【短編集】「クリスマスとかマジなんなの?」とクリスマスイブの夜、美人の先輩が僕の家に愚痴りに来た話

さーしゅー

(前編)「クリスマスとかマジなんなの?」とクリスマスイブの夜、美人の先輩が僕の家に愚痴りに来た話

「クリスマスとかマジなんなの?」


 彼女の声には熱がこもり、勢い余って握りしめられたたアルミ缶がピキッと音を立てて少し潰れる。


「街中であんなにいちゃちやして、信じられない! 羨ましすぎる!!」


 彼女はチューハイをあおり、一缶、また空にする。それでも落ち着かないのか、しまいにはコタツに突っ伏せてしまった。

 

 でも、その体勢はあまりにも無防備すぎた。


 彼女の着ているセーターは襟元が大きく開いて、肩の肌色は艶やかに覗いている。もちろん指の先まではっきりと露出していて、彼女の肌色はどこを見ても目に映る。

 

 だから、僕は思わず目を逸らした。

 だけど、彼女は目を逸らしたことを不満そうに口を開く。


「あっくん? 聞いてるの?」


 彼女は上目遣いに僕を睨む。その瞳はトロンと微睡んでいて、よくアルコールが回っていることが窺える。

 

「あっくんも信じられないと思わない??」


 彼女はじっと俺の目を見つめてくる。


 でも正面向いて話すと、そのセータの生地の上からもはっきりとわかるボリュームがどうしても気になって、やっぱり少し他所を向いて返事をする。

 

「確かに信じられませんね……」

 

 そう、信じられないと思う。


 何が信じられないって……




 ————その缶に『ノンアルコール』なんて書いてあることがね!



 さっきから彼女が空けているのは、どれもノンアルコールチューハイ。要するにアルコールは入っていない。それなのに、なんでこんなにも出来上がっているのか。


 ノンアルコールと謳って実はアルコールが入っているのか、逆に彼女はただの淡水でも酔うのか、いつも不思議に思っていた。



 * * *



 今日は世で言う、クリスマス・イブ。


 街中ではイルミネーションが輝き、サンタに子供がはしゃいで、恋人がわんさかとイチャイチャする。

 

 目の前にいる新坂にいさか 有紀ゆうき先輩もその被害者の一人だったのだろう。

 

 ちょうど十八時ごろ、一人暮らし、ワンルームのアパートのコタツの中。

 悲しきことに、何もすることなくぼーっとしていたら、チャイムが鳴き。

 ドアを開けてみると、なんと大学の先輩である有紀先輩が立っていた。


 外は寒いのか、茶色のダッフルコートをしっかりと締めていて、有名フライドチキンのお店の袋と、スーパーのビニール袋を抱えている。スーパーの袋からは、何本かの缶チューハイがのぞく。

 

「あっくん? 今大丈夫? ちょっと約束すっぽかされちゃって……」


 彼女は俯きながら、申し訳なさそうに声を落とす。


「大丈夫ですよ? とりあえず上がってください」

「やった! 持つべきものは弟みたいな後輩だね!」


 僕はため息をつきつつ、コート用にハンガーを差し出すと、彼女は「ありがとう」とつぶやいた。


「ほんっと、約束すっぽかすなんてどうにかしてるわ? イルミ見よって言われたから三時間も待ったのに!」


「それは寒かったでしょう。早くこたつに…………えっ?」


「どうしたの?」


 彼女は首をかしげると、綺麗な黒髪がさらりと右に寄って、肩にふれる。

 でも、黒い生糸が触れた肩は、限りなく肌色で、って言うか肌色としか表現できなくて、何なら本物の肌色で……。


 彼女はダッフルコートの中に、襟の大きく開いた白のオフショルダーセーターを身に纏っていた。

 ついうっかりその色に釘付けになっていると、イタズラっぽい声が耳をくすぐる。


「やっぱり気になる?」


 彼女はセータの襟を少し引っ張ってみせた。すると肩から下、その先が見えるような気がして……。

 

「やめてください! 早く入ってください」


「じゃあ、コートのついでにスカートも……って聞いてる?」

 

 彼女の声を無視して、先に居間に入ると、ハンガーを壁掛けにかけた。


 そして、一人になってため息をつく。

 

 彼女を前にして、二人きりになって、クリスマスで……。


 つい気持ちは浮かれてしまうけど、一人になった途端現実がしっかりと地まで足を引き引きずり込む。

 

 長い黒髪に、ぱっちりと大きな目。その大人びた顔立ちにあどけなさを残した笑顔。

 周りと、頭ひとつ分背が高くて、スタイルもいい。おまけに学業まで優秀。

 そんな彼女は大学でも評判の美人で、もちろんイケメンの彼氏だっているらしい。

 

 そう、彼氏がいる、と言っていた。

 

 だから、彼女がここに来たのは、彼氏にすっぽかされて、仕方なくだ。その服もおしゃれも全て彼のためのもので、決して自分のためのものじゃない。

 

 そう考えると、彼氏に冷たくあしらわれた彼女をこうやって家に上げているあたり、惚れた弱みなのかもしれない。

 

 遅れて入って来た彼女は、そんな僕の悩みをつゆ知らず、机に買って来たものを広げ始めた。家族用サイズのバーレルにたくさんの(ノンアルコール)チューハイに、おつまみに……。


「たくさん買って来ましたね、このチキンってクリスマス限定のやつですよね?」


「そうだよ? もうやけ買いでたくさん買っちゃった!」


 彼女の笑顔はとても眩しくて、現実との差に目が眩む。


「す、すごいですね……人すごかったでしょ? よく買えましたね?」


「ま、まあね……っていうか、運が良かったんだよ! 私ラッキーガールでミラクルガールだから」


 彼女は何か決めポーズみたいに、ピースを目の横に当てて、ウィンクをする。有紀先輩の動作はいちいち可愛いから、反応に困る。


 彼女はそんな僕の目を見るなり、また口角を上げた。

 

「なに? もしかして、このポーズに惚れちゃった? 絵に書く?」


「いや、書かないです! いいから早く座ってください!」


「そう? じゃあ、お邪魔しまーす」


 彼女はそうやって、コタツにのそのそと足を突っ込んだ。


 この小さなコタツの天板、それが二人の距離の全て。格好も相まってか、その近さに心臓の高鳴りが止まらない。

 

「ひゃいっ!!! な、何するんですか」


 僕の膝に少し感触がふれた。緊張のあまりか、変な声になってしまった。


「えー? コタツ入ったらやるでしょ?」


 彼女はそう言いつつ、その綺麗な脚先で、膝をツンツンとしてくる。


「やりましたね? じゃあ、えい!」

「きゃあ! どこ蹴ってるの……」


 彼女は頬を真っ赤にして俯いている。


 えっ? 蹴りどころが悪かった?


 僕は冷や汗をかきながら、先輩を見る。


「ごっ……ごめんなさい……」


「嘘でーす! 早く食べよ?」


 申し訳なさそうに俯く僕に対して、彼女は明るくそう言った。


 だから、僕は一つため息をつくと同時に、小さくつぶやいた。


「先輩は彼氏持ちだということ、もう少し意識してくださいよ……」


 もう十分勘違いしちゃうし、なんなら既に勘違いの真っ只中いるし、そういう意味ではある意味偽りだらけで…………。


 現実と幻想の差がつらいから、溢れでた独り言。

 

 その一言は、独り言のまま溶けていく。

 

 

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