“犬も歩けば棒に当たる”はここパラレル2でしか使用できない。何を質問しようかと頭を悩ませていたときにキャスパーの視界にある物が映った。
「これはZARDの坂井泉水さんの写真ですの」
棚の上にあった写真立てを手に取ったあとキャスパーは霊帯電話でこの世界の彼女のことを調べてみた。パラレル1と同じくすでに亡くなっていた。
キャスパーは寝息をたてているつー君様の頭を軽く小突いた。それから“星に願いを!坂井泉水さんに対するつー君様の本音を聞かせたまえ!”」
泉水さんへの想い、そして願いからパチ撲滅のため密かに活動していること、バレてること、粉をかけられたこと、ベニート登場で麻衣ちゃんの秘密は聞けずで終わる。
赤井務武のこと
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