(後編)「クリスマスとかマジなんなの?」とクリスマスイブの夜、美人の先輩が僕の家に愚痴りに来た話

「あっくん、聞いてるの?」


「はっ、はい! 僕も信じられないと思います!」

 

「そうじゃなくて! 手を繋ぐなんてハレンチだと思わないって話よ??」

 

 今日の先輩は、特に酔い? が酷い。

 

 普段ウチに来て(ノンアルコールチューハイを)飲むときでも、少し饒舌になってややいたずら好きになる程度なのに、今日はだる絡みまで入ってしまっている。


 彼女はついうっかりアルコール入りのチューハイを買ったのか、それまたクリスマスに当てられているのか……。


「ま、まあ……手を繋ぐのは良いんじゃないですか?」

 

「よくない、私だってあっ…………っつあつに、手を繋ぎたいのに!!」


 彼女は再び缶を握ると、半分以上を全て飲み干してしまった。


「次は…………あれ……終わっちゃった?」


 今日は特に良い飲みっぷりで、五本くらいすぐに空にしてしまった。

 彼女は机に突っ伏せると、寂しそうに空き缶を眺めた。

 

「冷蔵庫にありますよ? 次はお酒飲みますか?」


「いや……お酒はいい…………おかしくなっちゃうから…………」



「じゃあ、ノンアル持ってきます。好き嫌い言わないでくださいね?」


「誰が、嫌いなんて言うものか。好きだぞ! あっ——————アルコールの入ってないチューハイが!」


 一瞬心臓が止まるかと思った。っていうか、止まっていたと思う。


 今日の先輩は、本当に酔いがひどい。もう十二分に出来上がっているんだから、今更アルコールを取っても変わらないと思うけど……。


 僕は首を傾げながらも、冷蔵庫からアルコールを避けつつ、三本ほど缶チューハイを持ってきた。


「ありがとう……」


 彼女は両手を伸ばして、施しを受けるかのように缶を受け取った。

 その肩から差し出された手までのきれいな肌色は、あまりにも艶やかで、やっぱり直視できなかった。

 僕は少し目を逸らしつつ、缶を一本手渡して、残りを机に並べた。

 

 先輩は、缶を受け取るや否や、いそいそとプルタブを引っ張って、プシューっと缶を開ける。そして、口をつけようとしたとき、ふと動作を止めた。


「あっくんも一本飲めば?」


 僕の手元をまじまじと見つめながら口にする。


「僕は普段からジュースなので」


 僕はクマ柄のマグカップを掲げて見せた。


「あっ! それ使っているんだ? 私も使う!! とってー」


「はいはい」


 僕は立ち上がって、食器棚からクマ柄のマグカップを取り出した。


「はい、これ先輩が彼氏さんから貰ったやつですよね?」


「そうだよ」


 この二対のカップは、数ヶ月前に彼氏から貰ったけど使わないからと、僕にくれたもの。


 これを使う敗北感は半端ないけど、それでも経路的には先輩から貰ったもので、先輩が近くに感じられるから使っている。


 さらに言えば、このカップはある部分を突き合わせるとハートが完成するようになっている。一緒に使っていると、そんなドキドキもあって手放せなくなっている。


「せっかくだし乾杯しちゃいますか?」


 先輩はチューハイをマグカップに並々と注ぎながら、嬉しげに口にする。


「なんの乾杯ですか?」


「うーん……あっくんがこの世に生まれて来てくれたことに乾杯!」


「いや、誕生日じゃないですからね?」


「いーや、そんなものいつ祝っても良いじゃん!! はい、コップ抱えて!」


 彼女がコップを抱えるので、僕も恐る恐るコップを掲げる。

 

「「あっくんがこの世に生まれて来てくれたことに乾杯!」」

 

 先輩の威勢の良い声に、僕も一応合わせるように声に出した。

 

 ただ、名前を僕じゃなくて最も好きな人に変えて。


 先輩は乾杯の手のまま、チューハイに口をつけると、それを一気に飲み干してしまった。

 飲み終えた先輩は今日いち、ほんわりとしていて、微睡んだ目で僕をしっかり見つめる。

 

「ねえ…………あっくん…………私ね、実は……実は……」


 彼女はそこで言葉を切ると、缶に残っていたチューハイも缶のまま飲み干してしまう。


「私……あっくんのことがね…………す……す……スキューバダイビングをする人に似てると思ったんだ!!」


 彼女はそこまで言い切ると、コタツの天板にガンッと頭をぶつけた。


「大丈夫ですか?」


「どう? ドキドキした? ドキドキしたよね? ドキドキしましたよね?」


 先輩は変なテンションで、問いかけてくる。だから、正直に気持ちを伝える。


「はいはい、ドキドキしました? それは彼氏がいない人がやることですよ?」


 僕はため息をつきながら、マグカップのジュースに口をつけた。


 正直に言えば、心臓は止まっていたし、その一言一言に死に物狂いで、耳を傾けていた。


 結局いつも通りなんだろうと、諦めつつも、全く諦められなくて、最後の最後まで胸が痛かった。

 

 僕は大きな大きなため息をつくと、嫌味のように言ってやった。


「そんな遊びは彼氏とやってくださいよ? どうなんですか、最近彼氏とは?」


 今日は、なんと言ってもクリスマスイブ。そんな、恋人の聖夜にすっぽかされるなら、あまり順調ではないのかもしれない。


 そんなことを聞くなんて性格が悪いと思っていたけれど、これだけ、僕をからかうならそれくらい聞いても良いと思うんだ。


 だけど、それを聞いた僕は浅はかだった。


「そりゃ、もちろんラブラブだよ!」


 彼女は、堂々とはっきりした口調でそう言った。そりゃそうだった、恋人同士だもん。一回のすっぽかしくらいは普通のことなんだ。


「えっと、先週の土曜日とか、一日中二人でおしゃべりしてたもん……あれは楽しかったよ」


 彼女はほろ酔い顔で、本当に楽しそうに回想を口にする。だけど、僕には一つ疑問点があった。


「えっ? 先週の土曜日、先輩ウチにいませんでしたっけ?」


「ああ、夜の話だよ? 夜のね……」


「先輩酔ったままで、夜までいませんでしたっけ?」


「えーっと、そうだっけ? 酔っ払ってよく覚えてないかなぁ……」


「そうなんですね……」


 僕の心はキューッと締め付けられるように痛かった。そりゃ、先輩は僕のことを弟感覚でいるから、僕の家にいることはなんら印象に残ることじゃないんだろうけど。あの時間が嘘だったと考えると、途端にすがりどころのない悲しさを覚えた。


「あっ、いや、えーと…………そう言う意味じゃなくてね…………逆に覚えすぎていて忘れたと言うかね……」


 あたふたと言葉を並べる先輩を僕は少しにらんだ。


「やっぱ、先輩にとって僕は弟にしか見えないんですか?」


「ま、まあ、弟にしか見えないかな……その整った顔とか、優しい目つきとか、たまに……っとくる仕草とか…………もう弟だね! 弟」


 先輩はそう言って、また新たに一本缶を開ける。コップに入るだけ入れて、相変わらずの飲みっぷりかと思いきや、一口で止まってしまった。


「先輩? どうしたんですか?? 味が合わなかったんですか?」


「う、ううん? 美味しいよ?」


 そう言って目をつぶりながらコップの中を一気に飲み干した。


 そして、また缶をプシュッと開ける。


「っていうか、なんで先輩がやけ酒してるんですか?? どっちかというと楽しむ側の人間でしょ?」


「好きな人に素直に言葉が伝えられなくて、楽しめるわけないでしょ!!」


「まあ、確かにすっぽかされてますしね」


 ラブラブだけど、やっぱりすっぽかされたことは心に来ているのだろう。

 だけど、先輩は僕の言葉に首を傾げる。


「すっぽかされた?」


「ちょっと先輩? 飲みすぎでしょ?? なんで今日来た理由まで忘れているんですか??」


「好きが理由じゃいけないのかしら??」


「まあそりゃ彼氏が好きだから、三時間も待って、ここに辿り着いたんでしょうけど? 先輩大丈夫ですか?」


 そういうと、先輩は頬を引っ張る。そのもちもち肌はさっきより一段と赤くなっていて、酔いが深くなっているのことが窺える。ノンアルコールを飲んでいるはずなのに。


「あっ、さっきのはちょっと違って、そうそうすっぽかされたからここに泣きこみにきたの。それは間違いないわ!」


「そ、そうですか……」


「そ、そんなことよりあっくんお金は大丈夫? 今日だってこんなにお酒貰っちゃって?」


「大丈夫だって! 何回言ったらわかるんですか? そして、棚にそっと封筒入れるのやめてもらえませんか?」


 そう、大体酔った先輩は夜中あたりに起きて、家に帰るのだけど、大抵食器棚にまあまあの額が入った封筒を残していく。


「いやいいしー 私お金持ちだもーん!」


「知ってますよ? バイトしていることを?」


「そんなの、全部あっくんのため……じゃなくて。あっくんには先輩としての威厳を見せておきたくてね?」


「いや、良いですから、大丈夫ですから?」


「じゃあ、今度二人でパーっと飲みにいくか!」


「なんでそうなるんですか!! 二人っきりだと彼氏に怒られますよ?」


 先輩は顎に手を当てて、何か考え込む素振りを見せた。やっと冷静になってくれた。そう考えたのは一瞬だった。


「二人っきり……だと? 悪くないだろう」


 思いっきりのドヤ顔だった。


「先輩どうしたんですか? ちょっとおかしいですよ? 彼氏に怒られるんですよ? 大問題じゃないですか?」


「最悪彼を抹消するから大丈夫よ?」


「いや、抹消したら元も子もないじゃないですか!!」


「まあ、そんな冗談は置いておいて、たまにはあっくんとの親睦を深めるためのも必要かと思って……」


「じゃあ、この時間はなんなんですか?」


「知らなーい」


 彼女は乱雑にそう言うと、机に伏せてしまった。


「えっ、これ寝るパターンですか? 早くないですか! ちょっと待ってください」


 僕は焦り気味に、棚に駆けって紙袋を取り出す。


「はい、これ。彼氏以外の男からもらうなんて気持ちわるいかも知れませんけど、いつもお世話になっているので」


 彼女の頭に紙袋を押し付けると、彼女は顔を上げた。


 そして、中を見るなり…………。


「は? 好き!!」


「えっ、なんて?」


「あっ、いや、すき焼き食べたいなーって」


「チキンじゃ満足できなかったんですか?」


「いや、そんなわけないでしょ! ただ、一般論よ、いっ・ぱん・ろん!」


「はぁ……まあ、良いです。そんなことより開けてみてください!」


「開けられるわけないじゃない!!」


「いや、開けてくださいよ!!」


「開けるなんて勿体無なさすぎる!!」


「使わない方がよっぽど勿体無い!!」


「そう……??」


 彼女は首を傾げながらも、渋々紙袋に手をかける。まるで割れ物を扱うかのように、そーっと紙袋から中身を取り出す。

 そして、ラッピングを破らないよう丁寧にテープを剥がす。


「くつ下です。前寒いって言ってたので、あったかいくつ下がいいかなと思ったので」


 彼女はキョトンとしながら、くつ下を眺めている。


「あと、くつ下なら誰のもらいものでも目立たないかなって…………」


 自分の口から出ていく言葉に、情けなさを感じた。

 別にお世話になっている先輩として、堂々とプレゼントすればいい。それなのに、こんなにも彼氏に気を遣っているなんて……。


 僕はこっそりとため息をついた。すると、突然温もりがふれて…………。


「せ、せ先輩!?」


 彼女はいつの間にか僕のところにきて、横から抱きついた。


「はー、好き!!」


 胸に顔を埋めながら、とんでもない言葉を口にする。


 あまりにも突然の出来事に、僕の心臓は壊れそうなくらい脈をうち、彼女の温もりは異常なほど心地よい。


「えっ? 先輩? こっ、これは?」


 僕は恥ずかしくて、目を上に逸らしたまま口にする。


 彼女は抱きついたまま、何も喋らない。でも、彼女の腕は僕をぎゅっと抱きしめたまま。

 これは、もしかして……もしかすると…………。


「先輩。ちょっと聞いてもらってもいいですか」


 僕は拳を握った。その温もりに触れていると、もうどうなってもいいやと思えてきて、気が多くなっているのかもしれない。


 僕は覚悟を決めて、息を吸い込む。


「先輩、実は僕…………」


 僕はそこで初めて先輩の顔を見た。まるで子猫のように小さい彼女は、僕の胸に顔を埋め、目をつむり、ここち良さそうに寝息を立てて…………。






 すぴーすぴーと寝息を立てて……。

 



「寝てる!!!!!」


 

 僕は大きな大きなため息をついた。


「だいぶ酔ってたんですね? 先輩」


 どういう原理でノンアルコールで酔うのかはわからないけれど、あれだけ飲んでいたのだから、今日は泥酔してても仕方がなかった。


「やっぱり、すっぽかされたのショックだったんですね……」


 僕は先輩の頭を撫でた。


 ビクッと、まるで起きているかのような生々しい反応をして、冷や汗をかいたけれど、そのあと起きる気配もなく、ホッとした。

 


 今日は、クリスマス・イブ。


 そんな特別な夜に、先輩と一緒にいれたことが嬉しかった。


 だけど、外から見える夜景も、なんとなくイルミネーションの灯りに見えて、急に寂しくなった。


 彼女の理想通りならば、彼女はこんな部屋にいなくて、彼と楽しく街中の景色に溶け込んでいたのだだから。


「僕も欲しいなプレゼント……」

 

 そんな童話の奇跡に縋りつつ、僕も少し目をつぶった。






 * * *






 目の裏が眩しくて目を開けると、あたりはすっかり明るくなっていた。

 

 雨は夜更け過ぎに雪に変わったわけじゃないらしく、そもそも雨さえ降っていなかったからか、地面は空っからに乾いていた。

 

「あのまま寝ちゃったんだ……」


 僕は目をこすると、もちろん彼女はそこに居なくて、散らかっていたはずの机もきれいになっていて、唯一一つだけ、赤と緑でラッピングされた包みがあった。

 

 僕の目は突然しっかりとして、脈は無駄に急いでドキドキと音を立てる。

 もちろんただの後輩へのプレゼント。知っていたとしても、期待せずにはいられなかった。


 僕はすぐさま、包みを手に取ると、ゆっくりとテープを剥がし、ラッピングを剥がし、丁寧に中身を取り出すと…………。

 

「はっ??」

 

 僕は思わず手が止まった。あまりにも突飛なもので、僕は一応中を確認した。

 その横長い冊子の二ページ目には、ちゃんと彼女の名前と番号が書いてあって……。

 

「いや、ガチ通帳!!!!!!!」

 

「何やってるんですか!!」


 僕は大慌ててで、先輩に電話をかける。

 

「ちょっと先輩!! なんてもん置いていってるんですか…………」

 

 その包みの奥にあった本命のプレゼントは、あったかいくつ下でしたとさ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る