第44話 紅葉と瑞羽ちゃんのデートを見張った:中編

チューブ型水槽を通っているだけで、愛弓さんが騒ぎ立てる。

「すっごーい!見てみて!魚が下から見えるよ!」

「しっ!声が大きい」

「えー。一応今回はダブルデートのつもりで来てるんだからね」

「そんな馬鹿な」


なんでまだデート設定が継続してるんだ。


対象の二人は二十メートルほど先にいて、本当にギリギリ目に入るくらいだ。

「今尾行対象の方が静かなんだよ?そんなことありえる?

「紅葉口下手だからなぁ。ほら、全然、盛り上がってないし」

「そこが、反対にいいのかもよ」

私は知っている。あの時間軸でのことを。


あの時間軸で彼女達が出会ったのはまだまだ先のことだが、相性が悪いということはないだろう。


「それにしても、普通に見て回ってますね」

「ここからどこか行くのかなワトソン君」

「普通ならご飯でしょうか」

「でも前ラブホ来てたよ」

「あれはまた別だよ。てか何その冗談」

二人は黙々と歩みを進めている。


「なんか今日の紅葉、紅葉っぽくないよなぁ」

私も相当紅葉さんと長いけど、なんか愛弓さんと紅葉さんの間の不思議な関係には敵わないんだよな。


なんというか、紅葉さんと愛弓さんは会話をしなくてもお互いが何を思っているのか当てる能力があるのだ。紅葉さんが愛弓さん大好きだからと、考えを読めるのも理解できるが、愛弓さんも紅葉さんの言動が割と読めるんだよな。


「それにしても、瑞羽ちゃんずっと黙りこくってるね」

「まあ、紅葉さんにいきなり誘われたら、意味分かんないもんね」

「流石に瑞羽ちゃんも、自分が説得されるってことくらい分かってるんじゃない。どことなく、職員室に呼び出された時の顔してるし」

私は職員室に呼び出されたことなんて人生で一回もないけど。


「怒られるのかと思ったら水族館に連れてこられたからビビってるのかな?」

「あー、確かに。多分紅葉のことだからなんも考えてはないんだと思うけど」

「そうなの?」

「今でこそ私からしか誘わないからあんま目立たないんだけど、紅葉って何か破滅思想があるんだよね。全部捨てて一緒になるみたいなことすぐいうし。すぐ遠いとこ連れてこうとするんだよね。今回もそんな感じだと思うんだけど」

「凄く心当たりがあります」

なんで横浜に行ったんだとは思っていたが…。


「でしょ?愛に溺れた耽美な日々を送りたいんだとは思うんだけど、あんま考えが足りてないんだよね。多分今日も、水族館なら話途切れないと思ってきたと思うんだけど」

「愛に溺れた日々ねぇ」

「…紅葉、孤立したがるからなぁ」


「あ、座った」

「後ろに周りましょうか」

「ここで話すのかな」

彼女達は、水族館館内の、大水槽前のベンチに座っていた。当然大水槽の前だから、すごい人だかりである。

…もっと落ち着いて話せる場所あると思うんだけど。


「というか、話聞ける距離まで近づけないんだからついてきた意味ないんじゃない?」

「じゃじゃーん。そんなこともあろうかと、私できるよ。読唇術」

「どんなことがあると思っていたのか分からないけど、凄い助かる。あ、でもバレずにいけるかな」

「一応双眼鏡もあるよ」

「あーよくないね。相当怪しい。相当怪しいけど、やるしかないね」

始めは彼女の探偵服が目立って恥ずかしいと思っていたが、双眼鏡を構えるのであればおふざけと思ってもらえていいかもしれない。


…元々ちゃんとした変装をしてくれば、大丈夫だったはずなのだが。


彼女たちの座るベンチを観察できる場所は、別のフロアにあった。大水槽のために吹き抜けの二階から見下ろすと、ちょうど彼女たちが見えるのだ。


「じゃあ、同時通訳もお願いしますね」

「とりあえずできるかやってみるね。角度もそんなないし、いけると思うんだけど」

なんとなく難しそうだけど、愛弓さんならできるのではないかという気がしている。


「じゃあ…いくよ」

そう言ったきり、愛弓さんは黙ってしまった。


やはり難しかったのだろうか?そう思って愛弓さんを見ると、何故か彼女は赤面していた。

「これ、恥ずかしいんだけど」

「双眼鏡を構えている以上に恥ずかしいことあるの?」

「ちょっとだけ通訳すると、紅葉が、私の事好きだって…」

「なるほどそっちの方面から説得してるんですね」


そりゃ、流石の愛弓さんも赤面するわけだ。それにしても、紅葉さんに告白をさせまいとしていたが、とうとう成功させてしまったか。


「でも、紅葉さんが愛弓さんのこと好きな事くらい分かりきってたことじゃないですか」

「いやいや、読唇術で、しかも同時通訳しながらはっきり言われるなんて思ってなかったから…」

すっかり照れてしまっているようだが、ここで手を緩めるわけにはいかない。


「お願いします続けて愛弓さん通訳をお願いできませんか。私のために」

「うん。分かってる。Show must go onってね」

なぜ発音よく言ったのかは分からないが、彼女は劇団にいるときの、真剣な表情になった。


「『私が愛弓を好きな理由は分からない。もう気がついたらそうだったから。だから、瑞羽ちゃんのことが分からないんだよね。Vtuber辻凜花が好きなんだろうとは思うけど、それ以上の何かがあるんでしょ?何か、好きでいなきゃいけない理由が。心の底から湧いてくる愛情だというようにはとても思えないんだけど』」

愛弓さんの演技はやはり見事で、紅葉さんの淡々とした口調がこちらにまで伝わってくるようだった。


演技は二人一役となっても、淀みなく進む。

「『分からないものですよ。他人のことなんて。私の方だって、紅葉さんの愛弓さんへの思いは分かりませんよ』『そう、その通り、最近になって私も、自分のことすらよく分からなくなったんだ』『…そうなんですか?』『うん。私さ、これでも今まで楽しく皆でやってこられたと思ってたんだ。でもさ、今のままじゃ駄目なんだって。どれだけ仲が良くても、一生食べていられるだけのお金があっても未来が不安だと、ずっとは続けられないんだってさ』『…愛弓さんのことですか?』『まあね。だからさ、自分のことだけ分かっていればいい、なんてことはないんだよ。むしろ他人のことだからこそ、色んな人に相談してみるべきだと、思うんだよね』」


驚いた。紅葉さんがそこまで考えていたなんて。そして、愛弓さんはそんなところまで、彼女に話していたのか。


「『以前お伝えしたように、お話できませんから』『そうはいうけど、大体の話は読めてきたよ。くじらの小部屋だっけ、そこで凜花とやり取りをしていたわけでしょ。私達の知らないような話を』『ずっとメトロトレミーの話ばっかりでしたよ』『そうはいうけど、今でもずっと『メトロトレミー』の話をしてるわけないでしょ?くじらの小部屋っていうのは、今はどうなってるのさ』『今は、凜花が一方的に話すのみです』『ふぅん。日記みたいなものかな。いや、君が焦ってばかりいるということは、何か「指令」のようなものを受け取っている。そう考えてよいのかな』『日記…と呼んでよいのか。紅葉さん、お尋ねしたいのですが、やはり凜花は音ちゃんなんですか?』『さあね。どうだか』」


愛弓さんの演技に熱が入り、矢継ぎ早に言葉が吐き出されていく。

しかし紅葉さん、隠してくれるのはよいが、その返答はほぼ答えを言っているようなものじゃないか。


「『紅葉さんは、どうして今日水族館に私を呼び出したんですか?』『もちろん、君を止めるためさ』『止める、というのは?』『そりゃあ、凜花の正体が音ちゃんだと分かった以上、止めるだろうさ』『やっぱり音ちゃんなんですか!?』『…もしそうだとして、だよ』『別に私は、音ちゃんの犯罪を暴いてやろうみたいなことを思ってたわけじゃないですから。私が凜花の正体を特定したところで、何かが変わるわけじゃありません』『そんなわけないよ。分かってるんでしょ?』『………』『私さ、凜花ちゃんの特定を避けるレッスンを受けたことがあるんだ。その時の彼女の徹底ぶり、普通じゃなかったよ。絶対に何か、あるんだよ。私達の根幹を、覆す何かが』」


紅葉さんの慧眼は見事であるが、もう答え言っちゃってるじゃん。


「『私はさ、愛弓が大事だよ。愛弓以外嫌いだった。消えてしまっていいと思ってた。皆愛弓から何かを奪っていくから。愛弓は何でもできたけど、ずっと与えるばかりだったから。だから、私は愛弓が受けるべき親切を、全部あげたかった。結局、脅迫文が送り込まれたとき、私は怒るばかりで何もできなかったんだけどね』」

「…なんだか凄いこといってますね。紅葉さん」

「…うん」


愛弓さんを介した、紅葉さんの独白が続く。


「『でも音ちゃんは違ったよ。情報も、行動力も、愛弓にすらないものを持って現れた。まだ中学二年生だったのに。事件も全部瞬く間に解決して、愛弓も明るくなってさ。愛弓に必要なのは、優しさじゃなくて、もっと強い味方だったんだよ」』

確かに、当時の愛弓さんはちょっと暗かったんだよね。まあ、この性格なら遠からず、垢抜けたとは思うけど。

紅葉さんの目には特別に写ったのだろうか。


愛弓さんの演技に一段と力が入る。説得もクライマックスに近いのだろうか。

「『だから、私はその音ちゃんのことだって、よくわからないんです!』」

そこまでいうと演技が止まった。彼女は私をチラリと見た。通訳してよいのか伺っているのだろう。


当然、頷いた。愛弓さんだって恥を忍んで通訳しているのだ。私だけ傷つかない、なんてことは通らない。


「『音ちゃん、ずっと知ったようなことばっかり言うんですもん!私、最初は博識で、いつも堂々としている音ちゃんに憧れてたんです!だから、色々と聞いたりもしたんですよ!でも、音ちゃんは何も教えてくれないし、ずっと知ったような顔で頷いているし!音ちゃんとの会話は楽しくないんです!全然!』」


双眼鏡はなくとも、瑞羽ちゃんが立ち上がったのが見えた。

確かにこれは、愛弓さんも通訳しづらいだろう。なにせ、割とちゃんとした陰口だし。


愛弓さんの演じ分けが成される。紅葉さんも言い返したようだ。

「『くじらの小部屋にいた辻凜花なら、あるいはVtuber辻凜花なら、もっと楽しかった?』…ごめん、瑞羽ちゃんにが立ち上がっちゃったせいで、唇が読めないよ」


…ああ、愛弓さんに切り替わったのか。

「…仕方ないね。ここまでにするしかないか」

「…大丈夫?音ちゃん。真似してるだけで心が痛んだけど」

聴いてる私も当然心は痛んだよ。

「愛弓さんこそ、色々大事なこと言われてましたけど」

「うん。演技してみたからこそ分かったことも、あったよ。えへへ、シェイクスピアの劇より先に、演じてみるべきものがあったとはね」

「もう一度、話してみるといいと思いますよ」


きっと、お互い傷つけあってまた慰めあって、それを重ねることでしか私達は強くなれないのだ。


再び、二人に目を向ける。口論はまだ、止んでいないようだった。

「あーあ、目立っちゃって」

彼女の口論により、平穏な水族館の人混みの一箇所にぽかりと穴が空いてしまっている。

しかし、そんな状況に耐えられるほど図々しい瑞羽ちゃんではない。


「音ちゃん!瑞羽ちゃんが逃げ出した!私は紅葉のところに行くから、音ちゃんは瑞羽ちゃんを追って!」


=====


予約投稿ミスって2話先が投稿されてました。20人くらいの方が読んでくださってましたけど、忘れてくださいw

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