第43話 紅葉と瑞羽ちゃんのデートを見張った:前編

クリスマスの翌日、電話が鳴る。思えば、この在野さんからの着信も定期連絡のようになってしまった。


「やあ、小園井ちゃん。調子はどうだい」

「…いいですよ」

「勝負はどうなりそうだい?」

「さあね。負けるんじゃないですか?」


もちろん調子がいいはずもない。もう私が辻凜花であることはバレてしまった。後はそれを問いただされれば、私のは確定する。


在野さんは慰めるように言う。

「でもさ。負けたってさ、君は自分の人生を生きるべきだよ」

「私の人生って何ですか」

「愛弓ちゃんに紅葉ちゃん。それに辻凜花のリスナーだって、皆とても可愛いじゃないか」

「私のリスナーは可愛くないですけど。それはさておいても、人生って色々あるんですよ。在野さん、タイムスリップしたことないでしょ」

「そりゃないし、私の青春の大事なものは全部『メトロトレミー』に置いてきたからね。小園井ちゃんのように思春期丸出しの悩みを抱いたりしないのだよ」


在野さんは昔からと調子づいたことしか言わないから、こんな風に青春の大事なもの、なんて臭いワードを吐いているのを聞くのは始めてかもしれない。


「在野さんが大人になるために『メトロトレミー』の執筆が必要だったように、私にはこの決着が必要なんですよ。思春期を終わらせるためにね」


「まあまあ、若気の至りってことで見届けてるけど、ほどほどにしなよ。なんか小園井ちゃんからは死にそうな気概を感じるし」

「死ぬでしょ。


私がそういうと、在野さんは「ヒュー」と口笛を吹いた。完全に馬鹿にされているな。


「勝てる見込みはあるの?」

「紅葉さんが、最後の説得に当たってくれるらしいです。それ頼みですね」

「ふーん、まあどうしても死ぬっていうんなら挨拶くらいしに来てよね」


…在野さんは、私を応援してくれていたんじゃなかったのか。


XXX


「え、瑞羽ちゃんと紅葉さんが?なんで?」

「なんで?って、知らないよ」

私はその日、愛弓さんと二人で駅の近くのパンケーキのお店に来ていた。


愛弓さんはジーンズジャケットの下に赤のワンピースを着ていた。胸元が開いていて少々彼女らしくない。


「紅葉曰く、ストーカー行為を止めさせるためらしいけど」

「優しいんですね。紅葉さん」


それにしたって、紅葉さんと瑞羽ちゃんが横浜の水族館に二人で行くなんて…。


「結局こうなっちゃうんだね。紅葉さんか私かみたいな」

「別に紅葉は瑞羽ちゃんを口説こうと思ってるわけじゃないと思うけど。あ、それ、ちょっとちょうだい」

私が悩んでいる間に、愛弓さんがアイスクリームを持っていった。


「最近の瑞羽ちゃん、ちょっとやばいもんね。普通に先輩の受験生よりも焦ってるもんね」

私は何が起こっているか分かっているからそれほど彼女の言動をおかしくは思わないのだが、愛弓さん達の目には瑞羽ちゃんの様子が完全にやばい人に見えているらしい。


しかし愛弓さんは脅迫まで受けたこともあるというのに、ご親切なことに本気で瑞羽ちゃんのことを心配しているようだった。


でも…。

「それも、もう終わるよ。今週中に決着がつくと思う」

「やっぱり、瑞羽ちゃんの秘密も、音ちゃんの秘密に関わってるの」

「うん」

「じゃあ、瑞羽ちゃんがこんな風に狂わされたのは、音ちゃんのせいってわけだ。悪いねぇファム・ファタールだねぇ」

愛弓さんは真顔のままだ。

でもそれは違う。


「狂ってるのは私だよ。瑞羽ちゃんに狂わされちゃってこんなところまで来ちゃって」

「音ちゃん、私達の中じゃ一番芯がある方だと思うけどね」

「芯はあるけど、それが狂ってるんだよ」

「私にはずっと音ちゃんが瑞羽ちゃんを手玉に取ってたような気がするけど」

「それをいうなら、もう私は始めから瑞羽ちゃんに手玉に取られてたんだよ。人生そのものが」


そうだ。確かに今までも。私はストーカー被害?を未然に防いでは来たものの、そもそも私がそんなことをしなければならないのは、彼女のためなのだ。


「こわーい、もしかして瑞羽ちゃん。私のことももしかして気づかないうちに操作してるのかな…?」

「愛弓さんは大丈夫なんで安心してください」


瑞羽ちゃんに操作されているのは私くらいだろう。これは私の性というか、天命なのだろう。


「でも、紅葉さん、どうするつもりなんだろ」

今の瑞羽ちゃんに生半可な説得が通じるとも思えないが。


「…そんな気になるならついてく?」

「へ?」

「いや、何がそんなに気になるのか分からないけど。そんな気になるなら、ついて行っちゃえばいいじゃん」


XXX


ストーカーに研究、ストーカー組織に潜入、ときて、私は到頭ストーカーをストーカーすることになってしまった。


「あ、来ましたよ紅葉さん!」

「信じらんない。紅葉にデート感がある…」

紅葉さんは、オリーブ色のウエスタンシャツというシンプルな服装をしていた。

いつも棘棘しいファッションの紅葉さんだから、その服装が際立って普通の美人に見える。


「それにしても、紅葉さんって本当に美人だよね」

「紅葉はね、男装とかさせたら女子校じゃなくても人気になるだろうと思うよ」

人気だったよ実際。


「…あ、瑞羽ちゃんも来たよ!」

「なんか、可愛い服装してるね」


瑞羽ちゃんはいにしえの山ガールのようなファッションをしていた。

彼女は以前の文化祭以降最先端の髪型をしているから忘れがちだが、ファッションまでは訂正されたわけではないのだ。


「でもさ、なんか合ってない?」

「うん。お似合い」


自然な色合いの山ガールの服装に、アースカラーのシャツを着た紅葉さんの二人は意外とマッチしていた。

あの時間軸でも、ボーイッシュな紅葉さんとフェミニンな瑞羽ちゃんはきっと、お似合いだったのだろう。


二人は、紅葉さんの先導で歩き始める。


「あ、動き出したよ!愛弓さん、追いましょう」

「ちょいちょい。紅葉と瑞羽ちゃんのファッションは褒めたのに私は褒めないの?」

「あー、いいコートですね」

「えっへん。探偵を意識してみました。音ちゃんも爽やかで可愛いねえ」

愛弓さんはトレンチコートを着ていた。今日の私は白シャツで、図らずも探偵と助手っぽい。


でも絶対、変装にしては目立ちすぎだと思うんだけど…。


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あとがき


在野さんの電話もクライマックスにつれ長くなってきたぜ…。

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