閑話:クリスマス当日の秋窪紅葉の状況

〈秋窪紅葉目線〉


その日は、初めての愛弓のいないクリスマスだった。


「…そろそろ、配信始まりますよ」

瑞羽ちゃんが料理を皿に並べながら言った。彼女は存外料理が得意なようで、卓上にはクリスマスにふさわしい絢爛な料理が並んでいる。


これで、パーティーの雰囲気に合った態度もできていれば完璧だったろう。私と瑞羽ちゃんという、特に接点のない二人なのに、どのようにしてクリスマスを盛り上げろと言うのだろう。


「紅葉さんも、申し訳ございません。私のわがままで、ウォッチパーティに参加して頂いて…」

「いやいや、こちらこそ、こんな豪勢な料理を作ってくれてありがとうね」


…こんな気まずいクリスマスも初めてだ。


「あ、配信始まりましたよ」

音ちゃんの配信のOPが流れる。どうやら、予約枠にずっと待機していたらしい。


本当は私だってこの時間に配信をしたかったのに、私は音ちゃんに頼まれて昼間に配信をすることになったのだ。


なんて理不尽な。音ちゃんは過度に人に迷惑をかけることを嫌う傾向にあるが、この目の前の気弱な少女のためとなると、少々事情が異なるらしい。


何があったかは知らないが、親愛とは反対にある、畏怖や敬愛のようなものすら感じる。


「やあ、諸君。聖夜ゆえのサンタコスではあるが、私の枠にビジュアルを求める層などまだいるのだろうか」


音ちゃんの配信はよく観ているが、未だに不思議な気持ちになる。知り合いがキャラのなりきりをしているっていうのもそうなんだけど、数千人のリスナーを囲っているということが未だに信じられない。


特に音ちゃんは完全に別人のレベルまで作り込んでいるからな。


「今日は諸事情があっていつもとは違う場所で配信をしている。何か普段と違うような所があったらコメントしてほしい」

…そういえば、音ちゃんは愛弓とデートすると言っていたが、嘘ではなくて本当にデートしているのだろうか。


二人の事情を知っている私はそんな程度の感想しか抱いていなかったのだが、瑞羽ちゃんはそうではなかったようで、「凜花がいつも以外の場所?おかしい。今までこんなことなかった」と言って、誰かに電話をし始めた。


仕方なく、ターキーを貪る。というか、以前から思っていたが、近頃の瑞羽ちゃんには配信を楽しんでいるという感じはない。どちらかというと、配信者特定のヒントを求めるためだけに配信を観ているような感じだ。


昔は、瑞羽ちゃんももう少し配信そのものの楽しさに熱中していたような気がしていて、そこを魅力的にも感じていたんだけど、今の瑞羽ちゃんからは正直、恐怖しか感じない。


瑞羽ちゃんはリビングを落ち着きなくずっと行き来している。

だって、音聴くだけでもう配信観てないじゃん。


このストーカーは、一体何を待っているんだろう。


「…瑞羽ちゃん。配信、観ないの」

「…ああ、ごめんなさい」


ごめんなさいじゃないが。


結局瑞羽ちゃんは最後まで配信を音声だけで楽しみ、電話先の相手と何かを確認していた。

…結構心温まる配信だったと思うのだけれど。


「瑞羽ちゃん。配信は終わったし、ご飯も冷めちゃったんだけど」

「………」


とうとう、瑞羽ちゃんは私にも返事をせずに、虚ろな目のまま、部屋の中を歩き回るようになってしまった。


一体何が彼女をそうさせているんだろうか。音ちゃんって結構配信でふざけたことばかりしているし、そんなガチ恋するってタイプでもないと思うけど…。


私が料理を食べ終えた頃、電話先の何某かから情報が来たのか、「ごめんなさい、紅葉さん。私、少し行かなければいけないところが出来てしまいまして…。ほんっとうに申し訳ございません。この埋め合わせは、いずれしますので…」と言ってきた。


一体何をするというのだろう。無視して、ほったらかして、普通なら絶交されたっておかしくない。


私はもう少し腹を立ててもよかったのだろうが、私にはほんの少しだけ彼女と似たような頃があった。その経験が、私の感情を殺してしまったのかもしれない。


「まあ、今更なんだけどさ。もう結構夜も遅いけど、一体どこに行くっていうのさ」

「…言えません」

「ああそう」


「どちらにせよ、こんな暗くなってから一人なんて危ないし、私もついていくさ」

「…いえ、結構です」

彼女はそんな事を言って、出ていってしまった。


はあ、もし彼女が行方不明になったら、私が愛弓に怒られてしまうじゃないか。


XXX


ついていってみたはいいものの、クリスマスの喧騒は凄まじく、彼女を見失ってしまった。


電話も繋がらず、一応、音ちゃんや愛弓からなら電話に応じるかもしれないと思い、彼女達に電話をしてみると、思いの外早く解決した。


「場所は多分私たちのところだろうね。紅葉には悪いけどLINEで送ったところに行って瑞羽ちゃんを回収して欲しい。そしたら、どこかお店の中に入ってくれない?そんでもって合図として私達にスタンプ送ってほしい」

「ちょっと待って。どうして瑞羽ちゃんに居場所がバレてるのさ?」


「多分GPSかなんかつけられてるじゃない?分かんないけど」

「はあ、もうバレてんじゃん」

ここまで言われれば流石に状況は全て分かった。私は瑞羽ちゃんと音ちゃんが鉢合わないようにすればいいんだろう。


彼女は指定された場所に当たり前のようにいた。速歩きで人の群れを切り裂いている。


「何してんのさ。瑞羽ちゃん」

「紅葉さん!?今、この近くの店に、パソコンを開いている人がいると思うんです。一緒に探してくださいませんか」

「パソコンを観ている人が、なんだっていうのさ」

「その人が、きっと凜花です!」


何故そんなことを私が手伝わなければならないのか。周りが見えていないし、なぜ私がここに来たかも気にならないのだろうか。


ストーカーときくとヒートアップは付き物だとは思うが、彼女は何か強迫観念のようなものに駆られていて、長続きはしないように思うが…。


「この辺のお店の中で配信なんてできるところなんてないって…」

しかし、どこに彼女を連れていけばよいのだろう。鉢合わせを避けろとのことだったが、実際愛弓達は今どこにいるのだろうか。


配信ができるところ…あ、そういえば、駅の隣にネットカフェがあったな。

とりあえず、ネットカフェ以外で、彼女が落ち着ける場所…。

明らかに配信者がいないような飲食店じゃ彼女はついてこないだろうし…。


そう思って視線を上げると、目の前にはちょうどラブホテルがあった。

ちょうどいいじゃん。


「本当に、ここに凜花がいるんですか?」

「ああ、この辺で配信ができるところはここくらいさ」

私がそういうと、彼女は扉に聞き耳を立てながら廊下を進んでいった。さっきの段階で恥を捨ててるなぁとは思うけどもう人間を辞めてる動きをしている。


とんでもないすけべだと思われるぞ。瑞羽ちゃん。

一応、彼女を落ち着かせているための部屋を取ったが、このままだと彼女は全ての扉に聞き耳を立てたら飛び出していきそうな勢いだ。


私は愛弓に合図を送り、瑞羽ちゃんが目立たないように横についた。


彼女が部屋に聴き耳を立て終わるには数分は要するだろうし、なんとか鉢合わせは避けられると思うが…そう思いエレベーターから出ようとすると、目の前の廊下にいたのは愛弓さんと音ちゃんだった。


xxx


瑞羽ちゃんは明らかに動転していた。


あの後、配信機材はなんとか隠し通せたようだが、音ちゃんの趣味がよほど高度なものだという可能性を除けば、あのようなリュックを持ってラブホテルに来なければならない理由はない。


「音ちゃんも、クリスマスだから張り切ったのかな」と、とりあえず誤魔化してみたが、彼女の耳には届いていなかった。



もうここまでくれば、配信活動を隠すも何もないだろう。

私はもう対処療法ではなく、瑞羽ちゃんの焦りを取り除くために根本治療を試みることにした。


「ねぇ。瑞羽ちゃん。何でそうまでして出会わなきゃならないのさ。別に、どうだっていいでしょ」

「…もう、時間がないんです」

「よく知らないけどさ。なんでそんなストーカーにそんな時間がないっていうのさ」

「…言えません」


彼女は生気を感じさせない虚ろな顔のまま、答えた。全く、埒があかない。


「私達も、ストーカー行為を快くは思ってないんだよ。大体、脅迫した相手がすぐ近くにいるのにそんなことを続けるなんて、どうかしてる。脅迫のこと、反省してるんじゃなかったの?」

今日の私は散々な目に合ったのだから、これくらいは言ってもいいだろうと、語気を強めたが、それでも彼女には響かない。


「ごめんなさい」

「…やめるつもりはないの?」

「…ごめんなさい」


まるで話にならないな。


「もう音ちゃんだっていうことは分かったんです。後は、きちんと出会うだけなんですよ。私達」

きちんと出会うねぇ。まるで、今までの出会いがなんでもなかったような言い方じゃあないか。これは、完全に自分の世界に入ってしまっているな。


「さっき時間ないって言ってたけど、どれくらい時間ないのさ」

「…分かりません。凜花次第です」

「凜花が音ちゃんだっていうならまだ余裕あるじゃん」

「…分かりませんが、確かにそうですね」


「じゃあ、凜花に問いただす前に、一回二人で水族館行かない?」


======

あとがき


先日カクヨムコンのお話をしたところ、とても沢山の方が応援してくださいました。とても励みになりました。より一層頑張りますので、もう少々お付き合いくださいませ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る