第5話 フラペチーノ

《学校サボろ》


 そのLINEが来た瞬間、私のLINEがバグって送信者の名前がおかしくなったのだと思った。しかし確かにトーク履歴は私からの通話履歴が一件しかないもので、アイコンは盛りにもった薊の顔そのものだった。


《どうしたの? 誤送信?》


 私が即レスポンスを返すと、薊は間髪入れずにメッセージを送り返してきた。


《間違いじゃないよー》

《あー》

《でもいいや》


 何がいいのわからず、私は何を返信すればいいのかわからなかった。


《ごめん。突然》


 画面の先から薊が消えてしまう気配がして、私はそれをつなぎとめるように無難に


《明日公園ではなし聞くよ》


 とだけ返した。

 翌日、薊は学校にも公園にもこなかった。


×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   × 


 薊が学校を休むことは別に珍しいことじゃない。

 二日に一度は授業をサボり、週に一度は遅刻して、二週間に一度は学校を休んだ。何しているのかと聞いてもサボりは気が乗らないから、遅刻は夜遅くまで遊んでいたから、学校を休んだのは学校に行きたくないからと返事をした。でもそれは多分半分くらいしか合っておらず、別の理由があるはずだ。

 薊が休んだ日は、友達らしい女の子たちとの関係を保つために一緒に遊んだりする。マックや奮発してスタバにいってダラダラおしゃべりをしたり、カラオケにいったりする。時にはそれにクラスの男子も加わったりする。そういう時私は決まって愛想笑いに見えない愛想笑いを浮かべて、死にたい気持ちを換気扇に放り込んで空いたスペースにニセモノの楽しいを浮かべる。そうすれば疑似友達関係は保てて学校生活に支障はなくなる。


 でも薊のあのLINEの後では、そういう当たり前が当たり前ではなくなってそういう普通を楽しめない。


「真田さんどうしたの? 体調悪い?」

「…………」

「真田さん?」

「あっ……ごめんなさい。考え事していて……」

「元気ないね? 何かあったの?」

「ううん。ごめん。大したことないよ」


 私は半分ほど減ったよくわからないクリームが入ったフラペチーノを飲む。確か栗かサツマイモが入っていたと思うけど、微妙に味がわからなくて液体と混ざったクリームは元の色を忘れてしまっていた。

 放課後。駅前のスタバ。普通の女子高生がすること。私には満たされないこと。インスタのストーリーに乗せた写真に他校の男子の既読がついたとか、知らない芸能人やYouTuberのShort動画がどうとか、空っぽに空っぽを詰め込むような会話に相槌を打ちながら考えていたのは薊のことだった。


(何かあったんだろうな……)


 それはわかる。でも放課後の公園以上の繋がりがない私にはディテールが見えてこなかった。


(サボるっていえばよかったのかな)


 とはいえ、私に学校をサボる勇気は多分ない。私はこの死にたがりの日常を壊したくない。普通に学校に行って、普通の女子高生のフリをして、普通に両親に顔向けできる生活をしたい。死にたいとか消えたい気持ちがあっても日常を非日常に変えてしまう勇気はなかった。


(あーダメだ……)


 周りに私のことを知らない人がいるのに思考がBADに堕ちていく。

 いつもなんとなく死にたいけどこの日常を壊したくはない。毎日学校に行って、放課後の公園で一時間だけ薊と話して、ただそれだけでいい。コーヒーに入れるのはミルクと砂糖だけでいい。余計なものはいれなくていい。挑戦はしなくていい。ただいつも通りでいい。知らなかったことを知りたくない。知らないは異物だ。それが哲学的な知識ならいい。でも私の日常に誰かがいなくなるとか、これまでの関係が壊れてしまうとか、そういう劇的な変化はいらない。


「真田さん?」

「うん? 確かにそうだよね」


 私は次こそは失敗しないようにと、思考の片隅で聞いていた会話に正解の返事をする。

 どうすればいいかわからないまま、私は既読が付かない《明日公園ではなし聞くよ》を見つめた。


×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×


 夕食前。サラダときんぴらごぼうだけが並んだ準備途中の食卓で、オライリージャパンをペラペラめくるパパに聞いた。


「学校サボったらダメかな?」

「一般的にはダメだろ」


 一般的には。パパらしい言葉だ。


「パパはサボったことあるの?」

「あるよ」

「なんで?」

「……学校に行きたくない日があったから」


 嘘だ。ママとデートをするためだ。パパとママは高校時代から付き合って結婚している。きっと学校をサボってどこかにデートに行ったという素敵青春イベントがあったのだろう。


「サボりたいならサボってもいい。でもママには心配をかけないように」

「うん」

「もしどこか行きたい場所があるなら学校に行くフリをしていきなさい。カバンの中には着替えを入れてどこかで着替えなさい。面倒な人に学校に連絡されないように」

「うん」

「あといつも通りの時間に帰ってくること」

「うん」


 パパが口をぴったり閉じた瞬間にママが生姜焼きを運んできた。

 私は机の上に置いていたスマホを操作した。


《明日でよければ学校サボろう》

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